もう一度、(しげたき) 出会った瞬間にわかった。この人物がかつての同志、小林多喜二であると。前世で関わりの深かった文士は、姿かたちが異なっていても直感的にわかるものらしい。そう言っていた司書の言葉は真実だったのだなと、どこか心の遠いところで思った。
「で、ここが食堂。ちょうどいい時間だし、一緒に食べようか」
初期文豪であり本日の助手でもあった中野は、小林の転生が確認されると、司書から図書館内の案内をするよう頼まれた。そこには昔なじみの再会をゆっくり楽しんでほしいという純粋な思いやりがあったのだろう。断るなどということはしないが、少しだけ苦い笑みをこぼしてしまった。
「……すごいな。ここはいつでも使えるのか?」
「いや、食事の提供は朝昼夕それぞれの時間に合わせて、大体三時間くらいずつだよ。でもそれ以外の時間は自由に使っていいから、自炊をすることもできるよ」
感心したように頷く彼を横目で見上げた。顔はフードで隠されていたが、中野の身長からだとうまい具合に覗き込むことができた。小林は居心地が悪そうにチラと左右に視線を向けていた。それに胸が痛んだ。
「多喜二、こっち。ここに並んで、そこのお盆を取って」
「これか」
「そうそう。メニューは週替りなんだ。最近業者が入って、種類が増えたんだよ」
少し前までのおにぎり一辺倒だった食事を思い出して小さくため息をこぼした。不思議そうな瞳を見せる小林に、あとで教えてあげるよ、と笑いかけた。彼の瞳は雄弁に言葉を語るのだな、と思った。
職員から食事を受け取り、適当に空いていた机に向かい合って座る。小林は自分の茶碗と、中野の茶碗を見比べて、首をかしげた。
「重治の、なんか多いな」
「……あっ、うん。なんか転生してからちょっと人より食べる量が多くなったらしくって……。おかわりしてたら職員さんにも覚えられてしまってね。何も言わずともこれだよ」
肩を竦めて照れくさそうに笑う。新しい生をもらってからそう時間が経っていないはずなのに、見た目に反してよく食べると何度も言われていた。
「俺も、さっきから腹が減って仕方がないんだよな。転生とかいうよくわからない事が起きたせいなのかとも思ってたけど……、もしかしたら俺も重治と同じなのかもしれない」
「……へえ。それは興味深いね。司書さんにも話してみようか」
プロレタリア文学に携わった文士の転生は小林が二人目だった。これまで気づけなかった共通性があるのかもしれない。
手を合わせて、いただきます、と呟く。
特に話をするでもなく、黙々と食事をした。そして考えていた。小林を見た瞬間に避けられない大波のように襲いかかってきた後悔のことを。彼の歩んだ道と自分の歩んだ道はあまりにも違う。彼の隣に立っていいものか。
目の前の食事に集中しているようにみせながら、視線を上げて正面の小林を見やる。
この食欲が彼とのつながりを示しているのだろうか。自分に与えられた、やり直しの機会なのだろうか。
あっという間に茶碗の中を空にしてしまった小林が、おかわりしてくる、と言って立ち上がった。カウンターに向かう背をじっと見つめる。
今度の敵は、自分たちの文学を亡き者にしようとしている侵蝕者。この戦いでは、逃げることなく、共に歩むことができるのかもしれない。
そう、もう一度。
コクリとお茶を飲み込んだ。