交差「はぁー…若い」
「ノク…陛下…」
「離していただけませんか」
両手を広げ、左右にいた側付きの手を取り引き寄せる。
片方は懐かしい齢17のイグニス、そしてもう一人は旅に出始めた齢22のイグニス。
17の方は肌の艶とハリがあり、その若々しさに髭を蓄えた30のノクティスは大きくうな垂れた。
「時間の流れってはえーな」
そしてもう一人の22の頃のイグニスは、17に比べ幾分大人びた顔つきになっていて身体も厚い。
毎日見ていたから気が付かなかったが、5年の歳月でこんなにも変わっていたのかと、ノクティスはまじまじと二人の顔を見比べた。
「陛下…」
「ノクトでいいって」
「いや、そういうわけには」
二人の側付きは戸惑った。
互いの知るノクティスとは、未だ幼さをどこかに残したままの青年で愛嬌があり、どちらかと言えば可愛らしい弟のような印象が拭えなかった。
しかし、目の前にいる彼はどうだ。
丸みを帯びていた愛らしさはなくなり、精悍な顔つきと荘厳さを兼ね備えた王の風格を兼ね備えた風貌にイグニスたちは思わず息を呑んでしまった。
ここに至るまでに何があったのかは分からないが、もう“ノクト”とは軽々しく名を呼んではいけないような気さえしてしまう。
今まで世話をしてきてくれたイグニスたちの戸惑う顔を見ることが出来て満足げな顔をしているノクティスがいる反面、その光景を面白くなさそうに横目で見ているもう一人のノクティスがいた。
(何やってんだよイグニス、バカみてーに大人しくなっちまいやがって…)
目の前に現れた壮年のノクティスに翻弄される二人のイグニスを見て大きく溜息を吐いたのは、齢20の旅に出始めたばかりの頃のノクティスであった。
一緒に他愛もない話をしていたのに急に腕を引かれ、「イグニス!」と嬉しそうに顔を覗き込んできた30のノクティスに目を白黒させたまま良いようにされてしまって。
長い前髪の奥で、青い双眸に怒りを滲ませたまま若いノクティスは苛立たしく踵を鳴らした。
目の前に居るのは紛れもなく未来の自分なのに、なぜこんなにも妬いてしまうのか。
カラカラと笑いながらも、落ち着いた雰囲気を纏わせている10年後の姿はまるで別人のようで。
「陛下…もうそろそろよろしいですか?」
物怖じしながら未来のノクティスに対し敬語を欠かさないイグニスに腹が立ち、20のノクティスは踵を返し駆けて行ってしまった。
「ノクト…!」
「ん、どうしたんだアイツ」
「へい…ノクト…すまない……」
「ああ、悪いな面倒くさい俺で…行ってやってくれるか」
「ノクトか…?」
一緒にいたはずのイグニスが姿を消してしまい、うろうろと周囲を散策することしばらく。
聞き慣れた、しかし落ち着いたトーンの声に話しかけられて思わずノクティスは足を止めた。
振り返ると、そこには見慣れた顔よりも幾分老け込んだイグニスの姿。
「イグニス、なのか…?」
「ああ、そういうお前は随分と若い頃のノクトのようだな」
「声でわかる」と歩み寄って来た側付きの顔を見て、ノクティスは思わず悲痛な声を上げてしまった。
「お前、その顏どうしたんだよ」
「ああ……大した怪我じゃない」
いつも肌身離さず掛けている眼鏡ではなく、色濃いレンズのサングラスで目元を隠してはいるが、隠しようもない大きな傷跡。
「どこかで、ゆっくり話そうか」
「ああ…」
「先に行ってくれるか? ついていく」
背に冷や汗が流れた。
もしかして、見えていないのか。
しかし、彼の足取りはしっかりとしていてちゃんと後ろをついてくる。
未来でいったい何があったのか。
「なあ、お前いくつのイグニスなんだ?」
「俺か、もう32になる」
見た目はさほど変化がないようなのに老けていたことに、ノクティスは何度目かの驚きを覚えた。
「俺15だし、倍以上老けてんじゃん」
「そうか、15…まだ高校の頃か」
ふむ、顎に手を当て思い出しているのだろう、目を閉じたまま空を仰いだイグニスに怖々と話しかける。
「目、見えてねぇのか」
「ああ、だが不便はしていない」
「……触っても?」
「ああ…」
サングラスを外すと、生々しい目元の傷が露わになり目を顰める。
もう塞がってはいるが、残った火傷の痕からみて相当な苦痛であったに違いない。
若かりしノクティスはそっと手を伸ばすと、閉じられた瞼の上に触れた。
「痛い?」
「もう痛みはない」
「なあ、なんでこんな傷…―」
「しー……それは、言えない」
未来に一体何があったのだろう。
そのとき未来の俺は何をしていて、防ぐことは出来なかったのだろうか。
色々な思惑が交錯しながら顔に触れていると、イグニスの手が顔に触れているノクティスの手の上から重ねられる。
「そんな顔をするな」
「……」
「見えなくてもお前がどんな顔をしているかは分かる」
何十年一緒にいたと思っている。
ノクティスの手を取り、指先にキスを落とした。
お前は優しい子だ。
これから、もっと沢山のことに心を痛めていくことだろう。
だけど忘れないで欲しい、俺はずっとお前の側にいる。
口には出せずとも気持ちを込めた口づけを指先に送り、慌てる姿に微笑む。
「お前さあ……未来の俺にもこういうことしてんの?」
「そうだな」
初心な青少年と老けた側付き。
年は離れていようとも、触れあい方は何も変わらず互いに自然体でいられる。
「ノクト、迎えが来たみたいだ」
「は?」
「ノクト…!」
駆けて来たのは、ノクティスが毎日嫌という程見ている17のイグニスの姿だった。
「良かった……どこにも、見つからないから……」
息を切らせ、汗を掻いたまま抱き寄せられ心臓が口から飛び出してしまいそうになりながら、ノクティスもおずおずとその背に腕を回した。
「ご、ごめ……」
「…さっき、誰かと話をしていたのか?」
「は?だって、そこにイグニスが……あれ…」
触れた指先の体温、傷口のかさついた皮膚の感触までしっかりと覚えているのに。
今しがた隣にいたはずの姿は影もなくなっていて、ノクティスは老いたイグニスがいたはずの場所にゆっくりと手を伸ばした。
「ノクト…?」
「ううん、なんでもねぇよ」
「いぎー」
「ノクト、ただいま」
肩に掛けていた鞄を下ろし、飛びついてきた小さな身体を受け止めた。
「これかいた」
「これは、レギス様?」
「うん!」
腕いっぱいに広げた画用紙に塗りたくられたクレヨンの筆跡。
「ノクト、これで遊ぼうか」
絨毯の上に転がった色も形も様々な積み木。
温かな日差しに守られた小さな部屋が、幼い二人に与えられたすべてだった。
3歳と6歳という、まだ何も知らなくて良かった平和な世界。
「懐かしい」
「ああ、懐かしいな」
「こんなにお前と長い付き合いになるなんて思わなかった」
「別の奴の方が良かったか?」
「いんや、お前以上に俺の世話出来る奴なんていねーわ」
ずっとずっと、このまま一緒に居られたら良かったのに。
「ふえぇぇん、いぎー」
「ノクト!」
些細なことで泣きだしたノクティスをイグニスがいつもあやして、思い返すほどよくこんな奴と長年連れ添ってくれたものだ。
「な、イグニス…約束して」
ずっと一緒にいてくれるって。
「もちろんだよ」
色んなことがあった。
クリスタルに真の王として選ばれた。
大きな怪我をして、生死の淵を彷徨った。
城を何度も二人で抜け出し、星を見にいって怒られた。
父親から誕生日に剣をもらい、二人で大いに喜んだ。
高校に入ってから一人暮らしを始め、反発しあい喧嘩もした。
帝国と協定を結ぶことが決まり、婚約が決まった。
旅に出て、広い世界をみた。
王都が陥落して、父親を亡くした。
力が必要になり、世界を旅した。
最愛の女性を亡くした。
世界のための贄になれと言われた。
「つれぇなぁ」
「ノクト、お前だけが抱える必要はない……俺は、生涯お前とともに在ろう」
お前の痛みは、俺の痛みだ。
「そりゃどうも」
「帰ろうか、アンブラが待っている」
「ああ」
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