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    零唯君はいつも笑うから、その笑顔は誰にでも向けられるものだと思っていた。

    [君は窓辺のパントマイム]



    二年生のいる校舎側へ向かうと、君の声がする。

    「そんなことを急に言われても困ります」
    「なぜかな?君も知っての通り、僕はここらで一番の進学校、尾利高に行くんだよ。将来は東大も考えてる。ちょっと早いけど、僕の輝かしい未来の隣に君がいるように、今から君を予約したいんだ」

    私は軽くため息をついて、彼らの動向を見守った。
    彼女に迫っているのは、骨組の骨岸くんだ。彼は言葉を続ける。

    「河川唯くん、僕は世間を勝ち抜くために青春時代に死ぬ気で勉学をしているんだ。君が僕の青春になってくれないか」

    凄いな。彼は彼で誠実なのだ。

    「あの奇面組なんかといるよりも、僕といる方が余程君の将来のためだと思うけど」


    痛いところをつかれたな、こりゃ。
    私は苦笑する。

    私はといえば、三度目の受験に失敗し、またもや中学三年を繰り返す羽目になった、泣く子も笑う奇面組、アホの総元締め、一堂零だ。

    半年ほど前に仲良くなった女の子に対し、先輩として人として、彼女に誇れることなど何もない。高校浪人、中学留年の私など、いなかったことにしたいくらいの知り合いに落ちぶれるだろう。

    今日は三月十四日。

    本来ならば、彼女に送ってもらう日だった。卒業式だった。


    「あなたに何がわかると言うんです」

    お。

    彼女が、……唯ちゃんが、骨岸くんに反論した。その勢いに骨岸君はたじろぐ。二人とも二人の会話に夢中で、私のことなど気づかない。

    「わたし、奇面組さんのこと、零さんたちのことを尊敬しています」

    おいおい唯ちゃん。世間知らずにも程があるぞ。

    「……あの連中の面白おかしさに君は心を奪われてるだけだ」

    そのとおりだよ、骨岸くん。
    私は自嘲気味に笑いながら、彼らに気づかれないことをいいことに会話の動向を見守る。

    「おっと、卒業式がそろそろ始まるね。君もアリとキリギリスの童話を知っているだろう?将来に備えて脇目も振らずに努力しているものが結局勝つんだ。目先の面白おかしさに気を取られて、堅実な生活がもたらす有難さを不意にしないようにね。僕なら君にその生活を無条件で用意してあげられる。君が二時間目の始まりに僕のクラスの横の廊下を楽しそうに歩いているのを見かけてからというもの、僕は君が好きだったんだ」
    「……トイレに行ってただけです」

    唯ちゃん、それは休み時間に済ませておいたら?なんてそんなこと、遅刻常習者の私が言えたことではない。

    それにしても。

    中学三年生にして、好きになった女の子に堅実な生活を送らせてあげるだなんて、骨岸くんは将来設計がしっかりしているのだな。まるで歪みもブレもない人生だ。
    私は将来、好きになった女の子に、食べさせてやると誓えるほど強く賢くなれるのだろうか。

    「ということは、骨岸さんは授業中に余所見をして、トイレに通う私を見ていたんですね。……骨岸さんも、本当は、脇目も振りたければ、面白おかしいことも余所見もしたいんじゃないんですか?」
    「……ぐっ」

    この流れは、骨岸くんは唯ちゃんに結局相手されない流れなのかな。敗北を感じ取った骨岸くんは、早口で唯ちゃんにまくしたてた。

    「河川唯くん。やはりあの連中に毒されているようだ。考え直し給え、僕がその考えを修正してあげる。ああ、もうすぐ卒業式が始まる時間だ。僕は答辞を読むのだよ。腕組も番組も色男組も今は彼らがもてはやされているけれど、将来、僕みたいなのが全部手に入れるんだからね。君も、将来のパートナーの選択を誤らないように。そうだ、これ、僕の連絡先。そして、これ、ホワイトデーだから」

    唯ちゃんに、手紙と可愛らしい包装のお菓子を渡すと、足早に去ろうとしている。骨岸くんは私の存在に気がつくと、忌々しそうに、

    「君は、河川唯くんに、零さんって呼ばせてるのかっ?!」

    と吐き捨てて去っていった。
    骨岸くんの下の名前は、無造くんだっけ。あんなに勉学が出来る子の名前が「無造」とは、親御さんは随分とパンキッシュなのだな。

    「……居たんですか、零さん」
    「君がモテるのは知っていたけれど、いいのかい?彼は官僚とかいろいろ出世しそうだけど」
    「興味ありません。それに、見た目でわたしのことを好きになられても困ります」

    美しさも華やかさも賢さも何もない人間には、唯ちゃんの言葉が傲慢に聞こえるのかもしれない。

    「わたしのことを何も知らないくせに、好意を押し付けられたり、勝手にわたしを人生設計にいれられるのも嫌。わたしの好きな人はわたしが選びたいんです。」

    唯ちゃん、君はまっすぐすぎるのだ。
    今、彼女が、私にまっすぐの視線を送ってきた。彼女がその強い瞳に熱情を湛えて、見つめる相手がいるとしたら、私は彼が羨ましい。私も彼女の強さとまっすぐさの虜でもあるのだ。

    「思われるのが幸せってきいたことあるけど」
    「どうかな。お母さん、今は身体を壊してしまったけど、お父さんの夢を一緒に追いかけているときが、一番幸せそうでした」

    行きましょうか、零さん。
    私よりも三つも下の少女が、ごく自然に、私を隣に歩かせることを許し、私達は並んで歩きだす。
    小学生かと見紛うくらいの簡素なショートカット。前髪に隠した眉に、存在感の強い大きな瞳。小柄ながらも、しっかりと大地を踏みしめて歩く姿に、私が無為に過ごして失った少年性を感じたり、何があっても大丈夫と言ってくれる母を感じたりもするのだ。
    「わたしね、零さん。授業から抜け出してトイレ行くのが楽しみだったんですよ」
    「相変わらず、唐突だな。唯ちゃんは」
    「みんなが真面目に勉強しているんだろうなぁと思いながらする、オシッコって気持ちがいいんですよ」
    「……あのさあ」

    君にトキメキを覚えている私は、一応、男の子なんだけどね。

    「こうしなきゃいけないって流れに外れるの、楽しいんです。お父さんもお母さんも、生活が苦しくなってごめんねってわたしに言ってたけど。ふたりが幸せならそれでいいし、住むところや学校がかわることくらい、なんてことないですもん」

    ごめんな、唯ちゃん。

    君が病弱なお母さんの代わりに家事を引き受けているのは知っているし、お家が安定しない収入だから、年相応の遊びを知る余裕が無いのも知っている。
    その中で君は、自分を嘆きも哀れみもせず、君の細い両肩に載せられている荷物もなんてことないように前を向く姿に、ご両親を含め、私たち奇面組も、救いを求めて甘えて拝んでいるようにしか思えないのだ。


    「もっと君は楽に生きればいいのにね」
    「わたし?楽しいですよ?」
    「優等生の君が出来るささやかな抵抗が、授業中に行くトイレってだけかい?君は賢いから、私たちみたいに回り道しまくるなんて出来ないだろうな」

    優秀な君は、私たちよりもランクの高い高校に行って、骨岸くんが言ってた堅実な生活を送ることが出来る職業を選んで、やがて誰かと恋に落ちるだろう。そして結婚して子供を生む。今度は両親の轍は踏まないと心に決めているのかも知れない。

    君が将来をかけて誰かと恋に落ちるとしたら。

    似蛭田くんは助平だし、切出くんは唯ちゃんを手に入れたってだけでいい気になりそうだし。まあ、骨岸くんならアリかもしれないと思ったんだ。
    ……なんだ、私。この子の兄か父のつもりなのか?

    「回り道しない人間が全部を手に入れるなんて嘘です。わたし、一応中学に来る前にいろんなもの全部置いてきたから」
    「惜しまれただろうね、君は。モテるし友達もたくさんいただろう」
    「……うまくやってるフリをしているだけだって気づいたの」

    彼女の口から、転校する前の中学の話を聞いたことがない。


    「人の噂話なんか、本当は全然興味がないんです、誰が何をやろうといいじゃない、まるで人の人生を見張っているみたいですよ。勉強は好きだけど、褒められるためにやってるんじゃない、両親や先生を安心させるためじゃない。みんなが正しいと思うことをして、人に合わせて、そしたら自分がほんとに何が楽しいかわからなくなって。……だから、前の学校に全部置いてきちゃった」

    いつの間にか、アホの総元締めとして、奇面組は見世物の人生を送ることになっていた。自由に生きているように見える私たちも、人の期待に意識して社会に与えられた役割分担かのように演じてしまうこともある。ましてや君は、賢いうえに優しいから、ご両親や教師、君を慕う人間の期待を裏切れなかったんだろうな。

    劣等生と優等生。

    世間からの話のネタの私と君であり、片や嘲られ、片や妬まれる。

    「骨岸さんも、授業中、トイレに行ったら良かったんですよ。人と違うことをするのって面白おかしいんだから」
    「そーゆーのが向く人間と向かない人間がいるぜ」

    だから、私たちは羨ましがられるのかな。あんな風にはなれないと嘲られる反面、どう生きてもこうなってしまう私たちの自由さに。

    「わたしは向きますよ!零さんが身をもって教えてくれたから」

    骨岸くんに言い返した時と同じ、まっすぐの目だ。

    「多少、人の流れに外れたって、わたしはわたしだから」

    そして、彼女が笑った。

    彼女と出会ってから少しあとの水泳の授業中に、二年生の教室から、零さん頑張ってー!と窓辺から大きく手を振った時と同じ笑顔だ。私も馬鹿だな。こうして好いてくれる女の子がいると嬉しくて、はぁーい、零ちゃん頑張っちゃう!なんてガッツポーズをしてしまったのだ。
    君の笑顔のためなら、なんだって出来るから。

    「君はこの学校が好きだね」
    「ええ。変な人ばっかりで面白いですよ」
    「千絵ちゃんも大好きだろう?」
    「もちろん!」

    あわせるだけの友達ではなく、自分が心から好きになれた友達なのだろう、唯ちゃんは食い入るように返事して、言葉を続けた。

    「そして、奇面組さん、……零さん大好きです」
    「……へ?」

    大好き、という彼女から発せられた呪文に私は凍りついた。
    落ち着け、私。多分、好きの種類が違う。

    「もっと君の大好きが増えるといいな」
    「うん!」

    眉なしで表情の少ない顔立ちで助かった。

    「知ってると思うが高校浪人した私は、新学期から君の同級生なのだよ」

    私に、大好きという呪文をかけた、可愛らしい君が、少し憎らしい。

    「隅から隅まで、君を笑い転げさせるから、覚悟したまえ」

    家庭の事情で大人になるしかなかった女の子に、私がプレゼント出来るのは、私が彼女にもう一度子供時代を送らせてあげることだ。

    「やったぁ!ずっと一緒ですね、零さん」
    「もちろん。笑いたりないときや青春時代をもっとやりたいなと思ったら、私が何度でもタイムマシンや魔法を使ってでも、ずっとずっと、楽しい毎日を繰り返すよ、約束だ」

    それは、呪いにも似た魔法返しだ。
    君が訳知り顔になり、私がいなくても平気になってしまったり、人恋しくなって、結局誰かと恋に落ち、誰かのものになってしまう前に。
    もしかしたら、私のなかの「男」が君を穢してしまう前に。


    君は、まっすぐなままでいてほしい、私のわがままだ。男女など重たいものは、私たちにはきっと邪魔なのだろう。


    「やっぱり、零さんって凄いです」
    「そうとも、どんどん私を崇めたまえー。なにしろ、私は変態教の教祖さまなのだ。……その前に唯ちゃん、私の同級生になる以上……」

    隣に並んだ女の子に、私はにっこりと笑い返した。

    「私には敬語、禁止だからね」


    新学期には、我々は知り合いから友達になり、メリーゴーラウンドのように楽しい日々を繰り返すだろう。





    つまり、私は君に恋をしている。

    こまつ Link Message Mute
    2018/12/13 9:07:04

    零唯

    #奇面組 #小説
    奇面組は、唯ちゃんが作り出した夢なのか。それとも「やっぱり今の無し」が出来る人外めいた力を持つ零さんが作り出したループなのか。
    考えだすとワクワクが止まらなかったり。

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