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    豪千絵(奇面組)のよくありがちなプロポーズ話の前編六月だ。

    夏至を迎える三日ほど前だからか、太陽って奴は矢鱈と元気で、七時半まで日の光を残すのを粘りに粘って、今度は地平線向こうにとっぷりと沈み込んだというのに、未練がましく熱を空気に撒き散らしている。

    「梅雨入りしたばかりだというのによ。これでこの暑さなら、一ヶ月後にはどうなるんだろうな。」
    「あら、あたし、この季節好きよ。まだ何かしていないと勿体無いって気分にさせられて。」


    青春って感じね。

    と、俺の彼女が笑う。俺は、出会ったころのそのままの癖で、ヘッ、と鼻で笑う。気の利いた言葉を会話ごとに差し込まなければ気がすまないところは、腐れ縁の癖っ毛あたまの眉なし野郎のあいつにそっくりだ。



    「ところでさぁ、豪くん。」

    出会った頃、そのままのいたずらな目つきで、俺を覗き込む、俺の彼女。一緒に街を歩けば、少なくない人数が、コイツを見るため振り返る。


    「今日は、このまま帰るの?」
    「何言ってやがる。メシくったあと、おめーが海を見てえとか、クサいこと言い出したから、こうして逆方向に車走らせてるんだろうがよ。」

    助手席で、俺の彼女は、プーっと頬をふくらませる。よくぞコイツを産んでくれたと、コイツのご両親に頭を下げたいくらい、コイツはほんとに可愛いらしい。

    出会った頃の十四歳のまま。

    あれから、十年近い歳月が流れ、自由になる金も手に入り、自由に車も操れるようになったいまでも、この気持ちはそうそう、消えることはない。


    「・・・なんでまた、急に海なんだよ。」

    車の中はいつだって二人きりだ。ここでたくさんの感情をコイツと交わしてきた。


    「初めてデートしたとき、豪くんの家のカブに乗っけてくれたでしょ。」
    「ああ。」
    「あの時、海まで連れてってって言ったら、駄目だって言ったじゃない。」

    覚えてる。

    高校生の頃、コイツにもらったバレンタインのチョコレートのお返しを渡した時だ。
    二人っきりになるのが余りにも無い機会で、緊張のあまり、家に帰ろうとしたら、居候している酒屋の配達用の原動機付バイクの後ろに乗せてくれという流れになったんだ。

    「おめえ、海沿いの国道を自転車に毛が生えたようなもんで二人乗りしてみろ、トラックに煽られてペッシャンコだぞ。」
    「豪くんなら、優しいから連れてってくれると思ったのにー。」
    「・・・タクシーじゃねぇんだぞ。」

    十四歳のころの緩くうねった肩までの髪、十八歳のころのしなやかにゆれて、襟足からいい匂いのしたポニーテール、そして、二十歳をすぎ、潔く凛々しいショートカットになった後も、コイツの本質はあまり変わらない。こっちがぎりぎり叶えられそうなおねだりを連発しては、いろんな方向に振り回していくような女だ。

    本音を言えば、悪くない。

    俺は目の前のことにしか興味のないつまらない男だから、コイツの多少のわがままも、くだらねえとか勝手なこといいやがるとかいいつつ、俺自身がそれを喜んでいる節がある。・・・次に何が飛び出してくるのだろう、くるくる表情や興味をかえる、コイツに目が話せない気持ちの裏で、どんなおねだりをしても、多分怒られたことのない、愛されて育ったんだろうなという羨ましさも持ちながら。


    「ね、タクシー屋さん。」
    「・・・調子に乗んな。」

    俺はハンドルを握りながら、素っ気なく答えた。

    「今日はさ、ホテルとかに行かないの?」


    とかって、なんだよ。

    そう答えようとしても、肉体関係を仄めかす言葉に対する恥ずかしさのほうが上回り、真っ赤になって俺は口籠る。
    そんな俺に、コイツは洋画に出てくる、お色気過剰なヒロインのモノマネをしながら、俺に目配せをした。


    「せっかくのあなたの誕生日よ?ゴー、あたしをめちゃめちゃにしてっ。」
    「うるせぇっ!」


    夏至を迎える三日ほど前の日。

    今日は、俺の誕生日だ。
    車をこうして海沿いに走らせるニ、三時間前、俺は頑張って予約した、コイツの好きそうなフランス料理屋で、耳慣れない名前のメシを、コイツと一緒に腹に詰め込んでいた。
    着慣れないスーツを着て、三日前から靴を磨き、その他諸々、精一杯のおめかしをした。女が好きそうな、小洒落た高そうなメシ屋で、それなりにビカビカ光るダイヤの指輪を用意して、甘ったるい愛の言葉を囁きながら、

    結婚してください

    というつもりだった。


    「今日のレストラン、ご飯も美味しいし素敵だったわよねー。サービスも良かったわあ。なんてったって、豪くんのお誕生日にサプライズで、ハッピーバースデーを店員さんが歌ってくれたんだもん。」

    うっとりした表情で、コイツは先程のことを思い出している。
    俺達が肉料理を平らげた皿を片付けられた後、綺麗に空いたテーブルに、ティファニーの箱を出して、カッコつけていうつもりだった。

    安物だけど、君に対する思いは本物だと。


    一生に一度の勇気を振り絞って、さあ言うぞと、テーブル前にいる、ミーハーなところもある、俺の彼女を見つめたその時。


    「すごいわねっ、最近のお誕生日のサプライズって!お店の灯りが消えたかと思ったら、奥から、花火のついたケーキが出てくるんだもん!」


    結婚してください。

    その言葉を言って、コイツの指に、慎ましやかに光るダイヤモンドの指輪を嵌めてやる段取りだったが、真っ暗な店内から、ダイヤよりもビッカビカに光る花火がパチパチと煙とともにケーキの上に突き刺さってお出ましになったのだから、もうそれどころじゃない。

    店員は矢鱈とビブラートをつけて歌い出すわ、居合わせた客は酔っ払いながら、おめでとうだの、ばかでかい拍手だのしだすわ。


    「一緒になって、ハッピーバースデーを歌う、おめーはダイアナロスかと思っちまったぜ。」
    「やぁだ、シンディローパーって言ってよ。」

    プロポーズどころじゃ、なくなった。俺の一生に一度をどうしてくれる。

    俺は、花火の煙の匂いが移った、しつこい味のケーキを喰って、店員や客の、おめでとうを、苦笑いしながら噛み締めた。無駄に愛想のいい俺の彼女は、うちの人のためにありがとうございます、なんて女房面しながら、来日したシンディローパーのように満面の笑みで手を振っている。

    「皆さんの愛と健康にカンパーイって、なんでおめえがそこで乾杯の音頭を取るのか謎だったがな。」
    「だって豪くん、仏頂面だもん。サポートしなきゃね。」

    俺がおめかしをして飯屋にいっているのだから、当然、コイツも、俺の倍はおめかしをしている。ショートヘアに、おおぶりなイヤリング、ドレスは、なんというかこう、下品にスケスケにならない程度の薄手の生地で出来た長めのワンピース、イヤリングが派手だからあえてネックレスはしないとかいってたな、コイツ。そのかわり、花の茎のようにシュッと伸びた首筋と、絶妙な直線と曲線で出来た鎖骨は、本当に俺のものになってくれたのかと、問いたくなるほど、美しい。

    「な、なに睨んでいるのよ?」
    「見とれてるんだよ、美人だなと思ってよ!」
    「・・・ばか。」

    運転中だからそうそうコイツの方ばかり見てはいられないが。

    「それと、まだ、それを使ってくれてるんだな。」

    コイツの胸のあたりに光る、ダイヤとはまた違った、きらめきを持つガラスで出来た、靴の形をしたブローチだ。


    「ものがいいもの。・・・バレンタインデーのお返しにって言って、豪くんがあたしに甘酒を渡したとき、どうしようかと思ったけど。」
    「悪かったな。」
    「ホワイトデーだから、白いものを渡したらって、零さんからのアドバイスもアドバイスだけどね。」
    「び、美容にいいって思ったんだよ。店のものだし、すぐ手に入るしよ!」
    「このブローチ、豪くんのおばさんが選んでくれたのよね。」

    そういうと、俺の彼女は慈しむようにブローチに手を当てた。ガラスの靴のブローチは、おばさんが選んでくれたものだ。

    「義理チョコだから、こんなにいいものもらっちゃって、逆に申し訳なかったわ。」
    「でっかいハート型の真ん中に大きくホワイトチョコで、【義理】って書いたチョコレートなんて、おめーの手作り以外ありえねえだろうがよ。・・・こっちこそ、その・・・」


    高校の時に、俺にだけ渡された義理チョコ。カバンにギリ収まる大きさで、家に帰ったときに開けたときの、綺麗な字で書かれた【義理】と言う字と、鼻腔をくすぐるような甘い匂いが未だに俺は忘れられなかった。

    一年に一度、女の子の方から親愛の印であるチョコレートを渡す儀式がある。バレンタインデーという奴だ。

    「これは、どうしたもんか……」

    そう言った行事は、オレには無縁だと思っていたのに、貰ったのは白いチョコレートで、「義理チョコ」と書かれていた、大きめのハート形のチョコレートだった。義理だからと言って渡されたはいいものの、ほかのメンバーが貰ったチョコレートに比べて、自分の分だけおかしいと思っていたんだ。他のメンバーには、ホイルの型にチョコレートを流し入れて固めたものを袋に詰めたと言った具合なのに、オレにはご丁寧に箱がついていた。何か企んでるんじゃねえかと、酒の配達のあとで、箱を開けると、そこには、甘い香りのする、ハート形のこげ茶色の物体があったのだ。ご丁寧に、「義理チョコ」と書き添えて。

    「……なに考えてんだ、千絵ちゃんのやつ……」

    こんなオレにチョコレートをくれる酔狂な女は、ひとりしか心当たりがない。明日学校で、どう返そうかと思っていると、背後から声が聞こえた。

    「豪くん、バレンタインのチョコレート貰ったの?モテるわねぇ」
    「ち、違うって、叔母さん」

    チョコレートを見て茫然としているオレに、居候先の叔母が、興奮したように肩を叩く。

    「女の子から?女の子からなんだね?豪くんの良さをわかってくれる子がきっと現れるって、オバさん、信じてたの」

    叔母さんは、親父に捨てられた俺を拾ってくれた叔父さんに並ぶ恩人だ。俺はこの人に、何を言われても何をされても、一生逆らえっこないのだ。

    「いや、落ち着いて見てくれよ、義理チョコって書いてあるって」
    「こんなに手間がかかる義理チョコなんてないわよ。お茶目な子だね。これはきっと、豪くんに気を使わせまいと思って、義理チョコなんて書いてるのよ」

    年齢問わず、女ってのは、なんでこういう好きとか嫌いとかに首を突っ込みたがるんだ。半ばあきれている俺に、叔母さんは、良かっただの、絶対に逃すんじゃないよなどと、盛大に勘違いしながら、俺の肩を叩いていた。


    物は貰ったら、お返しをしなくてはならない。等価交換って奴だと、癖っ毛頭の眉なし野郎が言った。

    「好意を寄せられたら、それに応えなきゃいけないのだよ、豪くん」

    おめえはどうなんだよ、一堂零。こいつはこいつで、学校一の美少女、唯ちゃんに本命チョコとやらを貰っているはずだが、俺にも何も言わない上に、唯ちゃんと顔を合わせても、いつもどおりの笑い仮面で、語尾にも仕草にも色恋めいた気配を感じさせない。あれは唯は苦労するわねと、俺に義理チョコをくれた女の子、千絵ちゃんがぼやいていた。その千絵ちゃんに対して俺は、チョコ美味かったぜとしか気持ちを伝えられないでいる。
    好意を寄せられたら、答えなきゃいけない、か。
    色恋なんて、俺の人生には無用だと思っていた。俺がこの世で信じられる好意はただ一つ。

    「豪くん。もう店の掃除はいいから、休みなさいな」

    叔母さんだ。俺を捨てた糞親父の弟が、俺を拾ってくれた叔父さんで、その連れ合いが叔母さんだ。血など繋がっていないのに、何かと俺の着るもの食うものに魂を注いでくれた。

    「叔母さんも疲れちゃったから、出来合いのコロッケでいいね?」

    料理が苦手なのをやたらと気にしているけれど、俺と食卓を共に囲むのを、当たり前のように接してくれるだけで有難い。

    「早くしないと冷めちゃうよ?さっきから何を探しているの?」
    「えっと……、甘酒と包装紙とリボン……」

    バレンタインデーの一ヶ月後は、ホワイトデー。お返しの日は明日に迫っていた。俺には千絵ちゃんにお返しできるものは何一つ持っていないし、買う金もない。あったところで、気の利いた物を送るセンスもない。
    それならばと、俺は人生の水先案内人の一堂零に教えを乞い、奴は、高らかに託宣を述べたのだ。
    ホワイトデーと言うなら、白いものを送ればいいんじゃない?君のうちは酒屋だし、千絵ちゃんは未成年だから甘酒なんてどうだろう?滋養たっぷりで美容にもいいのだ、と。

    「馬鹿っ!」

    中学留年を繰り返しても、決して声を荒げなかった叔母さんが、店のシャッターを響かせんばかりの勢いで、俺に怒鳴った。

    「せっかく出来たガールフレンドを、なんだと思ってるんだい?」
    「だから、付き合ってねえんだって叔母さんっ」

    ハート形のチョコに書かれた義理チョコの文字、料理が苦手なはずの千絵ちゃんが、食えるレベルのチョコを作ってきたことに、俺は彼女の好意が、わかっていた。けれどそれは、自惚れていいレベルかどうかまでは、俺にはわからないのだ。

    「こう言うのは、男の方から倍返しにして、外堀埋めて逃げられなくするのよっ」

    ツケ払いの溜まってる客に、その凄みを何故使わないのかというくらい、どすの利いた声と眼力で、叔母さんは俺に迫った。

    「ついておいで、今から馴染みの店のシャッター開けさせて、女の子がころっと参っちゃう物を用意してもらうから!」

    叔父さんの飯のしたくはいいのかよと俺が異議を唱えると、そんなもん、大人だから勝手にやるわよと叔母さんは言いかえした。この夫婦を見ているせいか、俺は男女間にいまひとつ幻想を持てない。

    「お礼なんて良かったのに」
    「嘘だろ?」
    「嘘よ。あたしのこと考えながら選んでくれたのって、気分いいわ」

    ホワイトデーの日だ。お返しをすることができて、どうにか俺は格好をつけることができた。

    「綺麗なブローチね。スワロフスキーかしら?」
    「……知らねーよ」

    知るわけがない。叔母さんが知り合いの店のシャッターを強引に開けさせ見繕ってくれたものだ。あまりにキラキラピカピカしている綺麗なブローチだから、お洒落な千絵ちゃんにピッタリだと、俺は値段も見ずに、直感で選んでしまった。叔母さんがブローチを買うために万札で払った時、俺は少し青ざめたが、豪くんが選んだのならそれでいいと、叔母さんは顔色ひとつ変えなかった。

    「相変わらず、ぶっきらぼうなんだから。学校で渡してくれたらいいのに」
    「いや、その……」

    どうせなら、これも持っていけと、叔父さんに甘酒を一升瓶で手渡されたので、流石に学校にそんなものを女の子に渡すわけには行かず、夜に、千絵ちゃんちにお返しを持っていく段取りになったのだ。

    「一升瓶くらい、余裕よー。バレー部の千絵ちゃんだもの、力はあるわよ。最初にお返しに甘酒を見せられた時、どうしようかと思ったけどね。うちの家族みんなでいただくわ」

    三月といえど、夜は寒い。しかも配達終わりに、千絵ちゃんの家を訪ねると約束したものだから、本当は今頃、風呂に入っててもおかしくない時間帯だ。

    「悪いな。つまんねえもん押し付けて、千絵ちゃんの時間を取っちまってよ」
    「……そういうこと、言わないの。ね、疲れたでしょ?あたしの部屋に来ない?甘酒を温めるくらいなら、あたしにも出来るわ」
    「い、いいよっ。年頃の娘さんの部屋に、俺みたいなのが入るわけにはいかねえよっ」

    俺は必死で、首も手も振った。これ以上、千絵ちゃんの好意に甘えるわけにはいかない。千絵ちゃんちのインターホンを鳴らす時、ご家族になんて挨拶をしようと頭の中がいっぱいで、ご家族がなんて思うか、可愛い千絵に何しに来たと警戒されやしないかと、心臓が高鳴っていた。そんな俺の不安を打ち消すかのように、インターホンを鳴らすと一秒以下の速さで千絵ちゃんが応答して出てきてくれたのだ。待ち構えていてくれたに違いない。これほど有り難いことも、嬉しいこともないだろう。

    「ずいぶん、自分に対して評価が低いのね。学校では荒ぶっているけど、本当の豪くんは慎しみ深いというか、侘び寂びというか」
    「なんだそりゃ?」
    「好きよ、そういうところ」
    「……………へ?」
    「多分そういうのは、あたしにしか見せないのよね」
    「からかうなっつの!」

    俺が千絵ちゃんから貰ったのは義理チョコだ。千絵ちゃんが言った「好き」は、俺が自惚れていい好きじゃない。

    「学校で渡してくれなくて良かった。こんなに綺麗で素敵なブローチ、大事にしたいし、やはり二人っきりで渡されたいもの」

    好意には応えなければいけないと一堂零は言い、それに応じるために叔母さんは、俺にブローチを用意してくれたのだけれど、夜にこんな可愛い子と二人っきりだなんて、心身ともに堪えてしまう。

    「じゃ、次の配達があるから、行くわっ」

    とうに配達など終わっているのに、俺はこの状況に耐えきれず、配達用のバイクに跨った。

    「もう行くの?」
    「居候の身だからな。……俺はつまんねえ男だぜ」

    好意に答えなければならないとしたら、これが精一杯だ。千絵ちゃんは、零と唯ちゃんに当てられて、俺をからかっただけだろう。それに、こんなに可愛がられて育った子が、俺と釣り合うわけがない。心の中でそう唱えても、叔母さんがブローチを買ったあとに言った言葉が忘れられない。「義理だろうとなんだろうと、豪くんにその気になってくれたお嬢さんがいてくれて、嬉しいのよ。それなら可愛いものをプレゼントして、二人でその気になれば、いいじゃない」なんて。重すぎるぜ、好意ってやつが。叔母さんも千絵ちゃんもよ。

    「いつ、その後ろに乗っけてくれるの?」
    「なんの話だよ?」
    「バイクの後ろに乗ってみたかったの。なんなら今から行かない?」
    「き、今日は無理だ。千絵ちゃんが被るヘルメット……探しとく」

    断った時に千絵ちゃんが失望した顔を見るのが怖くて、適当に約束をしてしまった。……これ、デートってやつになるのか?

    「きっとね!」

    彼女のキラキラした瞳を見ると多分もう、この件は有耶無耶には出来ない。まあ、いいか。俺にもこういう思い出が、人生の中にあったって。俺はつまらない男だから、一緒にいても失望させるだけだと、わかってくれたら、それでいい。俺が千絵ちゃんに渡した、キラキラ光るブローチも何度か身につけて貰えたらそれでいい。後は、千絵ちゃんが誰かの嫁に行く頃には、何処かに紛れて無くなってしまうんだろう。

    「もういいだろ!帰るぞっ」

    話を強引に打ち切る俺に、豪くんはシンデレラみたいねと、千絵ちゃんが返した。

    「いつも、おうちのことに追い立てられてるもん。ごめん、豪くんちを悪く言ってるんじゃないわ。……あなたに素敵なことがあったらいいなって思っただけなの」

    千絵ちゃんが、その場で付けたプレゼントのブローチは、ガラスの靴の形をしていた。

    「あたしこそ、豪くんの大事な時間を取ってごめんね?いつか、パパもママも気にせずに、インターホンを待ち伏せじゃなくて、じゃんじゃん電話も出来るようになりたいわ。豪くんもそう思ってくれるでしょう?」

    ブローチを買うために、叔母さんは万札を出した。そこからお釣りがいくらか返ってくる値段帯ではあったけれど、冷越酒店は潤っているわけではない。俺が卒業して、倍働くから、その分の給料から引いてくれと叔母さんに言った時、叔母さんは「それなら、叔母さんに孫の顔を見せるガッツくらいは出して頂戴よ。幸せなんて、きっかけを掴んだら、あとは豪くん次第なんだから」と笑っていた。
    何が、孫だよ。叔母さん、俺と血なんか繋がっていないのに。
    幸せなんて自分しだいと、俺は少しずつ腹を決めた。

    「俺も……声を聞きたいけどよ。長そうだな、千絵ちゃんの電話は」
    「豪くん、忙しいし紳士だから、夜は声しか聴けそうにないもの。」

    デートで迎えに行くのが、カボチャの馬車ならぬ、原付バイクでなんて、若いうちだけかもしれない。二人っきりになるのが、お互い怖くなくなったのなら、結局、決めていくのは俺なんだろうな。叔母さん、あんた正しかった。外堀を埋めて逃げられなくするなんて、可愛がられて育った千絵ちゃんにこそ効くのかもしれないな。

    「卒業したら、バイクじゃなくて車に乗せてやるよ」

    その時は、きっと、二人しかいない空間だ。

    こまつ Link Message Mute
    2019/07/29 19:37:44

    豪千絵(奇面組)のよくありがちなプロポーズ話の前編

    #奇面組 #冷越豪 #宇留千絵

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