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    チャコ零「〇〇〇しないと出られない部屋」「セックスしないと、出られない部屋・・・」



    [この世界の片隅の誰の邪魔にもならないところで]




    気がつくと、零とあたしは何もない真っ白な部屋にいた。広さは八畳間ほどで、窓も何もなく出口はといえば、古めかしいドアノブのついたドアだけだ。
    そこに零がさきほど、つぶやいた言葉が、素っ気なく紙に書いてあった。


    「ちょっと待て、チャコ。何で君が服を脱ごうとしているんだ。」
    「・・・服を着たままする派なの、零?」
    「いや、だからその・・・」


    この男をからかうのは面白い。


    「早くしようよー。今日は魔女っ子メグちゃんの最終回なんだから。」
    「それ、再放送で何回も見ただろう?そんなことより、この状況をおかしいと思わないのか?」



    こういう話題になると、零は不思議と生真面目だ。


    「鍵がかかってる。」
    「あぁ。二人で体当たりしたら、壊せなくもない。」



    別にセックスしたっていいんだけどな。



    「このドアって、鍵穴ないよね。」

    零は、あたしの髪の毛を少し撫でてたけど、その言葉を聞くと手を止めた。



    「・・・無いのか。チャコのヘアピンで開けようかと思ってたのに。」


    くすぐったくなるような手つきで、零はあたしの髪の毛を触っていたくせに、ドアに鍵穴が無いことに気づくと、そっけなく手を引っ込めた。
    零は、いつも断りもなくあたしを触っては、勝手に触れるのをやめる。



    「壊すの?後で損害賠償とかなんとか請求されたらどうする?」



    もうセックスしたほうが早くない?


    「そもそも、だ。」



    ほんとは、この男って理屈っぽい。


    「セックスしないと出られないってあたりで疑問点がいくつかあるぞ。」
    「かなり縮めた文法だけど、この場合、あんたとあたしってことだよね?」
    「脱ぐな、と言ってるんだ、チャコ。」
    「零は脱がしたい派?」
    「そんなことを言ってるんじゃないっ。」

    そんなに叫んだら、酸欠にならないかな?
    身軽な零が天井からの脱出もありかなと思っていたけど、空気孔は思ったより狭くて、それも叶いそうにない。

    「ここって時計もないんだよねー。魔女っ子メグちゃんの最終回始まっちゃうかなぁ。」
    「いいから服を着るのだ、チャコよ。」

    零は、くるりと後ろを向いた。
    別にあたしはそんなきわどい格好をしているわけじゃなく、カットソーを胸のあたりまで捲り上げていただけだ。

    「私は見てないからなっ。」

    確かに、ブラジャーのあたりまで見えている。
    二つの胸の膨らみは、なんでもできる証拠なの。
    あぁ、オープニングテーマの歌詞が湧いて出るほど魔女っ子メグちゃんが見たい。



    「ところで零。」

    あたしとセックスしたがらないのは、あたしがそういう対象じゃないからだろうか。
    生真面目だなぁ。唯ちゃんとの予行練習だと思えばいいのに。


    「今から、早回しでセックスしたら魔女っ子メグちゃんに間に合うかなぁ。」

    あたしは、零の一番じゃなくたって、零があたしに触れてくれた感触を思い出すだけで、生きていけるけどね。




    「・・・服を着たか、チャコ。」

    あ、今の声、怒ってる。


    「安易な考えに逃げるのは捨てることだ。まだ希望がある。」

    どうせロクでもない案なんだろう。零は遠慮もなく無造作にあたしの肩に手を乗せる。



    「セックスをしたら、この部屋から出してくれる。
    ということは、判断をする人間が部屋の外にいるということだ。」
    「そーだね。」
    「君も再放送の魔女っ子メグちゃんが見たいなら、私も、そのあとの放送のガンダムの最終回が観たいのだよ。」
    「ララァ死ぬじゃん。」
    「それは前回だっただろう。」

    お互い再放送で最終回を何度も見たとは言え、それなりに拘りがあったりする。・・・二人ともいい年なんだけどね。

    「そういえば、ガンダムのエンディングテーマって結構ひどいよね?」
    「そうか?名曲じゃないかな。」

    「あたし、ソラで歌えるよ。
    覚えているかい、少年の日のことを♪」

    「暖かいぬくもりの中で目覚めた朝を♪」

    二人して、サビをハモりだした。

    「「アムロ、振り向くな、アムロ♪♪」」


    零の歌声は、あたし大好きだ。例え、アニメソングでも。

    「・・・ひどいよね。覚えているかいって自分から訊いておきながら、最後に、振り向くなアムロだよ?」
    「男とは、そういうものなのだよ、チャコくん。」


    男は涙を見せぬもの、なんて続くけど、そんな生き方、しんどくないかな。


    「まだ、魔女っ子メグちゃんの方が優しいよ、あなたの涙はアタシの涙だもん。」

    「お互い、見たいアニメが一致したところでだ、早く此処から脱出せねばなるまい。」
    「セックスすんの?」
    「君、さっきの話を聞いてないだろ?」


    話が戻った。

    零の言い分はこうだ。
    セックスをしたら、この部屋から出してくれる。この部屋の外に、セックスをしたかどうか判断する人間がいる。


    「随分と悪趣味な人間のようだがな。この部屋にカメラの類がないということは、物音で判断するんじゃないだろうか。」

    零が額に手をやって凛々しくこちらを見る。
    その表情に昔からあたしは弱くて、ドキドキするんだ。


    そして、あたしたちは、零の秘策を実行することにした。



    「助けてくださーい!!!」
    「助けてくださあーーい!」


    外の人間も、人間である以上、情に訴えてみてはどうか?

    それが零の秘策。

    あたしは、零の言うことなら、と、零と一緒に外の人間に助けを求める。


    「ここから、出してくださいっ、困っているんです!」
    「いいぞ、チャコ!」
    「うちのペットが、うちのチーターが!!」

    「ナイスだチャコ、そのまま情に訴えろ!」






    「腸捻転(ねんてん)でんねん!!」










    零に、コブラツイストをかけられた。


    「いったあーい。」
    「・・・君が男だったら、グーで殴っていたところだ。」

    呆れたように、零が呟く。この男が、暴力を振るうとしたら、あたしくらいなもんだろう。だってあたし・・・零からみたら女の子じゃないもんね。
    それでも、本当はコブラツイストのまねだけで、たいして痛くもなかった。普段使わない肩の筋や、うち太ももの筋をストレッチみたいに伸ばされた痛気持ち良さがあるくらいで、零があたしの剥き出しの首に腕を絡ませたときなんか、くすぐったくて熱くてドキドキしたくらいだ。


    「・・・しかし、女の子のからだって柔らかいもんだな。」


    零があたしの体に技をかけた腕を、自分でマジマジと眺めて呟いた。

    「零?」
    「わ、私は劣情を君に催したりはしないからなっ!」

    ほんとにめんどくさい。


    「次の手を考えよう。これ以上君といると、私は調子を狂わされる。」


    あんたが、周囲に散々言われている言葉なんだろうけどね。


    「外の人、仮病使っても無理そうだもんね。」

    多分小手先じゃ通用しない。あたしが生理だったら零がお腹を壊してたらどーするんだろと思ったけど、流石に口に出していうのも恥ずかしい。
    ただ、体感的に魔女っ子メグちゃんやガンダムの最終回の放映時間は過ぎてそうだ。
    それなのに。
    おかしいな。あたしはトイレに行きたくならないし、喉も乾かない、お腹も空かない。

    時計のない、何もない、真っ白の部屋。

    彩っているのは、あたしと零のからだだけ。

    あたしは、すごく怖くなって、身震いをした。・・・何も感じない。それって死んでいるのと同じじゃないか。


    「・・・震えている。大丈夫か、チャコ。」


    零は、いつも遠慮も前触れもなく、あたしに触る。零の指は器用で細くて長い。その指があたしに触れるのは、髪とか肩とかくらいだけど、・・・とんでもないところを触れられたら、あたしはどうなるんだろうか。

    「こっちに、おいで。少し座って休もう。」

    そう言うと、零はあたしの腰を自分の方に引き寄せた。その器用で細くて長い指先と手で。
    あたしの腰と零の腰が近づいた。

    「ほら、こうすると温かいだろう?」


    服越しに、零のほどよく柔らかくしなやかな筋肉がついたからだを感じる。温かくて、人心地がして、気持ちが落ち着いて、涙腺が緩みそうだ。

    何もない白い部屋。

    この部屋で感じる、見るもの、聴く声、からだが近づいてからわかる、零の汗が混じったハチミツのような匂い。全部、零から、与えられた感覚だ。





    「さっきは・・・」

    二人で並んで座っていると、零はあたしの手をギュッ握って呟いた。


    「その、君に悪いことをした。私ひとり、躍起になって、君に私の考えに無理やり付き合わせた上、怒ったりして。」

    腰と腰。手と手。

    あたしは零の体温を感じ取っている。
    このまま、唯ちゃんも奇面組の連中もおかーさんも、何も言ってこない、邪魔をしてこない世界なのなら、もうセックスなんかいらないから、このまま、何もないこの世界の片隅に居ても構わないと思う。

    「零は謝らなくていいんだよ。」


    あたしは、零が奇面組の連中とつるむようになってから、零が毎日学校を引っ掻き回すようになってから、そのそばに、可愛い女の子がいて、その子を嬉しそうに零が見つめるようになってから。知らないところで世界を広げていく零を、知らないところで大人になっていく零を、引き留められるものなら、引き留めたいと思っていた。



    「あたしが悪いんだ。零のことをよくわかりもしないくせに。」


    もし、引き留めたいと思っていたことが、ほんとに神様か誰かが願いを聞き入れてて、誰の邪魔も入らないところに零と私を閉じ込めたとしたら・・・


    「もうこの話はこれまでにするのだ、チャコ。今は二人しかいない。二人とも申し訳ない気持ちになったり、荒んでしまっては、どうしようもないだろ。」


    「・・・あんたって、基本可愛くないよね。」
    「その割には、君も私の手をギュッと握って離さないな。」
    「だって、あんたの手、温かくて気持ちいいんだもん。」

    「そんなことを言ってて、いいのかなー?私も男だぞ。」

    セックスしたら解決するなんて、安易な考えに逃げるのは捨てろといったくせに。どうせ、その気もないくせに、この男は。

    いつも無邪気でアホ面で、トラブルメーカーで、脳天気で、おちゃらけてばかりいるけれど、本当は理屈っぽくて、何処か醒めている。それが、思慮深く見えるときがあれば、ぞっとするほど、冷ややかに思えるときもある。


    子供の頃は、零のお母さんが生きてた頃は、そうじゃなかったように思う。



    「だいたい、セックスの定義って何?」
    「・・・君、女の子だろ。」

    よくもまあ、明け透けと。と零は続けた。

    あたしの腰は零の腰に、あたしの手は零の手をそれぞれに、合わさっている。


    「私も良くは知らないけど、好きな人間どうしが、裸で抱き合って繋がることなんじゃないか?」


    零は、照れたのか、ふいと横を向く。
    今もまだ、手と手が繋がったままだ。


    「だいたい日常会話でここまでセックスなんて言うことあるかい?」
    「まあ、秘密にしたいことではあるよね。」

    「それに私は、セ・・・そういうことをする相手は、生涯で一人だけって決めているのだよ。」



    あたしの中では、零とのセックスはもう始まってると思っていたけれど、零はあたしに、秘密を触らせてくれそうにない。

    さあ、早くここを出て、二人で魔女っ子メグちゃんとガンダムの最終回を見よう。


    零はまだ、ここを出ることを夢見ている。 セックスすることもなしに。この男が、一緒に閉じ込められた相手があたしではなく、唯ちゃんだったら、とっとと、唯ちゃんを抱いて思いを遂げたのだろうか。
    その時、唯ちゃんは、素直に零に抱かれるのかな。



    「何かの本で見たのだが、セックスは気の交換もあるらしいぞ。」
    「・・・ビックリした。」
    「どーした、チャコよ?」
    「あんたも、その手の本を見るんだねー。」

    「君は私を棒っきれか何かだと思ってるよーだな。」


    苦笑いをしながら、甘くあたしを睨む。
    棒っきれだったら、どんなにいいかな。

    あんたの定規で引いたような大きな切れ長の瞳、少し上を向いているけど、通った鼻筋と、キュッと上がった小さめの口もと。がっしりして余分な肉のついていない顎の形。たるんだところのない肢体と姿勢。・・・子供っぽい癖のある髪の毛。

    変わった顔立ちだけど、あたしから見たらこのうえもなく涼やかで凛々しくて、男の子っぽいけど男らしい。

    そして、色っぽい。



    「と言うわけでだ、チャコ。」


    零は、あたしに呼びかけるとき、必ず名前を呼ぶ。



    「秘策を思いついた。」


    どうせ、ロクでもない。



    「私は今から君に愛の言葉を囁く。それに乗じて君は、溜息とか吐息とか、そういう類いの呼吸をしてくれないか。」
    「そんなの出したことないよ。」

    「ふふっ、まかせたまえ。秘訣があるのだよ。」

    なんでこんなに楽しそうなんだろ。



    「君、空手をしたことがあるか?」

    零は、今から鬼ごっこやかくれんぼのウォーミングアップでもするかのように、軽やかに立ち上がり、さあ、チャコと言って、お姫様の手を取るみたいな仕草で、あたしの手をひいて立ち上がらせた。


    「2年生の時に、部活挑戦で空手部に入った時に教えて貰ったのだよ。丹田呼吸法って知ってるかい?」


    なぜ話が、空手へ飛ぶ。

    両足を肩幅の広さに広げて、肩の力を抜いて、ゆったり呼吸をして。・・・これって腹式呼吸かな?
    零はあたしに、新しい遊びでも教えるように、呼吸の仕方を教えている。


    「あー、なんか気持ちが落ち着いてきた。」
    「まだ姿勢が悪いな。丹田を意識するのだ。」
    「零、丹田ってどこー?」
    「もー。しょうがないなぁ、チャコは。」


    そう言うと零は、あたしの後ろに立って、自分の両腕をあたしの腰の方に包むように伸ばした。
    あたしが零の前に立って、零が後ろから抱きかかえるかのようだ。あたしと零は七センチくらいしか身長差が無いから、零の顔とあたしの顔が、横並びのようになる。

    そのまま、零の息遣いが聞こえた。

    「おへその下から指3本分」


    零の手のひらがそのまま、あたしのお腹に這っていく。ひんやりしていたはずのお腹が、零の手のひらの熱を奪って行くようだ。零が少しうつむくと、零の髪が、あたしの髪に少し交わる。そして、あたしの好きな、低く優しい声で、零はあたしに囁いた。

    「そのまま呼吸して。この呼吸法は身体にいいのだよ。」


    その態勢はあたしの心臓に悪いよ、零。
    あたしのお腹に手を回したら、その分、身体同士が、くっつく。
    零の、汗とハチミツのような匂いが、あたしの身体に纏わりつく。・・・こんな際どいことを平気で出来るなんて、やっぱり零にとって、あたしは女の子じゃないんだ。あたしに断りもなく触っては、あたしに呼吸をうながす。首筋に時々、零の呼吸があたった。


    「やはり、チャコは飲み込みがいい。」

    くすくすと零が笑う。零に褒められて嬉しくなったけど、零は昔から人を手放しに褒めるところがあって、人の心を勝手に触っていくところがある。

    「私が、初めて体験したときはお腹のあたりがポカポカしたものだが。」

    零はそのままあたしのお腹を軽くさする。あと数センチ下は、赤ちゃんが出来る場所なんだけどね。

    「チャコは今、どんな感じかな?」
    「・・・お腹の奥が、すごいよ。」

    言葉が続かない。

    身体の芯が熱くなってきたというのを、どう伝えたらいいんだろう。

    「なるほど。腹が減ってきたのだな、チャコは。」




    ・・・違う。


    「安心するがいい、ちゃんと君をここから出してあげる。そしたら、二人でお菓子でも食べながら、魔女っ子メグちゃんを見よう。」


    そう言って零は、あっさりとあたしから身体を離した。零はいつもそうだ。勝手に人の心を触っては、こちらが触り返すより前に勝手に離れていく。





    改めて、零はあたしに秘策を伝える。


    私が、君に愛の言葉を囁く。

    君は、私の言葉の後に丹田呼吸法で会得した息を吐いてくれ。

    ドアの向こうの変態くんも、これで、我々が睦み事をしていると勘違いするに違いない。




    「さて。セックスごっこのはじまりなのだ、チャコ!!」


    馬鹿みたいだよ、零。


    零は、君に髪の毛ほどの傷もつけずに、この部屋から出してあげるから、と躍起になっている。

    そんなに、あたしとセックスしたくないのかな?


    男はみんなスケベでヤりたい奴ばっかりだなんて、色男組の誰かが、うちのクラスの可愛こちゃんを口説くときに言ってたけど、零はそういうのに当てはまらない。

    抱けばいいのにな、あたしを。

    零があたしの人生に重ならないのなら、唯ちゃんが知ったら泣いてしまう羽目になっても、あたしは零の証が欲しい。傷をつけてくれたっていいじゃないか。それこそ、ヤるって軽い表現で、気軽にしてくれても構わない。・・・零もあたしも馬鹿みたいだ。



    「・・・好きだ。」

    零が、ドアの向こうの誰かに聞かせるように呟いた。
    零も私も、丹田呼吸法をするべく、ドアの前に立って、肩幅くらいに足を開き、大真面目に二人で並んで立っている。


    「・・・愛してる。」

    零の声は少し棒読みだけど、上ずっていて、頰も上気していて、可愛い桜色だ。恥ずかしいのかな?本当にそうだとしたら、零はなんて可愛らしいのだろう。


    「私を見ていても、しょうがないだろう、チャコ。」

    棒読みをやめて、少し熱のこもった口調で、零があたしを非難した。

    あたしが、愛の言葉を囁く零のほうばかりを見てて、肝心の呼吸を忘れてしまっている。あたし、あんたといると自分を、忘れるんだ。零は早口であたしを責めた。


    「セックスは気の交換だと言っただろう、呼吸を忘れてどーするのだ、チャコよ。」
    「ご、ごめんなさい・・・」

    言い過ぎたかな、と言った表情を浮かべて零は続ける。


    「希望を捨てないことだ、チャコ。魔女っ子メグちゃんが待ってる。君も私も帰るところがあるのだよ。」

    ガンダムの最終回の、帰るところがある、こんなに嬉しいことはないってシーンを思い浮かべているのかな?零はあたしの魔女っ子メグちゃんを気にかけてくれているけれど、本当はもう、どうでもいい。

    このまま、帰れなくても構わない。


    「好きだ・・・」
    「すーーはーー」
    「愛してる・・・」
    「すーはーーすー」
    「可愛いよ・・・」
    「はーーすーはー」
    「好きだ・・・」
    「すーはー」
    「愛してる・・・」
    「すーはーすー」
    「可愛いよ・・・」
    「はーすーはー」

    「素敵だ・・・」


    うわずった声で続ける、虚ろな愛の言葉を、あたしは丹田呼吸法で返している。内心、本心だなんて関心ない。あたしが欲しいのは、こんな言葉じゃないし、零がこの言葉をかけたいのは、ショートカットの可愛い女の子なんだろうな。



    「・・・零。」

    あたしは丹田呼吸法をやめた。


    「どーした、チャコ。」
    「これ、飽きてきたよ。」

    かれこれ10分ほど、このやりとりをしている。

    「だろうな。そろそろ君もそう言うと思っていたのだ。」


    丹田呼吸法を教えてくれた時、あのまま零が私を後ろ抱きのまま身体を離さずに、好きだ、愛してる、と呟いてくれていたら、このよくわからないセックスごっこも、もう少し、身が入ったのかも、しれない。

    なんだ、あたし。

    結局、カラダなのかな。



    「このやりとり、どれくらい続けるつもりだったの?」

    実際、どのくらいの時間を要するか、よく分かっていない。

    「んー?あと10分くらい?」
    「・・・あたし、よくわからないけど、男の人って、そんなに保つものなのかな?」
    「げ、下品だなっ、君は。」

    桜色した零の頰が、さらに真っ赤になった。

    「もっと、バリエーションだって必要だと思うよ。」
    「甘い言葉とか欲しかったのか?」
    「そうだね、お砂糖とか、シュークリームとか。」
    「甘いの種類が違うだろ。やはり、腹が減ってきたのだな、チャコ。」
    「あたしお腹減ってないんだよね。零は減ってるの?」

    「いや。」


    零は、この何もないがらんどうの部屋の白い天井を見上げた。



    「実を言うと、私も空腹じゃないんだ。いつもなら夕方のアニメの再放送の前に、おやつを食べたくなるくらいなのにな。不思議と、今日は喉も乾かない。」


    零も、気づいていたのかな。

    この部屋が、時を止めてしまっているのではないかということに。


    「まあ、お互い緊張してるんだなっ。今まで、きょうだいみたいにやってきたもの同士が、急にセックスしなきゃダメだなんて言われるんだぞ。」

    この嫌な予感を拭い去りたいように、零は、アハハと笑い声をあげる。

    「後学のために聞くけどさ、チャコは愛してるとか好きだとかの他に、どんな言葉のバリエーションが欲しかったんだい?」

    「言葉じゃないよ。」

    あたしは虚ろに笑う零を、真剣に見返した。



    「女の子のほうだって、好きな男の子に愛してるって言われて、おとなしく丹田呼吸法ばかりしてないと思う。」

    零は笑うのをやめた。


    「零はさっき、セックスのこと、好きなものどうしが裸で抱きあって繋がることって言ってたけど、あたしもそう思うよ。」

    あたしは零の頬を触る。零は、瞳だけ、あたしの手を見たけれど、他の場所はピクリとも動かない。


    「・・・好き。」


    あたしは、自分の秘密を打ち明けた。
    零は、その定規で引いたような切れ長の目を、少し丸くさせた。
    あたしの掌が包んだ、零の頬と顎ががかすかに動く。


    「チャコ、今なんて・・・」

    好きなものどうしが繋がる。好きの種類がどうかなんて、もう、知ったことじゃない。

    あたしは、あんたが好きだ。

    お馬鹿なところ、みんなの調子を狂わせる奇天烈なところ、変なところでクソ真面目なところ、本当は凄く強情なところ、たまに冷たいところ、気まぐれに優しいところ、・・・優しすぎて、多分、たくさん傷ついたことがあって、でも、絶対にそれを見せないところ。


    「愛してる。」


    あたしは両手で、零の頬を包んだ。
    にじり寄るあたしに、零は気圧されたのか、少し後ずさりをして、壁に、零の背中があたる。


    「ご、ごめん!チャコ。そんなことを急に言われても私は・・・!」


    壁に追い詰めたあたしを、戸惑いながら見つめ、絞り出すように声を出す。・・・そこから先の大事なことなんて言っちゃ駄目だ。

    「可愛いよ、零。」


    あたしの指が、零の冷たい耳朶に触れた。男の子を壁に追い詰めて、身体ごとで閉じ込めている。やっていることが、男女逆だ。


    「何やってんの、零。呼吸は?」
    「え?」

    二人が抱きあったら、お互い胸のあたりが、早鐘のように共鳴しそうだけど、多分、あたしが望んでいることと、零の望んでいることは違う。



    「忘れたの、丹田呼吸法?」
    「え?あ、あぁ。」
    「セックスごっこ・・・」
    「・・・なーんだこれ、男女逆のつもりでやっていたのか。チャコめ、それならそうと先にいいたまえ。」

    零は、肩透かしをくらった表情と、少しホッとした声で無理やり明るく笑った。



    「い、いやあ、ドキドキしたぞ、チャコ!意外に色っぽいのだな!君は。」


    あんたも、半端なく可愛いけどね。


    「・・・それより、この姿勢って落ち着かないな。」


    零が壁に背をもたれた姿勢で、あたしが身体ごと零を囲いこんでいる。


    「やはり、丹田呼吸法をするには、肩幅くらいに足を広げて、姿勢よくしないと・・・」
    「ここを意識するだけじゃ駄目なの?」

    あたしは、零のお腹に手を触れた。

    おへその下から指3本分下。
    零があたしに触って教えてくれた場所だ。やっぱり零は男の人なんだな。零の丹田は固くて温かい。



    「な、なにを触ってるんだ、なにを!!」
    「丹田。」
    「そういう意味じゃなくてっ。」

    あんた、さっき私に触れたじゃない。

    「あんたの丹田って、固くてゴツゴツしてるね。」
    「そりゃ、男だからな。君みたいに柔らかくて、気持ち良くはない。」


    気持ちいい、という言葉に二人ともハッとした。


    「た、丹田のはなしだからな、丹田の!!」
    「日常生活で、ここまで丹田って言わないよね。」


    零は可愛いんだ、すっごく。こんな感情がグッと丹田のほうから込み上げてきたのだから、あたしはもう、どうにかなりそうだ。


    「危なっかしいな、君は。」

    零の丹田にあてた私の掌を、零はそっと離した。





    「どうせ、私のことを棒っきれか何かだと思っている。」


    安心するがいい。君に髪の毛ほどの傷もつけず、この部屋から出してあげるから。



    零は本当に優しい、そして馬鹿だ。


    「私だって健康な男の子なのだよ。女の子にそれなりに欲求だってある。」


    壁際に身体ごと零を追い詰めて囲いこむあたしに、零は、あたしの好きな低く優しい声で、あたしを諭すように言う。

    「あたしの目を見て言ってよ、零。」
    「ここまで言って、まだわからないか?チャコ。」

    自分で言った内容に照れているのか、下を向くとあたしが覗きこむからか、零は目線を横にそらしたままだ。

    「わからないよ、零。」


    この何もない白い部屋に二人しかいないのに、お互い名前を呼び合う。

    「欲求があるのなら、あたしが受け止めてあげるよ。」


    傷一つつけずにこの部屋を出るなんて、嘘だ。

    行為のなかで、あたしじゃなく唯ちゃんをかさねあわされたって、あたしは平気だ。


    「全部、零だもん。」


    あたしに傷をつけたらいい。

    「嘘だ、そんなの。」
    「証なら、あるよ。」

    見せてあげるよ。

    息殺して、爪先立って、目を閉じて。あと1センチというところで、零にちかづく。零と身長差が7センチくらいで良かった、キスをする時にたいして屈んでもらわなくてもすむから。


    「ちょっ・・・チャコ!!」


    あたしの唇と零の唇を重ね合わせた。
    唇同士が被さってて、丹田呼吸法なんか、どっかにいってしまってる。

    零に歯を食いしばられるかと思いきや、意外とあっさり、あたしの舌で、零の歯をこじ開けられた。

    零がどんな眼で見ているのか、知るのが怖くて、あたしは眼を閉じたままだ。


    ぴちゃぴちゃとわざと湿った音をあたしはたてて、零の歯茎を撫でて、零の舌に触る。

    子供の頃に嗅いだのを思い出した、唾液の匂い。

    零のハチミツと汗の混じったような髪の毛の匂い。

    あたし、あんたの癖っ毛大好き。あたしは両の掌で、零の髪の毛をわしゃわしゃと触る。最近、オシャレして、髪も少し整えてるけど、そんなことしなくても、あんたは凛々しくて素敵だって、あたしが一番知ってる。

    ああ。

    零のうなじの力が少し緩んできた。


    溶けてくれているのかな、あたしの唇に。あたしは、零が抱きしめてくれないこともおかまいなしに、零の胸にあたしの胸を押し当てた。


    激しく、心臓が波打っているのがわかる。そのまま服越しにあたしの胸を響かせる。


    あたしは眼を閉じたままの闇の中で、零の舌を激しく追う音と、零の髪の毛を触る掌と、零の胸に自分の胸をあてがう感触を、零の心に印をつけるように味わっていた。

    零、可愛いよ、零。


    あたしの丹田は、もうどうにかなっている。





    「はあっ、はあっ、はあっ。」

    息をしなくちゃ生きていけない。
    お互い、呼吸を忘れていた。息詰まる感覚で我に返り、目をひん剥きながら、ぜいはあぜいはあと、肩で荒く呼吸をしだす。



    「な・・・・・・・・・・なにすんの、チャコ。」


    あたしの舌を追おうとしなかったのは、経験がないからか、それとも、男の子の意地って奴だからか。
    子供みたいで凛々しさの欠片もない困ったような口調であたしに問う。

    そこでようやく、あたしは眼を見開いた。


    あたしが見出した髪の毛、服の皺。・・・零の丹田を見て気づく、男の子の印。それらを隠さずに、荒く呼吸する零は、途方もなく色っぽい。


    「・・・あんた、お昼ごはんに納豆食べたわね。」
    「サイッテーだなっ、君は。」


    零は、溶かされるかと思ったと、小さく呟き、ようやく力を抜いて、壁を背に持たれて、床に座り込む。


    「・・・チャコ。」

    口調は怒っていない。ただただ、零は惚けたように言葉を続ける。


    「ひょっとして、こういうことに慣れてるの?」
    「どうしてそんなこと聞くの?」
    「気持ち良すぎて、頭が吹っ飛ぶかと思った。」
    「あたし、女の子だよ。零にいつかこうすることが出来たらといつも思ってたことを、しただけ。」
    「・・・・・・・どすけべ。」
    「女の子に幻想をもたないほうがいいよ。もう一回、してあげようか?」
    「やめてくれ、君があまりにも痛々しい。・・・私にガンダムの最終回をみせるためとはいえ、こんなに激しい口づけをさせてしまったのだからな。」


    本気で言ってるの?

    「この期に及んで、アニメ?」
    「・・・なんてね。魔女っ子メグちゃんもガンダムも終わっている時間だということ、君ももう、わかっているんだろう?」


    零も、気づいていた。

    知らないふりをしたんだ、二人で空元気を出すために。


    「あれだけ激しい口づけをしても、この扉はビクともしない。」

    零は忌々しそうに、扉を睨んだ。


    「零は初めてだったの?」
    「私の何処を見たら経験豊富に見えるんだい。」

    自嘲気味に零が、笑う。


    「自分で気付いてないだけで、あんたって、実はモテるんだよ。」
    「君も割と気を使う性格だな?私は大丈夫。ここを出ることを諦めてもいない。」


    零が凄く色っぽいのは、こういうところだ。


    「ただ、君に悪いことをしたな。セックスごっこに付き合わせた上、なんだか君を辱めてしまった。」
    「馬鹿だねっ。謝るのはあたしの方だよ。」
    「あんなに気持ちの良い口づけの仕方を知ってるのってさ。・・・君には恋人がいたのかな?」

    馬鹿だ。

    「もし、恋人がいたとしたら、君の大事な思い出や身体を私の口づけで汚したことになる。」
    「恋人なんて、そんなのいたことないよ!」

    いたら、零とこんなところにいない。
    あたしが零以外に何もいらない世界を望んだからだ。


    「あたしが悪いんだ。・・・いつまでも零が誰のものにもならなきゃいいなんて、考えてたから!」

    あたしが高校で零を見るたびに、奇面組の奴らが、隣に唯ちゃんがいるたびに、いつも望んでいたことだ。幼い頃、零はいつもあたしのそばにいてくれたのに、触れる世界や取り巻く環境が広がるうちに、どんどん距離が広がってしまった。今じゃ、会うと憎まれ口を叩く程度のお隣さんで、それを寂しく辛く、唯ちゃんよりも先に零のことを好きになったのはあたしなのにと、醜く思うようになってしまった。

    世界の片隅で零とあたしが、二人でいられたら。
    幼い頃のまま、誰も入ってこない世界にいられたら。

    そんなあたしの望みが、何もない白い部屋に、零とあたしを閉じ込めてしまった。零の気持ちを汲みもせず。


    「それなら、私も同じだよ。」

    零は、ふぅっと息を吐いた。


    「さっき、君に恋人がいないと言ったのを聞いて、ホッとしたのだ。勝手な男だと君は思うだろうが、私だって、君には少なからず、情はある。」


    あたしは、耳にその言葉が入ってきても、突然すぎて、言葉の意味を捉えきれなかった。



    「私は、君がすごく慕わしい。」

    零の証を貰えたら、この世界の片隅の誰の邪魔にもならないところで、あたしひとり、それを頼りに生きていけるんじゃないかと思ってた。

    あたしが、零に誰のものにもならないでと望んだこと自体、零の未来を無くしてしまうことになりかねないのに。

    「小さい頃から君と私は一緒だった。いつの間にか、たまに出会ってはくだらないこと言いあって、立ち話で終わってしまうようになったけど、君といると私は子供の頃のように心が弾むのだよ。」

    零のいう、慕わしいという感情は、あたしほど重たく身勝手なものではないのだろう。

    零は優しい。


    「閉じ込められたのが、私で良かったと思っている。君はふてぶてしくて時々腹の立つやつだけど、十分に可愛らしいからな。他の男なら、とっくに欲望を遂げていたかもしれない。」

    そして馬鹿だ。


    「そんなの、想像するだけで私の胸が灼けつく。・・・なんて、君に恋人がいたとしたら、こんなことを言える筋合いは私にはないのだよ。」

    零は視線を床に落とした。口調はいつにもまして真剣だ。


    「でもさ。」

    ぎゅっと握りこぶしを零は作った。



    「君が私にセックスを促したように、他の男にも、君が、此処を出るためだ、仕方ないのだと、そんなことを思うだけで、私は・・・ごめん、言ってて考えがまとまらない。」


    ほんとに零は莫迦だ。

    「零、そっちへ行っていい?」


    あたしは零の返答を待たずに零のそばに座った。


    「そばに来ないで欲しかったな。私は君に言う気のないことを言ってしまうから。」


    返事をせずに、あたしは零に並んで、腰と腰を合わせた。零の体は温かい。熱を持ってるんだ。


    「零?」
    「うん」
    「あんたって、馬鹿だね。」
    「知ってる。」
    「あんたに、あたしがキスした時点で、もうあたしはあんたのものなんだよ。」
    「・・・一緒に部屋に閉じ込められたからって、私に何もかもを捧げることはないだろう?」
    「あんたって、いつも無邪気でアホ面で脳天気でトラブルメーカー、おちゃらけてばかりだけど、ほんとは、寂しがりやで、生意気で憎たらしくて、傷つきやすい子だって知ってた?」
    「だから、私は時々君に腹をたてるのだよ。」

    「生きているかぎり、傷つかないなんて、あり得ないよ。」


    あたしは、零の肩を組んだ。

    この抱擁は、友達じゃなくて恋人じゃなくて、ただ零を抱きしめてあげたかったからだ。



    「・・・もし、ここで他の男と君が閉じ込められたとして。」
    「うん。」

    あたしの熱も零に伝わったのかな。纏まらないと言っていた言葉が、早口に一気に伝わりだす。


    ふだん、零が人には見せない、真剣な熱だ。


    「君は聡明ぶって、抱かれるんだろうな。でもさ、チャコ。チャコが乱暴に扱われたり、裸にさせられて恥ずかしい思いをさせられて、こんな冷たく固い床の上で寝っ転がらされて、愛おしまれずに、痛みだけ残るやり方だったら、そんな目にチャコがあわされたら。チャコが大事に扱われなかったと考えるだけで。」


    私は君がすごく慕わしい。さっき、零が言った言葉が、あたしの両肩にふりかかる。

    髪の毛ひとつの傷もつけないから。

    零は本気でそう思ってる。零は誰よりも優しいから、誰の心も傷つけたくないから、心にかたく誓える強い性格だから、時々頑なで冷たく見えてしまうときがある。


    「君の心に悲しみが残るだけになって、それが一生、君の心に巣食うとしたら、あまりにも君が可哀想だ。」


    そして誰よりも優しいから、一人で人の痛みを考えて、自分が、倍に傷ついてしまうんだ。


    零は、奇面組にも唯ちゃん達にも、いつも笑ってる。

    笑ってるのは、誰の心にも、辛くて悲しいものを忍び込ませたくないからだ。傷をつかせないように。
    そんなこと、途方もなく無理なことはわかっている。
    誰だって、成長していたら生きていたら、どうしようもないことにぶち当たってしまうんだ。


    「そうならないように、零が抱いてくれてもいいんじゃない?」
    「なおさら、いやだ。」
    「ふふっ、やっぱり唯ちゃんじゃないと嫌なんだ。」
    「怒るぞ。いま唯ちゃんは関係ない。君を抱いてみろ。君のあられもない姿や声を、外の奴らに勘ぐらせてしまうんだぞ、耐えれるか。」

    そこまでは考えていなかった。


    「大丈夫だよ、ほら。零のやり方だったら、たいして声とか出ないかもしれないじゃない。」
    「私に気を使ったつもりだろうが、それはそれで腹の立つ言い方だなっ。」


    並んでいる身体と身体。組んでいる肩と肩。いま、目があいだして、二人は笑った。





    「・・・別にさ、あたしがあんたを抱いてもいいんだけど、な。」



    零が、ピクッと身体を震わせて、面食らった顔であたしを見た。


    「あたし、すっとこどっこいで、雑で、ふてぶてしくて、明け透けな奴だけど、あんたが誰よりも優しい人間だって知ってるよ。あんたを見て、凄いやつだと思ってる。」

    そんなあんたを、抱いてあげたいんだけどな。少しでもあんたに優しく出来て歓ばせることが出来るなら。


    「もういいよ。そんな君が痛々しいと言っただろう。ここから私を出すために、そんな事言って私を惑わせる。さっきの口づけだって、そうなんだろ?」
    「あんたってさ、奇面組の奴らや他の奴らを受け入れるのは大好きなくせに、自分が受け入れてもらうの、全然慣れてないじゃない。」


    受け入れてもらうのを教えそびれたのは、零の亡くなったお母さんだ。あたしは零の秘密にしたいところが何処か、知ってる。


    「いつも、学校の先生と戦って、自分たちを変な目で見てる奴らをヘラヘラと笑いながら見下して。あんた、本当はもうボロボロじゃない。」


    本当は、普通の男の子。

    そのはずなのに、小さい頃から変わり者で、人との距離の取り方がよくわからない、幼馴染のこいつは、いつもあたしと二人だった。あたしも同じくらい変わり者だったから。

    あたしは世間を相手しないことを選んで、零は世間を引っ掻き回して、おなじように変わり者の奴らを、助けることを選んだ。いつの間にか、立ち話しかしなくなった間柄というのはそこが原因だったのかな。

    零は、受け入れて貰えない奴らを、受け入れる。自分がそうして貰えなかった代わりに。誰の心にも傷をつけないように守る。自分が、甘えたくて愛されたくて守られたかった代わりに。

    小さい頃から変わり者だったあたしたち二人を優しく見守ってくれた零のお母さんの生き方を、自分で一生懸命なぞっている。

    そんなの並大抵のつらさじゃないよ。誰の心にも傷をつけないように守り抜くなんてあり得ない。生きていたら、たくさんの嫌なことにぶち当たってしまうんだ。


    自分に言い聞かせた生き方が、たまにみせる頑なさや冷たさに繋がるとしたら。


    「・・・ばっかみたいだよ。」
    「だから君が腹立たしいんだ。君は私を裸にさせる。」
    「まだ、服着てるよね、零。」
    「物の喩えというものを知らないのか、このすっとこどっこい。」


    零の生き方は、不器用な愛そのものだった。


    「ガンダムのエンディングはひどいよね。男は涙を見せぬものって、見せたっていいじゃない。魔女っ子メグちゃんなんか、あの子の涙はあたしの涙なんだよ?」
    「君、この期に及んで、アニメの話をするか。」

    「傷つかない生き方なんて、あり得ないよ。」


    あたしは零の肩に廻した手を、より一層、力を込めた。零の身体は、熱くて、固い。

    愛を語るなんて、優秀でキラキラしてて愛される人だけに与えられる資格だと思ってた。・・・砂糖菓子のように愛らしくてかわいい唯ちゃんのような人だけに。

    けれど、すっとこどっこいで、ふてぶてしいあたしにも、零の心に何かを投げかけようとするのは、愛を語るということじゃないのかな?

    世界の片隅なんて、誰の邪魔にもならないようになんて、そんな風に、受け入れられない前提の生き方を否定していたのは、零だ。

    零の細くもガッチリした肩をみた。零は、誰かの心に何かを投げかけるのを辞めようとしない。


    「この世はさ、どうしようもないことだらけだよ。」

    自分を、傷つけるものがない世界。

    誰の思惑も絡まない、世界の片隅の誰の邪魔にもならない、この白い部屋だ。

    零とあたしが幼い頃仲良かったのに、いつの間にか遠ざかった。零がいつの間にか、恋を覚えていた。零が愛をいっぱい貰っていたころを、まだ忘れていなくて、あたしなら、それを与えてあげられると思っていた。・・・ただの身体の欲求なのかもしれないけど、あたしは零にそれをぶつけて、零がそれを望んでいるなら、心にも身体にもそれを刻みたかった。零が恋する人が別にいても、あたしに、欲求をぶつけてくれさえすればいい。

    零は優しい。

    あたしになんだかんだ理由をつけて、欲求をぶつけることを選ばなかった。・・・あたしのことが、慕わしいからだ。あたしの心にも身体にも傷をつけたくなくて、その先のあたしのことまで考えちゃうからだ。零は、馬鹿だ。馬鹿だから、奇面組の連中や、唯ちゃんたちや、口うるさい先生や、名物集団が放っておかなくて、零に付き合おうとするんだ。

    零が遠い。

    たまにあたしは泣いていた。零を独り占めしたくて、お母さんの愛を独り占めしていたころに戻してあげたかった。そんな願いが、この、誰にも邪魔されない、お腹も空かない、喉も乾かない、トイレにも行きたくならない、時間が止まった部屋で、零とあたしを閉じ込めたんだ。


    「でもさ。あたし、あんたがどんなに嫌な目にあわされても、いつもへらへらしてるけど、その前に、グッと目に力を込めるとこが好き。」

    そうやって零は、生きてきた。自分や人の心に忍び込む、痛みや傷に抗ってきた。生きている限り、好きなもの、楽しいものだらけにしてやろうと。


    「あんたは、こんな何もない白い部屋に閉じ込められていい人間じゃないよ。奇面組も唯ちゃんたちも、おじさんや霧ちゃんや、先生やいろんな奴らがいて。」

    零はその場所で、いつも笑ってる。あたしが大好きな零だ。あたしひとりが独り占めして、この何もない白い部屋で足止めしたら、零が生きていることにならないんだ。


    「・・・あんたには、帰るところがあるんだもん。」

    あたしは零に向き合うと、ぎゅっと抱きしめた。さっきは無理やり唇を奪って、高鳴る心臓を零に押し付けるだけだったけど、今、二人の心臓は驚くほどゆったりとしている。零は子供のように抱かれたままだ。


    「そんな可愛いあんたの、喘ぎ声とか服を脱がせる音とか、この部屋の外にいる奴らに聞かせてやんないし、あんたが、気持ち良くなっているところなんか、想像させてやるもんか。」
    「・・・君、なんでそこまで言うかな。」
    「誰かの思惑にふりまわされっぱなしになるなんて、ごめんだわ。こっちだって生きてるんだ。楽しくないことには意地でも逆らってやる。」

    零が望まないことなら、あたしは耐えられる。


    「安心して、零。秘策があるの。あたしがここから出してあげる。」

    零のおでこに軽くキスをして、あたしのおでこと零のおでこをくっつけて笑った。零は、子供のようにされるままで、お母さんに愛されてたころの零の表情に戻っていた。

    その頃の表情を知ってるのは、あたしだけ。
    その表情を近くでみて、独り占めしたのはあたしだけ。
    零の秘密に、触れにいったのもあたしだけ。

    零がこの先、この部屋を出て、零の人生の中で誰を選ぼうとも、零をここまで好きになったのも、あたしだけだ。


    あたしひとり、知ってたらそれでいい。



    「見てな、零!外の奴ら!!人間様がこんな木の板っきれに、大人しく言うことを聞くと思ったら、大間違いだよ。」


    あたしは、零の身体を引き離し、零の体温から離れた、自分の身体を感じながら、零とあたしと、外の世界を隔てる、何もない白い部屋の扉に向き合った。古ぼけた木の扉だ。



    「・・・蹴破れる。」

    あたしの不穏な一言に零は身を起こす。


    「ちょっと待て!チャコ、何を考えてるんだ。」



    そんな零の掠れた声を掻き消すように、あたしは助走をつけた。



    二つの胸の膨らみは、なんでも出来る証拠なの。


    「零、怪我したくなかったら、離れて!」

    あたしは、この何もない白い部屋で、唯一外界に繋がる扉を蹴破ろうと、助走つけて、飛び蹴りした。セックスしないと出られない部屋と書かれた張り紙を的にして。
    半分、予測はしていたけれど、渾身の力で、扉を蹴破ろうとしても、扉はびくともせず、あたしは、体ごと跳ね返される。

    「何が、秘策だ!馬鹿か、君はっ。」

    扉に跳ね返され、床に投げ出されるように転がるあたしを、零は抱きとめる。

    「・・・痛い。」


    お腹も空かない、喉も乾かない、トイレにも行きたくならないこの部屋で、扉を蹴破ろうとした時に出来た、足底から腰にかけての痛みだけが、懐かしく思える。


    「やっぱり、生きているんだ。」
    「当たり前だろう、チャコ!!」

    そして、零が、あたしの肩を掴んで、あたしに怒鳴った。


    「勢いだけで生きるのも、いい加減にしたまえ!蹴破るつもりが、木の破片にでも当たって、大怪我したら、どうするつもりだ!」


    傷一つつけずに、君をここから出してあげる、零があたしに言ってくれた言葉だ。零が言ってたこと、自分がしたいこと、お互いを思っているはずなのに、矛盾を優に越えて、結局お互いを困らせる。

    あなたの涙は、あたしの涙のはずなのに。


    「すまん。キツく言い過ぎた。」

    足底から腰にかけての痛みからか、あたしは少しだけ目尻に涙を浮かべただけなのに、零は、自分があたしを怒鳴ったせいだと勘違いしだした。

    「その、ついつい、君に対してはムキになってしまうのだ。」

    真珠の涙を浮かべたら男の子なんてイチコロよ。そんな手練手管。もう少しロマンチックな時に使いたかった。

    「だから、あんたはチョロいのよー。」
    「・・・なんだとぅ。」

    零がカチンと来た、その隙を狙って、あたしは零の腕を振りほどいた。今度は体当たりで、扉にぶつかってやる。
    幸い、丈夫な体だからか、それとも、若いからか。
    さっきの、扉を蹴破る時の痛みは大したこともなく、骨もなんともない。

    「チャコ!」
    「零!あたしがここから、出してあげるから!」

    あたしが力任せに、体ごと、扉にぶつかろうとした瞬間。

    「馬鹿!!」

    零はあたしのことを羽交い締めにして止めだした。

    「やめろ、チャコ!!あざとか、骨にヒビが入りでもしたら、君のおうちの人が悲しむだろう?」


    ここまできたらもう、あたしは。

    「痛いの、今だけだよ!零は外に出なきゃだめだよ。」
    「君、女の子だろう!」
    「こんなことくらいしか、あたし、零に好きだって伝えられないよっ。」
    「ほんとに君は馬鹿だな!」

    後には引けなかった。


    「こんな板っきれに、自分の人生取り上げられていいの、零!?」
    「私なら、こんなに君をあざだらけにしなくても、もう少し優しくできるぞ!」


    さっきの丹田呼吸法の練習みたいに、零はあたしを後ろから抱きかかえた。


    「・・・零?」
    「もっと、早くにこうしたら良かった。」

    そのまま、零は、あたしをぎゅっとぎゅっと強く抱きしめた。あたしのいきりたつ心臓や衝動を、零の体温と零の身体から感じる、汗とはちみつの匂いが少しずつ抑えてくれる。

    「痛いよ。」
    「捕まえておかないと、君は無茶をする。」
    「無茶じゃないよ。零が好きな子を抱けない人生の方が無茶苦茶じゃないか。」
    「・・・鈍感だな、君は。」

    零はくすぐったくなるように、あたしの首筋でクスクスと笑った。いま、あたしの身体を縛り付けるのは、ゴツゴツとしてところどころ硬い、男の子の身体だ。


    「君はふてぶてしくて、すっとこどっこいで、私の考えなんかハナっから聞いてなくて、小さい頃からはた迷惑で、いつも私に無理ばかり言って。まあ、私にとっての君はそういう奴なのだよ。」
    「この後に及んで、あたしの悪口いうの?あたし、あざだらけになっても構わないくらい、あんたのために頑張ったのに。」
    「ここから先は言わない。察してくれたまえ。」


    零の手が、あたしをまるごと包んで縛り付けた零の手が、ふっと緩んだ。
    抱きしめてくれるの、もう終わりなのかな。零の匂いをもっと嗅いで、零の体温を身体に移らせたかったのに。
    そう思っていたら、零の手が、あたしの腰の方に伸びた。


    「ひゃっ!!」

    どこ触ろうとしてるの。そう言おうとしたら、あたしのお尻の少し上に当たっている何かに気づいた。それは零の丹田の位置から少し下の、零の男の子の印だ。あたしは言葉が出ずに息を呑む。


    「こう見えて、私はロマンチストなのだよ。だからセックスしないと出れない部屋だなんて下世話にもほどがあるなあーって思ってた。」

    溜め息をつきつつも、あたしの腰の際と太腿の外側を、ツーッと、指先でなぞる。あたしの背中や肩が、そのくすぐったさと気持ちよさに耐えきれなくなって、ビクビクと震えだした。

    あたしを抱きしめようとして触ってくれたときと違う。これって、男の人の触り方だ。


    「お手手繋いでデートとか、交換日記とか、夜にお互いの部屋に見当つけて、小指ほどの小石を部屋の窓に、そっと投げて、誰?きゃっ、零くーん、会いに来てくれたのねっ、て、開けた窓から手を振ったりとかね、そういう可愛いらしいことから始めてみたかったのだよ。」

    清純なことをいうわりに。零は、あたしの肋骨から太腿にかけてを、今度は、掌で蛇行させながら、感触をあじわうように擦ってくる。

    突然のことと、気持ちよさに、あたしは自分の足でたつのが難しくなって、零に少し身を任せた。
    あたしの体重が、零にほんの少し重なる。背中に、零の鼓動が伝わる。・・・零はあたしのことをちゃんと、女だって思ってて、こんなことしてるのかな。そういうことをする触り方なのかな。

    何も言えずに、ポーッとなって、顔も紅潮しだしてきた。・・・あ、丹田呼吸法しなきゃ。そんなことを思い出しても、あの時と比較にならないくらい身体が浮足立って、力が入らない。

    そんなあたしに、零はくすくすと笑い出す。


    「扉に体当たりしているほうが、チャコは好きかな?」
    「ううん。零の触り方って、気持ちよくて、幸せ。」
    「嬉しいけど、君ってほんとに、明け透けだな。」
    「零?」
    「ん?」
    「触り方、馴れてるね?」
    「男の子だからねー。それは自己学習かな?」
    「どすけべ。」

    零は、耳元でふふふと笑うと、深呼吸して、あたしの匂いを吸い込みだした。

    「お付き合いして、時々目線を交わして、3回めのデートで、軽くキスしてそれから。君がいいよと言ってくれたら、めちゃくちゃに甘えるつもりだった。」

    零がさっきの可愛らしいことの続きを言ったあと、あたしの肩に、頭をもたれだした。
    あたしの体を掌で擦りだすのを止めてしまってる。
    あたしは、零の手を掴むとぎゅっと零の手を握った。

    「あたしに?」
    「君に聞いたふりをして結局、返事待たずに、私は甘え倒すかな。」

    零もあたしの手をぎゅっと握り返した。

    「そしたら・・・」


    零は、あたしの耳元で、放課後に女友達としているエッチな話よりも、さらに赤面しそうな欲求をずらずらと、ささやき出した。


    「ちょっと、零!」
    「いまさら恐くなったー?いやならいいけど。」

    いつものからかい口調のかげに、少し罰の悪さを感じたのか、語尾が口籠る。

    「いまなら、後戻り・・・出来るかな。」


    あたしの指に絡ませた零の指が熱くて、密着した手のひらが、少し汗ばんでいる。


    「その前に、あたし・・・」


    男の子の身体の欲求を目の当たりにして、思わず、あたしは上ずった声で、告げた。






    「あたし、脇の毛、剃ってない。」

    「それは私に、だっらしない脇の下を見てくださいって、頼んでいるのかな、チャコよ。」


    しまった。火に油を注いでる。

    あたしが握った零の手は、あたしの指を絡ませるようにして、強く握ってきた。
    今まで、零に抱いてほしいとか、零に傷をつけてほしいとか、自分のものにしてほしいとか、わかったようなことをいっておきながら、なんてことはない。たいした経験も覚悟もないくせに、恋に恋して恋きぶんだっただけだということに気付かされた。

    「安心したまえ、私も脇毛くらい生えてるぞ。」


    ・・・なんの安心だよ。零の肩越しにある顔が、あたしの頬にくっつきそうなほど、近くなっている。零はあたしを逃さないように、両腕で、あたしの腕や肩ごと抱きしめた。

    「ついでに、下の方もボウボウだ。見るかい?」

    もう、逃げられないんだ。

    あたしが半笑いになりながら眉と頬を少し引き攣らせた。
    今まで知らなかった、零の男の人の部分に戸惑いと受け止めきれるかという不安と、あたしを女だと思って口説かれている嬉しさで、心臓やら丹田やら自分を支える脚やらが、全部、どうかしてしまっている。


    「あとさ、君、物心つく頃からずっと三つ編みだっただろう?」

    あたしの上半身の前で交差するように、あたしを閉じ込めている零の腕が、右手があたしの引き攣った頬に、左手があたしの三つ編みを触りだした。



    「・・・ほどいていい?」

    零が、ききとれないように小さく、今まで聞いてきた中で一番低い声で、あたしの耳元で囁き出した。


    「あんた、あたしの三つ編みをみて、そんなこと考えてたの?」
    「やっぱり、君の気持ちの準備が出来てないかなー?」

    零は両腕をパッと離して、あたしから身体を、離した。


    「私もだよ。ほんとは身体ばかり先走って、気持ちの方は全然ついていかない。それに、君が二の足を踏む理由だってわかるよ。」

    零の声が、さっきのやたらと色っぽい声から、ふだんの無邪気な声に戻っていた。けれど、すごく真面目な口調だ。


    「私のために、私のことを思って、ケガも痛みも君は厭わなかったし、きもちごと抱きしめてくれた。ここでセックスしてしまったら、状況に流されたと思うかもしれないけど。」

    零の声は肩越しに聞こえるだけだ。零は馬鹿だ。肝心な時に抱きしめてくれない。


    「もっと君に入り込みたい。」
    「顔を見ていいなさいよっ。」


    あたしは、零に向かい合った。

    「とっくに受け止める覚悟くらい出来てるんだから!」

    あたしは、大嘘つきだ。それに見栄っ張りで喧嘩腰だ。アンドレに迫られたオスカル様のように、可愛らしく、怖いって言えば、零も優しく抱きとめてくれたものを。


    「も、もちろん、そーゆー関係になる以上、私は、チャコに責任をとるつもりだぞっ。」
    「あんたは言ってることが長いのっ。」

    この小心者。あたしを背中越しに抱きしめたときは、ハッピーになれる何かを飲みでもしたのかと思うくらい饒舌で強気であたしをドキドキさせるくらい色っぽかったのに、顔を見せると、・・・責任をとると言ってしまうくらい、ムードを飛び越えて、根はクソ真面目な男だ。


    「顔を見せて、零。」

    この部屋は身体を、寄せ合ってないと少し寒い。顔なんか、向かい合った時に、ちゃんと見えているのに、こんなことを言う意味を、零はわかっていた。


    零はあたしにきちんと向き合って、あたしの頬を自分の掌で包み込んで、そして。


    「もう後戻りできないし、する気もないけどいいかい?」
    「・・・察しなさいよ。」

    あたしは、全部をあげるつもりで目を閉じた。何もない白い部屋から、あたしは目を閉じて、暗闇の中だ。
    零の体温が、あたしの頬に伝わる。くすぐったくなるような、生温い零の息が、鼻のあたりに感じる。なぜか知らないけど、あたしは目の奥と鼻の奥がツンと熱くなって少し痛い。耳に、零の優しい声が伝わった。

    「生涯で、ただ一人が、君になるなんて思わなかったなぁ。」

    あたしの意識の底、耳の底から、身体中にその言葉が駆け巡ると、零の唇は、あたしの目尻の水滴を少し舐めてから、初めてと思えないくらい、あたしの唇をいやらしく貪りだした。


    あたしの身体に、零がしっかり刻まれた。


    唇を割って入った、零の舌の感触。あたしは、あれほど零の男の人の部分に戸惑いを覚えていたのに、呼吸をすることも忘れて、零の舌を、自分の舌で触りだした。分厚くて、動きが力強くて、水が漏れるような音がする。
    呼吸をするたびに、時々唇を外していたけれど、お互いそれがまだるっこしくなって、胸やみぞおちのあたりがもどかしくなって、お互いの頭をがっちり掴んで、唇を溶け合わせる。手のひらに零のくせっ毛の感触があって、あたしは、あんたが可愛いと伝えきりたくて、くしゃくしゃに撫で回す。零も同じことを考えてくれてたのかな。いつの間にか、あたしの三つ編みも原型を留めないくらい、ぐしゃぐしゃだ。唇を外して酸素が足りなくなって回らなくなった脳みそのために呼吸をしているうちに、零は、あたしの上着の下に、零の右手を潜らせてきた。零の熱くて少し湿気のある手の感触に、安らぎと何をされるんだろうという胸の高鳴りとがごっちゃになり、丹田のあたりがすごく切なくなってきた。零が君の肌は少しヒンヤリしてて、すべすべして気持ちいい。と吐息まじりに、聞き取れないくらい低く呟くと、ブラジャーのホックを、・・・こんなのどこで覚えてきたのだろう、片手で器用に外した。

    「あ!」

    あたしは、もう後戻り出来ないという感覚を身体で覚えて、思わず声が出る。零はもう、止める気配はない。空いている左手で、あたしのお尻を撫でだした。あたしのこと、好き?こんなこと、聴く気もさらさらなかったくせに、零の耳たぶに、切なくなって語りかける。零は、どうでもいい人間にここまでしない、と行った。その言葉を聞くと、あたしはもう、力が抜けて、零に身体ごと体重をあずけてしまう。君は結構重いんだなと、零は笑い、あたしは軽くひっぱたく。痛い?ああ痛いよ。もっと印をつけて。どちらが言い出したか、わからないくらい、二人は熱気に浮かされていた。寒かった部屋が、二人のせいで熱い。立っている力も勿体無くなって、お互いを愛し合うために集中したくって、どちらかが言うともなく、冷たい床の上に転がりあう。それなのに、まだ足りない、もっと溶け合いたい。零がほどいてみたいといった、あたしの三つ編みはもう、ぐしゃぐしゃで汗でベトベトで、まるでお風呂上がりの髪のようだ。そんなあたしを見て、君は可愛いな、デートするときはその髪型にしてくれないか、とあたしのおでこにキスをしだす。あたしのおでこは零の唇に、あたしの胸は零の右手の侵入を許して、優しく撫でられて揉まれて零の手のひらから変な電流を流されたようにくすぐったくて心地よくて、お尻は零の左手で、赤ん坊の時くらいしか親でも触ったことないところに手を伸ばしていて、この先どうなるかわからないくらい、ふわふわした気持ちにさせられている。

    「苦しいよぅ。」

    心臓やらお腹やらが、零が好きという感情で、ぎゅっとかき乱されて、苦しくてなかなか声が出ずにいたけれど、漏れ出た言葉がそれだった。大丈夫?と言う声にあたしは首をふって、零に口づけの嵐を御見舞いする。零がどこかに絶対に行かないように、左手は零の首に手を回して。右手は、零の印に手を回して。あたしはもっと愛してあげる、と口づけの間に零に呟いた。零は裸を見せてと答えて、ようやく二人を隔てているものが、布切れ一枚だってことに気づく。あたしは答えのかわりに、零の上着をまくりあげ、零の胸に口づけをして、首筋を舐めてあげた。小さい頃、零といった海水浴の海の味だ。あんたの匂い、大好き、と零に呟き、零の裸の胸に飛び込む。無駄に震えている肉なんてなくて、少し筋張ってて、直線が目立つ、男の人の体だ。零って、可愛いくて、ほんとに色っぽいんだ。あたしは、零の大きくて広い背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめた。零はそんなことしたら、君の裸が見れないと、軽く怒り出し、あたしの上着を脱がせた。


    二人の目に、お互いの、裸の胸が映った。





    「きれいだな、チャコ。」

    零は、溜め息をついて、あたしの胸に見惚れた。
    その言葉になぜか、あたしはあたしで良かったんだと、嬉しさが、身体中を駆け巡る。


    「・・・やだなぁ、零ったら。大したことないよぉ。」

    あの子に比べたら、という言葉を飲み込んだその時、零は、何も言わずに、あたしの二つの胸のふくらみの間に、顔をうずめた。


    「零・・・?」

    その行為は、先程の荒々しくて、切なくて、息がつまりそうな愛し方と少し違ってた。
    零が、肩と頭を少し震わせる。零がうずめた、あたしの乳房の間に、熱い水がみるみる湧いて、胸やお腹を濡らしていく。


    「・・・情けないだろ、私って。」

    いつもの凛とした声じゃなく、無邪気な声じゃなく、トラブルメーカーのアホっぽい声じゃなく。
    それは、涙交じりの、男の子の声だった。


    「愛してる。」

    あたしは、言うべきことをきちんと零に言うと、零の頭を包み込むように、両手で撫でてあげた。





















    そこから先は、あたしと零の一生の秘密だ。

    零は身体に、溶けあえるような針を持っていて、あたしは、その針で突かれると、愛しいという気持ちが、たくさん漏れ出てくる身体だった。
    ずっと続くかのように思えた、感覚と感情の確かめあいも、終わりを迎えた。




    「しかし、あんたって結構物知りだよねー。頭の中のどの部分を使ったら、君は砂糖菓子のようだって言葉がでてくるの?」
    「行為の最中の言葉を、反復するのはやめたまえっ。」

    やめるもんか。

    もっと素敵な言葉を言ってくれて、それはしっかりあたしの頭の中に宝箱のようにしまっておいて、時々、頭の中から取り出しては、宝石を眺めるようにして、暮らしていくんだ。

    人の心や状況は変わっていく。

    今、たくさん愛の言葉を降らせてくれても、いつか見切りをつけられてしまうかもしれないし、思いもかけず、お別れが来てしまうかもしれない。考えたら泣きそうだ。そんなこと絶対にないなんて、言い切れるほど、あたしは強くない。


    「チャコ、・・・痛かっただろ?よく我慢してくれたね。」

    零は、あたしをぎゅっと抱きしめた。


    「あたし、平気だよ。」

    零の痛みも、悲しみも、あたしは受け止めきれた。それだけでも、あたしは誇らしい。

    まだお互い裸だ。

    まぐわってる最中も、お互いの肌と肌があたる感覚は、安心して心地よくて素晴らしいものだったけど、零を受け止めきれた今、その肌の感覚は泣きたくなるくらいに、嬉しい。

    「君には叶わないな。」

    その言葉をきくとあたしは、ぎゅっと、零を抱きしめた。

    お互い、たくさん傷や印をつけあった、心と身体だ。ふと振り返ると、避妊してないことに気づいて、零の証が丹田に残っていることに気づく。

    それが、育つことになったとしたら。・・・苦労はするんだろうけど、世界の片隅でもあたしは胸を張って、大事にして生きていくんだ。



    「ところでさ、こんだけ激しいセックスしたんだから、もう、外に出られるんじゃない?」

    行為の激しさで忘れていたけど、ここはもともと、[セックスをしないと出られない部屋]で、あんな激しいことをした以上、もう、扉は開いて、部屋の外に出てもいいはずだ。
    浮足立つあたしに、零はがっかりしたように呟く。

    「君、行為のあとの余韻に浸る気はないのか?」
    「あたし、扉を開けてみるね!」
    「ちょっと待て!」

    扉の方に小走りに向かおうとする、あたしに、零はあたしの肩に手をかけて、止めだした。


    「君、素っ裸で外に出る気か?」
    「あ!」

    零もあたしも、裸だった。行為の最中は抱きあったら溶けそうだったのに、終わると、裸の身体はなんとも頼りなく、すうすうする。周りをみると、行為の激しさを示すように、あちこちに、零の服やあたしの服が散乱されてて、見ていて凄く恥ずかしい。


    「ごめん!そーだね、服着なきゃ。」

    あたしが、自分の服を取ろうと手を伸ばしたその時、零があたしの腕を掴んだ。


    「・・・念のため、もう一回しておかないか、チャコ。」
    「何言ってんの、零?」

    零が真剣な眼差しで、あたしをみつめる。

    「最初に、扉に向かって、外にいる連中に助けてくれといったとき、無視されたし、丹田呼吸法を使ってセックスごっこをしたときも無視されただろう。」
    「そーだね。」

    結局、セックスごっこじゃなくて、本気でセックスするはめになったけどね。

    「外の連中が、一回のセックスだけではたしてここから出してくれるだろうか?」
    「えー。約束は約束だから、出してくれるんじゃない?」
    「念には念を・・・て、こんな言い方小賢しいな。」

    零は、あたしの顎を持ち上げると、さっきよりも格段に上手になった、口づけをしてきた。


    「もう一回、私とセックスしてくれないか?」
    「えー。」
    「えーって、なんだよ、傷つくぞ。」
    「さっき、激しいのしたじゃない。」

    ・・・零って、結構元気なんだな。あたし、最初は痛かったけど、最後あたり気持ちよすぎておかしくなりそうだったのに。


    「ここから出たら、また普段の生活に戻るだろ。私は、甘えたりないのだよ、久子くん。」

    きちんと本名を言われて、もっとあたしに甘えたいと言われたら。

    「しょーがないなぁ。・・・こっちにおいで。」

    あたしは、両手を広げて、零を受け止めるしかなかった。




    「こんな面倒くさくて重たい男を愛してくれるのは、君だけなのだ。」

    そう言って、零はあたしに体重を預けてきた。





    まあ、二回以上したら、さすがに扉は開くんじゃないかな。その時、きちんとセックスしていたか確かめていた外の奴らは、あたしたちになんて言うんだろう。
    あたしは・・・。



    「大好きだよ、零。」


    返事を待たずに、零に口づけをしてやった。
    こまつ Link Message Mute
    2019/01/08 2:37:43

    チャコ零「〇〇〇しないと出られない部屋」

    #小説 #奇面組 #一堂零
    チャコ零の何が素晴らしいかといえば、紳士然で笑顔の鉄仮面の零さんが、いとも簡単に幼馴染に苦虫を噛み潰したような顔にさせられてしまうとこだと思います。

    more...
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