チャコ零「〇〇〇しないと出られない部屋」「セックスしないと、出られない部屋・・・」
[この世界の片隅の誰の邪魔にもならないところで]
気がつくと、零とあたしは何もない真っ白な部屋にいた。広さは八畳間ほどで、窓も何もなく出口はといえば、古めかしいドアノブのついたドアだけだ。
そこに零がさきほど、つぶやいた言葉が、素っ気なく紙に書いてあった。
「ちょっと待て、チャコ。何で君が服を脱ごうとしているんだ。」
「・・・服を着たままする派なの、零?」
「いや、だからその・・・」
この男をからかうのは面白い。
「早くしようよー。今日は魔女っ子メグちゃんの最終回なんだから。」
「それ、再放送で何回も見ただろう?そんなことより、この状況をおかしいと思わないのか?」
こういう話題になると、零は不思議と生真面目だ。
「鍵がかかってる。」
「あぁ。二人で体当たりしたら、壊せなくもない。」
別にセックスしたっていいんだけどな。
「このドアって、鍵穴ないよね。」
零は、あたしの髪の毛を少し撫でてたけど、その言葉を聞くと手を止めた。
「・・・無いのか。チャコのヘアピンで開けようかと思ってたのに。」
くすぐったくなるような手つきで、零はあたしの髪の毛を触っていたくせに、ドアに鍵穴が無いことに気づくと、そっけなく手を引っ込めた。
零は、いつも断りもなくあたしを触っては、勝手に触れるのをやめる。
「壊すの?後で損害賠償とかなんとか請求されたらどうする?」
もうセックスしたほうが早くない?
「そもそも、だ。」
ほんとは、この男って理屈っぽい。
「セックスしないと出られないってあたりで疑問点がいくつかあるぞ。」
「かなり縮めた文法だけど、この場合、あんたとあたしってことだよね?」
「脱ぐな、と言ってるんだ、チャコ。」
「零は脱がしたい派?」
「そんなことを言ってるんじゃないっ。」
そんなに叫んだら、酸欠にならないかな?
身軽な零が天井からの脱出もありかなと思っていたけど、空気孔は思ったより狭くて、それも叶いそうにない。
「ここって時計もないんだよねー。魔女っ子メグちゃんの最終回始まっちゃうかなぁ。」
「いいから服を着るのだ、チャコよ。」
零は、くるりと後ろを向いた。
別にあたしはそんなきわどい格好をしているわけじゃなく、カットソーを胸のあたりまで捲り上げていただけだ。
「私は見てないからなっ。」
確かに、ブラジャーのあたりまで見えている。
二つの胸の膨らみは、なんでもできる証拠なの。
あぁ、オープニングテーマの歌詞が湧いて出るほど魔女っ子メグちゃんが見たい。
「ところで零。」
あたしとセックスしたがらないのは、あたしがそういう対象じゃないからだろうか。
生真面目だなぁ。唯ちゃんとの予行練習だと思えばいいのに。
「今から、早回しでセックスしたら魔女っ子メグちゃんに間に合うかなぁ。」
あたしは、零の一番じゃなくたって、零があたしに触れてくれた感触を思い出すだけで、生きていけるけどね。
「・・・服を着たか、チャコ。」
あ、今の声、怒ってる。
「安易な考えに逃げるのは捨てることだ。まだ希望がある。」
どうせロクでもない案なんだろう。零は遠慮もなく無造作にあたしの肩に手を乗せる。
「セックスをしたら、この部屋から出してくれる。
ということは、判断をする人間が部屋の外にいるということだ。」
「そーだね。」
「君も再放送の魔女っ子メグちゃんが見たいなら、私も、そのあとの放送のガンダムの最終回が観たいのだよ。」
「ララァ死ぬじゃん。」
「それは前回だっただろう。」
お互い再放送で最終回を何度も見たとは言え、それなりに拘りがあったりする。・・・二人ともいい年なんだけどね。
「そういえば、ガンダムのエンディングテーマって結構ひどいよね?」
「そうか?名曲じゃないかな。」
「あたし、ソラで歌えるよ。
覚えているかい、少年の日のことを♪」
「暖かいぬくもりの中で目覚めた朝を♪」
二人して、サビをハモりだした。
「「アムロ、振り向くな、アムロ♪♪」」
零の歌声は、あたし大好きだ。例え、アニメソングでも。
「・・・ひどいよね。覚えているかいって自分から訊いておきながら、最後に、振り向くなアムロだよ?」
「男とは、そういうものなのだよ、チャコくん。」
男は涙を見せぬもの、なんて続くけど、そんな生き方、しんどくないかな。
「まだ、魔女っ子メグちゃんの方が優しいよ、あなたの涙はアタシの涙だもん。」
「お互い、見たいアニメが一致したところでだ、早く此処から脱出せねばなるまい。」
「セックスすんの?」
「君、さっきの話を聞いてないだろ?」
話が戻った。
零の言い分はこうだ。
セックスをしたら、この部屋から出してくれる。この部屋の外に、セックスをしたかどうか判断する人間がいる。
「随分と悪趣味な人間のようだがな。この部屋にカメラの類がないということは、物音で判断するんじゃないだろうか。」
零が額に手をやって凛々しくこちらを見る。
その表情に昔からあたしは弱くて、ドキドキするんだ。
そして、あたしたちは、零の秘策を実行することにした。
「助けてくださーい!!!」
「助けてくださあーーい!」
外の人間も、人間である以上、情に訴えてみてはどうか?
それが零の秘策。
あたしは、零の言うことなら、と、零と一緒に外の人間に助けを求める。
「ここから、出してくださいっ、困っているんです!」
「いいぞ、チャコ!」
「うちのペットが、うちのチーターが!!」
「ナイスだチャコ、そのまま情に訴えろ!」
「腸捻転(ねんてん)でんねん!!」
零に、コブラツイストをかけられた。
「いったあーい。」
「・・・君が男だったら、グーで殴っていたところだ。」
呆れたように、零が呟く。この男が、暴力を振るうとしたら、あたしくらいなもんだろう。だってあたし・・・零からみたら女の子じゃないもんね。
それでも、本当はコブラツイストのまねだけで、たいして痛くもなかった。普段使わない肩の筋や、うち太ももの筋をストレッチみたいに伸ばされた痛気持ち良さがあるくらいで、零があたしの剥き出しの首に腕を絡ませたときなんか、くすぐったくて熱くてドキドキしたくらいだ。
「・・・しかし、女の子のからだって柔らかいもんだな。」
零があたしの体に技をかけた腕を、自分でマジマジと眺めて呟いた。
「零?」
「わ、私は劣情を君に催したりはしないからなっ!」
ほんとにめんどくさい。
「次の手を考えよう。これ以上君といると、私は調子を狂わされる。」
あんたが、周囲に散々言われている言葉なんだろうけどね。
「外の人、仮病使っても無理そうだもんね。」
多分小手先じゃ通用しない。あたしが生理だったら零がお腹を壊してたらどーするんだろと思ったけど、流石に口に出していうのも恥ずかしい。
ただ、体感的に魔女っ子メグちゃんやガンダムの最終回の放映時間は過ぎてそうだ。
それなのに。
おかしいな。あたしはトイレに行きたくならないし、喉も乾かない、お腹も空かない。
時計のない、何もない、真っ白の部屋。
彩っているのは、あたしと零のからだだけ。
あたしは、すごく怖くなって、身震いをした。・・・何も感じない。それって死んでいるのと同じじゃないか。
「・・・震えている。大丈夫か、チャコ。」
零は、いつも遠慮も前触れもなく、あたしに触る。零の指は器用で細くて長い。その指があたしに触れるのは、髪とか肩とかくらいだけど、・・・とんでもないところを触れられたら、あたしはどうなるんだろうか。
「こっちに、おいで。少し座って休もう。」
そう言うと、零はあたしの腰を自分の方に引き寄せた。その器用で細くて長い指先と手で。
あたしの腰と零の腰が近づいた。
「ほら、こうすると温かいだろう?」
服越しに、零のほどよく柔らかくしなやかな筋肉がついたからだを感じる。温かくて、人心地がして、気持ちが落ち着いて、涙腺が緩みそうだ。
何もない白い部屋。
この部屋で感じる、見るもの、聴く声、からだが近づいてからわかる、零の汗が混じったハチミツのような匂い。全部、零から、与えられた感覚だ。
「さっきは・・・」
二人で並んで座っていると、零はあたしの手をギュッ握って呟いた。
「その、君に悪いことをした。私ひとり、躍起になって、君に私の考えに無理やり付き合わせた上、怒ったりして。」
腰と腰。手と手。
あたしは零の体温を感じ取っている。
このまま、唯ちゃんも奇面組の連中もおかーさんも、何も言ってこない、邪魔をしてこない世界なのなら、もうセックスなんかいらないから、このまま、何もないこの世界の片隅に居ても構わないと思う。
「零は謝らなくていいんだよ。」
あたしは、零が奇面組の連中とつるむようになってから、零が毎日学校を引っ掻き回すようになってから、そのそばに、可愛い女の子がいて、その子を嬉しそうに零が見つめるようになってから。知らないところで世界を広げていく零を、知らないところで大人になっていく零を、引き留められるものなら、引き留めたいと思っていた。
「あたしが悪いんだ。零のことをよくわかりもしないくせに。」
もし、引き留めたいと思っていたことが、ほんとに神様か誰かが願いを聞き入れてて、誰の邪魔も入らないところに零と私を閉じ込めたとしたら・・・
「もうこの話はこれまでにするのだ、チャコ。今は二人しかいない。二人とも申し訳ない気持ちになったり、荒んでしまっては、どうしようもないだろ。」
「・・・あんたって、基本可愛くないよね。」
「その割には、君も私の手をギュッと握って離さないな。」
「だって、あんたの手、温かくて気持ちいいんだもん。」
「そんなことを言ってて、いいのかなー?私も男だぞ。」
セックスしたら解決するなんて、安易な考えに逃げるのは捨てろといったくせに。どうせ、その気もないくせに、この男は。
いつも無邪気でアホ面で、トラブルメーカーで、脳天気で、おちゃらけてばかりいるけれど、本当は理屈っぽくて、何処か醒めている。それが、思慮深く見えるときがあれば、ぞっとするほど、冷ややかに思えるときもある。
子供の頃は、零のお母さんが生きてた頃は、そうじゃなかったように思う。
「だいたい、セックスの定義って何?」
「・・・君、女の子だろ。」
よくもまあ、明け透けと。と零は続けた。
あたしの腰は零の腰に、あたしの手は零の手をそれぞれに、合わさっている。
「私も良くは知らないけど、好きな人間どうしが、裸で抱き合って繋がることなんじゃないか?」
零は、照れたのか、ふいと横を向く。
今もまだ、手と手が繋がったままだ。
「だいたい日常会話でここまでセックスなんて言うことあるかい?」
「まあ、秘密にしたいことではあるよね。」
「それに私は、セ・・・そういうことをする相手は、生涯で一人だけって決めているのだよ。」
あたしの中では、零とのセックスはもう始まってると思っていたけれど、零はあたしに、秘密を触らせてくれそうにない。