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    一堂零と春曲鈍のやおいと、幼馴染のチャコが少し絡むお話MaybeBlueMaybeBlue


    満月が夕日と入れ違い、夜の帳で薄暗く街を包む夜だった。小春日和の暖かさも日が沈むと少しずつ熱を失っていく。
    昼は秋の薄着で平気だった俺も、首筋に刃物をあてられたかのような冷ややかさに負けじと、声をはりあげた。

    「火のよーじん、マッチ一本火事のもとー」

    町内会の付き合いだと火の用心の練り歩きに連れ回され、一休みで設けられたテントの下で、これから大人になるのだからと、おでんと一緒にコップ酒で、お手軽に労をねぎらわれる。
    中間テストの惨憺たる結果に頭を抱えていた夜に、わけの分からない町内行事に引っ張り出され、俺はずっと憮然としたままだ。

    「いやあ、楽しかったな火の用心!来てよかったと思ったろ?鈍ちゃん」
    「どーせ、暇もてあまして独りで鼻くそほじほじしてたんでしょ?」

    好き放題に言う零とチャコを前に、俺は言葉を返した。

    「子供たちもチャコも零も、なんで仮装してたんだ?……火の用心のはずだりょ?」

    チャコは、ナースのコスプレの目のやり場に困るようなミニスカート姿で、顔に血糊を塗りたくっていたし、子供たちはそれぞれ色とりどりのマントやら仮面やらを身に纏い、町内を火の用心の拍子木に合わせながら練り歩いていたのだ。

    「ハッピーハロウィンだよー、鈍ちゃん」
    「火の用心なのにおかしいじょ、チャコ」
    「意外と鈍ちゃんはアタマが固いなぁ。私が用意したカボチャの被り物でも被ってくれたら良かったのに」
    「……いらにゃい」

    ハッピーハロウィンと言われたわりに、衣装が足りないからと、新撰組の羽織を着させられた時点で、この町内の節操のなさを感じる。

    「どーしぇ、この火の用心も零が考えたんじゃないのきゃ」
    「ご明察。テストの点数が悪くても察しがいいな、鈍ちゃんは」

    期末テストで盛り返さないと小遣いを減らすと両親に言われ、勉強机に向かっている最中に、チャコと零に引っ張り出されたのだ。

    「火の用心の注意喚起も出来るし、夜にあんまり出歩いたことのない子供たちも、大人公認で、ちょっとした夜歩きと仮装も出来るしさ。悪くないだろう?」

    チャコと同じく血糊のついた顔で、零はニヤニヤと笑った。

    「うちの店で父ちゃんがダブつかせた在庫を吐かせて万々歳ってのもあるけどねー」
    「鈍ちゃん、気をつけなー。これが零の本性だよ」
    「言ってくれたなチャコよ。お前をロウ人形にしてやろうかっ」

    キャー怖あーいとチャコは棒読みで嬌声をあげた。
    見ようによっては戯れてるような二人に、俺は咳払いをする。

    「……零が、カボチャの被り物を被っても良かったんじゃないきゃ?」
    「やあね、鈍ちゃん。化けモノの被り物より不気味な地顔のままでいいって、零は」
    「おいこら、久子っ」

    おでんを食べてコップ酒を飲んでいる仮設テントの外で、きんもくせいが赤子の手のひらを小さく丸めたような花弁を少しずつ地面に散らしている。あまくて気持ちも高揚する香りに、さらに俺はふわふわと酔いだした。

    「夜歩きって楽しいよね」

    零だったか、チャコだったか。どちらが言い出したかわからないくらいだ。
    コップ酒とおでんに体を芯から温められ、大人になった気持ちがあいまった不思議な夜だ。

    今晩はいい気分のまま床について、明日から勉強頑張るか……そう思って立ち上がった俺に、零は服の裾を引っ張って、俺の動きを止めた。

    「おっと、これで帰られては困る。我らが町内会会長どのが、この後、スナックを奢ってくださるのだぞ。行かぬ手はあるまい?」
    「あたしの魅力とお色気で、フルーツ盛合せもつけて貰うよー!鈍ちゃんも行こう?」

    チャコがナースのコスプレのミニスカート姿で、無理やり色っぽく脚を組み直しウインクを送ると、零がチャコに、いいぞ!なかなか馬鹿みたいだと囃したてた。



    チャコとの銀恋デュエットに気を良くした初老の町内会長は、フルーツ盛り合わせだけといわず、薄ーいピザもおまけにつけてくれた。
    ひとしきり飲んで歌って踊ってはしゃいで。
    町内会長どのの財布の紐を緩めるべく、一緒に二次会をしている町内会役員のメンツを盛り上げるため、零の舌の根や悪ふざけも大車輪だった。


    とりあえず宴は終わり、俺たちは再び星空の下に追い出される。

    「鈍ちゃーん?」
    「にゃんだ?零」
    「チャコ、どこかいったの?ついさっきまで、きんもくせいの匂いがトイレの匂いみたいだとか風流もへったくれもないこと、私に言ってたんだぜ」

    俺の肩の上には、酒と人恋しさに少しやられた零の頭が載っている。

    「……私を置いていったな」

    零は居なくなったチャコに、小さく恨み言を吐き出すと、暖を取るように俺のからだに手を回す。
    数時間前までは甘い匂いを撒き散らしていたきんもくせいが、キンキンと音を立てて吹く風に舞い、オレンジ色に地面を塗り替えて行く。日付が変わる時間帯にして、ようやく冬が近づき始めていることに気づいた。

    冬が近づきつつある秋の夜は、酔っぱらいの火照った頭を具合よく冷ましてくれるだろうか?

    「……酔っぱらってんにゃ、零」
    「肩を借りておいてなんだけどさー、男の肩ってゴツゴツしてるなー」

    おんなのこがいいなー。

    やわらかいしさ……それに……
    零は、ぶつくさとそんな文句を言い出した。

    スナックを後にすると、満月が西へと傾き出す。夜の帳が漆黒だ。火の用心で向かった先の家々もとうに灯りが消えている。

    「おんにゃのこが、夜出歩く時間じゃにゃいだろー」

    チャコは途中で帰った。おそらく零には何も言っていない。


    「……観たいテレビがあるかりゃって」
    「そんなもん、私の部屋で見ればいいじゃないかー」
    「おみゃえ、おとこの部屋に連りぇこむ気きゃ?」
    「せっかく三次会するつもりだったのに。こうなりゃ鈍ちゃんだけでいいかな」


    俺の肩の上の酔っ払いは、含み笑いをしながら俺に呟いた。

    「君は帰るって言わないだろう?おとこのこなんだし」

    この、ひとたらし。

    ハロウィンの仮装して、火の用心の拍子木打って、スナックで大人の真似事をして。零に連れ回される俺は、ハメルーンの笛吹のように、かどわかされて連れ去られて、なかなかそばから離れられない。
    いわゆる美男ではないけれど、直線で出来た鋭い顔立ちと、怜悧な口調に反した子供っぽい物言い、突拍子もないアホウな行動、たまに見せる油断のならなさに、ヤラれている人間は、結構な数でいる。

    「しょーがないきゃら、家に帰るまでにゃら、付き合ってやりゅ」


    俺がそういうと、零は、へっくしっ!とクシャミをした。

    「秋の夜は、おーたむ小寒だねぇ」


    零がくだらない冗談をいうものの、俺はチャコみたいにうまく返せない。

    「チャコの奴、独りで帰ったのかな……私が送ってやったのに」

    それと、俺は知っている。



    零、お前スナックのトイレの前で、チャコとキスしてただろ。

    バレてないとでも思っているんだろうな、ふたりとも。なにが、きんもくせいはトイレの匂い、だ。

    零は俺の肩の上に頭をのせ、酔っ払ってご機嫌なまま、満月を浴びている。チャコを送っていたとしたら、そのまま送り狼にでもなっていたんだろうか。


    スナックの軒先で、零たちにバレないように、鈍ちゃーん、あたし帰るから零たちにヨロシクー、といつも通り無邪気な口調で言ってたチャコが脳裏をよぎる。
    送ろうきゃ?……零はおみゃえを独りぼっちで帰さにゃいと思うじょ。
    舌足らずな口調で言う俺に、チャコは、いいよー、零って酔っ払うとクドいもん。と身も蓋もないことを言ってスナックのドアを開けていた。
    酔っ払うさまを何度か見てるってことだなチャコは。なんせ、キスの場面を見たあとのチャコのこの言葉だ。なんだか俺は小憎たらしく感じる。
    そのままチャコは、言葉を続けた。


    気持ちがホントはないくせに、その気があるフリって出来ちゃうもんだよね。


    おんなのこはたまに、おとこのこよりも数段おとなにみえてしまう。遊びってことなんだろうか?
    目を丸くして零とチャコの仲を探った俺に、チャコはスナックの扉の外であるのをいいことに、馬鹿笑いして返した。


    零があたしのこと好きじゃないかって?あはははは、ないないーっ。付き合ってないってばぁ、やだもう鈍ちゃんたらオカシー。零とあたしってそんな風に見えるー?あはは、うはは、がっはげほげほっ、ぐほぅ、あー、笑いすぎてムセて吐きそぉ。


    スナックの扉の外で鼻や口から、乙女にあるまじき汁が垂れ出そうなほど笑ったチャコ。扉の内側の零に聞かれていないとなると、言いたい放題だった。


    零に探りを入れたとしたら、同じような反応だったんだろうか?



    「鈍ちゃん、私吐きそぉ」
    「家まで我慢しりょ、零」


    私の血はファンタグレープで出来ているのだと言って、零が飲み干したのは赤ワインだ。


    「あー、ワインのばかぁ……」
    「吐くにゃよっ!」

    三次会なぞせずに、俺はとっとと帰るつもりだったが、送られ狼をほっとくわけには行かなかった。


    「私の部屋に炬燵あるからさぁ、ついでに暖まるかい?」

    殺し文句が零の口から飛び出てきた、確かに足先も冷えてきた、少しくらいは送りついでに寄っていってもいいかな。

    余計な情けをかけようと思ったら、俺の肩に頭をのせた零の口から、なにかどろりと生暖かいものが流れ出してきた。





    結局、零はファンタグレープと言い張った赤ワインとフルーツ盛り合わせと薄ーいピザをしっかり吐いた。勿論、肩を貸した俺の服もがっつり被害にあった。
    一堂家の洗面所で半泣きになりながら処理をして、着る服をどうしようと思案している俺に、零が当然のように自分の着替えを俺に渡して言い放った。


    「泊まっていきなよぉ、鈍ちゃん」

    まさか、わざと吐いたんじゃないだろうなコイツは。
    ジトーっと睨む俺に知らんぷりして、零は俺の手を引いて自室に連れ込み、炬燵の灯をいれた。
    炬燵に男二人は手狭だけど、ふたりで脚をぶつけ合うようにして布団に突っ込んで、深夜の垂れ流しているだけのテレビを見ているだけで、十分部屋が温まってくる。要するに俺達の距離は近い。……向かい合って炬燵に入ればいいのに、寒いからと零は横並びになって、俺のとなりに潜り込んできた。

    「気持ち悪いにゃ……おみゃえ」
    「吐き出してスッキリはしたけどね。やっぱり悪酔いだなー」

    そういうことを言ってるわけではないのだが。

    「零、ほとんど吐いてしまったにゃ」
    「ああ。フルーツ盛り合わせも薄ーいピザもファンタグレープも全部だ、もったいない」
    「せっかく町内会長の奢りなのににゃ…」

    なんの気無しに言った俺に、零は自分の脚でちょこんと俺の脚をつついて、薄ら笑いを浮かべた。


    「……ほんとに全部が、あのオッサンの奢りだと思ってるかい?」


    鈍ちゃん、気をつけなー。これが零の本性だよ。
    ナースのコスプレ姿で言ったチャコの言葉が脳裏に蘇る。


    「どーせ毎年予算余らせて消防団の連中とスナックどころじゃないようなお店で、宴をやってるのさ。その分けまえを、火の用心している子供にお菓子を用意したり、ついでにハロウィンの仮装させたり、寂しい年寄りにおでんを分けることぐらいしてもよかろう」

    あー、腹が減った。と、零は手近にある煎餅を摑むとボリボリとやりだした。煎餅を口の中で砕き、チャコがみたいって言ってたのこの番組だっけとテレビを見て呟いている。


    「おみゃえ、よくそこまで切り込んだにゃー」
    「んー。前々から、ご近所のみんな言ってたことだしね。うまく煽てて、皆感謝してますよーって言ったら、あのオッサンも根は構ってほしいタイプだから気は良くしたよ」


    危ない橋ほど、こいつは平気で渡る。

    「トリック・オア・トリートって子供だけのものかと思えばさ、町内会長みたいな大人だって思うようなご褒美がなけりゃ拗ねちゃうもんだしね」
    「町内会長が欲しいご褒美ってにゃんだ?」
    「若くてキャピキャピしたのが、町内会長スゴーイ、尊敬しちゃーう!って言ってくれることじゃないのぉ」

    「……まさか、チャコのこときゃ?」

    俺がそう言うと、零は自己嫌悪にかられたように、あー、もうっ!と炬燵の天板に顔を突っ伏しだした。

    「しょうがないだろうー。チャコをスナックに連れていかなかったら、私は町内会長に、女の人のおっぱいを揉むお店に連れて行かされるとこだったんだぞっ」


    風俗じゃないか、それ。

    「ましゃか、お前、チャコにしょのまま言ったのきゃ……」
    「言うわけ無いだろう、あいつはおんなのこなんだし」

    突っ伏した顔を、零は少しあげた。


    「馬鹿なように見えて、気が利いてお人好しなとこがあるからな、チャコは。何も言わずにスナックについてきてくれたけど……信頼してくれたあいつに、私は酷いことをしてしまったのだ」

    銀恋デュエットだけで、酒の入った脂ののったおやじが満足するわけがなく、スキあらばチャコの肩や腰を抱こうとしたり、ちょっとそこは……と俺たちでも躊躇われる場所を、指先で突こうとしたところを何度も目撃した。


    「今日はごめんな、鈍ちゃん。私と一緒にチャコを庇ってくれて助かった」

    あの場では俺は、零と一緒にチャコを挟むように座ることしか出来なかった。
    いつもはふてぶてしく腹が座っているチャコが引き攣った笑顔をしていたが、零は零で、チャコよりも自分に気を逸らせようと必死で場を盛り上げていたのは、俺にもわかっていた。後で俺に吐き出したくなるのも無理はない。

    うまいわけないのだ、そんな酒。


    「鈍ちゃんにも無理やりスナックに誘ってしまったし、チャコにも嫌な思いをさせてしまったし。……私なんか大人しく、女の人のおっぱいでも揉んでおけばよかったのだ」


    おい。

    「社会勉強したと思えば、いいんじゃにゃいか、零?」
    「えー?おっぱいかい?」
    「おみゃえ、ほんとは行きたかったんじゃにゃいのか?」

    「……そこまで吹っ切れた性格じゃないな、私」

    そう言うと、零は俺の肩にまた頭をのせてきた。……肩に吐かれた吐瀉物の生温さが記憶に残っているが、許してやらんこともない。


    「鈍ちゃん?」
    「にゃんだ?」
    「おっぱい触ったことあるー?」

    零は俺の肩に手を回しだす。

    「……実はさあ、私……」

    零の言葉の続きが、声にならない呟きで聞き取りようがない。俺は零の身体のぬくもりを服越しに感じだした。



    「……しちゃったんだよね」


    零にとって懺悔か告白かはわからないが、何が言いたかったのかは、聞き取れないまでも見当がつく。

    「にゃーにが、しちゃった、だ!!」

    零のおぼこい言い方から察するに、チャコとはファーストキスなのだろうな。

    零とのキスは、チャコにとっての「悪戯」なのか、「ご褒美」なのか。それはチャコに聞いてみないとなんとも言えない。
    あいつも、おんなのこだから、受けたセクハラを零のキスで打ち消したかったのかな。


    「うー、この女たらしがっ!」

    艶っぽい話などまるで縁がない俺は、腹立ち紛れに零を押し倒した。もちろん、性的な意味などまるでない。


    「痛いよっ!鈍ちゃんー」
    「うるしゃいっ」

    正直腹が立つ。俺はおんなのことキスしたことも無ければ、おっぱいを揉むような話など有りはしない。

    「俺の勉強時間を削ったあげきゅ、自慢きゃ、こいつー」

    俺は手近にあった座布団で、ばしばしと零を叩いた。


    「今度のテストの点数が悪きゃったら、小遣い減らしゃれるんだ、どーしてくれりゅ、零」
    「わかったって、わかったって」

    ひとしきり、零を座布団で叩くと、俺は軽くはぁはぁと息を吐いた。


    「……もう終わりかい、鈍ちゃん」

    物足りなそうに零が呟いた。

    「案外、あっさり気が済むんだね君は」
    「おみゃえ、……マゾきゃ?」

    乱れた息を整えている間、零はじっと俺を見つめた。


    「もっとぶん殴ってもいいのにさ」

    ……ひょっとして、零は自己嫌悪を紛らわせたいのか。そういうタマでは無いと思っていただけに俺は戸惑いを感じていた

    「今日の火の用心で、おみゃえは得意になってるもんだとおもってたじょ、零」
    「チャコも君も優しいからな。お調子ものの私に合わせてくれたんだよ」

    深夜のテレビ番組の単調なCMの声と光が、深夜の静けさを適当にかき混ぜている。やりきれなさを掻き消すように。


    「……玩具の抱えていた在庫もはけて、町内会の方にも革命きどりで行事に乗り出してさ、私はいい気になってたけど」


    俺たち二人が息をして座布団で叩いてじゃれていたせいで、部屋の窓に幾分かの水滴がついてきた。空が真夜中の漆黒よりも薄まり夜明けが近づいていて、その光を吸い込む窓の水滴が泣き出しそうな青だ。


    「父ちゃんは最後まで私のしたことに良い顔はしなかったな。……若いから、許されるんだとね。正直、私は人当たりも頭の回転も父ちゃんよりいい線言ってんじゃないかと自惚れていたけど、父ちゃんは父ちゃんでさ、自営で、この街で食べていくのに、必死だったんだよね」


    自分の手の甲で零は、自分の瞳をテレビや部屋の光から守るように、俺の視線に触れないように、覆い隠していた。


    「私を慰めてくれてもいいのだよ?鈍ちゃん」
    「うるしゃいっ」

    零は炬燵のなかで横たわり、俺は見下ろすようにそばで座り込んだままだ。


    「慰めて欲しいにょは、こっちの方だじょ、服にゲロを吐きゃれるわ、結局一晩勉強しにゃいままだわ」
    「明日、日曜日だからいいじゃん」
    「俺は馬鹿だきゃら、一日が、命取りにゃんだぞっ!おみゃえんちみたいに、商売を継げにゃいんだきゃらな!」


    その言葉を零が聞くと、俺の身体を抱き寄せた。鈍くさいとはいえ、運動部の俺を片腕の力だけで、ぐいっと零は自分の胸に引き寄せたのだ。零のちからの強さと突然の行動に俺はビックリした。


    「……にゃにしてんだ、零」
    「やっぱり、鈍ちゃんもまともに暮らしたいんだ」
    「は…い?」
    「勉強して、まともに仕事について」

    零は抱き寄せた俺の肩を指先でなぞりだした。胸と胸がぶつかり、お互いの熱が、体幹と一緒につながりあう。

    「おんなのこ見つけて結婚するんだよね、所帯を持つために」
    「……他に何をすりゅって言うんだ……」

    「みんな、そういうとこ凄いな」


    ハロウィンの仮装して、火の用心の拍子木打って、スナックで大人の真似事をして。ハメルーンの笛吹おとこのように、町内会や俺やチャコを惑わすおとこは、何のために皆を引っ掻き回すのかと問われたら……


    「わっかんないなー。……なんで皆はスパッと楽しいことに見切りをつけれるんだい」
    「みんにゃ……そうしてるからだりょ?」

    「もっと馬鹿やろうよー」

    零は道連れを探していた。

    どこまでもついてきてくれて、なんでも一緒に馬鹿をやってくれる仲間を。世間が自分を嗤うなら、笑い返してくれる仲間を。

    「おみゃえ、奇面組はどうにゃんだ?」

    零は寂しそうに笑った。それが答えだった。

    俺はそれ以上、答えをきかない。
    人に誤解されることが多い俺たちだった。俺は心を開かないことを選び、零は誤解されたまま世界を引っ掻き回すことを選んだ。

    愛されるというご褒美が貰えないのなら。


    「……鈍ちゃんも奇面組に来ないかい?」
    「嫌だじょ、俺は静かに暮りゃしたい!」
    「つれないなぁ。毎日がエブリデイなのに」

    英語でなにかそれらしいことを零は伝えたつもりだった。

    「やっぱり、今かりゃ勉強しに帰りゅわ」

    炬燵の熱と零に抱き寄せられた胸と胸の熱。熱さにやられたというのもあるけれど、これ以上一緒に零といると、溶かされてしまう。



    火の用心に誘われた時、俺は、勉強前に精を抜くつもりだったのだ。

    面倒だなァと思いつつも、そうしないと集中出来ないし余計なことばかり考えてしまう。この出来の悪い俺が、どこまで世に出てやっていけるのか、と。

    相手は零で、男とはいえ、人肌で。
    その上、チャコとの艶ごとや、おっぱいの話やらで、何かの拍子に反応しそうだった。


    「……もう夜遅いよ?物音で鈍ちゃんのお父さんとお母さん、起きちゃわないかい?」

    零はもともと油断のならない男だ。鈍くさい俺が、炬燵のそばから離れようとした時、俺は零から、タックルをかまされた。
    今度は俺が押し倒されて、零の身体の下に引き釣りこまれる。

    「そうだ、……私が勉強しなかったら、鈍ちゃんとずっと高校生のままでいれるね」
    「にゃに、言ってりゅんだ零」

    零は俺をうつ伏せに組み伏せて抱きしめたままだ。


    「そのまま、私は父ちゃんのスネをかじっておけばいいのさ。……どんなに足掻こうとも、家業にくちを出そうとも、……結局、此処は父ちゃんの城だもの」


    零は崩れるくらいに俺を抱きしめた。

    窓の外が夜明けを告げはじめる、沈もうとしている満月が見える。……子供たちを手のひらで転がす大人たちが眠る街は結局なに一つ変わらないまま、朝を迎えようとしている。


    「……おもちゃ屋って夢を売りゅ仕事じゃなきゃったのきゃ?」

    不甲斐ないぞと続けようとした俺に、零は沈黙を埋めるように続ける。

    「もう、おもちゃ屋じゃなくて、ファミコンのカセット屋さんになるのかもね。……遊ぶんじゃなくて、ゲームの中の誰かのプログラムの中で飛んだり跳ねたりお姫様を助けたりするのさ。……凄い時代だね、鈍ちゃん。子供の遊びのなかにも、大人が割り込んできて、遊びの内容を決めてくるんだぜ。……なんかもう、はみだすなって言われてるようなもんだろ?」


    零はうつ伏せの俺の肩に自分の顔を埋めた。俺にタックルを決めた自身の腕は、少しずつ俺の下半身の方にずらし、手のひらが俺の脚のあいだに移動し、俺の塊を確かめて少し擦ると、やっぱり……と呟いたあとに小さく笑った。


    「ぶっ壊れないかい、鈍ちゃん」


    零の手のひらが、俺自身を直に触りだした。





    零が俺に手淫をしてくれている間、俺は薄ぼんやりと、チャコと零がキスしているところを思い出していた。


    スナックの奥まったトイレで見た、ひとつにになった、ふたつの影。唇をあわせただけにしては、長い時間揺らめいていた。
    何をしていたか、微かに漏れていた吐息と衣擦れの音でわかったし、俺はその場をそっと離れたのだ。

    チャコと零の、食べることとはまた別の、生きることの根っこの方を見てしまったから。



    「私も結局、鈍ちゃんと同じなのだよ。人並みに暮らしたいのだ。……いっそ歯車になってしまった方がラクなのかもね。でも私はまだ子供なのかな。私でいい、と言ってくれる人が欲しいのだ」

    そう言うと、零は飽きがくるくらい、俺の唇を貪りだした。勝手に俺の胸を触っては、男の胸は硬いなぁと言って。俺は、零の唇をチャコの名残を消すように、舌でなぞった。



    「最後まで気持ち良くしてくれないのきゃ、零」
    「火の用心のつもりが、飛んだ火遊びになっちゃったな」


    零は自分のズボンを脱ぐと、打ち鳴らした拍子木のように、俺自身と零自身を擦りあわせる。




    ずっと高校生のままでいるなら、子供のままでいられるなら、時を止めてしまえるなら、零がそばにいてくれると約束してくれるなら。

    俺は抱きしめて、零がいい、と言えた。




    二人は吐精したあと、お互いの性器を拭いあった。……二人の間にこの次があるのかと、それは聞かないほうがいいのだ。この夜と同じ、生活を続けていく上での、乱痴気騒ぎで、ガス抜きなのだから。



    「こういうとき、おとこのこってラクなのだ。炬燵で雑魚寝しても大丈夫だし」
    「何が大丈夫なんりゃ、零」


    多少扱いが雑でも羽目外しても無茶をしても、そんなに気を遣わなくてすむ。まあ、言わんとすることはわかる。
    男同士で雑魚寝しても、噂とか責任とか世間体とか面倒くさいこと考えなくていいからな。


    チャコの言葉がこだまする。


    気持ちがホントはないくせに、その気があるフリって出来ちゃうもんだよね。

    先程の抱きしめあった熱を胸に残したまま、俺達は炬燵の中で、ただただ眠った。
    幼馴染が三人とも、自分にはあなたが必要だと、言い出せない夜は、もうすぐ明ける。


    窓の外は、白白とした青だった。




    こまつ Link Message Mute
    2019/01/24 22:42:14

    一堂零と春曲鈍のやおいと、幼馴染のチャコが少し絡むお話

    #奇面組 #一堂零 #小説 #腐向け

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