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    スローバラード泊まってしまった。

    彼の部屋には布団が一組しかないから、身を寄せ合って横たわる。彼から借りた上下のスウェットは、タバコの匂いだ。まんじりともせず、私は彼の部屋の豆電球を眺める。激しい行為をしてしまったので、目が冴えて眠れない。その横で、彼は行為で疲れてしまったのか、寝息を立てている。
    日曜日の夜だったのが、行為の時間がやたらと長かったからか、月曜日へと跨いでしまった。

    「事代先生、私のからだ、気持ち良かったかな?」

    身を起こして、寝息を立てている恋人の額に口付けた。私と同じ癖っ毛、私には無い太いまゆ、感情が手に取るようにわかるどんぐりまなこ。全部可愛いくて愛しくて口元が緩みだす。この人、私より六つも年上なのにな。

    「……なんだ物足りなかったのか、お前は?」
    「あーらら、起きてたんですか?」

    んー、などと声を漏らして、先生は脳天気に手を広げ、私に抱擁を求めてくるものだから、私もそのまま、彼の上に覆いかぶさる。匂いを擦り付けるように、先生の体に手足を絡めた。

    「さっきの凄く良かったぞ」
    「やめてくださいよ、もう」

    さっきの、「気持ち良かったかな?」まで聞かれてたか。この人は直球すぎて、こちらが照れる。

    「なあ、零」
    「はい?」
    「いや、その、無理矢理引き留めてごめんな」
    「あぁ……」

    珍しいと思ったんだ。先生は、教師と教え子という立場を気にして、私をここに泊めたことがなかった。どんなに遅くなっても、私を家まで送り届ける。毎回、行為をした後、自宅の自室でひとりぼっちになると恋しくなって、抱きしめたい先生がそこにいなくて、腕や体の隙間のすうすうとする感覚をいつも持て余していた。そんな時は自分の中の礎になる恋人同士を思い浮かべる。私が幼い頃の父母だ。父母が時々一緒の布団に入っているのを、幼い頃の私は何度か見たのだ。その頃の父母の顔は、天上にいるように幸せそうだった。

    「寂しくなったんですか?事代先生は」

    行為を終えた後は、普段は泊まったりしないから、抱きしめる相手がいない寂しさを、私と同じく感じているだろうに。お互い体は別のものなのに、心が持っていかれてしまっている。先生は私の魂をずっと抱きしめたままなのかな。
    最初は、恥ずかしくて苦しくて慣れない行為が、だんだんと体が開くようになり、心の奥底まであっさりと開かれるようになってしまったのだ。

    「いつもは、キスと触り合うだけで済ませるのに、今日は久しぶりに私の体に入って来たから、なんか、ただごとじゃないなって思ってた」

    私は先生の唇を吸った。

    「私、先生に抱かれている時が一番好きですよ」

    初めての口付けは、この部屋で冗談交じりで軽く交わしていた。そこから、保健体育の真似事をして、やがて私が先生の部屋に通い出すようになったのだ。

    「どうしてくれるんです?あなたの他に、何もいらなくなっちゃった」

    印をつけるように、先生の体をまさぐる。仰向けになっている先生の肩に、私の顔を載せて、頬と頬をあわせた。あの時の父母と同じように。父は、片割れとも言うべき母を早くに亡くし、独りで気丈に私と妹を育てている。父はなんでそこまで強くなれるのだろう?私自身、先生無しに、性行為無しに、今まで生きていたのが、不思議なくらいなのにな。

    「零」

    先生が、私を求めてくれた。ほんの一、二時間前も、私を求めてくれていたのだ。先生の部屋の玄関先で、もどかしくなって口付けをして、服を脱がせ合って、汗とか、そのほかの体液もそのままでどうでもよくなって、とんでもないところに顔を近づけて、呼吸をすることを忘れてたり、荒々しく動いては苦しくなって短く早く呼吸をしたり、感極まって声が漏れたり。生きているというのを感じずにはいられなかった。

    「もしかして、もう一回、出来たりします?」
    「いいよ。お前が嫌じゃなきゃ、望むところだ」
    「タフだなぁ。私、先生のそういうとこが好きですけどね」
    「お前、無邪気な見た目と違って、スキモノなんだな」
    「あっはっは。奇面組リーダーと付き合おうと思ったら、気力体力が並みの人間じゃ務まりませんて」

    愛して感じて昂る体を与えてくれた、父母。私が八つの時にやもめになり、家で待つ父に後ろめたさを感じながらも、私はもう一度、先生の体を全身で確かめたくて、先生の顔に口づけの嵐を見舞わせてから、激しく口を吸い抱きしめる。さっきは久し振りに、私の体に入ってきたな。苦しくて少し痛いけど、先生が入ってきたら、すごく嬉しいのだ。一、ニ時間前まで、繋がっていたことを思い出して、体がまた反応する。痛い、苦しい、重い、熱い、いろんな感覚が一気に攻めより、胸がつまる。父のことも奇面組リーダーということも一気に忘れてしまうくらいの感情に呑まれる。それこそ、あなたの他に何もいらないくらいだ。

    「明日、学校があるからな。徹夜でヤリまくるわけにはいかないが」
    「ずいぶんとつまらないこと思い出すんですね、先生は」

    朝を迎えたら、月曜日。教師と生徒。そして、男同士だ。どちらかが女性だったら問題になったんだろうけど、それはそれで将来を誓いあえたのかな。

    「真面目だなぁ、事代先生は。もっと悪い子になればいいのに」
    「なってるよ。自分の生徒に手を出してしまったからな」
    「男の子相手だから、ノーカンですよ、ノーカン」

    母のように甘やかしてくれる胸は、もうこの世に無いと思ってた。柔らかで甘い匂いがして、どんな感情も、茶化したり誤魔化したりせず、そのまま受け止めてくれて。父は、亡き母の胸を存分に味わえたのかな。母がこの世にいないのなら、私が誰かの母の代わりになればいいと、大それたことを思っていた。私と同じはみ出しものがいるのなら、私がその居場所を作り包み込もうと。生きる意味はそれ以外見つからないような気がしたのだ。はみ出しもの、見つけた。奇面組のメンバーを見つけた時と似た感情を、最初は事代先生に抱いていた。先生は滑稽でどこかずれてて、笑われているのもわかっているくせにひたむきで、私の大好きなお馬鹿さんだった。
    あなたも私の一部になればいいのに。そう思うくらいに、先生のことが気になりちょっかいを出し、気がついたら深みにはまっていた。

    「どうした?いつもより積極的だな。今日のお前は」

    スキモノと言われたって構うものか。父も、母が生きていたら、たくさん睦み合いたかったに違いない。

    「今日……、いや昨日かな?博物館を見てまわるなんて、健全なデートだったでしょ?物足りないなーなんて思ったんですよ」

    ウキウキとした口調と戯けた仕草で、先生のスウェットのズボンとパンツを脱がせて、先生の性器を口に含む。さっき私の体に入っていた、先生の一部だ。どう頑張ったって、私は赤ちゃんを作れないし、母にはなれない。

    「先生のおちんちん、味とかついてたら、お腹もいっぱいになって一石二鳥なんですけどね」
    「俺は、もう胸いっぱいだけどな」
    「うひゃ、上手いこと言うなあ、先生はっ」

    私の口の中で、先生の性器が大きくなる。私が気持ちよくしたんだ。先生も感じだしたのか、少しずつ呼吸が上ずってきた。先生との記憶を思い返す。初めて抱かれた時の、誰かのものになれた嬉しさとか、昨日は健全なままで終わるかと思っていた博物館デートとか、部屋に上がってお茶を飲むつもりが、感情をぶつけるように、服を脱がしあって、手と唇で全身を確かめ合って、腰が熱くなりだして、前後不覚になった時とか。

    「もう一回、私に入れてみます?溶け合いそうな気がしません?」

    先生の性器を舐めるのをやめて、見つめた。硬くて熱くて赤い。これを私に入れたのだ。普段は口付けと触り合いっこだけで終わらせるのに、今晩は中に入ってきた。胸いっぱいなのは先生だけじゃない。

    「まだだよ。お前が気持ちよくなってないだろ?」
    「にゃは、あらためて迫られると、零ちゃん、照れちゃうー」

    この人には、いつも裸にさせられてしまう。私の耳元でひとこと、愛してると呟かれ、そのまま首筋を口付けされた。体はもう、あっという間に先生に組み敷かれた。

    「体育の先生って、やっぱり力がすごいなあー」
    「とことん、ムードのない感想しか言わんのだな、お前は」
    「さっき、言いましたよ」
    「そうだっけ?俺とヤッてる時が一番好きくらいしか聞いてないがな」
    「先生もだよっ、ムードが無いの」

    タバコの匂いがするスウェットを脱がされる。裾をまくられながら素肌に口付けをされ、脇腹を舌で掬い上げるようにして舐められる。服の上からでも触られたら、びくんとなる部分なのに、さすがに湿り気と温もりもくわえられたら、体全体が切なくなりだして吐息とため息が漏れ出した。

    「あ……」
    「俺は、ここまで誰かを好きになったことはないぞ、零」
    「いや、私だって、さっき、ん……ん!」

    もう冬だからいいかと、先生は呟き、私の胸の皮膚を吸い込んだ。印をつけられた嬉しさに吐息がもれる。私はさっき言ったんだ。あなたの他に何もいらなくなったと。

    「もう何も言わなくていいぞ。お前は奇面組リーダーでしか、物を言えないんだからな」
    「言ってる意味がわからな……はあ、あ」

    自分の喘ぎ声で、頭の悪い返し方しか出来ない。

    「反応いいな」

    先生は、私の胸板を触れるか触れないかの強さで撫で出した。唇からは息遣いしか漏れてこない。

    「俺もな。抱いている時のお前が可愛くてしょうがない」

    何も言わなくていい。あなたはそう言ってくれた。行為をするとき、そこまでするかというくらい、隅々まで私を慈しんでくれる。怖い。どんどん自分が奇面組リーダーでなくなりそうだ。その怖さと身を委ねる心地よさの沼に溺れ、私は快楽の声を出す。

    「なんで、私のことをそこまで……」

    そこまで、好いてくれるのか。
    今までの自分は、同じはみ出しものの居場所を作り、愛することで、ここに居ていいと、世の中から許された気持ちになっていたのだ。

    「ああ、なんだか滑稽だなあ。奇面組リーダーがおちゃらけもなくギャグもなく、抱かれてるなんて」

    母が死んだあと、父は父の顔を忘れたことなどなかった。父は父を演じていたのか、それとも自身が父の側面を真に取り込んでいたのかわからない。人は役割を全うして生きるのだろう。父は父のまま、母は母のまま。自分が今まで見たまま世界は回っていた。奇面組リーダーで、あいつはダメなやつと笑われているままなら、別にそれを誤解だなんて訂正しなくてもいい。

    「お前も俺を抱いてくれてるんだ、自分のことを滑稽だなんて言ってくれるなよ」

    先生が、私の胸を頬擦りしだした。愛おしさが私の心臓に押し寄せ、私の胸の高鳴りが、彼に聞かれてはしないかとヒヤヒヤしながら、私は平静を装う。

    「私、先生におちんちん入れられてる方だから、私が先生を抱いてるというのは間違いなんじゃないですかね?」
    「屁理屈多いぞ、お前はもう」
    「ん!」

    乳首を軽く吸われた。そのまま舐めてはやめて、舌で転がすを繰り返す。私の声も下半身も切なくなりだした。

    「ほんと、感じやすいんだな、お前は」
    「先生だからですよ!」

    もっとして欲しくて、先生の頭を撫でる。先生も私を見透かしているのか、私の腰と背中に手を回した。落ち着くなぁと呟いた先生は、母の胸に飛び込む子供のようでもあり、あの日の父のようだった。

    「先生じゃないと、私……」

    先生と呼ぶが、下の名前では呼べない。私がなかなか奇面組リーダーの顔を忘れないのと同じように。

    「俺、お前といると、教師だってこと忘れるからな。俺をこんなに抱きしめてくれているんだ。好いてくれてるんだろ?俺のこと」

    先生が私の胸を、唇と舌で愛撫する。同時に私の性器のほうに手を伸ばし、手のひらで柔らかに包み込んだ。顔が少しずつ火照り出し、自分の動揺と同じく体と私の性器が震えだす。

    「射精や絶頂なんておまけだよ。何も知らないお前だったから、キスとペッティングで十分かと思ってたけどな。俺はお前の全部が欲しい、お前の全部が好きだ」
    「……ずるいな、それ」

    私はたまらず、身を起こして先生に口付けした。

    「作吾さん……だっけ?」

    下の名前が、口から漏れ出した。私だって、先生を誰にも渡したくなくて、気持ちを吐き出したいのに吐き出せず、逆さ吊りにされているかのように苦しい。

    「雑だなあ、好きって言う表現が。全部好きだなんて言われたら、何処が私のいいところなのか分からなくて、納得するほか無いじゃないですか?」
    「あったのか?お前にいいところなんて?」
    「改めて言われると腹がたつ」
    「そりゃ副担任だからな。お前のろくでもないところとか、どうしようもないところとか山ほど見てるぞ」
    「じゃあなんで、私のこと抱いてるんですかね?やっぱり、寂しいから?」

    さっきまで私の胸の中にいた先生は、私の目をじっと見つめた。

    「お前だからとしか、言いようがないだろ」

    低い声で、そろそろ入れるけどいいか?と先生は私に呟いた。私はただうなづき、彼の指の挿入と、性器への口唇愛撫を受け入れた。親にも言えない恋だ、これは。あなたは教師の顔を忘れるといった。私は、あなたの唇と手の動きで、父の顔も奇面組もどこかに行ってしまっている。先生が寂しいなら寂しいでいい。誤解されるのは慣れっこだし、ダサい自分を埋め合わせるのはお互い様だ。

    「なぁ、零」

    何度も私を、名前で呼んでくれている。

    「後悔、してないな?」
    「いまさらですよ?」

    体の内側から、彼の指の動きで、擦られ掻き回され押し上げられ、あげれるものなら、私の全部を受け渡したいくらいの感覚と感情に押しつぶされる。

    「なんで、つまらないこと言うんです?後悔だの、明日、学校だの。今しかないのにね」

    どちらか女性だったら未来があったのかな?先生なら、父ちゃんに殴られても、私のこと欲しいと言ってくれたかな?それとも、父ちゃんだって、爺ちゃんから母ちゃんを奪ったのだからと、わかってくれたのかな。その役割は、どこから来たの?いつから、父ちゃんは父ちゃんで、母ちゃんは母ちゃんになったの?

    「遅いですよ。今更、先生ぶったって。何も知らなかった私を、あなた以外欲しくないようにさせたくせに」
    「俺がお前を手に入れるためなら、何もかも捨てると言ったら、どうする気だ?」
    「……教師辞めるんですか?」
    「まあ、それぐらいの覚悟がなければ、お前のこと全部好きとは言わんわな」

    先生は手際よく、コンドームを自身の性器につけて、私にも手渡しす。

    「付け方わかるだろ?……お前がこの先、女の子の相手を見つけても、それはそれで、俺は……」
    「何言ってるんですか、あなた寂しがりのくせに」

    あなたの保健体育しか、私は身に入らなかった。先生が先生ぶることで、私は安心して身を委ねていたんだ。自身の部屋に泊まらせなかったのは、私には家族がいて、帰る場所があると言うことをわからせるためだ。

    「あぁ、でもダメだ。やっぱり」

    先生が、私を掻き抱いた。情けなく私の肩に顔をうずめて、みっともなく私の肩で目頭を拭いて。

    「お前が俺以外の場所があるってことを、想像しただけで辛いわ。ごめんな。俺はお前を繋ぎ止めたいんだよ。馬鹿だな俺、教師のくせに」

    その言葉だけで、私は生きていける。私は、震えるような気持ちを必死で押し殺しながら、教師を忘れてくれた恋人の頰を両手で包みながら、いつもどおり、笑った。

    「あなたと私、そういう体で出来てるんですよ。せっかくじゃないですか?楽しみません?」

    未来なんか見なくてもいい。あれほど愛し合っていた父母ですら、別れは来てしまったのだ。

    「今度は私が、上に乗りますよ。騎乗位ってやつですね?初めてだから、うまく行くかわからないなー」

    今度は、私が先生を押し倒す。

    「奇面組のリーダーに遠慮なんていりませんよ。もう少し、あなたも悪い子になればいいのにね。くそまじめに、私のことなんか考えて、将来を棒に振っちゃったら、それこそ先生のご両親が悲しみますて」

    私は、先生の息子さんはご立派だなぁと笑いながら、ローションを、先生の性器に私の入り口にとボトボトと塗りたくった。

    「……純粋だったお前を、俺は汚してしまったかな」
    「そうですよ、この悪党。見ててくださいな、私があなたに腰を沈めるところを。こんな姿、未来永劫あなたにしか見せませんから」

    先生の言っていた、キスとペッティングだけの関係の前、何もかも溶け合いたくて、先生と繋がりあったことがあった。未知の感覚ゆえに痛みと戸惑いばかりで、そんな私を見て、繋がりあうのは避けてくれていたんだ。それが、今日、私と繋がることを求めてくれた。
    先生の肉が、私の中に食い込む。臍の方向に、私の中が満たされていく。私の耳の中にあるのは、お互いの息遣いと鼓動だけだ。

    「零、俺にはお前だけだ。俺はお前のこと……」

    そこから先の言葉は、言わずとも知っている。私はその言葉を遮るように、口移しで奪う。いつも離れ離れの夜、抱きしめるあなたがいなくて、私は寂しくて辛かったんだ。あなたが私の魂を抱きしめたまま、返してくれないのが悪いのだ。

    「もう明け方になりますよ、腰の動きに集中しません?」

    愛しているを言わせなかったし、愛しているを私は言わなかった。言えば、どんな事よりも重くのしかかる。それがいつか消えてしまったら、私はきっと、先生と出会う前以上に虚ろになってしまうから。ごめんね、父ちゃん。こんな息子になっちゃったよ。

    永遠なんて、どこにもない。死ぬ間際の母は病に蝕まれ、私が幼い頃慕った母の姿ではなくなっていた。私はその時から、何かの役割を背負ったのだ。

    私は奇面組リーダーの役割に助けられた。先生は先生だから、どこの誰よりもいい男なのだ。その二人が、時々弱さを持ち寄りながら生きている。普通の恋愛を経験させなかったと先生は責任を感じているのだろうけど、私が、あなたにしか弱い自分を見せないと決めた。後悔なんて、あるはずがない。


    結局、一睡もしなかった。

    「送るぞ」

    一旦、家に帰って学校の用意をしなきゃと呟いたとき、いつものように、先生は私を送り届けることを申し出た。

    「先生はタフだなぁ。寝ればいいのに」
    「馬鹿、夜道に一人は危険だろ?」
    「そろそろ日が昇る時間帯だから大丈夫ですって」
    「そんなこと言ってもだな?昨日は結局無断外泊だろう?一言ぐらい、お前の親父さんに挨拶……」
    「やめてくださいよ?うちの父ちゃん、高血圧なんですからね?」

    流石に一人になりたい。大型犬よりも甘えん坊な先生のことだ、帰り道もベタベタと触り出すに違いないし、多分、私も歯止めが効かなくなる。今ここで恋人同士の気持ちを断ち切らないと、私は奇面組リーダーの顔を忘れて、腑抜けたまま、授業に出る羽目になるだろう。

    「おい」
    「……なんですか、もう」
    「授業中、寝るなよ。プライベートはプライベートだからな」
    「はあい」

    恋人の方はというと、とっくに教師の顔に戻っていたのだ。私の肩で涙を拭っていた彼はどこへ言ったんだか。

    「全く、可愛くないな」
    「なんか言ったか?」
    「いいえ、べつにぃ」

    素っ気なく言い放って、私は靴を履いて、先生の部屋の玄関を開ける。外は、地平線が白み出していた。

    「朝帰りになっちゃたな」

    先生に背を向けて歩もうとしたが、後ろから先生に抱きつかれた。
    先生の体の温もりを、背中いっぱいに浴びながら、私は彼の手を握り、静かに言葉を繋げた。

    「……分かってます。あなたが生徒を食い物にしない大人だということくらい。私のことを恋人だと思うなら、あなたは少し寝てくださいな。体育教師なんだから、ここで徹夜になるとバテちゃうでしょ?」

    夜明け前の天上は一際暗く、風は熱を失い、肌寒い。

    「信用してくださいな。私、男の子だから、ここから先は一人でもへっちゃらですって。それとも、私、そんなに頼りないかなぁ?」

    私のことを全部好きだと言ってくれた恋人は、私のことを全部呑み込みそうなくらいだ。

    「零、俺はしつこいって分かってるだろう?」
    「そりゃあ、もう」
    「お前が、俺のどこが好きだって言ったか覚えているか?」
    「……タフなとこ、ですかね?」

    確かに言った。その言葉を先生は聞くと、素直に私から体を離した。離してくれたあとに、先生は私を対面に向かわせる。薄明に照らされた、感情が手に取るようにわかるどんぐりまなこ、私にはない太い眉、そして、私と同じ癖っ毛だ。


    「死にそうにないですもんね、あなた」

    苦笑いをする彼を、もう一度口付けた。朝日はまた、何度でものぼる。私が望む分、あなたはそばにいてくれるのだろう。



    私は、先生が好きだ。
    こまつ Link Message Mute
    2019/11/28 0:57:49

    スローバラード

    #腐向け #奇面組 #一堂零  #事零

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