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    真心をあなたに キッチンにシャカシャカシャカ……と小気味のいい、一定のリズムが木霊する。銀色のボールの中には卵と牛乳が入れられていて、あたしはそれらをホイッパーで泡立てていた。二つがよく混ざったところで、今度は白い粉を投入する。ふわりと舞い上がった粉からは、バニラの甘い薫りが立ち昇る。さっくりと粉を混ぜ合わせ、生地を馴染ませていくと、トゲトゲしくなっていたあたしの気分までふんわりと柔らかく解されていく。ボールの中でダマがほとんどなくなるまで混ぜ合わせると、あたしはフライパンを置いてあるコンロに火をつけた。
     今日のあたしの三時のおやつはホットケーキ。いつもならメープルシロップをたんまりとかけて食べるのが好きなのだけれど……。今日は腹立たしいことがあったから、焼きたてのホットケーキにアイスクリームを乗せて食べてやるんだぁ。
     小さなフライパンはすぐに温まった。あたしは温まったフライパンを、濡れ布巾の上で少し冷ました。コンロに戻して弱火をつけると、お玉に生地を掬い取って高い位置からフライパンへ流し込んだ。しばらくすると、乾き始めた生地の表面にプツプツと気泡が立ち始める。
    『たっだいまぁ~!』
     今、一番聞きたくなかった人物の暢気な声が、廊下の向こうから聞こえてきた。フライパンで焼かれている真っ最中の今のホットケーキみたいに、あたしの心の表面にもふつふつと怒りが沸き上ってくる。いつの間にか、ターナーを握っていたあたしの手は怒りで震えていた。
     あいつの顔を見たら、まず、何をしてやろうかしら……? 最初は怒鳴りつけるでしょ。それからとりあえずコブラツイストをかまして、ハンマー……じゃ生温いから、先に簀巻きにして屋上からぶら下げて謝らせて、それからそれから……。
    「おっ、いいニオイがするねぇ。何か焼いてるのか?」
     あたしの頭の中で、今、どんなシミュレーションが行われているのか。奴はあたしの気なんて何にも知らないで、のほほんと間の伸びた声をかけてきた。
    「……獠。今の今までどこに行っていたのかしら?」
     あたしはフライパンで焼いているホットケーキを睨みつけたまま、背中越しに獠へ問いかけた。
    「ん~? お散歩……かな」
    「今日はお昼に依頼人と会うから家にいて欲しいって……。あたし、朝に言ったわよねぇ?」
    「あぁ……。なんか言ってたっけ?」
    「言ったわよ!」
     全く噛みあわない獠との会話に、あたしの怒りは頂点に達した。
     振り返って男の顔を認めると、もう我慢なんて出来なかった。あたしは乾いた藁に火が着いたような勢いで喋り出した。
    「二ヶ月ぶりに入ったまともな依頼だったのに、どーしてそうなっちゃうわけ⁉ 今回は最初から女の人の依頼だよって伝えてたわよね! 何が不満なの⁉ そんなに働くのが嫌なわけ⁉ このままじゃあたしたちご飯も食べられなくなるし、ライフラインだって止められちゃうのよ! あたしができる節約だってもう限界なんだから! 獠だって少しぐらい協力してよ! 呑み代もタバコ代もバカにならないんだからね!」
     積もりに積もりまくっていた日頃の不満が、一気に堰を切ったようにあたしの口からあふれ出してくる。興奮しすぎたのか、そこまで言い切ったあたしは、気がつけば肩で息をしていた。
     これだけ言って、やっと獠はあたしの怒りを理解したのか、少しだけ申し訳なさそうに笑った。でも、笑顔のはずなのに、どこか少し悲しそうで……。霧雨のような獠の笑顔に、あたしも少し冷静になれた。
     ちょっと、言い過ぎちゃったかなぁ……。ほんとはこんな形でこんなことを言うつもりじゃなかったのに……。
     コンロに向き直ってそこ乗っているフライパンに視線を落とせば、ホットケーキは淵が少し焦げ始めていた。あたしはターナーでホットケーキをひっくり返した。ぶつぶつと穴が開いていた表面が裏返され、淵に少し焦げ色のついた、滑らかできれいな狐色のホットケーキが姿を現す。
     あたしは、ホットケーキをふっくらと仕上げるために、フライパンへ蓋をした。――あたしの今の心も、こうして裏返して蓋が出来ればいいのにな。
     獠が依頼をすっぽかすことなんて、今に始まったことじゃない。だけど、今回のあたしは本当の本当に我慢ができなかったんだ。今日の依頼は、本当に久しぶりの依頼で、しかも女性からの依頼だったんだもの。だから、獠もちゃんと働いてくれると思ってたのに。
     キャッツで依頼人の女性とコーヒーを飲みながら獠を待ってたんだけど、いくら待っていても獠は来なかった。時計を気にし始めた依頼人に、あたしは何とか食い下がってみたんだけれど……。仕事をお願いする獠について、直接この目で確かめてから決めたいと、彼女は依頼の内容すら話してもくれなかった。挙げ句の果てには、時間にルーズな人は信用できないと、依頼自体をキャンセルされてしまった。ただでさえ少ない手持ちのお金から、待ち時間のお詫び代わりに相手のコーヒー代まであたしが払う羽目になって……。あたしは何だかとてもみじめな気分になってしまって、キャッツを飛び出すようにして帰ってきたの。
     たぶん、獠が帰ってきたとき、真っ先に謝ってくれてたら……。あたしはこんな風に怒りを爆発させることもなかったと思う。あたしってカッとなっちゃうと、後先考えずに行動しちゃうからなぁ……。口から出てしまった言葉を今さら取り消すことはできないし、もう引っ込みだってつかない。……だから、早く獠がこの場を立ち去ってくれたらよかったのに。
    「――香」
    「えっ、あっ……。呼んだ……?」
     考え事のためにぼんやりとしていたため、あたしは慌てて振り返った。すると、振り返ったすぐ目の前に、獠がいた。それも、お互いの息遣いを感じるぐらいの距離で。
    「あぁ……。何度も呼んだぜ」
     獠があたしを腕の中に閉じ込めるように、コンロとシンクへ手をついた。あたしは身動きが取れなくなってしまった。
    「ぁ……」
     獠の顔がすぐ間近にある。なのに獠はさらにあたしへ近付いてきて、お互いの鼻同士が触れそうになるぐらいまで距離を詰めてきた。獠の体温まで感じてしまうこの距離に、あたしの鼓動が勝手に高鳴り始めてしまう。じっとあたしを見詰めたまま、獠はあたしの顔から視線を逸らそうともしない。別にあたしは何かを期待していた訳じゃないけど、反射的に目を閉じた。
    「ふっ……」
     微かな獠の失笑が聞こえたかと思うと、カチリと小さな機械の音がした。そのまま、しばらくの沈黙が続く。
     たっぷり一分ぐらいは経ったかもしれない。こんな体勢になっているのに、獠が何にもしてこないなんておかしい。そんな風に思ってしまうあたしも、既におかしいのかもしれないけれど。……キスするつもりじゃないの?
    「……なぁに目ぇ閉じてんだ?」
    「ぇ?」
     予想外の獠の言葉に、思わずあたしも間の抜けた声を上げてしまった。驚いて目を開けてみると、獠はにやにやとあたしを見下したような薄笑いを浮かべていた。獠の右手はコンロのスイッチに伸ばされていて、ホットケーキを焼いていた方の火が消されていた。蓋をしているので、中のホットケーキがどうなっているかはわからないけれど、フライパンから立ち昇る薫りは、甘いものとは程遠く、明らかに焦げ臭いものだった。
    「キスするとでも思った?」
    「……っ!」
     獠がわざとらしくあたしの耳元で囁く。少しでもキスを期待していた自分がバカみたいで、そして、そのことを獠にきっちりと見抜かれたことがショックで、鼻の奥のほうががツーンとしてきた。
    「俺だって年中盛ってるわけじゃねぇんだぜ」
     獠はそっけなくそう言うと、くるりと身体を反転させた。獠が巻き起こした風にあたしの前髪がわずかに揺れる。そこにかすかに混じっていた臭いに、あたしは一瞬で背筋が凍りついた。汗のにおい、タバコのにおい、硝煙のにおい、整髪料のにおい、そして……血のにおいがした。
    「獠……?」
     獠は既にキッチンを出て行こうとしていた。
     獠の身体には硝煙のにおいが染み付いてしまっているから、そのにおいがすることなんて当たり前なのだけれど……。血のにおいまでするなんて、明らかに何かがおかしい。
    「ねぇ、獠。ケガしてないよね?」
    「……」
     聞こえなかったのか、無言のまま、獠は歩みを止めようとはしなかった。
    「ねぇ、獠ってば! ちょっと見せなさいよ……!」
     あたしは獠を追いかけて、その右手を掴んだ。
     ふと、あたしの脳裏をある疑念が過ぎる。もしかして、獠がキャッツに来なかった理由っていうのは……!
     そうしている間にも、獠はまるであたしがそこにいないかのように、ずんずんと進み続けていく。
    「待って!」
     あたしは無我夢中で獠の背中に飛びついた。その逞しい背中越しに、あたしの腕じゃ回りきらないような厚い胸板をぎゅぅっと抱きしめた。そこまでして、やっと獠はその歩みを止めてくれた。
     汗に濡れた赤いTシャツに顔を寄せてみると、より濃く、はっきりと生臭いニオイを感じる。あたしの疑念は確信に変わった。……間違いない。あたしはさっき、とても無神経なことを獠に言ってしまったみたい。獠はキャッツに来なかったんじゃない。来たくても来られなかったのよ。
     何があったのかはわからないけど、何かが起こって獠は負傷した。だから、獠はあたしの言うことに何も反論せず、このまま出て行こうとしたのよ。きっと。
     ホットケーキの甘ったるいニオイにマスキングされてしまって、あたしは獠の血のニオイにすぐ気づかなかった。でも……。獠の命が助かってくれてよかった。
     獠がちゃんと依頼を受けてくれないと、あたしたちは収入がなくなる。獠がタバコを吸って呑み歩くと、余計な出費が増える。それは、あたしたちが暮らしていく上でとても痛いことなのだけれど、獠がいなくなってしまうことに比べたら、そんなことはどうだっていい。このまま、もうしばらく極貧のカップラーメン生活が続いたって。電気を止められてしまって、蝋燭の灯りで暮らすことになったって。獠が生きていてくれるなら、あたしは何だって耐えられるから。
    「……離してくれよ」
     獠はそういいながら、獠の身体に回しているあたしの腕をそっと掴んだ。だけど、獠はそれ以上何もしてこなくて、無理にあたしの腕を引き剥がそうともしなかった。
    「あっ、あの……」
     獠に謝りたいけど、獠のことを考えもしないであれだけのことを言ってしまったために、咄嗟にいい言葉が出てこない。
    「……次の依頼はちゃんと受けてよね」
     その言葉が、あたしには精一杯だった。獠が生きていてさえくれるなら、あたしはそれ以上を望んだりしない。
     一度、獠の背中に額を押し付けるようにしてから、あたしはするりと腕を解いて、獠の身体を解放した。密着していた身体からすうっと熱が引いていく感覚に、少し物悲しさを感じてしまう。まるで、そこから自分の一部が引きちぎられたみたいに、獠と触れ合っていた部分がじんじんと疼いている。ダメ……。あたし、このままここにいたら……。
     あたしは獠に背中を向けると、再びコンロの前に立った。フライパンの上に乗っていた蓋を開けてみると、見た目はきれいなホットケーキが焼きあがっていた。ターナーで裏返してみると、裏面はやっぱり真っ黒に焦げていた。
     獠はまだ、キッチンの入り口に立ち尽くしていて、そこから動こうともしない。お願い、獠。早くここから出て行って。出て行ってくれないと、あたし……。もっと獠に触れたくなる。もっと獠を感じたくなる。きっと、獠が欲しくなる。なのに――。
    「……はぁ」
     獠の大げさな溜息が聞こえたかと思うと、こちらに向かってパタパタとスリッパの音が近づいてきた。
     あたしは次のホットケーキを焼こうと、コンロのスイッチに手を伸ばしたけど、あたしのその手は、背後から伸びてきた丸太のような腕に捕まれてしまった。
    「ホットケーキ焼いてたから、今は見逃してやろうと思ってたのに」
    「へっ?」
     ぐるりとあたしの視界が上下反転したかと思うと、キッチンの天井が見えたところで止まった。背中に何か硬い板のようなものが当たっていて、少しヒリヒリする。ぬぅっと覗き込むようにして、あたしの視界に獠が入ってきた。
    「お前、反則」
    「何が……? って、ちょ……離してよっ!」
     気がつくと、あたしは獠に組み敷かれていた。あたしの腰の辺りにぐっと獠の体重を預けられ、身体を捻ることも出来ない。ハンマーを繰り出そうにも、あたしの両手は白木のテーブルに押さえつけられていて、まるでそこに括り付けられたみたいに、ピクリとも動かない。
    「離せって言ったって……。誘ってきたのはお前だろ? 俺はせっかく我慢しようと思ってたのによぉ。お前が誘うから……」
    「誘ってなんかないっ!」
    「じゃぁ、覚えとけ。あれは男を誘う行動だ」
     獠はあたしの両手を片手一本であたしの頭上に纏め上げると、左手、右手と持ち替えながら、器用にTシャツを脱いでいく。暴れるあたしなんてお構いなし。
    「そんなの、あんたが勝手に……!」
    「あんな風に抱きつかれたら、誰だってヤリたくなっちまうよ」
     Tシャツを脱ぎ捨てた獠の身体には、左肩の辺りに赤く染まったガーゼが張り付いている。獠がその負傷している左手だけであたしの両腕を押さえているのに、あたしが全力を振り絞って手を動かそうとしたってほんの僅かに位置を変えただけだった。脚も使ってばたばたともがいてみるけど、あたしの上に乗っている獠の身体はびくともしない。
    「そっ、それに! あんた、ケガしてるじゃない! 傷口が開いたらどうするのよ!」
    「んなもん、かすり傷にもならねぇよ」
     上半身裸の獠が、あたしを押さえつけるため、ぴったりと身体を重ねてくる。元々体温が高いせいなのか、それとも傷口が熱を持っているのか、獠の身体はまるで火に当たったように熱い。密着しているあたしの身体にもその熱が乗り移る。半分脱いでいる獠が身体をくっつけてきたせいで、恥ずかしさからあたしの体温が上昇していく。
     それだけじゃない。獠に愛されること求め始めたあたしの身体が、勝手に火照り始める。最初は軽く触れられただけの口付けは、すぐに貪りあうような深いものへ変わり、しばらく途切れることがなかった。

     ※ ※ ※

    「はぁ……」
     夕飯前にとんでもない運動をすることになったあたしは、一日の汗をさっぱりと洗い流すためにシャワーを浴びた。
     おやつにホットケーキを食べるつもりだったのに、結局それを食べることができず、あたしのおなかはぺこぺこに空いている。少しだけでいいから、何かつまんでから夕飯を作ろうと思ったあたしは、パジャマ姿でキッチンに向かった。
    「おっ、ちょうどいいところに来たな」
     先にシャワーを済ませた獠は、新しいTシャツを着てコンロの前に立っていた。キッチンの中には、バニラの甘い薫りが広がっている。
    「座れよ」
     獠に促されて白木のベンチに座ると、冷たいアイスコーヒーと共に、白いお皿に乗せられた焼きたてのホットケーキが出てきた。二枚重ねのホットケーキの天辺には、アイスクリームが一さじ乗せられていて、今にも溶け落ちそうになっている。
    「腹減ったろ? メシができるまでのツナギってことで」
     獠は自分のお皿に少し小さめのホットケーキを乗せていた。その上には、やっぱり同じようにアイスクリームが乗っている。「いっただっきまぁ~す♪」と、大きな声で宣言すると、獠はメープルシロップをくるりと一回しかけた。ナイフとフォークでざくざくと刻んでしまうと、獠はぱくぱくと食べ進めていく。
    「いただきます……」
     あたしもメープルシロップを少し垂らして、まぁるく焼かれていたホットケーキを一口かじった。
    「おいしい……♪」
     口の中にほんのり広がる焦げ味と、ふんわり解けていくバニラの薫りが、少し荒れていたあたしの心まで丸くしていく。
     あたしは小さい頃からホットケーキが大好きだった。嫌なことも、辛いことも、嬉しいことも、楽しいことも、全部全部、ミルクと卵と粉の中へ一緒にごちゃ混ぜにして。後は流し込んで焼くだけで、ふんわりとまるく仕上がってくれる。表面がぶつぶつとしてきたら、今度はひっくり返してそのままにしておけばいい。しばらくすると、キッチンが甘い匂いで満たされていく。そして、焼きあがったホットケーキを食べれば、あたしも幸せな気持ちで一杯になって。気がつけば、あたしはいつの間にか「いつものあたし」を取り戻しているのだった。だから、ホットケーキが大好きだったの。それは、今でも変わらない。
     一枚目を食べ終えて、二枚目にナイフを入れようとして、あたしの手が止まった。一枚目の下に隠れていたホットケーキは、少し歪な形をしていて、まるでブタの蹄のような、はたまた車につける初心者マークのような形をしていた。
    「何よぉ、この形は。もう少し綺麗に丸く……」
    「ぐふふ……♪ この蜜とアイスが混ざって解けたところを、じゅるっと食うのが美味いんだよなぁ。蜜とミルクが溶け合って、熱い谷間をトロトロっと流れ落ちていく様子なんて、もう……! ぐふっ……! ぐふふっ♪」
     あたしは顔を上げた。右手を握り締めると、手の中に使い慣れた相棒の硬い感触がある。あたしは静かに立ち上がりハンマーを振りかぶると、無言でそれを振り下ろした。
     ばごぉおぉぉぉぉぉおおん‼
     テーブルのホットケーキに被害が出ないよう、奴の頭だけにハンマーを食らわせ、なおかつ床に叩きつけてやった。
    「ぅぐぅ……!」
    「うるさい。静かに食べられないの?」
    「……ふぁぃ」
     すました顔で何気なく問題発言をするこの男の性格は、一度ぐらい死なないと直らないらしい。せっかくいい気分に浸っていたのになぁ……。
     あたしはベンチに座り直した。残りを食べるため、カツ、カツと、二枚目のホットケーキにもナイフを入れて、真ん中で二つに割った。
    「あぁーっ!」
     いきなり獠が素っ頓狂な声を上げた。あたしは驚いてしまい、ホットケーキにフォークを刺したまま、硬直してしまった。
    「何? どうしたの?」
    「どうしてそこにナイフを入れちゃうかなぁ……。せっかく一所懸命頑張って整えたのに……。ったくもう……」
     獠は小さな声でブツブツと、一人で何かを喋っていた。声が小さ過ぎて、あたしにはよく聞き取れない。
    「ねぇ、何なの?」
    「ごっそーさん!」
     獠は急に立ち上がり、空になったお皿をシンクに片付けた。獠はそのまま、大股で足早にキッチンを出て行こうとする。
    「どこに行くの?」
    「食後の一服っ!」
     ドスドスと一歩一歩、足を踏み鳴らしながら、獠はキッチンを去っていった。
    「もう、何なのよ……。あいつ……」
    冷めないうちにホットケーキを食べ切ってしまおうと思い、小さく切り分けていたら、途中であたしの手が止まった。
    「あれ……? これってまさか……」
    ばらばらに切り分けてしまったホットケーキをフォークとナイフで寄せ集めて、元の形に整えてみる。形は歪だけれど、これってハート型に見えなくもない。そう考えると、獠が機嫌を損ねたこととつじつまが合う。
     ハートを真ん中で切られちゃったから拗ねたってわけ? あの、獠が?
    「あぁ見えて、獠って結構ロマンチストだからなぁ……」
     ホットケーキを一欠片つまんで口へ放り込む。
     まん丸のホットケーキの下に隠してあった、歪んだハート型のホットケーキ。あいつの少し歪な本心は、黙っていれば際立つ甘いマスクで丁寧に覆い隠されてしまって、いつだって素直に表へ出てきたことはない。
     これを食べ終わったら、すぐに夕飯を作ろう。そして、夕飯の準備が整ったら、すぐに獠を呼びに行こう。あいつはきっと、部屋で拗ねてタバコを吹かしているに違いないから。
    『ハートのホットケーキ、ごちそうさま』
     そう言ったら、あいつはどんな表情をするのだろう。お皿の上のホットケーキを食べながらそんなことを考えてみる。
     気がつけば、あたしはいつの間にか笑顔になっていた。

       了
    かほる(輝海) Link Message Mute
    2020/02/02 17:17:27

    真心をあなたに

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    シティーハンター
    冴羽獠×槇村香
    原作以上の関係

    閉鎖予定の自サイトからサルベージ。
    初公開 2010年5月30日

    久しぶりに冴羽商事へ舞い込んだ依頼。
    女性の依頼にもかかわらず、何故か獠は依頼人との待ち合わせに姿を見せず…。

    #シティーハンター #cityhunter #冴羽獠 #槇村香 #小説 #掌編 ##CH

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