HADAKAエプロン♪ 月が変わり、あたしはまだ六月のままになっていたカレンダーを破いた。ビィーッ……っと、気持ちよく紙が破ける音がリビングに響く。裏紙は後でメモ用紙に使うため、破いた六月のカレンダーは綺麗に折りたたんで、ストックの箱にいれておいた。カレンダーも少しずつ薄くなっている。今年も既に、半分が終わった。
「七月かぁ。どおりで暑いはずよねぇ……」
団扇でパタパタと扇ぎながら、あたしはリビングのソファに腰掛けた。革張りのソファはすぐに熱を持って、背中とお尻がじっとりと湿る。
「あづい……」
少しでも涼を求めて、ソファでまだ冷たい部分を探し、伸びてみる。触れた瞬間は冷たかったけれど、一瞬で熱を放ち始めた。
窓の外の青空には、小さな入道雲が見える。夏本番が、すぐそこまで来ていた。ほんとは、エアコンをつけたいぐらいに暑い。だけど、生憎昨日からこの家のエアコンは故障中だった。リビングだけが暑いのなら、まだよかった。でも、屋上に設置してある、このアパート全体を管轄している室外機が故障してしまったため、リビングも、寝室も、そして下の階の部屋でさえもエアコンが効かない状況になっていた。修理を頼んでいるけど、残念なことに古い大型の特殊な機種だから、明日にならないと修理が出来なかった。なので、今日一日はこの暑さに耐えなきゃいけない。
顔から流れ落ちる汗が、首に巻いてあるタオルに吸い込まれていった。
「いやぁ~。今日も暑いねぇ!」
年中暑い暑いとTシャツを肩まで捲り上げている男が、リビングに入ってきた。流石にジーパンは暑かったのか、今日はベージュの短パンを穿いている。
「どぉしたぁ? 香ちゃん。そんなところで寝てると襲っちまうぞぉ♪」
獠はそんなこと言いながらソファの端に座り、あたしにちょっかいを出してきた。
「もぉ~っ! お願いだからひっつかないでっ!」
「運動していい汗かいたら、すっきりするかもなぁ~?」
「あぁっ! もうっ! しつこいって!」
あたしは今にもあたしに圧し掛かろうとしている男の顔面を、足で押し返した。少しでもこの男との距離は保っておかないと、自分の身が危ない。
「昨日の夜だって、水風呂に入った後はすっきり寝たかったのに! おかげであたしは暑くて寝れなくて寝不足なんだからっ!」
「ん~?『もっとぉもっとぉ♪』ってオネダリしてたのは、どこの誰だっけなぁ~?」
ぐふふ……とヤツの嫌味な笑い声が聞こえてきた。あたしは咄嗟にソファから飛び起きて、リビングのドアまで逃げた。
「あたし、出かけてくるっ!」
「あ。出るならついでにアイスクリームを買ってきてくれよ。在庫がなかったぞ!」
「あんたが食べる分なんだから、自分で買ってきなさいよ!」
バタンと勢いよくリビングのドアを閉めると、あたしは手早く着替えてアパートから出掛けた。
外に出ると吸い込まれる空気も、もわんと熱気を含んでいて、身体の中から発熱しているような気がしてくる。
「と、とりあえずキャッツに行こう……」
あたしはふらふらと歩道を歩いていった。
――数時間後。新宿はすでに日が傾きかけていた。
「晩御飯何にしようかなぁ。あるもので済ませようかしら」
あたしの片手には、レジ袋に入ったプレミアムアイスクリームが二個ぶら下がっている。お風呂上りのアイスクリームは、クールダウンに持ってこいだもんね。
少し気温は下がったものの、コンクリートジャングルの熱気はそうそう簡単に静まるものじゃない。あたしは足早にアパートに駆け込むと、玄関の鍵を開けて階段を上がっていった。
「あれ……?」
六階まで来ると、何やらおいしそうな匂いが廊下を漂っている。リビングを覗いてみるけど、誰もいない。明かりがついていたのは……キッチン。アイスクリームを冷凍庫に入れなければならないことを思い出してキッチンに行くと……。そこに獠がいた。
「おぅ、お帰り」
獠は火にかけたフライパンを手に、あたしを振り返った。まな板の上には山盛りの刻まれた野菜がある。
「晩飯は野菜炒めでいいな?」
「うん……」
獠が豚肉を中に入れると、じゃあぁぁぁぁ……と油の跳ねる音がする。
「あちっ! あちちっ!」
獠は跳ねる油と格闘しながら、ターナーを使って炒めだす。
「……」
あたしは呆然として、その光景を見ていた。獠があたしのエプロンをつけて料理をしてるのはいい。晩御飯を作ってくれてるのもうれしい。あるもので夕飯を準備してくれたのも嬉しい。でも……。
獠はまな板の上の野菜を、フライパンに投入した。
「あつっ!」
「……あんた。服ぐらい着たら?」
「んぁ?」
そう。獠は何を思ったのか、トランクス一枚にエプロンを着てキッチンに立っていた。
「だってエアコン壊れてて暑いしぃ。コンロの前はもっと暑いしぃ」
「火傷しちゃうわよ! さっきから油が跳ねて『熱い熱い』って言ってたじゃない!」
「まぁまぁ。細かいことは気にするな」
獠はそう言うと、フライパンを大きく煽った。色とりどりの野菜が勢いよく宙を舞う。
「あぢっ!」
あたしは急いでアイスクリームを冷凍庫に入れると、獠の横に並んだ。
「もう! 後はあたしがやるから!」
あたしはフライパンの柄を掴むと、獠の身体を押しのけた。
「ん~? んじゃ、俺はこっちを……」
獠の手が背後から伸びてきて、あたしの胸を鷲掴みにする。
「こらっ! どこ触ってんのよ!」
「かおリンのおっぱい♪」
ただでさえ熱いのに、コンロの熱と全裸に近いリョウにひっつかれて、体感温度が急上昇していく。落ち着き始めていた身体に、また熱が篭り出す。
「あぁ~っ! もうっ! しつこいんじゃ~っ‼」
ばごぉぉぉぉぉぉおおん!
「うぐぅ……」
「しばらくそこで大人しくしてなさいっ!」
ハンマーで潰した獠を余所に、あたしは焦げ始めた野菜を慌ててひっくり返した。
了