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    考えてない。コトリと小さく音を立てて置かれたのは、汚れや曇りひとつない丸い硝子皿。中央には小さく切り分けられた赤みの肉が4枚ほど乗せられており、ソースにマヨネーズ、オリーブ油やレモン汁。そして塩と胡椒で丁寧に味付けを施されている。鮮やかな緑色をしたパセリとチーズで彩られたそれは、今まさに作り立てなのだろう。

    「これはねー、全人類大好きカルパッチョー」

    皿を置いた料理人は、間延びした抑揚のない声で客にそう告げた。客は出された品を見つめ、音も立てずに静かに箸を手に取る。
    優雅なフレンチ、というわけではない。お上品に食べる必要もなければ、フォークとナイフを使う必要もない。手に取る順番などもってのほかだ。客はただ、一膳置かれた使い慣れたそれで料理を口に運ぶ。それだけだった。
    掴まれた肉はその身を箸に預けてだらりと垂れる。一雫ソースが皿の上に落ちた後、肉は客の口元へと持っていかれた。
    そう、客は1人だったものだから、さして人の目も気にせずその肉を一口に放り込んだのだ。唇についたソースを舌で舐めとる。文句を言う者など勿論いない。
    数度の咀嚼を経て、客の喉元が動く。飲み込んだのだろう。

    「どうー?」

    味の感想だろうか。料理人が客にそう尋ねる。

    どこかの一室。客と、料理人。1人がけの小さなテーブル。その奥にはキッチンだけがある異質な場所。客の背後に存在する一枚の扉はおそらく出入口だ。現在は閉められている。

    客はこれまた静かに箸を置き、“笑った”。

    「ダメだ」
    「そっかー」

    客は笑ってそう告げた。料理人は皿を置いてから……いや。出会った時から笑顔であったその顔には、僅かに憐憫を含んだのが見える。
    客は背もたれに体を一度預け、一つ息を吐く。目を伏せ、何か思案でもするかの様な間があった。料理人は何も言わない。ただ、客が何を言うのかを待っているかの様であった。
    ギ、と車椅子が軋む。

    「どうしようもねぇな。どうにもならないらしい」
    「こっち側に来た人はねー、300億人ぐらい見たけど皆そう言うんだよねー」
    「そうか」

    料理人の適当な発言に混ぜられた真実に応対する客の表情は穏やかなものであった。穏やかな笑みが浮かべられていた。柔らかな青年の笑みだ。
    しかし、どこか諦念を含んだものでもあった。

    「……どーする?」

    机に腕を乗せ、その腕に頭を乗せた料理人が客を見上げる形でそう問う。言葉こそ、声音こそ抑揚のないものではあったが、含まれた意思は真剣そのものに間違いはなかった。

    「変更はない。僕の予想は正しかった。……悔しいがな」
    「ほんとにいーの?まだねー、ぼくだけへの依頼ならー、今ならなんとお得なご提示済み料金で済んじゃうけどー」
    「ないって言ったろ」
    「……色々便宜も計らえちゃうけどー」

    客は料理人の提案に、首を縦に振ることはなかった。料理人は観念し、「そっかー」と。また抑揚のない声でそう返しただけだ。

    「まだあるけど、どーするー?」
    「最後の晩餐にはどうにも絵図は最悪だが……まあ、この際だしな。食べてからにするか」
    「はぁーい」

    恐らくは料理の話なのだろう。
    先ほどから客の鼻腔を擽る香りはスープだ。味付けまでは出てくるまで分かりはしないが、そこに“肉”が含まれている事だけは知っていた。注文したのは自分なのだから。

    調理に戻ったのだろう料理人の背中をどこか遠い目で見つめ、客は自身の手を何となしに見つめる。客は和服を着ていたものだから、その長い袖や布によって体の大部分は隠されていたが、その顔と手はいつだって見る事が出来た。その手が、何かを掴むように一度動いた。が、何も掴めない。

    平均的な体格であろうその客。
    しかしその足……膝から下だろうか。そこは随分と薄っぺらだった。足が細い、などという話ではない。端から“無い”のだ。客はもう一度背もたれに体を預ける。座っているのはテーブルとセットの椅子ではなく、車椅子。足はどこへ行ってしまったのだろう。生まれつきか、はたまた事故か。

    客は姿勢を正し、再び箸を手に取った。出された料理を残すのは些か失礼に値すると思ったのだろう。そも、追加を頼んでいたのだから残す予定はなかったのだろうが。
    客は静かに食事を続ける。気付けば皿は綺麗になっていた。

    「……一つ、聞いてもいいか」
    「んー?」

    客は料理人へ声をかける。調理中であるからか、キッチンの方からは気の抜けるような声が返ってきた。

    「僕は地獄に落ちられると思うか」

    何か焼きでもしていたのだろう。香ばしい香りと共に耳を楽しませていたその音がほんの一瞬だけ止まる。だがすぐに再開された。

    「んー、えとねー。それぼくに聞くー?今心がしおしおになって干からびるぐらい泣きそー」
    「いやそれは、悪かったが……」
    「うそー。3年ごとぐらいー?んや10年かもー?それぐらいの頻度でねー、結構似たような事聞いてくる人いるけどー」

    「きっと落ちられるよ」と、料理人は客へと告げた。

    「……そうか」
    「人の道ズバズバ外れてったからねー。そりゃもう真っ逆さまかもー?」
    「ならいい」
    「なんでー?天国嫌い?」
    「行った事もない場所を嫌いになれるか?」
    「んー、むりかも?」

    穏やかな会話だった。
    穏やかに、終わりへと向かう会話であった。

    「あ、でもねー。地獄に沢山落ちたいならー、他のも食べるー?」

    訳ありで使えなくなっちゃったのがあって。と、料理人は客に言ったが、客は首を横に振った。
    客はすでに何もなくなったその膝を少しだけ撫で、返答する。

    「口にするのは“自分だけ”で十分だ」

    指先で断面に当たる箇所を撫ぜる。数時間前までは付いていたはずの、この24年間を共にした足を喰らうとは。我ながら気の狂った事をしたものだと客は1人笑った。

    *

    「ご馳走様でした」

    それから暫くして、客は出された料理を全て口にした。流石に“提供した”部位全てを食べることは不可能であったが、この先使われるのであれば無駄にはならない。
    料理人はその言葉に満足そうに頷く。

    「おそまつさまでしたー。あのねー、実は6ミリぐらい途中でゲロゲロするかと思ってハラハラしてたけどー、大丈夫そうだったねー」

    そう。
    客は出された料理を全て口にし、そして完食した。それはつまり、客は問題なく自分の足を喰らえたということに他ならない。所謂“食人”だ。

    「……そうだな。元々、そうだろうなとは思ってたが。…………結局ダメだったらしい」
    「ねー。あ、でもねー、料理人としては嬉しかったかもー?」
    「そりゃな」
    「美味しかった?」

    料理を終えた料理人は、再び机に腕と頭を乗せて客にそう問う。それはまるで最終確認のようでもあった。客は考えるように沈黙したが、やがて顔を上げ、料理人を見た。
    そこにあったのは笑み。単純な、満足感からやってくる裏表のない微笑みだった。

    「ああ。“美味しかった”。だから、僕を“使ってくれ“」

    *

    コツコツと靴音を鳴らしながら、廊下を歩く男が1人。その男は白い髪に、これまた異様なまでの白い肌を持っていた。瞳は色素の薄い青である事から、恐らくはアルビノと呼ばれる者だろう。両手で抱えるようにしてクーラーボックスを一つ持っている。

    「夏天」
    「んー?」

    後ろから声をかけられたアルビノの男性。夏天と呼ばれたその人物は振り返る。声をかけてきたのは黒髪に青と黄のオッドアイを持つ細身の男性だった。スーツのような衣服を見に纏ってはいるが、それには所々に黄色の差し色が入っている。
    呼び止めた男性、言語道断負数は夏天の隣にまでやってくると言葉を続けた。

    「仕事の帰りか?」
    「うんー。そー。まっひーは?」
    「奇遇だな。僕もだ」

    こつこつと2人分の靴音が廊下に響く。仕事の同僚か何かなのだろう。2人は親しげに会話を続けた。

    「で?珍しく今日は出張じゃねーんだな」
    「そだよー。今日はねー、ちょっと特別ー、みたいな?」
    「特別?」
    「依頼人が自分の事食べたーい、ってのとねー。もし自分の事を問題なく食べられてしまったら、自分を食材としてていきょーしたーいっていらーい」
    「おいおい、なんだそりゃ」

    「前者は分かるが後者は愉快だな」と、笑いながら負数は続けた。夏天はそのリアクションを見てか、同意するように数度首を縦に振る。

    「んとねー、何でも元々はこっちの人じゃなかったみたいでー」
    「一般人ってか?」
    「そそー。それはもーふつーのたんてーさんだって」
    「探偵ねぇ……」
    「でもねー、少し前の事件……ほらあれあれ、お医者さんが自宅でお肉山盛りパーティしてたやつー」
    「ああ。医者が食人鬼って奴か」
    「んー。あれのねー、被害者なんだってさー」

    こつこつと変わらず音は続いていく。

    「食われた方か?」
    「んーん。食べさせられそうになった方ー」
    「へぇ、そりゃまた災難だな」
    「何でもねー、催眠術でぐわーってされてたみたいでー。それでお肉ちょっと食べちゃったんだってー」
    「……へぇ?」

    その言葉に負数の口元は愉快げに歪む。ささ、どうぞ話を続けてくれと彼は夏天の言葉を待った。チリ、と小さく鳴ったのは、負数の腰につけられたハンドベルだ。

    「勿論やだー!って争ってたみたいなんだけどー。そのあと催眠術が解けてもねー」

    「人。美味しかったんだって」靴音ばかりが響く廊下に、そんな抑揚のない声が鳴る。
    同時、夏天の足が止まった。つられて負数の歩みも止まるだろう。夏天の立ち止まったそこには、鉄で出来た両開きの扉があった。閉じられていてもなお漂ってくる冷気は、この先が異様に冷たい事を教えてくれる。扉上部に備え付けられたプレートには、『食品保管庫』と記されていた。
    ギィ、と重く軋んだ音を鳴らしながら夏天はその扉を開く。全身を白い冷気が襲った後、中の様子が曝け出された。
    天井に吊るされた肉。綺麗に棚に詰まれ、包装された肉。大量に詰まれた箱の中身は、貼られたラベルから察するにそれも肉だ。
    そんな中を、特に気にする様子もなく夏天は歩いていく。一度、クーラーボックスを抱え直してから。負数は僅かに……些かわざとらしく肩を竦めた後、先を歩く人を追った。

    「でねー。人が美味しく感じるだなんて、許せなかったんだってー」
    「おいおい、夏天に対して愉快な事言うじゃねぇの」
    「慣れてるからいーよ。あ、んとねー、そもそも聞いたのぼくー」
    「成る程」
    「それでねー」

    夏天は寒い肉の保管庫を進みながら話を続けた。白い息が2人の口から溢れ出る。

    「『もし、本当に僕が食人を良しとしてしまった人間なのであれば、僕は生きていくわけにはいかない。いずれ、同じ道を辿る』って」
    「件の医者とか?」
    「うんー。だから、」

    『僕は僕の体を使って、最後の確認を取る。もし少しでも美味しいと感じたら、僕はただの人でなしだ。道を外れた外道だ。……いつか必ず、食べる為に誰かを殺すだろうからな。だから、』

    「『その時は、せめて僕を有効活用して欲しい』」

    ピタリ、と夏天の足が止まる。
    止まったのはある棚の前だ。どうやら“手”を保管している棚らしい。夏天は抱えていたクーラーボックスの留め金を外していく。様子からしてここが目的地なのだろう。

    「ふぅん。で、結局美味しかったって?」
    「んー。出した料理ねー、全部食べてくれたー」
    「催眠術で人生を狂わされた、ってところか」

    負数はそういうと、くつくつと小さく肩を揺らして笑う。

    「僕は、僕はだ。よぅく知ってるぜ。“コイツ”は意外と人を簡単に狂わせる」
    「もー、まっひーそうやってチーンってやってー。騒音苦情ー」
    「今別にやってねーだろ」

    「同業者として面白かっただけだぜ」と、催眠術師の男はまた笑った。

    「それで?食人に目覚めたから、折角なら同族の糧になるって?」
    「んー?んー、多分ー?そこはきーてなーい」
    「ま。死人に口無し、ってか。それで、その面白依頼者の名前は?」

    かぱ、とクーラーボックスの蓋が開く。保管庫ほどではないが、中からは確かな冷気が漂ってくる。夏天はその中から一つ左腕を取り出す。すでに血の気の失せた、綺麗な腕だった。
    彼はそれを置くべき場所を探し、見つけ。そこに置くと同時に口を開く。

    「猫宮与七」

    取り出された左手は、まるで何かを掴むようにして固まっていた。
    ぽっぽこぴー Link Message Mute
    2020/11/02 4:34:39

    考えてない。

    ##TRPG ##文章
    猫宮与七が”死んだ”その理由。

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