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    虹蔵不見流石にこのまま帰るわけにはいかないだろう。と、話題を出したのは誰であったか。切り出した人物は今となっては重要ではないが、その人物のおかげで立ち往生をする羽目になった男が4人生まれてしまっているのは紛れも無い事実だ。

    「で、だ。マジでどうすんの」
    「どうするったってねえ。どう思うよ」
    「知らんよ」

    年若い青年が、ひと回りは上であろう男に目を向けて意見を仰ぐ。大袈裟に動揺した様子を見せ、意見を仰がれた男は困り果てた様にガリガリと頭を掻きながら煙草をふかし、さらに隣の目深かに帽子をかぶった男を見やる。彼は無情にもその仰ぎを一言ではたき落とした。その様子を見てくつくつと笑う青年の姿からして、彼らが知り合い同士である事は自明の理だ。
    さて、彼らが呑気に立ち話をしているのはとある下町の一角。周囲はすでに暗く、点々とした街灯と彼らの後ろにある自販機だけがこの周囲一帯の確かな光源だ。ふ、と形のいい唇から出された青年の息は白く、今が真冬である事を知らしめる。

    「あー。にしても。こっからどうやって帰んの?電車も無けりゃバスもない。僕は。僕はだ。こんな寒空の下で野宿だなんてごめんだぜ」
    「死ぬな」
    「ああ、死ぬね!」
    「まだ。老い先長い僕としちゃ進展が欲しいね」
    「たかが十数年だろぉ?」

    それがどうしたよ?と、ライトを浴びて眩しくも輝く金髪を携えた男性――街尾包はオーバーに肩をすくめる。やれやれと白い息を吐きながらもエメラルドグリーン(ちなみに余談ではあるが、カラコンである)の瞳を瞼で覆い隠す。その隣で帽子のつばをいじり呆れた様子を醸し出す無精髭の男、陸博はチラリと近くの扉へと目を向けた。この数分間閉じられたまま開く気配の無いそれを確認しては、再び視線を男2人に戻す。

    「たかが十数年でも禿げる時は禿げるがね」
    「えっ」
    「おっと。包おじさんの数年後の話かな?」
    「おいおい、待ってくれよ。見てみなこのフッサフサの髪を!」

    ちょっとした冗談に愉快さを滲ませ笑みを深める青年、言語道断負数は寒さからか爪先立ちをしては戻りを繰り返して体を揺らし続けている。彼はやけに整ったその顔をにんまりと歪め、正しく遊び道具を与えられた子供の様に声を弾ませた。

    「おじさん。僕は別に今現在の話はしてない。未来の話だ」
    「いやだからこのフッサフサ、」
    「フッサフサがスッカスカになるってかい。そりゃ御愁傷様」

    そう歳の変わらぬ筈の街尾の訪れるかもしれない酷な未来について、陸博は同情の意を込めて再び帽子のつばを摘んだ。その様子に、異議ありとパッと顔を其方に向けた玩具扱いの三十路の男は、待ってくれと言わんばかりに片手を持ち上げて見せた。しかし、その手を誰も見てはいない。

    「バクちゃんちょっと、」
    「ヅラ。なんならプレゼントとして用意しておいてもいいぜ」
    「まひら君までよぉ~~!」

    半ば待ち時間潰しの玩具としてぞんざいな扱われ方をする街尾は、嘆きながら失ってしまった聖書に想いを馳せた。窮地を救ってくれたあの雑誌の表紙や中身は、こうして弄られる心の平穏を保ってくれる。
    ──とは言え、それはただ偶然見つけただけにすぎないエロ本だったわけだが。

    「お待たせ……、って思ったけどさっきから何騒いでたんだ」
    「お」

    彼らのすぐそばにあったドアが漸く音を立てて開く。中から出てきたのは黒い髪の三十後半の男性だ。彼は凍える男共其々に目を向けては、説明を求める声音で問いかける。ひょこりと顔をのぞかせる様に体勢を動かした負数は、黒髪の男の姿を視認するやいなやつるりと嘘を口にした。

    「包おじさん。おじさんがハゲに悩んでるって話」
    「ハゲに……?」

    まんまと釣られた鳩札栄太は、思わず街尾──の、頭部へと目を向ける。その視線の動きは異常に滑らかで生暖かなものだった。さながら未来を予見しての行動のようだと誰もが思った事だろう。とは言えこの場に友人として集っている以上、それがただのネタであることに気づくのにそう時間はかからなかった。鳩札は金髪から視線を逸らし、友人たちの顔を見る。ハゲ疑惑を勝手に押し付けられた男が一人嘆いてはいるが、この寒さの中風に当たり続けるよりかはマシなはずだと結論づけた。

    「あのまま車借りていいって。ナビもあるしこれで帰れるだろ」
    「そりゃ助かるね。こちとら足が無けりゃ如何する事も出来やしない身だ」
    「雪。この辺りは積もっちゃいないが、誰が運転すんの」

    雪の積もる山から此処までの運転を担当していた負数が口を開くと、皆の視線は彼に集中した。それは期待の眼差しなどではなく、生死をかけた制止の目だ。

    「お前以外で頼みたいね私は」
    「失礼。バクおじさん美青年の運転に失礼が過ぎるんじゃねーの?」
    「いや、悪いけど俺も同意見。まひらくんの運転は……ちょっと」
    「栄太おじさんまでかよ」
    「俺もまひら君以外で頼むぜぇ。スリリングな体験はもう十分さ」
    「満場一致。マジかよ」

    自分より十数年多くを生きる大人達の総攻撃に、若者は降参の意を込めて片手を上げた。ひらりひらりと軽く振った指先は真っ赤に染まっている。よく見ずとも、外で待機していた男どもは皆一様に鼻頭や耳が真っ赤だ。外に居て赤く染まっていないものと言えば、負数の右手の甲に居るソレぐらいなものだった。

    「俺が運転する」
    「応よ。頼んだ」
    「スリリング。まあ確かに僕は。僕はだ。ペーパードライバーだが、むしろあの雪道を事故らずに降りれた事について褒められるべきだろ?」
    「あー、青少年偉かったもう運転は結構」
    「気持ち。篭ってねーんだよなぁ……。それと。"美"青年な」
    「……?おっと、歳かな」
    「びせいねんなー!」
    「まあまあ」

    次のドライバーを引き受けた鳩札の気苦労の色滲む宥めを受け、青少年もとい美青年は不服げに口を尖らせる。ケタケタと豪快に笑うスモーカーは、一連の流れを楽しみ携帯灰皿に吸殻をしまいこむ。ふわりと最後の煙草の煙が空を漂い、薄れていった。残り香すらもかき消す様に、冷たい風が彼らの頬を撫でて通り過ぎて行く。身の凍える冷気に腕を摩り、街尾は此処まで世話になった車内へと早足にかけた。地面にほんのりと積もった雪に、彼の軌跡が残留する。それを上塗りして行くが如く、一歩を踏み出した鳩札に「ちょっと」と、声がかかる。振り向けばそこには鼻を一度啜って寒さに文句を垂れる負数が居た。

    「携帯。今どうなってんの」
    「携帯……?…………ああ」

    その単語に思い当たる節があったのか、鳩札は気まずそうに視線を地面に投げかけ沈黙を挟む。何処かやり切れない後悔の念と哀愁、悲壮感や虚無感を入り混ぜ一つにしてしまった複雑な表情。
    そんな男が上着のポケットからワンテンポ遅れて取り出したのは、何処にでもあるごく普通のiPhoneだった。電源が付けられておらず、それは黒く"沈黙している"。

    「貸して」
    「……ほら」

    渡せと差し出された左手にそれが手渡された。外気に触れてひんやりとしてしまったその黒く四角い箱を、それ以上に凍えた手が確かに掴んだのを確認した鳩札は小さく、「丁寧にあつかえよ」と口にして車へと続く足跡を踏み進めた。その背にのしかかっていた言い表しようのない何かが、酷く物悲しい。

    「……へーへー。わかってるっつーの」

    ああやだやだ、と半ばうんざりした声を一人ぽつりと漏らした青年は、受け取った友人の携帯をまじまじと見やる。態とらしく労わるよう背面を人差し指の腹でそっとなぞり、親指をボタンの上にそっと置いて――ふと、止めた。

    「視線。痛いな?別に悪さしたりしねーっつの」

    いつもの人を小馬鹿にしたような軽い笑みを浮かべ、言語道断負数は顔を上げた。生まれつきか、はたまたコンタクトなのか色彩の違うその二つの瞳は、自身を監視するかの如く向けられていた鋭い瞳とかち合う。まるで顔を隠すように深く被られたキャスケットの影に光る橙と黄緑が、僅かに細められた。

    「いや?唯単純な興味から見てただけだがね」
    「の、わりには。随分ちくちくちくちくとそりゃもう嫁の掃除し忘れを隈無く探すねちっこい姑のような視線だったけどな?」

    「さてね」と。全くもって心当たりのないと声を発した其の声の主は、再度被り物の先端部分をつまみ下げて先人の後を追う。その一連の様子を黙視していた負数はようやっと視線を外し、携帯を見やった。うんともすんとも鳴かぬそれを見て、青年は思い馳せるように瞼を閉じる。それはさながら黙祷を模した何かにすら錯覚出来る程の、厳粛な動作だった。

    「……そういや。アンタの手を始終引いてたのは僕か。それがコレとは、笑えるね」

    誰の耳にも届かない独白を彼は投げかける。口を開く度に白く息が形作られ視界を覆い隠す様は、まるで歪む言葉そのものだ。生まれ落ちては自我を持ったようにうねり、そして消えて行く言葉。そうしてまた、吐き出される。

    「僕は。僕はだ。おっと、こいつは言い訳だぜ?……実の所止めてやろうかと思ってた。が、まあ運転してたもんでな。つっても、シークタイムゼロでやるだなんて思わねーだろ?流石の僕も感動したねありゃ。人間じゃねーってのはつまりはああ言う事だ、ってな」

    へらり、と。
    何処か親身の笑みを一人浮かべる。待たせて文句が飛んでくるのを良しとしなかったのか、彼曰くの言い訳を重ねて男はゆっくりと靴で地面を叩く。こつりと乾いた音が静かに鳴った。

    「牢獄。さながらそれだろ。いや、それよりもっと酷いか?ま。どっちにせよ僕には関係ないね」

    ひんやりとした空気の中、負けず劣らずの冷徹さを含んだ一言を投げかけた負数は、尚も言い訳を重ねる。最早対話は愚か、己すら維持出来ない彼女に向かってそれを重ね続けた。

    「残念。しかし残念だなぁ」

    ──もう少し遅けりゃ、助けてやったのに。
    そう人知れず語りかける青年の口元は、寒さに押し負けマフラーに埋められたせいで見える事はなかった。



    七十二候の五十八
    虹蔵不見 ―にじかくれてみえず―
    ぽっぽこぴー Link Message Mute
    2019/12/27 3:54:42

    虹蔵不見

    ##TRPG ##文章
    ヘビの屋敷メンツ。
    全部終わった帰り道での会話。若干のネタバレを含んでいる。

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