桜始開「夢見草、という異名もあるそうです」
日がまだ天高いこの時間。僕の隣を歩く彼女は、今年の仕事を終えたかのように春の風に誘われて散っていく桜を見上げてそう呟く。つられてそちらを見上げれば、暖かく優しげな風に攫われた薄桃色の花びらが、ふわりふわりと僕達のすぐそばを通り落ちていった。
「へぇ、ひとえって結構物知りだね」
「……これぐらい一般常識ですよ生島さん」
素直な感想を述べただけの僕を、少しの間を置き辛辣に切り捨てていく彼女、唯友ひとえはその視線を桜から降ろしてこちらを見やる。言葉の辛さに比べ、その眼差しは何処か柔らかい。付け加えて言うのなら"照れ隠し"のそれだ。彼女はどうもそういう点において素直になれないらしく──と、いうのも僕の見解なのだが──度々その口を閉ざす。難しい年頃のせいか、はたまた彼女の生まれ持った性格か。僕にそこまでの事を理解出来るような聡さは備わってはいない。
「夢を見る草、ってのも面白い呼び方だね。考えた人のその発想力に感心する」
「ロマンチストとやらだったのかもしれません。私は興味ありませんが」
「はは」
「……戻りましょう」
ごそり、と自身のズボンのポケットを漁り携帯を取り出した彼女は、それを少しいじった後でその画面を僕に「いいから見ろ」なんて顔で押し付けるように突きつけてくる。が、何を伝えたいのかは理解しているつもりだ。
……何せほら、僕の方にも催促の連絡が短い電子音と共に何通も来ているもので。
「皆さんの我慢の出来なさに呆れます」
「ひとえに早く帰ってきて欲しいんだよ皆。心配だー!……ってね」
「知りません。と、いうかそれなら元より私を含めてじゃんけんなどしないのでは」
「まあ、だからほら、荷物持ちとして僕が」
つい先ほど増えた袋を持ち上げてそう笑いかければ、理解できない…という表情を浮かべて、ひとえはその歩を進める。置いていかれるわけにはいかないので、当然僕もその後を追う。
僕達の帰りを急かすように流れていくそのTLを、ひとえの画面を介して只々見る。「まだ?」「今やたおの土下座芸やってるよ^^」だの、相変わらずのようで何よりだと。逆に安心してしまう僕も僕だ。
そしてそんな急かしすら「うるさいです、今帰ってます」の一言で片付ける彼女も彼女だ。思わず小さく噴き出せば、その文句は僕の方にも飛んできてしまった。
「ご、ごめんね。……ふふ」
「身長で手を打ちます」
「それを僕に言う??僕ここの男性陣の中で一番背低いんだけど??」
「寺島さんと虹谷さんがこの間「かわいい」と言ってたじゃないですか。悪意しかありませんでしたが」
「ハハハこの話はここまでにしておこうか」
「ほら早く帰ろう」と、そう僕が雑に話題を切れば、心なしか彼女の口元がつり上がるのが視界に入る。どうにもこうにも、彼女もまた"類友"と言うことだろう。生島壱伍の困った話の一つだ。
──しかしまあ、本当に困っているのかと聞かれれば、首を横に振る事になるんだけど。
そのまま歩みを進めていけば、次第に見えてくる花見を楽しむ人々の姿。
その一角。そこに居るいい歳をした――ああ見えて全員20歳を超えている──男3人。うち1人は何故か綺麗な形で土下座をしているあたり、貢の言っていた『土下座芸』はまだ終わっていなかったらしい。
「……はぁ」
小さく、それでいて呆れたようなため息を一つ漏らした彼女はあれを止める為か、又はさらに便乗する為か彼らの方へとスタスタ歩いて行く。
「(……あ、軽く蹴ってる。そっちか~)」
──と。
そんな後ろ姿を見て、一つ思う事がある。僕達は知っているのだ。ひとえが仲間外れを嫌う事を。だからこそ彼らは買い出しの役を決める際に、彼女も含めたのだ。
とは言ってみたものの。本当は少しでも楽な方へ行く確率を上げるためだった、と言い切れない事もない。何せここには"自他共に認める変人奇人"しかいないのだから。そうなると、何故僕はここにいるのかと疑問に思う事も少々。どちらかと言わずとも常識人の枠にはまっているのでは?と、自分でも思う。
「イクシマ~~」
「今行くよ」
それでもまあ、結局の所僕達は似た者同士が寄って出来た集まりなのだから。この解釈の仕方はあながち間違いではないのだろう。
──あれもこれも全て僕の所感だという事は、付け加えておくけどね。
七十二候の十一
桜始開 ―さくらはじめてひらく―