選択と真心 ウェブミーティングアプリの、エントランス画面からビデオカメラの映像に変わる瞬間は、緊張するが、仲間や友人相手であれば、心が踊る。ましてや親友、であればなおさらだ。
「やあ、イサミ! 久しぶりだな!」
「久しぶりだなスミス、相変わらず元気だな」
「おいおい俺は海兵隊員だぜ? 元気第一だよ!」
スミスという男は一言話すだけでその場の空気を明るく変えてしまう。自分にはない才能だと、イサミは会うたびに感心する。
画面越しに二人は手元の酒を乾杯した。イサミは缶ビール、スミスはビンのコナビールだ。ハワイに現在駐留しているスミスは早い晩酌であるが、イサミのいる日本は昼間である。だが、そんなことは瑣末なことだ。友人と飲む酒ほど美味いものはないのだから。
「で? 今日はあれだな?」
カメラの向こうのスミスの目がキラリ、と密やかに光ったようにイサミには見えた。
「例の件だ。相談に乗ってくれると助かる」
「カーネル・サタケの誕生日プレゼントか。ずっと一緒にいる君の方がわかりそうな気がするけどな」
イサミはため息をついた。
「十四上の男の人に喜ばれるものなんて女子の私には正直皆目検討つかん……お前は同じ男だからわかると思ったんだが……」
「俺だって十四コ上に友達なんていないしな」
スミスも首を傾げた。さっそくこの議題は暗礁に乗り上げてしまったようだ。だが、スミスはパチン、と手を合わせると、挑むような目つきになった。
「まず、攻略するためには相手を知らなきゃな、カーネル・サタケの好きなものは?」
「バイクと料理」
「そっちの方面から攻めたのか?」
「そりゃあ。でも、あの人趣味のものにものすごくこだわりがあるし、欲しいと思ったらすぐ買うからダブるのが怖い」
イサミの脳裏には、先週のデートの時に、嬉しそうに買った調理器具や、バイク用のウェアの話をするサタケがいた。使い方や、縫製の丁寧さを語る姿は、常人が入る隙間のないものであった。
「……さすがだな」
イサミからサタケがいかに持ち物にこだわるかを聞いたスミスの顔が引き締まった。そのこだわりや心の傾け方は、自分にとってのスパルガイザーのようなものかもしれないとスミスは理解した。ただ、スパルガイザーグッズはもし手元に同じものがあっても保存用に手に入れるが、他の趣味の人にとって同じものをいくつも買うのは珍しいことである。そのことはスミスだって知っている。
「俺が見てきたカーネル・サタケは、例え趣味じゃないものや既に持ってるものでも、君からなら喜んで受け取ってくれそうだけど」
アドリムパック中の休憩時間のサタケのイサミへの視線は他には見ないほど優しく、向ける表情も柔らかく、二人が想い合っているのが言葉にせずともわかった。
イサミは顔を曇らせた。
「だからいやなんだ。あの人には無理して笑って欲しくない」
「君からってとこだよ大事なのは。それだけであの人はきっと嬉しいよ」
「ありがとな」
イサミは少し笑った。だが、スミスには、デスドライヴス襲撃後、オペレーション・アップライジング前のプレッシャーに耐えるときと同じように見えたのだ。
「イサミ、今まで誕生日プレゼントとか渡してきただろ? そういう感じでいいんじゃないか?」
「両親と、女友達くらいだからな……」
「Oh……すまない」
そういえば、俺が当てにされたのは異性ってとこだもんな。とスミスは思い出した。それに二人が付き合うまでに相談に乗っていた時も、たびたび男の人はよくわからないと口にしていた。
「スミス〜、ただいま!」
ルルの澄んだ声が遠くくぐもって聞こえる。その声にスミスはおかえり! と大きな声で答えた。スミスの保護下にあるルルは、通信教育を受けながら、スミスのローテーションの部隊配備プログラムに帯同して同居している。
「ルル、どこか出かけてたのか?」
そう問うイサミは眉根を寄せていた。アメリカでは親が送り迎えすると聞いていたイサミは、自分で帰ってきたらしいルルが気になったのだ。
「基地内の図書館だよ」
「なら安心だな」
イサミはホッと息をついた。
「イサミとお話し中?」
ルルがスミスに声をかけるのがイサミにも聞こえた。
「ルルもよかったら参加してもらえよ」
「ありがとうイサミ! ちょっと聞いてくるよ」
嬉しそうに笑うとスミスは席を立った。バーチャル背景に設定していたスパルガイザーのロゴが輝いている。
しばらくするとスミスはルルを伴ってきた。
「イサミ! 久しぶり!」
「久しぶりだな、ルル。元気そうだな」
「ルル、元気だよ!」
溌剌とした声でルルは答えた。出自が出自なので、普通の生活に馴染めるか心配だったが、持ち前の高い学習能力と、明るい性格で、日常に溶け込めているようである。
「イサミ、なんの話ししてたの?」
「リュウジさんに渡す誕生日プレゼントの相談」
「サタチョに?」
ルルは目を輝かせた。サタケはルルにとってスミスほどではなくとも馴染みのある大人だ。加えて誕生日は楽しいお祭り事である。
「でもカーネル・サタケは難しい男でね、何をあげようか悩んでいたんだ」
「……ルル、イサミからならサタチョは何でも喜ぶと思う!」
「ありがとな」
イサミは務めて朗らかに笑った。だが、ほんの少し引き攣っているのをルルはめざとく見つけた。
「それだとダメ?」
イサミは虚を突かれたような顔になった。
「ダメではないが……本当に欲しいものをあげたいって思ってしまって……ダメだな、欲張りになって」
女子トークをする養女と親友を、スミスは優しげな顔で見ていた。
「じゃあ、一緒にいればいいと思う! スパルガイザーでも誕生日に恋人とデートする、あった!」
大人二人はポカンと口を開けてルルを見た。そしてスミスが「それだ!」と叫んだ。
「何も物じゃなくたっていいんだよ! 君と一緒に過ごせればカーネルも喜ぶんじゃないか?」
「……喜ぶ……かな?」
イサミは首を傾げた。
「喜ぶに決まってる! なら、彼が行きたいところにデートに行くとかどうだ?」
イサミは十数秒考え込んだ後、岩の中から金脈を見つけたかのような顔になった。
「……アテはあるな」
「そうか! それってどんなだ?」
スミスとルルに聞かれるままイサミは答えていく。あっという間にデートプランは決まった。
「よし! じゃあこれをAからZまでこなすんだぞ!」
「ああ! 二人ともありがとうな!」
それから話題はルルの勉強やスミスが今作っているプラモデルの話になっていった。イサミの心の支えが取れたからか、皆晴々とした心持ちで、心ゆくまで話し、酒やジュースを飲んだ。
「そういう裏話があったんだな」
このデートの企画の顛末を聞いたサタケは苦笑した。そんな彼の肌は、天井に吊るされたランプの、色とりどりのモザイク模様に染まっている。
やっと夏の暑さが引いてきた日に、イサミとサタケの二人はアラブ料理の店に来ていた。この店は二人がハマったドラマの主人公が行きつけにしていた店のロケ地になっていた。ドラマにはこの店の料理も出ていて、サタケは自分で再現するほど惹かれていたが、立地の遠さとドラマ内の設定と相反する高価さで、訪問を見送っていた。その夢を叶えようというのがイサミのサタケへの誕生日プレゼントだった。
「しかもドラマに出た料理をセットにしてくれって頼んでくれたんだろ。ありがとうな」
「喜んでもらえてよかったです」
イサミは控えめに笑った。やったぞスミス、ルル。と心の中でハワイの二人に報告した。
目の前でサタケは味の感想をスマホに打ち込んでいる。帰ったらレシピを改良するらしい。
「あと、確かに行きたいところに行けたってのも嬉しいが、お前と一緒だからってのがあるからな。そこ忘れるなよ」
スマホに目を落としながらサタケは、演習中、作業手順を確認するときのように強い口調で言った。その耳は赤く染まっている。
イサミはバレてしまったかと内心落ち着かなくなった。サタケのこだわりの強さに苦戦していることも、自分のプレゼントを喜んでくれるかわからなくて悩んでいたことも、バレないように話したが、伊達に隊長職を勤めている男ではなかったということだ。
「そ、ですか……」
やっとのことでそれだけを口の外に押し出すことができた。まだまだだなとイサミは自分で自分を評価した。
「確かに俺はこだわり強い方みたいだけどな、お前からもらったのは何だって嬉しいし、ダブっててもそっち使うよ」
「そう、なんですね」
年上の恋人への引け目も、自責の念も、サタケの誠意ある言葉で帳消しになった。イサミは自分の視界が明るくなったように感じた。グラスや皿に反射する光が、キラキラとしているようだと思った。
「何だと思ってるんだ、俺のこと」
サタケは困ったように笑った。その顔は恋人としての欲目を除いても、大人の魅力に溢れていると、イサミは心をときめかせた。
「……素敵なカレシ?」
「何で疑問形なんだよ」
珍しく不貞腐れた様子の年上の恋人に、イサミは思わず笑い声を漏らした。サタケはますます不貞腐れて、手元の焼きナスのペーストをピタパンにたっぷり乗せてかっ食らった。
胸の辺りが軽いなとイサミは思った。サタケが自分の誕生日プレゼントを喜んでくれたというのもあるが、親友が言ったとおり、贈り物なら何でも喜んでくれるくらい、自分は恋人に愛されていることが改めてわかったのも大きい。
なんだか自分が大きなプレゼントをもらってしまったみたいだと、くすぐったく感じながら、イサミはモロヘイヤのスープを口に運んだ。
fin.
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