アラガイ・ビー・ザ・デスハンター 第一話「……っ……っっ、ぅぁぉ、ご、おごぉ……!」
「お祖父ちゃん! しっかりしてよ! お祖父ちゃあんっ!」
「親父……死ぬなよ親父ぃっ!」
「ねえちょっと、何とか助けられないの?」
「ほっといたら爺さん死んでまうで!」
「救急車はまだか!?」
「もうそろそろ到着してええ時刻の筈だがのぅ……」
「手当てだ! 手当てのできるヤツを探すんだ!」
「病名特定が先だろ!」
ある夏。晴れた午前の商店街。
人々で賑わう街角は、突如として惨劇の現場と化した。
突然倒れる総菜屋の老主人。予想外の惨事に息子は絶句し、孫は泣き叫ぶ。
道行く人々は取り乱し、近隣の商人は仕事そっちのけで現場に駆け付け、瞬く間に騒動は商店街の全域へ拡大していく。
照りつける日差し。苦しむ老主人。無力さを実感する町民たち。
当然消防には既に通報済みだが、待てども救助の来る気配はなく、ただ時間だけが過ぎていく。
最早これまでか。
老主人を慕い彼の身を案ずる人々の心は、徐々に絶望に染まりつつあった。
「……」
そんな中、ただ一人だけ例外がいた。
惨事に混乱し慌てふためく人々を、歩道橋の上から俯瞰する、一人の男。
痩せこけた亡霊のようなその男は、ただ冷静に人々を――厳密には、その中心で未だ倒れ伏したままの老主人を――しっかりと見据える。
「……居るか」
男は静かな声で、然し確かな憤りを込めて呟く。
研ぎたての刃が如き鋭さの視線が見据えるのは、倒れて苦しむ老主人……の"足"。
常人にはただ、不規則に痙攣を繰り返すだけの両足しか見えない筈の"そこ"に、然し確かに"それ"は存在した。
「不気味にほくそ笑みやがって……人が苦しみ悲しむ様がそんなに楽しいかよ」
静かに怒気を孕んだ男の罵声は、老主人の足元にいる"それ"に向けられたものだった。
「なあ、化け物」
男の発した言葉の通り"それ"はまさに化け物としか言いようのない姿をしていた。
全体的な風貌は、差し詰め毛のないドブネズミ。ただ大きさは大人の猫ほどもあり、頭部は地獄の餓鬼を思わせる醜悪ぶり。
凡そこの世のものとは思い難い"それ"は無言のまま不気味にほくそ笑み、骨と皮しかなさそうな細長い手足で老主人の両足にしがみつく。
いかにも目立つ風貌だが、老主人を取り囲む人々は誰も"それ"の存在など気にも留めない……否、彼らは"それ"を認知さえできないのである。
「誰にも見えねえ、見つからねえってんでタカ括ってんだろうが……イキれんのもそこまでだ」
男は"それ"を凝視し――ただ一言『刻め』と呟く。
消え入るような小声の呟き。発した当人以外の耳に届くことはない。
ただ彼が言葉を発したという以上に然したる意味などない、筈なのだが……
『ゥギ、ア!? ガッ、ギャアア!?』
突如、老主人の足にしがみついていた"それ"が苦しみだす。
外見から想起される通りの奇怪な悲鳴を上げのたうち回るが、当然周囲の誰もそれを気に留めることはない。
『グ、ウギ、グギアアアアア!』
やがて"それ"の体内から無数の刃が飛び出し、縦横無尽に動き回る。
『アギャ、ァギ、ガギャ! ッバワアアアアアアアア!』
結果全身を徹底的に切り刻まれた"それ"は、悲鳴を上げながら絶命……肉片一つ残さず、塵となって虚空に消えていった。
そして……
「……ぅ、ぉ……ぉぉ?」
「お、親父……親父!?」
「お祖父ちゃんっ!」
"それ"の消滅と時を同じくして、老主人は急激に回復していく。
何事もなかったかのように起き上がる様子を見た群衆の反応は様々だ。
ある者は安堵し、またある者は感極まって泣き出し、更にまたある者は尚も老主人の身を案じて彼の元に駆け寄り……中には思わず卒倒する者まで現れる始末。
そんな様子を俯瞰していた件の男は一言『……大丈夫そうだな』と呟くと、誰にも気取られぬままどこかへ姿を消した。
彼の名は荒貝氏仁(あらがいうじひと)。
若干怪しげな風貌乍ら元々特にこれといって特別な何かを持っているわけでもない、ごく有り触れた男である――というのは、最早過去の話。
ある時ふとした切っ掛けから図らずも力と権利を与えられた彼は、今や人知の及ばざる領域に足を踏み入れ、授かった力と権利を以て『敵』と戦い人々を救う『特別な存在』になっていた。
果たして彼が如何にして力と権利を得たのか。彼が足を踏み入れた『人知の及ばざる領域』とは、また彼が戦う『敵』とは何なのか。
それらの謎を紐解く為には、ほんの四日ほど時を遡らねばならない。
何故なら四日前……不規則に雨の降るあの日こそ……彼、荒貝氏仁にとっての『幕開け』だからである。