アラガイ・ビー・ザ・デスハンター 第五話 雨上がり、夕暮れの街中を進む人々。信号待ちの通行人たち。
仕事や学業を終えて帰路につく途中か、或いはこれからどこかへ向かうのか。
車道を行き交う車たち。多くは乗用車だが、中にトラックやタクシー、バスの姿がちらつく。
(なんだ、あれは……あんなもんが、現実に……)
然し、荒貝氏仁は動揺する。何故なら彼の視界には、存在する筈のないものが映り込んでいたから。
(どういうことだ……幻覚、ってわけでもなさそうだが、だとしてあんなもん実在するなど……)
青年の目に映るのは、まさに怪物としか言い表しようのない異形の何者か。
姿かたちは色々あり、毛むくじゃらのものもいれば鱗に覆われたものもいて、無数の足を持つものもいれば手足どころか目鼻すらない細長いもの、果ては不定形のものまで様々だ。
だがどんな見た目のものであれ、動きは皆同じであった。
何者も例外なく、人々の足元に張り付いているのである。
あるものは手足でしがみつき、またあるものは尾や触手で絡みつき、更にまたあるものは空中に浮遊し停滞する。
姿かたち同様その方法は個体ごとに異なっていたが、何れにせよ異様にして不気味極まりない光景なのは間違いなく、しかもどうやら当人たちは誰もそれら異形を認識すらできていない……その事実が余計に状況の異質さを際立てる。
(なんなんだ、ありゃ……あいつらが"死そのもの"だと? わけがわからねえ……)
氏仁は実際混乱しかかっていた。何せ必要な情報が少なすぎる……というよりも『どのような情報が必要か』がまず分からない。
ともすれば選び取るべき最適解は……
「……なあ、志貴野さん。色々質問いいかなぁ?」
「ええ、構いませんよ。寧ろどんどん訊いて下さい」
最寄りの"詳しそうな誰か"への質問一択と言えた。
「……ええと、つまりなんだ、あの化け物どもは"亡足(もうたる)"っつー名前で?
人間に憑いちゃそいつをなんとか死に追い遣って魂を食い散らかしていくはた迷惑な連中だと」
「はい、大体そういう認識で大丈夫です。亡足は系統の上でこそ幽霊に近いんですが、人間の生命エネルギーを捕食して繁殖したり、生死の概念があるなど本質は生物的なんですよ」
「生きた幽霊、或いは妖怪ってわけか……どうりで憑かれた連中が誰も気付かねえわけだぜ。
つーか、だとしたらそれを見えてる俺は何なんだ? 幽霊が見えるようなタチじゃなかった筈なんだが……」
「ああ、それはまあ、私が見えるようにしましたので」
「は?」
「ですから、私が見えるようにしたんですよ。私が指先から出した光の影響で、あなたの視界は死神のそれと化しています。実際にその目で見て頂いた方が理解も早いかと思いまして」
「……だからっていきなりはどうかと思うがな。
ともあれ察しはついたぜ。あんたが俺にさせようとしてる"仕事"の内容……要するにあの亡足どもを駆除して回れってんだろ?」
「その通りでございます。無論強制は致しません、関わり合うつもりがないのでしたら視界を元に戻すこともできます」
「……」
「ただ――この流れでこんなことを言うのもどうかと思いますが――現在、国際生類連合は慢性的な人員不足に悩まされているんです。
特に亡足へ直接対抗し得る"死神"の不足が深刻でして……長年にわたり劣勢続きで苦戦を強いられる状況を覆せていないのが現実なんです。ですからどうか荒貝さん、力を貸して頂けないでしょうか……!」
真摯な態度で頭を下げるランセの姿に、氏仁は心を揺さぶられる。まさかそこまで深刻な事態だとは予想外であったし、ともすれば一歩足を踏み入れようものなら後戻りなどできそうもないのは明白。よってどうにも、軽い気持ちで関わっていいとは思えない。
然し、かと言ってここまで話を聞いておいて彼女を見捨てる気にもなれなかった。
だからこそ、彼は問う。
「俺じゃなきゃダメかね? 他にアテは幾らでもありそうなもんだが」
「……できれば貴方がいいのです。私を怪しまず、私の話を真面目に聞いてくれた……私を"見てくれた"貴方がいいのです」
("見てくれた"、だと?)
やけに意味深な言葉を耳にして、氏仁はふと思い出す。
そういえばこの志貴野ランセ、雨の中傘もささず立っていたのに通行人の誰からも無視され続けていたのではなかったか。
(いや違う……通行人どもはこの女を"無視"なんてしちゃいねぇ。
"認識できなかった"んだ……恐らくはヤツ自身がそう仕向けたが為に)
氏仁は考察する。志貴野ランセの持つ"神通力"には透明化して姿を消す技があった。
恐らく彼女はあの時も姿を消した状態で隠れていたのだろう。然し氏仁は、どういうわけか図らずも彼女の擬態を見破ってしまったのだ。
ならば声をかけられた時の、聊か大袈裟過ぎる驚きようにも納得がいく。
(言っちまえば在り得ねーことをやられたんだから、そりゃあんな驚き方もすらぁな。
んでそっから『こいつは"持ってる"ヤツだから"使える"』と踏んで俺を勧誘しにかかってる、と……)
氏仁は思案する。ここで話に乗って死神の仕事を引き受けてしまえば、常に何かしらの厄介事が付き纏う生活になるのは想像に難くない。氏仁にしてみれば、断るのが最適解であろう。
然し氏仁はまた悩む。果たしてここで保身に走るのは正しいことなのだろうか。
ランセ曰く亡足はヒトを不当に死へ追い遣るという。『地球を荒らす人間を駆除するのでは?』と尋ねれば『人間を死に易くするために善人を殺し悪人を生かす。そうして間接的に地球を荒らしていくのが亡足だ』『連中は同族以外の全てを敵か資源としか思っていない』との答えが返って来た。
そこまでの事実を知って尚、我が身可愛さ故に退くことが許されるのだろうか。
基本面倒臭がりで歪んだ性根の一方、正義感や思いやりの持ち主でもある氏仁。相反する気質を宿した青年は、その矛盾故に思い悩み……そして決断する。
「よし、わかった。死神の仕事とやら、引き受けんこともねえ」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
「おっと、早まんなよ? 『引き受けんこともねえ』ってんだから、まだ決めたわけじゃねえ。何せ俺にも生活ってもんがあるんでな。
とりあえずその"死神の仕事"……もとい"亡足駆除"についてもっと詳しく聞かせて貰おうかい」
「はい、わかりました! 喜んで説明させて頂きます!」