アラガイ・ビー・ザ・デスハンター 第四話「……なあ、志貴野さん。質問いいかな?」
「ええ、私に答えられることでしたら何でもどうぞ」
青年、荒貝氏仁の問いかけに、向かい合って座る自称『死神』の志貴野ランセは相変わらずの気さくな態度で返答する。
「ならまず根本的な所からだが……あんたのその肩書き、本物か?」
「とは?」
「言葉通りの意味だよ。言い方悪いけどよ、いきなり変な名刺出されて『自分は東亜ナントカ機構の死神だ』なんて言われても正直信じらんねーのよ。
他人の迷惑顧みる知恵もねぇアホガキじゃあるめぇし、タチ悪いごっこ遊びとまでは言わねえが、
ネット芸人のドッキリ企画か、でなきゃ映画かドラマの宣伝じゃねぇかと疑っちまうわけだ。それも、最新技術とかに金かける余裕のある大手のヤツのな」
「あー、なるほど……確かに、そう思われるのも仕方ないと思います」
「おぅ良かった。そこはしっかり話聞いてくれんのな。失礼承知だがなんか安心したよ、強引に巻き込もうとしてくるような手合いだったらどうしようかと。
……で、結局答えは? ドッキリ企画なら悪いが他当たんな。宣伝ならこんな手の込んだ真似しねーでも素直に作品教えてくれ、興味沸いたら多分見るから」
「ああ、いえ、ドッキリでも宣伝でもないんですが……何をすれば信じて頂けますか?」
「そうさな……死神特有の超能力だかなんだか、そんなもんでも見せてくれよ。説得力のあるヤツをな」
「超能力ですか。わかりました。では――」
氏仁からの申し出をすんなりと受けたランセは、己の持てる様々な力を彼に披露してみせた。
透明化して姿を消す、宙に浮く、指先に火を灯す、コップの水を一瞬で凍らせるなどの所謂"王道"から、壁をすり抜ける、切り離した片手を遠隔操作する、虫を急成長させるなどの不気味で怪異じみた変わり種まで、ランセの超能力――曰く"神通力"――は実に多種多様であった。
「どうでしょう? これで信じて頂けますか?」
「……ああ、そうだな。目の前であんだけやられたんだ、信じずにはいられねえ……。だが大丈夫なのか? こんな人の多い飲食店で機密ぽい情報喋ったり、神通力とやらを見せびらかしたり、正直あんまそういうのは褒められた真似じゃねえと思うんだが……」
「ご心配なく。会話も行動も、周囲の方々にはごく一般的なものとしてしか認識されないようになっていますので」
「……それも神通力か?」
「厳密には異なりますが、近しいものです」
「そうかい……ま、そんなら心置きなく話もできらぁな。なら本題……の前に、場所変えるか。食い終えて尚飯屋に長居すっと店に迷惑だし、丁度雨も止んだようだから」
「それもそうですね」
そうして二人は店を出た。
「で、本題だが」
「はい」
雨の上がった夕暮れの街を進みつつ、氏仁はランセに問う。
「その、東亜霊界~~なんだっけ?」
「東亜霊界輪廻輪廻機構極東部門の生命霊魂課、です」
「そう、それだ。そのなんかやたら名前長いヤツ」
「覚えにくければ"機構"とか"組織"なんて呼んでも大丈夫ですよ」
「そうか? ならその"組織"の死神だっつーあんたがこの俺に接触してきた理由はなんだ?
察するに"組織"に関する事情らしいが……」
「そうですね……単刀直入に言えば、荒貝氏仁さん……あなたをスカウトしたいんです」
「……スカウト、だぁ? この俺を?」
「ええ。と言っても残念ながら、歌手や俳優になりませんか? なんて話ではありませんが」
「だろうな。寧ろ好都合だ、そういうのは柄じゃねえ」
「そうですか? 個人的に荒貝さんは磨けば光る原石という気もしますが」
「買い被りだ、そんな高尚な奴じゃねえよ。それに……」
「それに、何です?」
「そういう華やかなのはあんたのがよっぽど似合うだろ。話上手えし、声キレイだし、美人でスタイルもいい。最初見た時ゃどっかの女優かと思ったもんだ」
「そんな、美人だなんて……」
唐突に褒められたランセは、思わず赤面し俯く。
「率直な感想、目で見た事実を言ったまでだ。謙遜するこたぁねぇさ……で、スカウト云々てのは?」
「言葉通りの意味ですよ。生命霊魂課で働きませんか、という」
「仕事ねえ……生憎と今の仕事場に不満はねぇし、副業できるほど器用でもねえんだがなぁ」
「すみません、語弊がありましたね。別に私は転職や兼業を勧めてるわけじゃないんです」
「……悪い、どうにも話が読めねえんだがな。……そもそもあんたら"組織"って具体的に何してんだい? 死神だ生命だと言うからには、なんか幽霊的なもん相手にしてんのかな、ぐらいには想像つくが」
「そうですね……すみません、そちらの説明を先にするべきでした。
まずそもそも『霊界輪廻機構』は、その名の通りこの世とあの世――現世と霊界の均衡を保ち、双方を適切に管理すべく設立されました。『国際生類連合』を総本山として各地にそれぞれ存在し、各機構は幾つかの支部で構成されています。そしてその支部一つ一つへ、管轄分野や業務内容ごとに様々な部署があるといった感じですね」
「いきなり壮大だな……まあいい、続けてくれ」
「はい。その構成員は死神や精霊など一般に幻想・超常とされるような種族が殆どですが、中にはそれらと深く関わりのある人間などの構成員も存在します。
各部署の事業内容について説明すると長くなりますし私自信把握しきれてないんですが……とりあえず私の所属する生命霊魂課は、現世に存在する生命体の個体数を適正値に調整するのが主な仕事ですね」
「個体数調整……死神ってからには、やっぱ命を刈り取ったりもすんのかい?」
「あー……原始的な動植物とか、それしか手立てがない場合はやむを得ずってこともありますね。けどここ何十年かは、特に人間の方々を中心に著しく減少傾向にあるので、専ら不適切な死を遠ざけて保護するのが主流ですね」
「被災者や病人、貧民なんかへの支援とかか?」
「はい、そういった活動を行う構成員もいますね」
「あんたは違うと?」
「本来の管轄ではないですね。もっと根本から直接死を抑制する……それが死神の仕事です」
「根本から、直接?」
「はい。と言ってまあこれは、実際見て貰うのが早いでしょう。失礼」
「は? 何言って――ぬうっ!?」
正面に回り込んだランセは、素早い動きで氏仁の眉間辺りを指差した。刹那、彼の視界は眩い光に包まれる。
(なんだ、今の光は……)
幸いにも光は一瞬で消え去り、両目に異常も感じられない。
「驚かせてすみません。こうするのが最適解かと思いまして」
「最適解って、一体何の……うおぁっ!?」
困惑しつつも何気なく周囲を見渡した氏仁は、視界に映る光景に思わず目を疑う。
普段から表情の変化に乏しく、目に見えて動揺したり取り乱すようなことのない彼だったが、この時ばかりは例外であった。
(な、なんだ、ありゃあ……一体何なんだ、"あいつら"はっ!?)
「荒貝さん、わかりますか? "あれら"こそ死神の抑制すべき"死"そのものとも言うべき存在です」