灰色の午後の 高度に発展した現代文明も未だ天候を操ることは出来なかった。銀色の都市は鈍く陰り、空からひっきりなしに豪雨が叩きつけられる。軒先に滴る雨垂れを眺めながら、紅紫ヶ淵は食後のコーヒーを啜った。
「止まないねえ」
「雨雲レーダーによると52分後にこのスコールは弱まるそうです」
目の前に座る人形____シアンは、電波時計の正確さで淡々と主人に事実を告げる。アンティーク調の懐古趣味な喫茶店の中で、彼、或いは彼女の工業的な佇まいは浮いていた。
「マジ? 昼休み終わるじゃん」
「はい。午後の業務は14分38秒後に開始予定です」
「雨宿りにならなかったなあ……」
彼は黒い右手で一旦閉じたメニューを開くと、ウェイターを呼びつけてデザートを追加注文した。(このウェイターはアンドロイドだったが、店のインテリアに馴染んだ制服を着ており、愛想も良かった。)
「……申し訳ありません。入店前に報告すべきでした」
人形は顔色を変えず謝罪した。
「いや、聞きたかったら聞くから」
紅紫ヶ淵は特に咎めることなく、再び気怠げに窓の外に目をやる。
____では、先程の情報は警部補にとって不要だったろうか?
主人の横顔見つめながら、シアンはクルクルと電子頭脳を駆動させた。旧式の情動プログラムは重く、メモリを圧迫する。沈黙するテーブルの上をジャズピアノが無遠慮に横切った。シアンの答えが出るより先にデザートが運ばれて来て、紅紫ヶ淵は華奢なスプーンでティラミスを突き始める。
「ここのティラミス、美味いんだよねぇ」
そう呟いて破顔する。シアンは並列作業でグルメサイトから情報を検索しようとし……先程のやり取りを想起して中断した。自分に求められていることが分からず、ただ硬い椅子に行儀よく座っている。かろうじて「そうですか、何よりです」という当たり障りないテンプレートだけは導き出すことが出来た。擬似感情域が不安のシグナルを発信し、負荷のかかった思考がわずかに重く、鈍く____
「また来ようか。シアンも座れるし」
「……私が?」
予想外の応答にアイカメラの絞りが収縮した。
「お言葉ですが警部補、私は起立姿勢であっても消費電力は代わりません」
「いや、そりゃ分かってるけどさ、気持ちの問題。形だけでも一緒にテーブル囲んだ方が楽しいじゃん」
「……楽しい、ですか?」
「うん」
「そうですか」
「うん」
シアンはそのまま紅紫ヶ淵がスフレカップを空にするのを黙って見ていた。
昼休みが終わると紅紫ヶ淵は速やかに会計を済ませて、軒先でシアンと共に傘を広げた。シアンは曇天の中でも鮮やかな色彩を無感情な瞳で見上げていた。そうしていつも通り、一人と一機は土砂降りの街へと歩き出した。