曖昧な触れ合い長い指が髭の生えた顎に添えられ、顔を上向かせる。郁李の薄い唇が狗飼の額に触れた。技巧もヘッタクレもない、子供がお気に入りのぬいぐるみにするような、ただ押し当てるだけの口付け。狗飼は目を伏せて、黙したままその行為を受け入れていた。場所と角度を変えながら何度も何度も顔に拙い接吻が降る。
よくもまあ、こんなおっさんにキス出来るもんだと思う。自分より二個下の端正な顔立ちの上司(彼はプレイボーイと名高かった)を思い浮かべた。ああいう美形ならまだ分からなくもないが、今郁李の相手をしているのは顔面ケロイドまみれのむくつけき中年男である。自分なら罰ゲームでもごめんだ。まして、進んで触れるなどもっての外だ。
郁李は自分に”何かしら“の情愛を抱いているらしかった。その”何かしら“の正体を狗飼は知らない。ただ、職場の先輩に対する敬愛でない事は確かだし、恋愛感情でもないらしかった。曖昧模糊な慕情は物言わぬ幽霊のように狗飼の側に佇んでいる。確かにそこに存在するのに触れる事も捉えることもできない。得体が知れない。居心地が悪い____
「(……だけじゃないんだよな、これが)」
溜息を漏らしそうになり、慌てて飲み込む。丁度郁李が狗飼の上唇を啄んだところだった。こめかみから顎を縦断する裂傷痕の、兎唇に似た引き攣れを舌先で舐められ、淡い興奮が肌を粟立たせた。口角に力が入り、目が泳ぐ。不快ではない。むしろ、心地良いとすら感じてしまうのが怖かった。勝手知ったる己の自我が一人でに作り替えられていくようだ。後輩の肢体に欲情する羽目なったのはあの儀式の所為である。この接吻から得られる悦びも悍ましい拷問によって無理矢理引き出された反応の筈だ。それを、何故か寂しく思う自分がいた。
郁李の背に触れる。シャツ越しでも分かる、薄い肉とそれに覆われた硬い骨。甲を擽る髪。馴染んでしまった手触り。
「なあ」
不意に甘やかな吐息が耳に掛かった。
「撫でて」
己より高いが、男性的な声だ。なのに、誘われるがまま、両腕が彼の胴に絡んでしまう。無骨な掌がぎこちなく肌を往復すると、喜悦を分け与えようとするかのように瞼に口付けを落とされる。艶やかな髪が肩から溢れ落ち、女物のシャンプーの匂いが脳を揺らした。
狗飼が郁李に向ける感情は恋ではない。この青年が所帯を持った所で嫉妬心は湧き起こらないし、心から祝福してやれると断言出来るからだ。ならば、胸中で煮えるこの気持ちはなんだろう。恋慕より穏やかで、ドロドロしていて、苦しくて、捉えどころがない。ただ、黙したまま郁李の側に佇んでいる。
再び口と口が重なった。強弱を変えて唇を食まれる。飽きないもんだ、と半ば感心しながら危うい安らぎに酔わされる。緩んだ口のあわいが密やかに青年の接吻に応えたが、男は自分の行いに気づかなかった。