誤解と言い訳
スーパーマーケットで、2つの小玉スイカを手のひらで撫でまわしているロナルドをドラルクは少し眇めた眼で後ろから見ていた。
無表情に見えるが、頭の中は工事現場の黄色い回転灯のようにぐるぐるしている。
西瓜、2つ、スイカ、おっぱ…?
グラビアかAVの女性の胸でも思い出しているに違いない、これだから童貞は(笑)と昨日までのドラルクなら単純にそう考えていただろう。
しかし今日の彼はもう昨日の彼ではない。
日付が変わったちょうどその頃、ロナルドと裸で睦みあい、あの手のひらで皮下脂肪のほとんどない胸を愛撫されていたのだ。
なぜそうなったのかは彼らが恋人関係になったからだが、それにしてはいきなり心を削られるような振舞いをされて高い矜持を持つドラルクは傷ついた。
ロナルドの人生から豊満なオッパイが失われたかもしれないことに後ろめたさを感じないとは言わないが、あんなにわざとらしくアイツにこんなオッパイは望むべくもないと仄めかすなど、格別優しくもないが情のない男ではないと信じて全て受け入れたのにとんだ見込み違いだったとドラルクは思った。
なんと思いやりに欠けた男だろうか…とあの目くるめく時間を過ごした後のふわふわした気分から一気に突き落とされ、ドラルクは何を買いに来たのかも失念してスーパーの出口に向かおうとした。
「おい、ドラ公どこ行くんだよ、まだ何も買ってないだろ」
焦った風で追いかけてきたロナルドがドラルクの肩に手をかける。
ドラルクはマントをバサッと翻してロナルドの手を退けた。
「スイカを買って一緒に寝てろ、このオッパイ星人!」
まわりの人に聞こえないよう小声で罵倒し、手に持っていた買い物かごをロナルドにどん、と押し付ける。
「なっ、何言って…」
ロナルドはドラルクがなぜ怒っているのか全くわからなかったが、『スイカ』と『オッパイ』という単語から、さっき自分が見ていた果物に行なった無意識の行動をようやく思い出して、連想ゲームのように彼の怒りの原因を推測した。
「やっ、あれは違うんだ…ジョ、ジョンもこのくらいスベスベだな~って、ついなでたくなっちまってさぁ…」
そのスイカは丸まったジョンよりは小さかったが、確かにツヤがありすべすべして見えた。
なお、彼らには見えていないが、ドラルクの頭の上で痴話ゲンカの一部始終を見ているジョンの視線は生温かい。
「……ふうん?」
ジョンを例えに出されると途端にドラルクの審査は甘くなる。
苦し紛れの嘘だったとしても、恋人の機嫌を損ねないために取り繕おうとする努力は認めてやってもいい、かな…本物にデレデレした訳じゃなし、若造を存分に可愛がってやれば他に目が向くこともなくなるだろうと、ドラルクは気を取り直してこれからの計画を組み立てる。
「…ロナルド君、今日は君の好きなものを作ろうか」
にっこり笑ったドラルクは買い物かごをロナルドから取り戻して楽しそうに食材を選び始めた。
「…へ?」
目まぐるしく変わるドラルクの態度にロナルドはついていくことができず、本当に信じてもらえたのかドキドキものだったが、疑惑のスイカからは関心が離れたらしいことに心底ホッとしていた。
ロナルドの手の中に収まる、小ぶりでスベスベして思っていたよりも丸みを帯びたイヤらしいドラルクの尻を思い出してしまったからだ…なんて、口が裂けたって本人には言えなかった。
<終わり>