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    Which do you choose?「はい」
    「っ、!」
     突然、視界に飛び込んできた手に、思わず床を蹴るように椅子を引く。
     喧噪にまみれた昼休み。教室を半分に分断する勢いで、きぃっとリノリウムの床をひっかく耳障りな音が、いやに大きく鳴り響いた。
    ついで、背凭れに感じる小さな衝撃と共にわっと後ろの席の住人が声をあげる。 ごめん。と、上擦った声は、果たしてきちんと彼に届いたんだろうか。
     確かめる余裕なんて、在るはずもなかった。
     大きく跳ねた心臓は、これで平常運転。同じく大仰に跳ねた肩は、ほんの一瞬で自分に集められただろう視線に、背筋とともに丸るめ込む。ああ、もう。無理だ。消えたい。
     コスチュームと違って、制服なのがまた厄介だ。これだと、顔を隠すこともできない。もういっそ、パーカーでも着てしまおうかと考えているうちに、もう三年も共に過ごしたクラスメイトは、すぐになんだ、いつものことかと日常を取り戻していく。
     騒めき始めた空気に少しずつ緊張を解こうとして、まるで追い打ちをかけんばかりににゅっと机の下から顔を出したぬいぐるみがすべてを吹っ飛ばした。
    「――っっ!!」
     ひゅっと喉が鳴る。また、床を蹴りそうになったつま先は、今度はうまくいきやしなかった。
     心臓に悪い。こんなんじゃまた笑いものにされると思いつつも、背を流れる嫌な汗は収まりどころを知らないみたいだ。
     バクバクとうるさい心音は、止めることもできぬまま。一度、息を止めた。一拍。二拍。足取りの早い鼓動を片手の指の数だけ数えてから、長く解く。反射的に閉じていた目を、そろそろと開けば、そこに在るのは、見慣れた猫のぬいぐるみだ。
     伏せた視界の横を、軽やかな足取りが駆けていく。耳に触れるクラスメイトの口癖はもうすっかり聞き馴染みのあるもので。強張って持ち上がっていた肩を落とした。
    「なになに、なにしてるの?」
    「んー秘密? かな。ほら、環くん」
     やわらかな笑みが耳朶に触れる。
     陽だまりに似た声だ。忙しなく脈打っていた鼓動が、ゆっくりと平常を取り戻す。最後に一度。深呼吸を喧噪に解いて、伏せた顔をもたげた。
     波動さんに抱きつかれた拍子に、ふわりと宙へ広がる髪は、窓から射し込む光に照らされ、金色に寄る。瞬きを二度。確かめるように解いて。先に鼓膜を震わせた彼女の言葉と同じセリフが、口をついて出た。
     変に上擦った声に、咳払いをする。はた。と今度は眸を瞬かせたのは、彼女の方で。長い睫毛に縁どられた空の色が、小首を傾ぐ。そうしてすぐにはたと思い至ったように、握りしめたままの手を合わせて、またずいっとこちらに向かって腕を伸ばした。
    「えっと」
     なに。繰り返し尋ね、首を傾ぐ。いつのまにか膝の上にまでよじ登ったぬいぐるみが陽だまりの匂いを連れて、少しだけ心が落ち着いた。
     彼女の香りだ。また別の意味ではやりそうになる心音は、ゆるく首を振って逃がしてしまう。
    「好きな方選んじゃおう」
    「へ」
    「どっちでしょう、ってね」
     差し出された拳がふたつ。ひとつ、瞬いて、視線をあげる。絡み合う空の色は緩やかに弧を描いて、んっと小さく零しながら、こちらへ差し出した手を眼前に掲げ直した。
     どっちでしょう、って。なにが、なんだろう。
     考えられるのは、それぞれに別のものが入ってるってことだろうか。
     もしかしたら一方が当たり。もう一方がはずれとかかもしれない。
     だとしたら、要注意だ。特別悪戯好きではないとはいえ、こういった方面だとどう舵を切ってくるのか。未知数だ。
     ぐるぐると思考が巡る。
     目を凝らしてみたところで、差し出された白い手は、右も左も見た目にはまったく変わらない。
     どちらを選ぶべきだろうか。もしはずれの概念があって、それを引き当てたら。またクラス中の注目を浴びかねない。その事態だけは、どうにかして逃れたいものだ。
     いっそ透視の個性でもあれば――と考えかけて、止めた。
     違う。ゆるくかぶりを振る。
     彼女のことだ。きっと、そんなことはしないだろう。
     先に驚いてしまったのは、自分が不意を突かれたから。ヒーローを志しているのに、情けないことこの上もない。やっぱり、自分には不相応なのかもしれない。そう、在らぬ方向に思考が傾き始めた。それを、まるで見透かしたみたいに、の上に乗りあげたぬいぐるみがその柔らかな腕でこちらの手を叩く。いいから選ぶ。声なくそう言われた気がして、半ば反射的に片方の手を取った。
     自分よりもいくらか暖かい体温が、指に伝う。滑らかなその肌に触れているのだと遅れて気づいて、慌てて手を離した。
    「っ、ご、ごめっ」
    「おっけーこっちだね」
     俺なんかが触れて。そう続くはずの言葉は、彼女の笑顔にかき消される。
     居所を探すようにふらふらと彷徨った視線が、環くん。と呼ばれた名に誘われて、前を向いた。変わらず、笑みを浮かべた彼女が、差し出した拳を仰向けに変える。
     いい? なんて、妙に神妙な声音で言ってくるものだから、息を呑む。変な汗が背筋を辿るみたいに流れて、気づけば、喧騒が凪いでいた。
     秒針のない時計が、静かに時を刻んでいく。少しずつ、少しずつ心音がまた駆け足になりはじめるけれど、不思議と逃げ出す気はおきなかった。
     ややあって、小指からゆっくりと手が開かれる。固唾をのんだのは、きっと自分だけじゃなかった。
    「はい、どーぞ」
    「へ」
     解かれた手の中。現れたものに目を瞬く。
     これ知ってるよ。知ってる。ねえねえ言ってもいい? そう声を弾ませる波動さんの言葉が右から左に流れた。張り詰めた風船が、その口を開かれてしぼんでいくように、喧噪を取り戻していく教室が、笑い声を耳に運ぶ。はた。と、また一度だけ瞬いた先。細く、けれど柔らかな手のひらにころんっとひとつ、転がっていたのは、飴玉だ。
     白地に文字がひとつも書かれていないそれは、陽の光を受けてどことなくきらめいているようにも見える。
     促されるまま摘まみ上げれば、ねじちゃんにもあげるね。なんて、もう片方の拳を開いた彼女が、さらりと金糸を頬に流した。
    「これ、真珠なんだよね。知ってるよ! ねぇ、知ってた?」
     得意げにいう波動さんの声に重なる柔らかな笑い声が耳に心地よい。どっちも一緒。びっくりした。なんて、小さな悪戯がうまくいった子供のように肩を竦ませた彼女がポケットからもうひとつ、同じ飴玉を取り出して。ちいさな袋を破り開いた中から、転がりだした白い真珠を、そのくちびるの狭間に滑らせた。
    藍音凛 Link Message Mute
    2023/05/16 15:07:11

    Which do you choose?

    ##ヒロアカ夢 ##環操

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