「新手の誘い文句ですか?」 関西から一歩。外に踏み出した世界の空気は、まだ少し身に馴染まない。
耳に触れる言葉はどれもこれも、身体にしみついたイントネーションと違っていて。そのことが、いまだになんだかくすぐったかった。
はやく慣れなければ。とは、思うのに。どうにも所属した部隊の肌馴染みの良さが邪魔をする。
ありがたい気遣いだ。どうせなら、同じ方面の人間をまとめた方が過ごしやすいだろうと、暮らす場所まで与えてくれたのだし。そのことに、文句はない。文句は、ないのだ、けれど。
「――き…く、ん――お、…く。隠岐くん」
呼ばれた名に、はたと瞬く。
頬杖をついた手を離し、窓へと向けていた視線を前へ戻せば、らんらんとした眸と目があった。
日に透ければ金糸にも見える。薄茶色の髪が、ふわりと肩の上で踊る。輝く眸は、それよりも少しだけ濃い枯れ葉色で。だのに、透き通るように澄んだ眼が印象的だ。
だれ。そうひと呼吸だけ考えて、すぐにクラスメイトだと思い至る。
「ああ、えっと……ごめんなぁ。矢羽さん。どないしたん?」
おれになんか用? 尋ね、問い返す。
人好きのする笑みを浮かべてみせれば、頬に射す影に佇む目がいっそう輝きを増すのがわかって。困ったように眉をさげた。
身に覚えしかない、反応だ。そんな風にいったらまた、同じ隊の先輩にどやされるだろうか。揶揄われるだろうか。でも、それが本当なんだから、しがたがない。
まぁ、聞かれたところではぐらかすし。この場所に、件の先輩らは居ないのだから、別にどうだっていいんだけれど。
このクラスに身を置いて、一か月と少し。
珍しい話し方に。それから、イケメンだと冗談交じりに先輩らから称されている、この顔に。
多かれ少なかれ声を掛けてきたクラスメイトは、おおよそ同じ反応をみせてくれた。
まぁ、自分だって年頃の高校生男子。嬉しいか、嬉しくないかと言われれば、そりゃ嬉しい方に多少は気分は傾くことでもあるけども。
――まぁ、希少動物みたいに扱われんのは嫌やねんけどなぁ。
「私の名前覚えててくれてるの!?」
「そりゃまぁ、クラスメイトやし」
処世術のひとつだ。別に、褒められたものでもない。
噛み殺した苦笑を隠すべく、目をそらす。
落とした視線の先。木目調の机は、やっぱりまだ自分の居場所とは、言い難い。その場所に、ふと手が置かれた。
カタ。とわずかに前へ傾いた机に目を見張る。
だったら話は早い。なんて、続く言葉に思わず顔を上げて。交わる眸が、なんだかすごく綺麗に見えた。
どことなく硬い息が、カーディガンの内側に秘められた胸を膨らませる。
机を傾けた張本人は、そんなことなど知らぬ顔で手を握り締めて。それから、その動きを倣うみたいに深く、深く腰を折った。
「お願いします。私を弟子にしてくださいっ!」
思い切りよく。それでいて、初々しい硬さを残しながらも、はっきりと発せられた言葉は、確かにこちらの鼓膜を力強く打ち付けて。ほんのひと呼吸。まるで、凪いだ海のように静まり返った教室の中へと轟く。
「はい?」
思ってもいなかったセリフに思わず、間抜けに開いたその口から、不格好な単音がひとつだけ零れ落ちた。
新手のお誘いかと思たわ。あれ。なんて、揶揄いまじりに肩を並べて歩く彼女へというのは、単なるクラスメイトから、もう少し。二人の距離が縮まってからのはなし。