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    のびのびTRPG 第7話 焼肉の美味しい食べ方:実践編先に記しとく設定、
     機械屋(主人公)と先輩は女性、
     作中の「ダリル」は通貨単位、1ダリル=1円くらい、
     と言うことで。


     先輩とアタイは建物を出た。
    「先輩、とりあえず帰るか?」
    「それはないでしょ!」
     先輩は速攻で否定した。
    「牛天国!」
     ピシャリと言い切った。

     『牛天国』、焼肉のチェーン店。24時間営業とメニューがひとつだけなのが売りだ。
     『食べ放題・飲み放題』、それしかない。
     その下に『コース』ごとの料金がある。
     と言っても、

     二時間コース:3,000ダリル
     五時間コース:5,000ダリル
     時間無制限コース:20,000ダリル

     だけだ。

     『無制限』はネタメニュー。
     SNSで名前を売りたいやつが一度は通る道。
     あるいはテレビの大食い番組。
     そう言うメニューだ。

     先輩とアタイは牛天国へ急ぐ。自然と早足になる。
     牛天国に着いた。
     店に入ると店員がやってきた。
     先輩とアタイ、考えていたことは全く同じだった。

    「「二人、時間無制限!!」」

     先輩とアタイの勢いに店員は一歩ひいた。
     しかし、さすがは牛天国の店員だ。すぐに冷静になって席へ案内してくれた。
     店のちょっと奥まった四人用のテーブル。
     まあ、そうなるだろう。
     汚れきった作業着、背中にはこれまた汚れきった大きなリュック。
     明らかに訳ありな女が二人。
     妥当な席だ。

    「お二人様、時間無制限コースでよろしいでしょうか?」

    「「はい!!」」
     また先輩とアタイの声が重なった。
     一旦、席を離れた店員が丸い焼き網を持ってやって来た。
     テーブルのまんなかにある一段低い丸い加熱板。
     その上に網を置いた。加熱板のスイッチを入れて店員は戻っていった。

    「じゃあ先輩、肉とってくる」
     アタイは舞い上がってる。間違いない。
     先輩は冷静だった。
    「機械屋ちゃん、わかってるよね?」
    「ん? 何が?」
     アタイは急ぎたかった。
    「無制限なんだから戦略を立てないと」
     確かにそうだ。
    「取ってくるのは牛肉だけ。
     野菜は絶対アウト。
     豚肉と鶏肉もアウト。
     ウインナーもダメ。
     機械屋ちゃんはサイドメニューに流されがちだけど今日は我慢して。
     あと、飲み物は水、口の中を潤す量だけ。
     じゃ行ってきて」

     アタイは肉がならんでいる棚へ急ぐ。
     いちばん大きな皿を取って、そこに肉を乗せていく。
     肉を積み上げたい、そう思うが、さすがにそれはやめる。
     何種類かの肉をとってテーブルに戻った。

     アタイが肉を用意している間に、先輩は小皿を何個かと水の入ったグラスを持って席に戻っていた。
     テーブルのはしにある箸立てから各々箸を手にする。
     肉、小皿、箸、水。準備が完全に整った。
     加熱板にはまだ十分に熱が入ってない。
     だけど、先輩は肉をいくつか網に置いた。
     網ももちろん温もっていない。肉を置いたところで変化はない。
     先輩はフライングしてしまったのか?
     いや、違う。「戦い」は既に始まってる。

     先輩もアタイも何も言わずに網の上の肉を見つめる。
     どれくらいの時間だろうか。とても長く感じる。実際には数分もたってないだろう。

     ジ……、ジジジ……、
     かすかに肉の焼ける音がしてきた。
     いよいよか、アタイは肉を裏返そうとした。
     その手を先輩がとめた。
    「機械屋ちゃん、あせらない」
    「あ、あぁ……」
     そうだ、まだ肉は生焼け、いや、焼け始めたばかりだ。
     ジジジ……、
     音が少しずつ大きくなる。
     匂い。わずかに感じられる。
     この店のテーブル、網のまわりに換気扇がある。だから網から上がった空気は「横」に流れるはずだ。
     理屈の上では匂いはアタイに届くはずはない。
     でも匂いは明らかに強くなってくる。
     ジ……、ジュウ……、
     音もはっきりと聞こえる。
    「そろそろかな」
     先輩が肉のひとつに箸をのばした。
     裏返す。
     肉の上面に浮いていた油が一滴、ぽたりと加熱板に落ちた。
     ジュワッ!
     本能的な幸せを感じさせる音。
     その肉にはきれいな焼き目がついていた。
     アタイも肉に箸をのばす。
     二人がかりで肉を裏返す。
     裏返すたびに、
     ジュウ、ジュワ、ジ、ジジ……、
     香ばしい匂いがどんどん上がってくる。
     匂いも本能的な幸福を満たそうとする。
     食うためには両面を焼く必要がある。これは卑怯だ。
     強制的に待たされる。待つしかない。

     先輩が何も言わずに肉のひとつを取り上げた。
     今度もきれいな焼き目だった。
     何も言ってはいけない。

     工房で働き始めていくらかのとき、先輩がアタイを牛天国に連れてきてくれた。
     もちろんそのときは『二時間コース』だった。
     牛天国、話に聞いたことはあった。
     だけど、まさかアタイが来ることになるとは!
     天にも昇る嬉しさがアタイを包んだ。
     そのとき先輩から「焼肉の作法」を教わった。
     アタイは驚いた。親方はそんなこと教えてくれなかった。
     盗賊団にいたときには学ぶ機会なんかなかった。
     先輩は言った。

    『まず焼き加減。生焼けも焼きすぎも肉に失礼。
     3つ目までの肉を取るときは何も言わずに。肉に感謝する。
     ひとつ目は何もつけずに食べる。肉本来の味を脳に刻みつける。
     ふたつ目と3つ目は塩で食べる。
     塩が肉の旨みを引き出す。この味もしっかり覚えておく。
     あとはタレをつけて全力の戦い』

     なるほど、アタイは知らなかったことをひとつ知ることができた。

     さて、いよいよ「全力の戦い」だ。
    「そだ、機械屋ちゃん、
     今日はゆっくり食うこと」
    「え?」
     突然の先輩の言葉にアタイは混乱した。
    「でも、ゆっくり食ったらすぐ腹いっぱいになるんじゃ……」
    「腹いっぱいになったと感じる。
     でも実際は腹の空きには余裕がある。
     急いで食うと本当に腹いっぱいになってしまう。
     だからゆっくり食う」
     先輩は時々、理論的なことを言う。
     アタイはただただ納得するばかりだ。

     先輩とアタイの「全力」が始まった。
     ゆっくりと、でも急いで。明らかに矛盾してる。だけどそうするしかない。
     会話はない。二人で黙々と肉を食う。

     食う、食う、とにかく食う。
     食ってるうちに心に余裕がでてきた。すると素朴な疑問。
    「焼肉ってこんなに美味かったか?」
    「久しぶりだからねー、わかんない」
     そう答えた先輩は少し震えてた。
    「ん? 先輩、どうしたんだ?」
    「何でもない、何でもないから……」
     何でもないような感じじゃない。
     先輩は作業着の袖で顔をぐしぐしと拭った。
     先輩の目には涙が浮かんでた。
     同じ気持ちだ。アタイは上手く表現できなかった。
     先輩は素直だった。自分に嘘をつかない。
     アタイは自分の心に嘘を言ってた。正直になればいい。
     アタイの目にも涙が浮かんだ。
    「……先輩、
     焼肉ってこんなに美味いんだな」
     涙がぽろぽろと流れ落ちる。
    「なんてんだろ、
     上手く言えない……」
     先輩の頬を涙が次々につたい落ちてた。
     だばだばと涙を流しながら焼肉を食ってる女が二人。
     はたから見ると、間抜けと言うか、異様と言うか、できれば関わりたくないと言うか……。
     アタイはそれでもいい。
     美味い焼肉を食ってる。
     そんな気持ちが心を満たした。

     食い始めてどれくらいたったのか。店に入った時刻を見なかったので時間がわからない。
     先輩もアタイも腹いっぱいになった。
     だが戦いは続く。
     放心して腹に余裕ができるのを待つ。
     先輩が先だった。
     席を立つと、ふらりふらり、と肉の棚に向かった。
     かなり控えめな量の肉を持って戻ってきた。
     焼き始める。
     肉を焼く音。油の焦げる匂い。
     あれほど魅力的、魅惑的だったのに、今はぜんぜん感動できない。
     肉を焼く音がとまった。
     先輩を見た。完全に放心していた。瞳に輝きがない。
     大丈夫か? と声をかけたいが今のアタイにその余裕はない。
     20分ほどすぎただろうか。今度はアタイの腹に空きがでてきたように感じた。
     さっきの先輩みたいに、ふらふらと肉に向かった。
     食べられる自信がある量の三分の一くらいをとってテーブルに戻った。
     何も考えずに肉を食う。何かを考えると心に迷いが生まれる。だから無心で。
     心が折れそうになる。
     先輩の言葉を思い出した。「焼肉の作法」のいちばん大事なこと。
     『リバース厳禁』
     先輩が言うには『肉に対する最大の侮辱、最大の罪』。
     一度でもリバースしたやつには焼肉を食う資格はない。
     それほどまでに重たい罪なのだそうだ。
     とってきた肉をなんとか食いきった。
     気持ちが抜けていく。さっきの先輩のようになってるだろう。
     放心。おそらく目の光が失われてるだろう。

     どのくらい時間がたっただろうか。
     先輩とアタイは少しずつ、少しずつ、肉を腹に入れた。

     ついに限界を迎えた。これ以上は不可能だ。
    「先輩……、アタイはもう無理だ……」
    「……私もダメ」
     体を動かすこともできない。
     二人して余裕ができるまで放心する。
     少しずつどうにかなりそうな気持ちになってきた。
     だけど、まだ動けない。
     さらに放心を続ける。

    「先輩……、そろそろ出るか……?」
    「……うん、出よう」
     重い体をゆらゆらと動かす。
     リュックをかつぐ。

     会計に来た。
     支払いは40,000ダリル。
     今の先輩とアタイには余裕の金額だ。
     レシートを受け取った。

    『時間無制限コース、二名様
     17時間20分
     40,000ダリル』

     帰り道、先輩がレシートを見て言った。
    「これ……、元とれたのかな?」
    「とれてなくてもいい。
     ものっすごい贅沢ができた」

     先輩とアタイは工房を目指した。


    混沌野郎 Link Message Mute
    2023/04/26 18:44:20

    のびのびTRPG 第7話 焼肉の美味しい食べ方:実践編

    このお話は第2話『仕事の〆は焼肉で』の直後のお話です。

    思いがけない大金を手にした先輩さんと機械屋さん。
    せっかくなんだから滅多にできない贅沢をしよう!
    二人は最高の贅沢を極められる店に向かうんだけど……。そんなお話。

     今野隼史(辺境紳士社交場)様・アークライト様の『のびのびTRPGスチームパンク』のソロプレイのルール「カードをもとに物語を書く」で作った世界での出来事をつらつらと書いた、ほぼオリジナルのショートストーリーです。

    #創作 #二次創作 #ほのぼの #焼肉 #異世界

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