Shake!バンドメンバーである狼男が血相を変えてリーダーの私室に飛び込んできた時、彼らを率いる美しい吸血鬼の青年は、寝椅子に横たわり午睡の微睡みの中にあった。
突然の物音に飛び起きた吸血鬼の眼前に仁王立ちになった人狼の若者は、その褐色の頬を僅かに上気させ、唐突な問いを発する。
花をあげたいのだと、彼は言った。
ある蒼い人に、花をあげたいのだと。
乱暴かつ理不尽に午睡を破られた吸血鬼が問いを返す暇も与えず、人狼の若者は大声で話し続ける。
世話になっている蒼くて綺麗な人に、花をあげたいのだと。だが自分は、普段は花などに縁がない生活を送っているので、優雅な生活を送っているように見える吸血鬼の青年であれば相応しい花を教えてくれるのではないかと思ったと。そう考えた途端に居ても立っても居られなくなり、こうして部屋まで聞きにきたのだと。
一息で話し終えた人狼の若者は、頬を紅潮させたままで大きく息を吐くと、吸血鬼の青年の返答を待つように姿勢を正す。
そして若者の話を聞き終えた吸血鬼は、その秀麗な顔に美しい微笑みを浮かべると手近にあった分厚い本を手に取り……彼の笑みにつられて笑顔を浮かべた人狼の若者の頭に、思い切り本を叩きつけたのであった。
☆
痛いっス、と、頭を押さえて情けない声をあげる若者を横目で見ながら、美しい吸血鬼はゆっくりと寝椅子にから立ち上がった。腕を組み、彼の午睡を邪魔した闖入者を紅い瞳で睨みつける。
私の休息を妨害した罪がどれほどの重さが理解していなかったようだな。
先程とは逆に、床に正座をさせた人狼の前に仁王立ちになり重々しく告げた彼を前に、若者は俯いたままで喉の奥から情けない鳴き声を出している。
しかし。
吸血鬼の青年は言った。
お前が、大切な誰かに花をあげたいと言う気持ちは理解した。そして私が花の造詣に深いと思った事も間違ってはいない。
俯いたまま主の怒りを全身に浴びていた人狼の若者は、その言葉を聞いて思わず顔を上げ、眼前に立つ彼の顔を見やった。若者の、彼とは違う色合いを持つ赤い眼が期待に満ちて輝いている。
若者の澄んだ瞳を見やった吸血鬼の青年は美しい指を優雅に動かし、傍らに置かれていた花瓶に生けられた真紅の薔薇に触れ、妖しく微笑むのだった。
☆
瞳を輝かせて礼を告げ、やって来た時と同じような勢いで去っていった人狼の若者を見送りながら、美しい吸血鬼の青年は得意げな面持ちで寝椅子に座り直す。
傍らの花瓶に生けられた赤薔薇の花弁を白く細い指で弄びながら、彼は、先程若者に告げた自分の回答に我ながら満足していた。
普段は風雅な趣味に興味など無いそぶりの彼奴が一体誰に花を渡すのか、興味がないと言ったら嘘になる。だが、いくら長い付き合いの仲間とは言え、そこまで聞くのは野暮と言うものだろう。
吸血鬼の青年は花瓶の薔薇を一輪抜き取ると、芝居がかった仕草でその芳しい香りを堪能する。今頃あの若者は自分が言ったとおり、「世話になっている蒼い人」とやらに真紅の薔薇の花束を準備している頃だろうか。どんな相手かまでは流石の彼も想像もつかないが、若者が言っていた「蒼い」と言う言葉に何か記憶に引っかかるものを感じる。
……だが、何はともあれ彼がこの世で一番美しい花だと確信している赤薔薇ならば、何も間違いはないだろう。
吸血鬼の青年は、その美しい唇から自分の面倒見の良さに感心したかのような吐息を漏らし、中断された午睡を再開するために瞳を閉じるのだった。