penséeバイルブランド島にある、海都リムサロミンサ。
海賊たちが興した街にも、それなりに国家として崇める神は存在する。
海神リムレーン。
とは言っても、強奪、暴力が日常茶飯事の海賊が人口の大半を占めるこの海都では、神は神らしい扱いを受けず、そんなんハメ殺してしまえと言わんばかりの信仰心で、まあなんというか、たまに交易船や、そこそこの願掛けをありがたがる海賊が旅の無事を願う程度。
まあ例えるなら、船に猫を乗せると御利益がある。そういうレベルだ。
断罪党。
リムサロミンサの一手を担う大規模な海賊集団。
同業者の百鬼夜行と比べたらどうなのかはわからない。
神を崇め奉る。
その感覚がシカルドには全く理解できなかった。
現に断罪党は信仰心が深いかと聞かれれば答えは否。
そうでもなければ海賊などやっていけぬ。
略奪という悪行に、神の罰が降るなどと恐れていては。
信仰は全く存在しない、わけでもなく。
願掛け。験担ぎ程度のは個人の間で存在している。
シカルド自身には、その程度の信仰は持ち合わせていない。
もってないから、それを拒絶する、あるいは拒絶を強要させると言った真似はしない。
まあそれで本人の気の持ちようがどうとでもなれば。
人は人だし。
自分は自分。と、船にいる数匹の小さなブラッククァールにロミサンアンチョビを与えながら息をついた。
船乗り猫。
船に猫を乗せることは船旅を行う上で縁起がいい。
そんな迷信めいた験担ぎ。
船に猫を乗せ始めたのはいつだったか。
与えたロミサンアンチョビを奪い合う猫を見て思い出す。首領が大病にかかって、死の淵を彷徨った後だったか。
ある一人の船員が、気休め程度に願掛けをした。
それは、グリダニアの坊主共が行う、はっきりとした献身ではなかった。
何かせずにいられない。先行きの見えない闇の中で、何かが欲しかった。
そんな光を探すような些細なことが叶ったのか。
首領は生還した。一時期、先は長くないと言われたのに。
船員は泣いて喜んだ。自分も。
その時、ある船員が口にした。
1人の船員が願掛けをしたことを。
こいつ首領のこと心配しすぎてさあ!
そこからだった。
盲目的にそれを信仰しているわけではないが。
それくらいはバチは当たらないだろうと。
猫を乗せる意味は、船旅が無事に終わるように。
けれども、実は、船内で流行りやすいペストや黒死病の媒介者、道具を齧って壊すネズミを襲って減らす。
そういう実用的な意味もあるが。
動物は大抵の人間が好きだ。そういう意味でも、船に猫を乗せるのは合理的なことであった。
だから、わからなかった。
「そんなにお前たちは神ってのを仰々しく扱うのか」
疑問が浮かんだのは、エオルゼア同盟軍によるガレマルドへの行軍の時だった。
グリダニアの坊主共はわかる。あいつらは献身することで国を栄えさせてきた。
ウルダハの鬨もわかる。進むための理由でしかないから。
『戦神ハルオーネのために!』
神殿騎士団があげる喝は。全くわからなかった。
神のために剣をとり、神のために殺し、神のために走るのか。
それはあまりにも。
滑稽だった。
イシュガルドは、一千年という月日を、人ならざるものと過ごしてきた。
人ならざるもの。確と獣では非ず。
竜。
大抵の人間が想像つかぬものを相手にしてきて、一千年の間に恐怖はなかったといえば、ない。
故に人は怯えて、その膝を折る。
首を垂れ、許しを乞い、逃げ出す。
一千年。
許されなかった。
震える体を叩き。
折れる膝を叱咤する。
戦神ハルオーネの信仰は、決して逃げてはならぬと言われ続けた歴史と共にあった。
きっとそんな事情を知っても、シカルドはそれをくだらないと言い捨てるだろう。
それが海賊として生きてきた文化だからだ。
高潔な生き方など、何一つ知らない。
だから、言ったのだ。
イシュガルドの高潔な生き方を知る騎士に。
返ってくる言葉はさぞかし偉い御高説かと思ったら、そこはあっさりしていた。
「いや、個人差じゃねえの」
ハルオーネを盲信してる奴もいれば。
疑ってる奴もいるし、対して信じてない奴もいる。
「まあ兄貴も神殿騎士団もハルオーネ様ハルオーネ様って馬鹿みたいにうるさいけどな。俺はあんまり信じてないし」
そうして騎士、エマネランは足元にあった雪をつかみ、丸めた。
巡回の暇つぶしに始めた雪の工作は、暇すぎて既に雪原には7匹の雪兎が生まれていた。
「なんつーの。かわい子ちゃんに会えますように!とかかわい子ちゃんに今日告るから成功しますように!頼むよハルオーネ様!とかそういうのはあるけど」
生きる死ぬに神を理由にするほど、俺は立ち上がる義務も権利もない。
歴とした、逃げだった。
ハルオーネのために剣を取らず、ハルオーネのために立ち向かず。ハルオーネのために命を散らすわけでもなく。
自分のために。
自分が生きるために。自分が死ぬために。
逃げる時は逃げる。恐れる時は恐れる。
それは神殿騎士団が散々掲げていた、高潔な死に場所とは全く逆の。
意地汚い生き方だ。
「盲信?とは違うけど、うまくいったらハルオーネ様ありがとうとか、生きてられたらハルオーネ様が救ってくれたとか、都合のいい時だけ?みたいな」
その生き方を、イシュガルドの騎士ではないと嘲笑うことはできなかった。
高潔さだけを求めて、生きるチャンスを捨てていくより、後ろ指を刺されようが、生きていく。
「気の持ちようだよな。盲信はすっげえめんどくさいけど、あったらラッキーとかいうやつ」
船乗りが旅の安全を祈願するように。
病が少しでも楽になるようにと祈るように。
今日も死なずに返ってこれるように。
願掛け。験担ぎ。
そんなものとにていた。
にゃーんと、足元のブラッククァールがなく。
験担ぎとして乗せていた船乗りの猫。
なぜか1匹だけ懐いてしまって、しれっと行軍の荷物に混ざってきてしまった。
黒猫は神の使いで縁起がいいな。と言ったのは誰の言葉だったか。
抱き上げて、エマネランに、ニヤリと笑う。
「随分と不敬なこと言うんだな。兄貴に言い付けてやろうか」
そういえば青い顔をして、慌てたそぶりを見せる。
「おまっ、それは、聞いといて性格悪いぞ!」
「おう、泣く子も黙る断罪党様には褒め言葉だな!」
神は認識できずとも、存在を賭けることで人生はちょっとした幸福あるものになる。
それが盲信的な祈り、信仰ではなくても。