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    VIVA01.Sgr02.Cap03.Aqr04.Psc05.Ari06.Tau07.Gem08.Cnc09.Leo10.Vir11.Lib12.Sco13.Y染色体01.Sgr

     朝起きると、私は知らない場所に監禁されていた。
     見覚えのない色の壁。煙のような香り。私の動きに合わせて軋む、ボロボロだが何故か寝心地は良いベッド。その隣に並べるように置かれているまたもやボロボロの机。
     私は恐怖した。それは、幼い頃から読んでいた本で、こういう、薄暗く、怪しい場所に連れられた存在は必ず怖い目に遭うと知っているからだった。

    「目を覚ましたかな?よかった…」
     私へそう問いかけるのは、突如その場に現れた、黒い外套に身を包む、恐らく、男と思わしき存在だった。黒ずくめの、恐らく彼は、食器の並んだトレーを手に持ち、私の隣へ腰掛けた。彼の動きに合わせ、大きく沈み、大きく軋むベッド。

    「ここはどこですか」
     やっとの思いで絞り出した私の声は、男が机にトレーを置く音でかき消された。
    「ここは、私の家だよ」
     よかった。私の声は彼に届いていたようだ。彼は私の言葉に、嬉しそうに、どこか悔しそうにそう答えた。
    「良い、家ですね」
     私がそう言うと、彼は「お世辞はやめてくれ」と笑いながら、スプーンで、食器の中にある、恐らくスープをかき混ぜた。

    「…それ」
    「安心して、信用できないかもしれないけど、毒は入ってないから」
     彼の、低くも、暖かい声が胸の奥に染みる。
     彼の声は耳馴染みがよくて、どこか懐かしい声だな、と思った。
     だけど、依然として私の中にある猜疑心が消えることはなく、スプーンに掬われた黄金色のスープを拒絶してしまった。
     彼は一度頷き、私の目の前で黄金色のスープを口に含んだ。その姿をぼーっと見ていると、彼が私の手を掴み、自らの喉を触らせてきた。暖かく、力強く優しく、そして何故か少し震えている手だな、と呑気に思った。
     私よりも大きくて、骨張った男の人の手。その逞しい手が触れさせる固い喉仏、厚い皮膚。手と首の感触で彼が男性であるということに確信を持った次の瞬間、喉仏が大きく上下し、彼がスープをしっかりと嚥下したことを理解した。
     毒はない。しっかりと分かった。だけど、不安なのは不安だった。
    「強く掴んでごめんね」
     そう私に謝りながら、ゆっくりと私の手から自らの手を離す彼。首を横に振り、平気であることを伝えると、彼は嬉しそうに微笑んだ。
     昔絵本で読んだ王子様みたいだ。私はそう思った。能天気に、そう思った。

    「…飲む?」
     彼の問いかけに、私は頷いた。
     彼から手渡されたスプーンで、黄金色の暖かいスープを掬い口へ運ぶ。
     スープの芳醇な香りで、私が幼かった頃、冬の寒い日に、お母様が「今日は特別だよ」と言って、私に作ってくれたスープを思い出した。
     その後、お母様は二度とスープを作ってくれなくなった事も思い出した。
     喉が悪くなるからと、作ってくれなくなった事も思い出した。

     暖かい味。人の温もりを感じる味。胸の奥が熱くなった。それと同時に悲しくもなった。
    「美味しい?」
     そう問いかけてくる彼に「美味しい」と答えると、彼は嬉しそうに微笑んでくれた。

    「…久しぶりです」
    「うん?」
    「久しぶりに、味のあるものを、食べました」
    02.Cap


     黒ずくめの彼に誘拐されて、彼曰く、一週間が経った。一週間も経つと、人間は、自分のいる場所がいくら暗く恐ろしい場所でも慣れてしまうもので、最初は恐ろしく思っていた彼とも、日常的な会話をしたり、彼の好きな食べ物や私の好きな食べ物を話し合えるような関係に進展した。
     しかし一週間もこの場所に軟禁されては気が滅入るのも当然で、自らの匂いや汗に嫌悪するのも当然のことだった。

    「あの、私、お風呂に、入りたいんですけど」
     私の隣で、どこから持ってきたのかは分からないけれど、箪笥の奥に大切に保管していた私の装飾品を磨いている彼にそう頼むと、彼はか細い息を漏らした。
    「あー……お風呂…か……んー…」
     小さく唸ってから両手の手袋を外し、自らの首を右手の人差し指でぽりぽりと掻く彼。
     彼は、しばらく悩んでから、彼がずっと磨いていた、羽を象った銀色のブローチを私の胸につけた。

    「濡れた布巾で汗を拭くのは、入浴と言えるかな?」
     困ったようにそう言う彼。
     彼はどうしてもこの部屋から私を出したくないようだ。
    「私の事も、このブローチみたいに磨きたいの?」
     そう言ってみると、彼は首を大きく横に振ってから「分かったよ、君の好きにしてくれ」と言いながら大慌てで部屋から出ていった。
     彼に出ていかれては、私は、これから、どうすればいい?

    03.Aqr


     炭の弾ける音。遠くから私の様子を伺う彼の声。薬っぽいお湯の香り。
     汗を流したいだけだと言ったのに、彼は私のためだけに大がかりなお風呂を準備してくれた。

     私が一週間居た場所は彼の家の地下室だった。彼は、広く寂しい、町外れの山奥に建てられた屋敷にたった一人で住んでいたのだった。
     子供の頃、お父様から「あの屋敷には怖いお化けが住んでいる」と教えられていた屋敷に、彼は一人で住んでいたのだ。
     私が彼の側にいたのは、たった一週間だった。私は、ほんの一部で彼の全てを知った気になっていたのだ。
     彼が聞かせてくれるお話は、いつも、とても面白かった。薄い緑色のお湯を撫でながらそう思う。

     これが私の初恋なのかもしれない。私は一瞬そう思い、浅いお湯に頭まで沈むことで、自らの奇怪な考えを否定した。
     こんなんじゃ、私の、先生みたいだ。
     彼と違い細い手足、細い腰。先生の理想が詰まった私の身体。
     高い声。シルクのようだと言われた私の歌声。身が穢れるとその声が消えて無くなると言われ続けていた。
     無くしたいと、ずっと思っていた。
     先生が、今の私を見たらどう思うかな。穢れたと、思うのかな。思って、くれるのかな。
     そういえば台本の読み合わせがまだだったな。それだけが、唯一の、心残りかもしれないな。

    04.Psc

     彼が私を隠す場所が、地下室から、彼の住む屋敷全ての部屋へと変わった。
     彼の話によると、今の私と昔の彼が似ているらしく「昔の私も君みたいに幼かった」と困ったように笑う彼の目尻が、どこか私のお父様に似ているな、と思った。
     お父様と違って、彼は私を叱らないけれど。
     
     彼が用意してくれる食事はどれも美味しく、昔は大嫌いだった食事の時間が、彼のおかげで、彼との会話の次に私にとってのお気に入りの時間になった。

    「あの家に居る時は、ご飯をあまり食べなかったの?」
     彼のご飯に大喜びしている私を見て、彼がそう尋ねた。私は答えようとしたが、喉が遣えて声が出なかった。
    「そっか、変なことを聞いてごめんね」
     彼の言葉に首を横に振ると、彼はゆっくりと数回頷いてから、自分の分のご飯を口に運んだ。

     ふと気になった。彼はどうして私をここに連れてきたのか。
    「どうして私はここにいるの」
     彼にそう尋ねると、彼はグッと黙り込み、先程の私と同じように何も答えなかった。
    「……変なことを聞いてごめんなさい」
     先程の彼のようにそう言うと、彼は困ったように笑い、席から立ち上がった。

    「置いていかないで」
     私の言葉に彼は肩を震わせて笑った。
    「安心して、私は君を置いていったりしないよ、少しお手洗いに行くだけだから、ついてこないでね」
     彼の大きな手が私の髪を撫でた。
    「今度髪を切ろうか、その髪は、今の君には似合わない」
     私は彼が話し終わるより先に頷いた。
    「貴方くらい、短く、切りたい」
     彼は嬉しそうに頷いてくれた。
    「きっと似合うよ」

    05.Ari

     髪を彼と同じ長さに切った。
     彼は私の項を撫で「似合うよ」と微笑んでくれる。彼の手の温度に安心し目を閉じると、彼は声を上げて笑い、まるで幼い子供相手にするかのように私を可愛がった。

     彼が私を誘拐した理由も、彼が私をまるで一国の姫のように扱う理由も分からないけれど、私が彼に懸想している理由も同じく分からないのだから、それはそれでいいかと諦めていた。
     彼の事を知ろうとするのはやめよう。知ろうとして、彼を傷付けたくないし、彼に傷付けられたくもない。

     もし婚約者でも居ようものなら、私が、彼に、何をしてしまうのか、分からないから。

     風が吹くと靡いていた髪が、今では頭を振っても頬に当たらないくらいの短さになった。
     私のこの想いも、私があの家で過ごしていた過去も、長い髪と一緒に切り落とされてくれていれば、なんて考えていると、彼が悩んでいる私に気付いたのか、また、私の頭を幼子のように撫でた。

    「悩まないで、綺麗な顔が台無しだよ」
     その言葉に、胸が、痛んだ。
    「台無しに、したいんだよ、私」
     私の言葉に、彼は頷いた。
    「うん」
     優しく微笑む彼。気付いたら、私は彼の腕の中に飛び込んでいた。
    「貴方といたい」
     彼は、私の髪を、今度は、愛おしい恋人を慰めるかのように撫でた。
    「うん」

     彼の早い鼓動。埃の匂い。彼の体温。私の甘い匂い。彼と同じ、石鹸の香り。

    「貴方の事を知りたい」
     彼は、私の言葉に、一瞬、髪を撫でる手を止めたが、少しだけ深呼吸してから、また私の髪を撫で、こう答えた。

    「いいよ、私の全てを、君に教えるね」
     顔を上げる。彼は優しく微笑んでから、そっと、私の額へ口付けをした。
    「…なんで、口にはしてくれないの?」
     私がそう言うと、彼は照れ臭そうに笑ってから、私の頬を、筋張った大きな掌で包み込んだ。
     唇に触れる初めての感触、そして、初めての味。

    「…大好きだよ、私の、私だけの…愛おしい…」
     彼は、私の名前を呼びかけてやめた。
    「貴方が名前をつけて」
     私の言葉に、彼は少し悩んでから、こう答えた。こう、答えてくれた。

    「メタファーのメタ…君の全ては、直接は表せないから」
    「じゃあ、貴方の名前は…」
    「うん」
    「…ネイ」
    「どうして?」
    「…よく、一人で、唸ってるから」
    「唸……うん、そうだね…」

     彼がつけてくれた、私の新しい名前。ネイ。
     しばらく頭の中で自分の名前を繰り返し、照れ臭そうに眉間に皺を寄せている彼を見つめていると、優しく微笑んでから、私から顔を逸らした。

    「照れたの?ネイ」
    「だっ、て、き、君が」
    「うん」

     彼の太ももに座ると、顔を真っ赤にして照れる彼。
     今思えば、一月ほど一緒に居て、彼とこんなに密着したのはこれが初めてかもしれない。
     さっきの彼にお礼をするように、彼の髪を撫で、私からも口付けをすると、彼はか細い声で「やめて」と呟いてから、私の胸の辺りを押して、どうにか離そうと足掻いた。

    「嫌がらないで」
     私の言葉に、彼は足掻くのをやめ、恐る恐る、私の背に手を回してくれた。
     彼の早い鼓動。どんどん上がっていく彼の体温。そして、彼の身体の分厚さ。彼がすがり付くように掴む、彼が私にくれたお下がりの黒いお洋服。
     彼から少しだけ顔を離し、不思議そうに目を丸くする彼を見て、気分が今までに無いくらい昂っている自分に気付いた。

     その夜、私は生まれて初めて自慰行為に耽った。
    06.Tau
     可愛い寝息。ふわふわの髪。小さな唇。すらりと高い鼻。綺麗な爪。
     毛布同士が擦れる音。私の足音。
     私は、これ以上無い程高揚していた。
     髪を撫でると幸せそうに微笑んでいる。
     このまま、この手で君を壊してしまおうか。
     このまま、多分、世界中で私しか知らないことを、教えてしまおうか。
     汚い願望全てを君に押し付けてしまおうか。

     生まれて初めての夜這い。そして自慰。全ての初めてを共有して生きていかないか。
     この、私達二人だけの狭い世界で、永遠に生きていかないか。

     額に口付けをすると、可愛らしく唸ってから寝返りを打った。
     かわいい。かわいい。

    「かわいい」
     ほんとうにかわいい。
     かわいいね。本当にかわいい。
     だいすき、だいすきだよ。

     側に立つ。
     音を立てないように。
     大きく吸い込む。
    「かわいい」
     長い睫毛。
     かわいいね。
     すてきだね。
     世界で一番。
    「かわいい」
     愛してる。
     筋張った指が這う。
     なんだ、そっくりだね。
    「かわいい」
     愛してる。
    「かわいい」
     愛してるよ。
     本当に愛してる。
    「かわいい」
     好き。好き。好き。大好き。
    「かわいい」
     だいすき。だいすきだよ。
    「かわいい」
     あいしてる あい、あ いしてる 。
    「かわいい」
     すき。
    「かわいい」
    「かわいい」
    「かわいい」
    「かわいい」

    07.Gem

     朝、珍しく寝坊した私を起こした彼。
    「今日の夜、君に私の全てを話すよ」
     私は頷き、夜まで、好きな曲を踊ったり、歌ったり、日光浴をしたり、紅茶を飲んだり、少しの運動をして過ごした。

     晩御飯を食べ終わり、紅茶を飲んでいると、彼が恐る恐る、自らの境遇を話してくれた。

     彼は、とある劇団の団長の子供だった。
     その、彼が産まれた劇団にはとある伝説があった。その伝説とは、三十年に一度、才能を持った子供が現れ、その子は劇団の伝説になり、その子を表す物語が後世にまで語り継がれていく、という伝説だ。
     彼は、その子供だと思われた。しかし、彼には、演技の才能が微塵も無かった。彼にあったのは踊りの才能だけ。
     しかし、その踊りは、彼の劇団には似合わなかった。
     舞踊をいくら学んでも、どんな人に教わっても、劇団に似合う繊細な踊りにはほど遠く、振りは大振りで、重心を生かした踊り方で、劇団に似合う布のような振りではなく、まるで鈍器を振り下ろしているかのような踊り方だったらしい。
     両親は彼の踊り方に困惑した。そして、彼を舞台に立たせるのはやめよう。彼は伝説の子供ではない、と諦め、彼には裏方として働いて貰うことにした。
     彼はそれがとても悔しかったらしく、いつも大道具の影に隠れて泣いていたと照れ臭そうに話してくれた。

     そんな時、天才と呼ばれる先生が現れた。
     その先生はどんな人でも演技の天才に出来るという噂があった。
     彼は、その先生から踊りを教わった。
     すると、彼の振り付けは少しずつ劇団に似合うように変化していった。
     それと同時に彼の体型も変化していった。
     彼は、少しずつ、少しずつ、自分の個性が殺されていくのを感じたらしい。

    「…それ」
     私もそうだった。

     私も、自分についての事を話し始めた。
     彼は紅茶を一口飲み、優しく数回頷いてくれた。

     彼が居た劇団は、私が居た劇団だった。
     演技を学んでいた私の親は、私こそが伝説になる子供だと思ったらしい。
     その証拠に、私には、演技と歌の才能があった。いくら成長しても、幼いまま、少女のままで変わらない姿。人形みたいだと言われた私の体格。
     私は皆から期待をされていた。
     私こそが伝説になるのだと、皆からの期待を一身に受けていた。

     身体には骨格を矯正するためのコルセットが巻かれた。
     食事は週に一度。
     背が伸びないように寝る場所は狭い箱の中で、先生は私の身体を見ては「綺麗だ」と褒めた。
     先生の指示通り、私は幼い頃からそうやって育てられてきた。

    「そんな君を見ていられなかった」
     この屋敷は彼のお祖父様が彼に残したものらしい。
     お祖父は彼を可愛がってくれていて、演技が出来なくても、踊りが合わなかったとしても、彼には彼らしく生きて欲しいと願ってくれていたらしい。
     もし、何かの事情で自分らしく生きれないのだとしたら、ここにはなんでもあるから、自分一人で、自分らしく、世界から離れて生きたっていい、と、彼にだけここを教えてくれた、と言っていた。
     怖い屋敷だという噂を流したのも彼のお祖父様で、彼はお祖父様の優しさに触れ、同じように苦しんでいる子供達を救おうとしていたらしい。

     気付いたら、私は彼を抱き締めていた。
    「貴方のお祖父様にお礼を言いたい」
     私がそう言うと、彼は悔しそうに頷いた。
    「私も会って欲しかった」
     彼が私を大切にしてくれる理由が分かった。彼のお祖父様のお陰だった。
     ありがたかった。
     私の腕の中で鼻を啜る彼を見ていると、自分が、彼を愛しているという事に確信を持っていった。

     その日の夜、私達は同じ部屋で、同じベッドで寝た。
     お祖父様を想ってか、ぐっと目を瞑り、泣きそうな顔で下唇をぐっと噛み締めている彼。
     彼の髪を撫で、恐る恐る口付けをすると、彼は瞼を開け、わんわんと泣きながら、まるで幼子のように私を抱き締めた。

     しばらくそうしてから、少し落ち着いた彼と「もうすぐ寝ようか」と会話していた時、彼が私の顔をじっと見つめこう尋ねた。
    「…したい?」
     恐る恐るそう言う彼。
     私は頷き、彼のお下がりの服を脱いだ。
    「しかた、分からない」
     彼は私のお腹を撫でながらそう言った。
    「私が、教えてあげる」
    「どうして、知ってるの?」
    「先生が教えてくれた」
     目を見開く彼、そのまま、私を強く抱き締め、私の言葉の通り動き始めた。

     彼の声は、私が思っていたよりも高くて、まるで子犬みたいで可愛かった。
     髪を撫でると安心するのか泣くのをやめるのが可愛かった。
     後から知ったけど、彼は私よりも四歳年下だった。

    「犯罪に、ならないよ」
    「誘拐犯がよく言う」
     私の言葉に、声を上げて笑う彼。
    「明日も、一緒に寝てくれる?」
     彼の言葉に、私は頷いた。
     頷き、額に口付けをする。

    「…なんで、口にはしてくれないの」
    「好きなところにしてあげるよ、貴方が頼んでくれたら」
    「口にキスして」
    「うん」
    「名前呼んで」
    「ネイ」
    「メタ」
    「明日は、珈琲を飲もう、飲んで、二人で、色んな事話そう」
    「うん」
    「ケーキも食べよう、作り方、勉強して」
    「食べる」
    「食べよっか」
    「うん」
    「歌も歌って、いっぱい踊ろう」
    「うん」
    「きっと、おじいちゃん、見ててくれるよ」
    「褒めてくれるかな」
    「きっと褒めてくれるよ」
     次の日、大勢の捜索隊が現れ、私達の世界を土足で踏み荒らした。

    08.Cnc

     鈍器で扉を破壊する音で目が覚めた。怯えているネイを背で隠し、恐る恐る寝室から顔を出す。
     私を見つけた人間達は、大急ぎで私の手を引き、ネイと私を引き裂いた。
     私を抱きしめる先生。
     先生はネイを見て怪訝な顔をし、私の手を引いて立ち去ろうとした。

    「やだ、ネイ、ネイ!!」
     私が名前を呼ぶと、ネイは悔しそうに俯いた。
     連行されていくネイ。

     嫌だ、嫌だ、嫌だ。

    「          」

     気付いたら私は大声で叫んでいた。
     言葉にならない声で、必死に、ネイに届くように。
     先生は私の口を塞ごうとした。だから私は先生の指に嚙みついた。
     ネイは、私の声を聞き、顔を上げた。
    「その声のどこがシルクだよ」
     ネイが嬉しそうにそう呟いたのが見えた。
    「ネイ…」
     まだ、愛してるって、言えてないのに。
     ネイ。

    「会いたかった」
     背後から聞こえた、好青年の声。
    「…私は、会いたくない」
    「悲しい事言わないでよ、一応…僕達婚約者なんだから」

    09.Leo

     許嫁の彼と、一月ぶりに私の家へ帰り、先生に、いつも通り骨格を矯正するためのきついコルセットを巻かれていると、衣装室へ入る長身の男に気付いた。

    「クレマチス、久しぶり、お父様はお元気?」
     彼は私へ声をかけ、先生に退席するよう命じた。
     先生はそれを受け入れ、私の背を撫でてから部屋から出ていった。
    「変わらず元気ですよ」
     私がそう言うと、彼は微笑み、先生が巻いていたコルセットを緩め始めた。

    「君にこれはキツすぎる」
    「私もそう思う」
     私の言葉に肩を震わせて笑う、許嫁の彼のお兄さん。
     許嫁よりも暖かくて優しい人。でも目の奥は笑っていなくて、少し、怖い印象の彼。
     長い睫毛のせいか、整いすぎた顔のせいかは分からないけれど、とても冷たい印象を与える人だった。

    「誘拐されていたと聞いたよ、心配だったな」
     感情の籠っていない声。私は頷いた。
     すると、彼は、何を思ったかコルセットを外し、私には大きすぎるコートを羽織らせた。

    「クレマチス、とても楽しい一時を過ごしたようで安心したよ」
     そう言いながら私の肩を撫でる彼。
     ぞわりと鳥肌が立つ。
     彼の言葉の真意が掴めず、彼が次に言うであろう言葉を待っていると、彼が何を思ったか、何故か、私を強く抱き締めた。

    「クレマチス、君には幸せになって欲しい」
    「……」
    「こんなコルセット巻かないでほしい。君が幸せで君らしく生きていられるのなら…俺が協力するから、君はあの屋敷にずっと住んで、大道具の彼と幸せになったって良いんだよ?でも、そうしたら、俺の弟はどうなる」
    「……うん」
    「俺の宝物なんだ。宝石みたいに大切で、何よりも、可愛くて、綺麗で、愛しているんだ。家族として」
    「…分かってます」
    「君は今まで沢山苦労した…だから、これから先の事は君の好きにすれば良い、でも、君の許嫁で、政略結婚させられそうになっている、君にとってのトラウマが、俺の大切な弟だということを忘れないでほしい」
     彼はそう言い、表で待っている先生に「コルセットを締めようとしたけど失敗して裂いてしまった」と嘘をつき、しばらくの間コルセット無しで生活できるようにしてくれた。

    10.Vir
     彼のお陰で、ほぼ、一月ぶりに外に出れるようになった。
     ネイと過ごした日々と同じ時間。でも、側にネイが居るか居ないかでこんなに印象が変わるのか、と。

     昔から趣味で書いていた日記。
     ネイと会ってからは書く気分になれなくて、ただただ、一月の間、過去の私が書いた叫びのような文を読んでいた。

    『王子様になりたい』
     そう書いてから、塗り潰しているページを見つけた。確かこれは私が10歳の時に書いた日記だ。
    『王子様役をやりたい』
     そう書いて、また塗り潰している。
    『男役をやりたい』
     またそう書いて、塗り潰している。
     今思い出した。塗り潰したんじゃなくて、先生に塗り潰されたんだった。

    「…ネイ」
     愛しの人の名を呼んでから、男役をやりたいと書いたページの隅へこう綴った。
    『今もそう思ってる』

     書いた途端、窓に何か石のような物が当たる音がした。
     不思議に思い、カーテンを開け外を見てみると、見覚えのある後ろ姿の人を見つけた。

    「ネイ!!!」

     何も考えられなかった。
     もうすぐ日暮れ。
     明日は稽古があるから家で大人しくしていろ、と先生に言われたことなんて忘れて、大声をあげてネイを追った。

     私の声に気付き、こちらを見て一瞬泣きそうな顔をしてから背を向けるネイ。
    「顔だけを見て帰るつもりだったのか」
    「窓に石をぶつけて呼ぶなんて古典的だな」
     なんて意地悪を言ってやろうか、なんて色々考えながらネイを追った。

     しかし、恐らくお買い物帰りのお母様の細い右腕が私の腕を掴んだ。昔は振り払えなかったこの手。私よりも、細いその腕。
     昔はしっかり掴まれていたこの腕。今は、お母様の指が少し浮いていることに気付いた。
     お母様もそれに気付いたのか、目を見開いて泣きそうな声をあげた。
    「クレマチス…」
     胃の底から痛い何かが沸き上がってくるような感覚。
    「ごめんなさい、お母様」

    11.Lib

     ネイと引き離されたあの日。家に帰ると、怖い顔をしたお父様とお母様二人に呼び出された。
    「あの男とどういう関係なんだ」
     恐ろしいお父様の顔。私は拳を固く結び、意を決して、こう発言した。
    「愛し合っています。お父様と、お母様のように」
     顔を見合わせるお父様とお母様。
    「許嫁が、いるのに?」
     不安そうにそう呟くお母様。
    「彼は私を愛していない、彼の家が私の家を愛しているだけ」
     私の言葉を聞き、お母様の代わりに、彼女の背を撫でながらお父様がこう答えた。

    「それが許嫁というものだ、お前も彼の家が好きだろう」
    「嫌いです。昔から私を少女として扱うあの家は大嫌いなんです。何をしても好きになれません」
    「お前を少女として扱わなければ、好きになれるか」
    「嫌いです」

     背筋が伸びるのを感じた。
     喉の奥が力み、深呼吸ができない自分に気付いた。

    「お前はもう大人なんだ、自由になりたいだとか、抑圧されたくないという言葉がどれだけ無責任なのか」
    「自由を願うだけで責任が必要になるんですか。お父様お母様。これは反抗なんかじゃありません」
     泣きそうな顔をするお父様とお母様。
    「私は自由を切望しているだけです。ただ彼の側にいたい。私らしく生きていきたい。ただそれだけなんです。それだけを切望しているんです」
     産まれて初めて、お父様とお母様に逆らった。
    「お母様、貴方が心の底から『欲しい』と切望しているのは好きな男のペニスだけ。私の幸せなんて望んでいない」
     震える手、頬を流れる熱い涙。
    「自由になりたいと言っておきながら行動もしなかった貴方と私は違う」
     お母様の頬にも涙が伝った。
    「三人目のお父様、四人目のお母様、貴方に私は曲げられない」
     立ち上がる。彼らは私を追わなかった。
    「一人目のお母様に産んでくれてありがとうと、お父様にはお母様に苦しみを与えた事を憎んでいると伝えてください」
     頷くお父様。
    「二人目のお母様には、育ててくれてありがとうと、お父様には女遊びを繰り返したことを悔いろと伝えてください」
     涙を流しながら、微笑むお母様。
    「三人目のお母様には、どうか、幸せでいてくれ、と、伝えてください」
     震える声。お母様は立ち上がって私を抱き締めてくれた。
    「今の、お母様、お父様、貴方二人には、これを、伝えさせてください」
     お母様と同じように私を抱き締めてくれるお父様。
     私の背を撫で、相槌をうってくれるお母様。

    「私が、生半可な、気持ちで、貴方達を、裏切らないよう、色々、考えさせてくれてありがとう」
    「……ああ、僕の愛しの子、どうか健やかで」
    「向こうについたら手紙を書いてね」

    12.Sco

     お母様の細い腕、私と同じように育てられたお母様の腕が、私から離れる。
     私より年下なのに親代わりをさせられていたお母様。
     細かい石を握りしめているお母様の左手。
     石をぶつけて私を呼んでくれたのはお母様だった。
     お母様。お母様。

     ネイを追うと、私を見て馬鹿にするように微笑んでいる許嫁の彼も見えた。
     お母様と逢い引きでもしていたのかな、なんて思いながら彼と話した事を思い出す。
     彼は確か昔こう言っていた。

    「苦労している君に言えることじゃないけど」
    「うん」
    「私も、君のように育てられたかった」
    「どうして?」
    「摘まれたかったんだ、花として」
    「そうなんだ」
    「僕だけの花、私だけの花、クレマチス」
    「その愛称、大嫌い」
    「じゃあ何て呼べば良い?」
    「私の本名。ラムダ・ピスキウム」
    「分かったよ、可愛いラムダ」
    「もし、貴方が歌い手になったら」
    「うん」
    「最前列で、貴方の事を見させてね」
    「勿論、一応許嫁なんだから、それくらい簡単だよ」

    13.Y染色体


     彼の腕を掴んだ。
     黒ずくめの彼は、振り返り、私を強く抱き締めた。抱き締めてくれた。
     確かに、貴方の言う通り、貴方は演技が下手だね。
     彼の良い香りを胸いっぱいに吸い込むと、監禁されていた頃。彼が、私を、箪笥の中のブローチのようにしまいこんでいた頃を思い出す。
     彼に夜這いした夜を、思い出す。

     あのブローチのように、私は、ずっと彼に磨かれたかったのだ。
     あのブローチのように、私は、ずっと彼を磨きたかったのだ。

    「二人で一緒に帰ろう」
     そう言いながら彼の手を掴み、彼に、自らの喉仏を触らせた。
    正ちゃん Link Message Mute
    2024/01/21 20:00:00

    VIVA

    宝石より私達の汗が輝く
    #オリジナル #創作 #オリキャラ #VaD

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