イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    avid01.Four Clown02.CHAIN03.NO PAIN NO GAIN????04.♡♡24/7♡♡05.Interlude06.NO PAIN NO GAIN!!!!07.Born to strain08.WE JUST WANT YOU MAKE IT CLAP!!!!09.SLAYYYY10.SKIT:Dear Lupus.11.Pain isn't the main domain12.Gaining Renown13.Z染色体01.Four Clown

     少女は天才と呼ばれていた。
     歌も上手く、躍りも上手く、何をさせても期待以上の成果を挙げる彼女を、皆は天才と呼んだ。
     彼女は、所属している劇団と交流の深い家のご子息と来年の春結婚する。
     彼女は、誰が見ても順風満帆な人生を送っていた。それは、彼女の人柄のお陰でもあったのだ。
     優しく謙虚で、誰に対しても対等に接し、高いドレスが汚れる事など気にもせず、膝をついて子犬を撫でるような子だった。
     許嫁も、許嫁の兄も、皆が皆、彼女の事が好きだった。
     謙虚で、しなやかで、繊細で、華奢で、女の子らしい彼女を、誰もが愛していた。

     そんなある日、彼女にさらに嬉しい知らせが届いた。
     それは、彼女が所属している劇団の次の演目で、彼女が主役を務めるという知らせだった。
     彼女は喜び、許嫁の彼と二人で喜びを分かち合った。

     彼女が演じるのは悲劇のヒロインだった。思いが報われず、最後には息絶えるという悲しい悲しい悲恋の物語だった。
     最初の稽古で彼女に訪れた試練は、失恋の痛みを言葉や歌ではなく体で表すことだった。彼女は自分の許嫁が自分から離れることを考えたが、涙一つも出なかった。
     彼女は考えた。彼女以上に劇団の人間も考えた。
     しかし、何十回、何百回もの稽古を繰り返したおかげか、彼女は生を感じさせないような、死を望んでいるかのような表情を作り上げることに成功したのだ。

     最初の御披露目日。彼女の家族や許嫁の家族も集まり、劇団史上一番の盛り上がりを見せる。
     沢山の人間が集まり、彼女の歌声を、彼女の表現を、彼女の悲恋を期待していた。
     少女が舞台に上がった。客の期待が集まる。
     少女が息を吸い込んだ。客も同じように息を吸い込んだ。
     少女が客席を見つめた。客は息を呑んだ。

    「     」

     少女の歌声は、まるで、悪魔の叫び声のようであった。

    02.CHAIN

     少女は泣いた。自らの喉から得体の知れない者の声がしたからだ。
     劇団の人間に囲まれ、先程の歌声について何度も問われ、少女はまた泣いた。
     許嫁は、それを静かに、何かを言わせないように、何かを確かめているかのように見守っていた。
     少女はそんな許嫁を見、一度だけ軽く頷いてから、大人達を掻き分け自室に閉じ籠った。

     少女が手首を布で擦る音が聞こえた。それは少女が劇場に入った頃からの癖だった。
     少女は布で体を擦ると安心するらしい。
     手首を擦る音が強くなり、それがいつからか彼女の笑い声に変化した。
     甲高く、そして奇妙で、劇場の人間全員に聞こえる程大きな声。

     許嫁は息を呑み、部屋の扉を叩こうとしてやめた。
     それをずっと見ていた存在。少女の許嫁の兄である僕は、劇場の人間達を見た。
     彼らは皆、怯えているような、何かに納得したような顔をしていた。

     その中の一人。大柄の男がこう言った。
    「悪魔に乗っ取られた」
     それを聞いた許嫁は少女のいる部屋の扉を叩いた。
    「話したいことがあるんだ、出てきてくれないか」
     しかし何も反応は無く、困惑する人間達と、とてつもなく不安そうな弟。
     弟のそんな姿を見てられず、僕が扉を蹴破ると、そこに少女の姿は無かった。
     窓の無い部屋で、扉も一つしかない部屋から、人間が消えたのだ。

    「悪魔に乗っ取られた」
     大柄の男が発したあの言葉が、僕達の頭に強く残った。

    03.NO PAIN NO GAIN????

     許嫁の兄。僕は、少女の変化が悪魔によるものだと結論付け、大した捜査を行わない劇場の人間に腹が立ち、一人で捜査を行うことにした。

     血がこびりついたハンカチ。
     泥に汚れた少女のドレス。
     弟よりも、僕よりも大きな足を持った人間用の靴。
     それら全てが見つかったのは少女の部屋だった。目の前で人が消えた、少女の部屋だった。

     少し前から人の呻き声が聞こえると噂されている地下室に向かおうとした時、ふと、弟の部屋が気になった。
     健気で、穏やかで、笑顔が下手で、誤解されやすい僕の弟。
     昔からずっと可愛くて、秘密が多い、僕の可愛い可愛い弟の部屋だ。

     心の中で弟に謝りながら部屋に足を踏み入れ、箪笥を開いてみる。
     弟の服やへそくり。
     少女から貰ったであろうアクセサリーの数々。
     昔からそうだ。
     弟は大切なものを箪笥の隅に隠す癖があるんだ。

    「なら、もし僕に対して隠し事をしているのなら箪笥に全てがあるかもしれない」
     そう思った僕が引き続き、箪笥を漁っていると、嫌な予感がした。
     ボロボロの箱。
     持ち上げると中に入った何かが動く音がした。

     背後を確認してから、箱を開いた。
     中には。


    「兄さん?」
     箱を背後に隠した。
    「どうした」
    「何を隠してるの?」
     僕は、箱を弟に差し出した。

    「これは何」
     弟は黙り込んだ。
    「なんでもないよ」
     震えている弟の手。
     箱を僕の手から取り上げる弟。


     ずっと、僕の、可愛くて、穏やかで、昔からずっと隠し事が下手な可愛い僕だけの弟は、少女の変化とは無関係だと思っていた。
     僕が、弟の部屋から使い古した鞭を見つけるまでは。



     使い古した鞭のことを、どこかで聞いたのか、劇団の人間皆が知った。

    「弟がそんなことをするわけがない」
     僕は頑なだった。
    「きっと騙されているんだ」
     頑なだった。
    「僕の弟が暴力なんて振るうわけがない」

     結論はこうだった。
    「親しい人間からの暴力と、主役を演じる事の圧力で悪魔のような声を出した」
    「許嫁のせいで彼女の人格が分裂した」
    「全ては許嫁の暴力のせいだ」

    「そんなわけがない」
     僕は頑なだった。

    04.♡♡24/7♡♡

     僕は変わらず捜査を続けた。

     劇場の全てを見た。
     全てを漁って、全てを捜査したが、大した成果が得られず悩んでいると、ふと、思い出した。

     深夜、唸り声が聞こえると噂の。
     幽霊が出ると噂の地下室を思い出した。
     その地下室に、もし、本当に悪魔がいたら?
     幽霊なんて信じていないくせに、悪魔を信じて地下室に向かった。
     今思うと、馬鹿だったと思う。
     でも、その時の僕は藁にも縋る思いだった。
     弟の無実を証明するため。
     弟を罵る馬鹿を見返すため。


     地下室に足を踏み入れると、目の前に現れる黒ずくめで、背丈がやけに大きい影。
     まさかこいつは、僕の義妹が苦しんでいる元凶の悪魔か?
     そう思った途端、影が僕へ飛びかかった。

     押し倒され、床に押さえつけられる僕。昔から人と喧嘩などした事が無かった僕には、悪魔らしき大柄の影を突き飛ばすことも、こいつの顔を一発ぶん殴ってやることも出来なかった。

     すると、大柄の影は抵抗のしない僕を不思議に思ったのか、手を離し、僕の顔をまじまじと見つめた。


    「…」
    「…!」
     直感でこう思った。こいつに勝てるかもしれないと。
     こいつを突き飛ばし、さっきのように押し倒してから首元を押さえつけると、大柄の影は驚いたようだった。

     それから、しばらくそうやってお互いをひっくり返したりして遊んだ。
     呑気に思えるだろうが、こうやって誰かと転げ回るなんて、僕の人生で初めての事で、ついつい熱中して影と遊んでしまった。
     しかしそれは影も同じだったようで、殴れない僕を、殴れない自分を笑いながら何度も転げ回っていた。

    「あ、貴方、なんなんですか」
     息を切らし、床に寝転ぶ影にそう言う僕。
     よく見ると影は端正な顔つきで、どこかで見たこあるような顔で、背丈に似合わず童顔だ、なんて思っていると、その影が突然、僕の名を呼んだ。

    「貴方は、私が思っていたよりも不思議な人だ。ベク・ルックスさん」
     それを聞いた僕はひっくり返った。これは比喩。
    「ベク・ルックス…その名の通り、お美しい方だ」
     僕はまたひっくり返った。これは比喩ではない。

     影はクスクスと笑ってから、こう続けた。
    「自己紹介をしましょう。私は、悪魔です」
     僕はまたひっくり返った。
     悪魔と名乗った影は僕の肩を抱き受け止めた。

    「あ、悪魔……?」
     僕の言葉に、悪魔は頷いた。
    「……と、言えと、言われました」
    「…誰に…?」
    「イプシオン・ルピー、あなたの、義妹です」

    05.Interlude

     埃っぽい地下室。僕と悪魔は見つめあった。
    「あの、大男」
     僕の言葉に、悪魔は目を見開いた。
    「覚えていたんですか?」

     端正な顔立ちに大きな体格。悪魔のことをどこかで見たと思っていたら、少女が閉じ籠り、けたたましい笑い声をあげた時「悪魔に乗っ取られた」と呟いた大男がそうだった。

    「あれも演じろと僕の義妹に言われたのか?」
     悪魔は頷いた。
    「ええ、貴方が思っているよりイプシオンさん…いや、座長は…強かで恐ろしい人ですよ」
     僕は答える。
    「知ってる」
     悪魔は頷いた。
    「ならいいんです、分かっているなら話が早い」

     悪魔と僕はそのまま、見つめあった。

    「……あの、弟の鞭は?」
    「劇場の小道具です、それを渡したのは劇場の人間。それを貴方に見つけさせるため、クローゼットに隠せと命じたのは座長です」
    「…待て、劇場の、人間?」
    「詳しいことは座長から聞いてください、私達がすべきことは他にある」
    「……そっか」
     悪魔は立ち上がった。
     僕も同じように立ち上がると、ふと悪魔の靴に目がいった。

    「部屋にあった大きい靴は君のものだったんだね」
    「ふふ、そうです、貴方に見つけて貰うために…私が隠しました」
    「そうなんだ」
    「ええ、でも…靴の大きさを知られるって、ちょっと照れ臭いですね」
    「照れ臭いものなの」
    「照れ臭いですよ、だって…」

     悪魔は何かを言いかけてやめた。
     
    「……どうしたの?」
     顔を覗き込むと、悪魔は照れ臭そうに僕にこう尋ねた。

    「あ、あの、貴方、とか、お兄さん、とか、そういう呼び方じゃなくて」
    「?うん」
    「…ベクさんって、呼んでいいですか」
    「……え?あ、い、い、い、いいよ?」

    06.NO PAIN NO GAIN!!!!

    「舌を噛まないように」
     優しく撫でられる顎。
     彼の大好きな指。細くて、長くて、でも、爪を噛む癖のせいで荒れた指先。
     彼の冷たい目。
     私に向けて振り上げられる鞭。

     覚悟した。とてつもなく怖い。
     でも、この痛みが、この感覚が演技や歌に活かせるなら。そう思った。
     そう思って、彼の、顔を見た。
     彼は目を見開いて、私の目をじっと見つめている。
     そして、手に持っていた鞭を投げ捨て、膝から崩れ落ち、踞って泣き叫んだ。
    「ごめんなさい、ほんとうに、ほんとうにごめんなさい」


     体に、胸に、熱い何かが巡るのを感じた。
    「叩かないの?」
     私の問いかけに頷く彼。
    「叩けないよ」
     彼の隣に移動し、彼のきしんだ髪を撫でると、顔を上げ、私の手を優しく握ってくれた。

    「こんなのやりたくない」
     彼は幼子のように震える声でそう言った。
    「どうして、叩こうとしたの」
    「劇場の、人に、お願いされた」
    「……」
    「そうすれば、君が、良い役者になれるからって」
    「……ぜんぶはなして」
    「君は不幸を知らないから、不幸を味わった方が、不幸を…不幸を、悲しい役を、演じられるって」
    「……」
    「本家の脚本家が書いた脚本だ、から、これを演じられたら、支援を、得られるからって」
    「うん」
    「劇場の、未来のため」
    「…うん」
    「僕と、君、の、未来のためって」

     熱が引く。
     体の節が冷えるのを感じた。
     演技で激怒したことは何度もあった。
     自分が回りにどう思われてるか、どう立ち回れば上手く生きれるかを熟知していたから。
     あの怒りは真っ当で、本物で、自分の本心だと思っていた。
     彼の顔を見て、それら全て偽物だったんだとはっきり分かった。
     私は、いつも、何かに対して激怒していたんだとはっきり分かった。

     彼の背を撫でた。
     かたかたと小刻みに震える体。きっとストレスのせいなんだろう。きっと怖かったんだろう。
     すぐに体調を崩すのに。すぐに体に出るのに。
     彼は虫さえ殺せないのに。
     絶対に許さない。
     関わった人間みんなぶち殺してやる。
     皆殺しにしてやる。

    07.Born to strain

    「上手く出来るからといって、それがしたいこととは限らない」

     それが僕の座右の銘だった。
     僕にはどうしても苦手なことがあった。
     弟にはできて、僕には出来ないことが。

    「……」
     少女の部屋の前。僕たち二人の秘密を共有し合う、僕たちだけの秘密の時間。

    「僕は、弟みたいに生きられない」
     少女が大きく息を吸い込む音がした。
    「……自分が嫌いで、自分の、本心を、誰にも言ったことがない」
    「……」
    「誰かに嫌われるのが怖いんだ」

     少女は部屋から出て、踞っている僕にハンカチを手渡してくれた。
     それを受け取って、自分の涙を拭うと、少女は優しく僕の頭を撫でてくれた。

    「…僕を嫌いにならないでほしい」
     少女は頷いた。
     劇団の人間から「喉を守るために喋るな」と言われたのだろう。
     少女の細い腕を掴むと、少女は苦しそうに唾を飲み込み、長袖を捲った。

    「……いたかったね」
     赤く腫れ上がった手首。ぽつぽつと滲む赤色。
     少女は人差し指を立て、僕の口に当てた。

    「わかってる」
     小さな少女の手を僕の手で包み込むと、嬉しそうに、どこか照れ臭そうに頷き、少女の本当の声。低く、ハスキーで、お腹の底に響くような深い声でこう呟いた。

    「ありがとう、お兄さん」

     彼女の手首には、僕たちの揃いの傷が。
     それだけが、僕たちを繋ぐ共通点だった。

    08.WE JUST WANT YOU MAKE IT CLAP!!!!


     爆発した。
     例え話じゃなくて、マジで爆発した。
     少女は手に持った火薬を鍋にぶち込んで火をつけた。
     その結果、爆発した。
     僕はそれを見ていることしか出来ず、何故か一番怯えている少女の手を掴み、その場から逃げ去った。

    「あれを使って、劇場を粉々にしたい」
     少女は怯えておきながらもそんな言葉を口にする。
    「私の自我を踏みにじって蹂躙したあの劇場なんか消えてなくなればいい」
     少女の言葉には一理あった。
     いや一理どころじゃない。その場にいたみんなが少女に同意していた。言うなれば四理あった。面白くないからこの例えはやめよう。
     みんなと言ってもたった三人だけれど、僕達にはそれしかなかったんだ。

     頷く悪魔、僕の弟は許嫁の顔を見つめてから、爆破はやめないかと止め、その言葉を聞いた少女は簡単に爆破案を諦め、一応責任を感じてはいたのか、煤まみれになった僕達の隠れ家を一人で掃除した。

     爆破がダメなら、爆破したように見せかけるのはどうだろうか。
     そう発言したのは僕だった。
     三人は同意し、まるで、舞台設計を考えるように、まるで、演技の打ち合わせをするかのように、僕と弟にとっては初めて、悪魔と少女にとってはいつも通り、床に座り込み、大きな画用紙に好きに書き込んでいった。

     たのしかった。
     悪魔が考える、悪魔の体格に似合わないくらいスケールの小さすぎる作戦に、少女の体格に似合わないくらいスケールの大きすぎる作戦をまとめる、乱雑だと思われていた僕の弟の繊細な言葉。
     そして、色んな人達から頼られ続けていた僕が投げ掛ける沢山の質問。答えてくれる笑顔の三人。

     この場では、僕達四人が、居たい姿で居られた。

    「もし火薬を誤飲したらどうなるんだろ」
    「死にはしないよ」
    「じゃあこれ燃やしたら?」
    「煙を吸わなければ死なないよ」
    「ハニー、なんでそんな不慮の事故で起こりうる死因について詳しいの?」
    「不慮の事故でも良かったからだよ」

    09.SLAYYYY

     作業続きの四人は疲弊していた。

    「…私の真似して吠えてください、わんわん」
    「わんわん」
    「わんわん」
    「わんわん」
    「今はそれやめて、そういうので笑えるテンションじゃない」
    「…………」

     冷静さを失った少女と僕。
     冷静さを失わない悪魔。
     そして何も話さなくなった弟。

    「…これじゃダメだ、一回休憩!!」
     悪魔の言葉に顔を上げる僕達。

    「疲れちゃったから休みましょ」
     纏めていた長い髪をほどく悪魔。
    「綺麗な髪やね…」
     それに見惚れる少女。
     二人を見た僕は少し妙な気持ちになった。

    「ねえ…劇場を粉々にするのは良いんだけど…ただそう見せかけるだけ?それとも…何か演技する?」
     少女は僕のその言葉を聞き、何かを書き込んでいたノートを開いて見せた。

    「…これ、舞台設計と流れ」
     僕達は目を見開いた。
    「……こんな…」
     それはちょっとした台本のようだった。

    「私が立ってたから分かるけど、この場所からだと客席全体を見渡せるの。リアルガチに。だからここは」
    「待って、君はなんでこんなに…」
     僕は言おうとしてやめた。
     少女は続けさせた。
    「言って」

     悩んでから、僕は口を開いた。
    「…なんでこんなに…演出とか…考えたり、する事が出来るのに、やってなかったの?」
     少女は少し悲しそうに微笑み、こう呟く。

    「やらせてもらえなかった」

    「…そうなんだ」
    「それに聞いて?私はね、クラシックも好きだよ?オペラだって大好き!劇場でやる曲全部好き!」
    「うん」
    「でも、私が、本当に、心から好きなものが何か分かる?」
    「……さぁ」
    「ヒップホップ」
    「ヒップホップ…?」
     許嫁は頷いた。

    「クラシックって聞いたからヒップホップのジャンルのクラシックだと思って入団したんだっけ?」
    「なんで?」
    「普通はそう思わないよ」
    「でもさ?そのおかげで私の家族みんな金持ちになれたから良いじゃん」

     黙り込む僕達三人。
     少女はそれに気付き、気まずい空気を壊したかったのか、妙な事を言い始めた。

    「まあだからさせてもらえなかったってのもあるけどさ、てか聞いて、ばかおもろ話」
    「……?」
    「ぶっちゃけると!私ね、お箸が転がるだけでも泣けるの」
    「…え?」
    「泣けと言われたらどんな状況でも泣けるし、叫べと言われたら好きに叫べる。一時間ぶっ通しでずっと叫べって言われても叫べるし、そのあとすぐ歌えって言われても歌える」
     悪魔は頷いた。

    「お兄さん、それはなんでか分かる?」
     首を横に振る僕。少女は誇らしげにこう答えた。
    「見て分かる通り、私が天才だからだよ」

     息をのんだ。少女はこう続ける。
    「…歌を歌うのが好きで、大好きで、何をしてでも歌ってたかった。でも、この体で生まれてきたら、それも厳しい時があった」
    「……」
    「高い声はいくらでも出るのに、低い声はどうしても出なくて、普段の生活でちょっとずつ声を低くしても、どうしても限界があって」
    「……」
    「私の体が、見て分かる通り、女だから」
    「……」
    「産まれってのは、大切なものじゃん」
    「……」
    「…みんななら分かるでしょ。自分がしたいことと、上手く出来ることは全然違うものだって」

     それを聞いた悪魔は少女の手を掴んだ。
    「わかるよ」
     手を伸ばすと同時に捲れる袖。悪魔の手首に、少女と揃いの傷がある事に気付いた。
     それを見た弟も、同じように袖を捲り、手首を見せた。

    「よかった、私達にも共通点あったね」
     少女は嬉しそうに、今まで、僕達三人が一度も見たことのない表情でそう言った。
    「みんなで生きようね」
     少女はそう言い、僕達三人を抱き締めた。
     抱き締めてくれた。

    10.SKIT:Dear Lupus.


    「Make It Clapは歌詞に入れさせて?」
    「ダメに決まってる」
    「なんで!!」
    「意味を調べた子供達の親の気持ちを考えて」
    「先進教育や!!」
    「何が先進教育や何が!!」
    「比喩やろがい!!」
    「比喩を比喩やと分からんアホがおるから言うとんのや!!」
    「なんや!自己紹介か!!」

     喧嘩する少女と許嫁の兄。

    「悪魔ちゃん、衣装はどこまで決めたっけ?」
    「長袖で、この腰辺りのラインが出るやつ」
    「それだと脚長く見えるかな…」
    「見えますよ、5メートルくらい」
    「それは言いすぎだよ…」
    「言いすぎじゃないよ…ねえ、この服は流石に露出しすぎかな…ベクさんは良いって言ってくれたけど…」
    「僕も良いと思うよ?ほら、こういう上着を羽織れば目立たないし」
    「確かにそうだね…あ、これベクさんに似合いそう…」
    「兄さんの話ばっかり」
    「あ……ふふ…」

     雑誌を開きながら仲良く相談する許嫁と悪魔。

    「曲は結局どうするんでしたっけ?」
     顔を上げ、胸倉を掴み合っている二人にそう尋ねる悪魔。
    「あー…それでも揉めてて…ヒップホップってのは決まったけどジャンルをどうしようかって…この人は卑猥なワード歌詞に入れるって聞かないし」
    「ハニーらしいね」
     微笑む許嫁。
    「曲なら作ったから聞いて」
     パソコンを取り出す少女。

    「いつの間に…?」
    「昨日夜なべして作った」
    「だからそんなピリピリしてんのか」
    「それはあんたがいるからや!」
    「いちいち喧嘩しないの」
     仲裁する悪魔の頭を撫で回してから音楽を再生する少女。
    「…あ、これ聞いたことある…」
     少女に乱された髪を整えてから悪魔がそう言った。
    「クラシックの名曲をサンプリングしたからね、こうすることで私達の意思が伝わるかなって」
    「……くそ、いいなそれ…」
    「…あ、お兄さん!歌詞!Kiss My Assは良いんじゃない?」
    「論外」
    「なんで!!!!」

    11.Pain isn't the main domain

    星星闪烁的夜晚
    我牵手了
    上帝之手
    憧憬的人的手
    无论我们是从头上还是脚上摔下来 我们仍然会死
    We were just there
    走马灯
    影子在摇曳
    我也能看到她的脸
    我微笑着,然后想到了一把刀,我隐约看到了剪刀
    她的指尖也飘了
    我的胸轻轻消失 仿佛后悔再见
    爆破音
    沉重的低音在我的脑海中回响
    恐吓
    感觉自己像个怪物
    我想她
    如果我能回去
    我想说“我爱你”
    비린내에 휩싸였다
    썩은 장물 냄새
    장물을 썩인 적은 없지만
    뚝 떨어졌다
    그녀는 내 가슴속
    언제까지나 변하지 않는 그녀는 가슴속에서
    언제까지나 변하지 않는 그녀를 향한 마음도 가슴속에

    “……코우타리?”
    12.Gaining Renown

     煙が立ち込める劇場から抜け出す4つの影。
     4人は煤だらけの服や髪なんて気にせず走った。

    「あかん!火薬の配分間違えた!」
    「あんたはいつもそうだ!!前は爆発させたし!!」
    「うるさい!!!!片付けたんだから文句言うなアホ!!!!」

     走る4つの影。
     私達はこの街から離れ、夜が明けるまで走った。
     足の感覚が無くなるまで走った。
     何かを試すように、思いきり走った。

     4人で朝日が昇るのを見た。
     そして、4人で顔を見合わせた。
     目の前には綺麗な小川があった。

     それを見て、少し黙ってから、私達は顔を見合わせ、叫んだ。
     文字には書き起こせないようなくらい、汚く、そして、そこら中に響き渡るほどの下品な声だった。
     耳が裂ける程、喉が千切れるほど叫んだ。

     私達は遂にやり遂げたのだ。
     そのままの気分で小川に飛び込んだ。
     煤を洗い流すためかどうかは分からない。
     ただただ飛び込みたかった。高いドレスと同時に今までの常識を脱ぎ捨てた私達として。
     また叫んだ。今度は小川の冷たさで。

    「風邪引く!!こんなん絶対風邪引く!!!!」
    「良いじゃん!もうしばらく歌わないんだから!!」
    「何ですかその理論!!あははは!!!」
    「川なんて初めて入ったよ…こんなに心地良いものなんだね」
    「心地良い!?この冷水が!?」
    「僕はマゾヒストなのかもしれない!」
    「鞭が必要なのは私じゃなくてダーリンだったか!!ギャハハハ!!!」
    「笑い声汚」
    「ドン引き」
    「どこが純粋な少女だよ」
    「あの時の同情してた気持ちを返せ」
    「僕はそういうところが好きなんだよ」

     産まれて初めて、自分以外の誰かと一緒になって大騒ぎしたこの瞬間が、私にとっての青春になった。
     私達にとっての青春になった。
    13.Z染色体

     遠くの町。
     川から上がった4人の人間達は好き勝手に騒いでから、落ち着き、近くにあったベンチに腰かけた。

    「疲れた」
     悪魔の言葉を聞き声を出して笑う許嫁の兄。
    「ちょっと遊びすぎたね」
     悪魔の長い髪を撫でる兄。照れ臭そうに俯く悪魔。

     その姿を見ていた女はこう呟く。
    「ねえダーリン」
    「うん?」
    「器量もあって、頭も良くて、優しくて、穏やかで、何だって出来る私が、どうして、あんなに寂れて、貴方の家の援助が無ければ成り立たない弱小劇団に入ったと思う?」
     許嫁の肩へ頭を預ける彼女。
    「あなたがいたから」
    「…ずっと、俺の事、好きでいてくれたの?」
     許嫁の彼は、彼女の髪を撫でた。
    「勿論、貴方が信じてくれている限り」
    「ありがとう、心の底から、君を愛しているよ」
    「…私も、貴方を、心の底から愛してる」
     桃色に染まる少女の頬。長年想い合っていた二人は、そこで、やっと、本当の自分達を分かち合えたような気がした。
     それを見つめる長身の悪魔と許嫁の兄。
     悪魔は兄の横顔を見つめた。視線に気付き優しく悪魔へ微笑みかける兄。
     彼らもまた、今、この瞬間、初めて本当の自分を分かち合っていた。

     その時、少女の足元に子犬が近付いた。
     少女の靴を嗅ぎ、少女の事を見つめる子犬。

    「……」

     少女はその子犬を見つめ、ベンチから立ち上がり、優しく、子犬の小さな頭を撫でた。
    「かわいこちゃん、君はどこからきたの?」
     子犬を優しく見つめる少女、心地良さそうに瞳を閉じる子犬
     土で汚れる膝。そんなのお構い無しに少女は子犬を撫でた。
     少女は、何一つも変化してなどいなかったのだ。

     4人の消息は今も不明だが、少女の話は今この現在でも語り継がれている。
     全ての人間を成長させる、最高の先生として。
    正ちゃん Link Message Mute
    2024/02/18 20:00:00

    avid

    私達自身が宝石。
    #オリジナル #創作 #オリキャラ #一次創作 #VaD

    more...
    Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    OK
    URLの共有
    OK
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品