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    Adamas 8 ぱちりと目を開く。
     ベッドサイドの時計はいつものように朝の五時を示していた。目覚ましがなくとも決まった時間に起きられるのは、オルテンシアの特技の一つだ。
     カーテンを開ければ、十月を迎えた早朝はまだ日の出には早い。空は暗く、星が瞬いている。ヴァリアーの城を囲む森と夜空の区別さえつかないような夜闇が広がっている。
     ――冬に向け、夜が長くなっていく。
     らしくもない感傷を拭うように顔を洗う。歯を磨き、身支度を整え、最後にピアスを着けてから向かう先はトレーニングルーム。
     後方支援とはいえ、ヴァリアーに所属していることに変わりはない。有事に備えて動けるよう、戦いに身体を慣らしておくことがオルテンシアの毎朝の日課だった。
     筋力トレーニングとイメージトレーニングを終え、最後に行うのは射撃訓練。
     朝のひと気のない空間に、ひとり。防音ヘッドセットを装着し、銃を構える。
     的を狙ってトリガーを引き絞り――発砲。ひとりきりの射撃場に銃声はよく響く。
     遠くの的の中心部には穴が空いていた。
     その結果にひとつ、頷く。
     的は自動的に交換されるため、射撃ポジションを変える必要はない。交換された新しい的を狙って、引き金を絞る。狙って、撃って。ワンカートリッジ分その動作を反復し終えた結果は、そのすべてが的の中心を撃ち抜いていた。
     機械音を立てながら交換される的を横目に、今度は腰のホルスターに提げていたもう一丁の銃を取り出す。愛用のそれではないけれど、銃把グリップを握れば、やはり両手に重みがある方がしっくりくる。
     両手で銃を構え、的に狙いを定める、瞬きの間。
     ――二発分の銃声。
     銃弾は二発ともが過たず的中した。


     トレーニングでかいた汗を流し、朝食を摂るころには時計は八時を回っている。そこから仕事中に飲む用のコーヒーを淹れ、抽出し終わった熱々のそれを持って執務室に入れば九時を迎えようとしていた。
     執務室ではすでに副官が自席で待機している。
    「おはよう、オルテンシア」
    「おはよう、エド」
     コーヒーの入った魔法瓶はサイドテーブルに置いて。
     執務机上のPCとモニタはすべて立ち上がりが完了していた。パスワードを打ち込んでロックを解除する。すぐさま画面が切り替わり、三面のモニタにデスクトップ画面が現れる。座り心地のよい執務椅子――これはひそかにお気に入りだった――に座れば、仕事開始の合図だ。
    「夜のうちに動きは」
    「任務が二件、これは報告書待ち。それと情報部から新しい情報が上がって来てるからまとめておいた。共有サーバーの確認をお願い」
    「了解」
     彼女の一日は、こうして始まる。


     *


     午前中にスクアーロとの打ち合わせを終え、昼休憩をはさみ。
     さあ午後も業務に励むとするか、と仕事を始めてしばらくというときだった。

     執務室の扉が勢いよく開け放たれ、ヴァリアーの隊服を着た者が数人雪崩込んでくる。次いで入室してきたのは――スクアーロ。
     ただならぬ様子にオルテンシアもエドも立ち上がりかけるものの。
    「取り押さえろぉ」
     指示を受けた隊員によって即座に拘束されてしまった。武器を手にする暇もなく、これではなすすべがない。
    「これは一体どういうことですか?」
     後ろ手に拘束されたオルテンシアは、どこか張り詰めた雰囲気のスクアーロに、努めて冷静に問う。
     午前中に打ち合わせをしたときはいたって普段通りだった。おかしな素振りもなかったはずだ。それがなぜ急に――? 訝しげなオルテンシアの視線に、スクアーロは険しい声で応える。
    「XANXUSが帰ってきた」
    「XANXUSが……!?」
     オルテンシアは目を見開いた。
     XANXUS。
     ずっと行方知れずのままだったヴァリアーの総隊長。ボス。
     あの圧倒的なカリスマと力を持つ青年が、ついに、帰ってきたというのか。
    「……ボスが帰ってきたのならば、喜ばしいことです。ですが、それでなぜわたしがこのような目に?」
    「貴様をXANXUSに会わせるわけにはいかねぇ」
    「なぜ」
     スクアーロと視線が合う。
     銀色の鋭い眼差し。――それだけで理解できた。
     彼らはまた、やるのだと。八年、待っていた。その間に研がれた刃をオルテンシアは知っている。
    「ボスが帰ってきたなら、挨拶くらいしてもいいでしょう?」
    「……八年前の二の舞なんざ御免だぁ」
     呟かれた言葉はとっさに理解できなかった。
     二の舞、とは。今度こそ作戦を完遂させるという意味だろうか。
    「そいつらは部屋に閉じ込めておけぇ。見張りを怠るなぁ」
    「スクアーロ、」
     なおも追いすがるオルテンシアに、銀髪が揺れる背中は応えてくれない。


     連れて来られたのは自室だった。ボディチェックをされ、外部と連絡ができるものはすべて取り上げられてしまう。室内にも連絡手段がないか改められたが、生憎と自室はもっぱら寝るためのものだったのでこちらは不発に終わった。
    「くれぐれも短慮をなさいませんよう」
     ぱたん、と。声とともに扉が閉じられる。
     扉の向こうには二人分の気配。どうやらしっかりと見張りをつけられたようだ。一人ではなく二人であるあたり、スクアーロは本気でオルテンシアを隔離したいらしい。
     ふぅ、と溜息をつき、ソファに腰かける。
     エドとの連絡手段もないため、お互いに情報交換するすべもない。今度からは不測の事態に備え、自室にもなんらかの通信手段を備えておこう、と頭のメモに書いておく。――果たして彼は無事だろうか。オルテンシアと同様に閉じ込められているだけならいいのだけれども。普段は穏やかだが、ことオルテンシアの危機になると血の気が多くなるため、見張りの隊員と衝突していなければいい。
     そう願ってから、頭を切り替える。
     当面の問題はいまの状況だ。
     スクアーロの言を信じるならば、XANXUSが長い空白を経てヴァリアーに帰ってきたことになる。そしてここからは推測と直感になるが、彼らは再びゆりかごを引き起こそうとしている。あるいは、それ以上のなにかを。八年前は失敗に終わったが、待っていたその間、年若かった彼らは青年と呼べるまでに成長し、それに相応しい力をつけた。クーデターが成功する確率は高くなったと言える。
     けれども、オルテンシアは決めあぐねている。XANXUSの行動に従うか、否かを。守護者の面々を思えば止めることは難しいだろう。それでも、ヴァリアーという組織そのものを考えたとき、やはり自分はXANXUSを止めに入る。
     だからスクアーロはオルテンシアを彼に会わせないことを選んだのだろう。ある意味、その選択は正しいのかもしれない。八年前、オルテンシアはXANXUSを止めようとしてスクアーロに斬られた。会えば、きっと今度も同じことになっていた。
     ふ、とスクアーロの言葉を思い出す。
     八年前の二の舞、とは、これを指すのではないかと。それは直感にも等しい感覚だった。
     ――それを御免だと言ったのであれば。
     スクアーロはオルテンシアを斬るような状況に陥りたくなかった、と解釈できる。
     それが仲間意識からくるのものなのか、それとも別の感情からくるものなのか。オルテンシアには判りかねるけれども。
     少なくとも、スクアーロにはその程度には大事に思われているのだと思うと、こんな状況だというのに胸がほわりと温かくなった。
     それと同時に、思い知る。
     振り返らなかった背中を思い返す。
     自分では彼らを止めることなどできやしないのだと。


     軟禁状態になってから三週間が過ぎた。その間に一度だけスクアーロがやってきて伝えてきたが、後方支援部隊はオルテンシアとエドが隔離されている以外は末端の隊員は通常通り動かしているらしい。ならば本来二人がやるべき仕事が、こうしている間にも溜まっていることになる。そう心配を漏らすと、「とんだワーカホリックだなぁ」と呆れられたが。
     自室から出ることは一歩も叶わなかった。二十四時間、交代で必ず入り口の前に見張りが二人、立っている。
     これはおそらくスクアーロの部隊の隊員だろう。日に三度、持って来る食事を渡される際、スクアーロ雨撃隊の腕章を巻いているのが確認できた。
     軟禁当初は部屋の窓から脱出することも考えたが、仮に逃げ出せたところで城の周囲を巡回している見張りに見つかる確率が高い。そうなった場合、武器を持たないオルテンシアに勝ち目は薄いため、無謀ともいえる賭けに出ることは早々に止めた。無駄死にするつもりも、状況を悪化させるつもりもない。

     無沙汰な時間は読書をして過ごした。
     部屋にある本を読み尽くせば、見張りに頼んで図書室から本を見繕って持ってきてもらった。この程度の融通は利くようだ。本は隊員が選んで持ってくるのだから、それを介してオルテンシアが誰かと連絡を取ることはできないという判断のもとだろう。
     ソファに腰かけ、本を読んでいるときだった。コンコン、とノックの音が響く。食事の時間でもないのに一体なにごとかと訝しむも、本に栞を挟んでからどうぞ、と入室を促す。
    「いよぉ。大人しくしてるようだなぁ」
     訪れたのはスクアーロだった。
     意外な来訪に目を瞬かせる。てっきりXANXUSのもと、粛々と計画を練り、事を進めるために忙しくしているのだとばかり思っていた。その疑問が顔に出ていたのか、ソファまで大股に歩み寄ってきた彼はオルテンシアの傍らに立ち、口を開く。
    「状況が知りたいだろうと思ってなぁ。特別に教えてやる」
    「……まさか教えてもらえるとは驚きですよ」
    「知ったところで貴様にはなにもできやしねぇ」
     まさしくその通りだった。いまのオルテンシアにはなにもできない。
     力ずくでXANXUSを止めることは不可能に等しい。なぜならその前にスクアーロが立ちはだかるからだ。仮に武器を手にしていたとしても、オルテンシアが彼に敵うはずもない。
     無力さに唇を噛む思いだ。
     そんな内心など知らずに、彼は言葉を続ける。
    「オレたちはハーフボンゴレリングを手にした。残りのリングも手に入れるため、これから日本に発つ」
    「ハーフボンゴレリングを……!?」
     ボンゴレリング。それはボンゴレのボスたる証の指輪。
     平時は二つに分割され、ボンゴレ本部と、門外顧問とがそれぞれを保管しているはずだ。そのいずれかを手にしたことに驚きを隠せない。もうそこまでXANXUSの計画は進行しているのか。
     しかしなぜそれで日本に向かうことになるのかと疑問が浮かんだが、答えはすぐに導き出せた。
    「ということは、家光は自分の息子にリングを渡しましたか」
    「そうだぁ」
     XANXUSが不在の間に、次期十代目候補だった者たちは次々と死んでいった。そこで白羽の矢が立ったのが日本にいる家光の息子だということは、オルテンシアも情報として耳にしていた。さらにはあの伝説のヒットマン、リボーンによって鍛えられていることも。
    「……戦いになりますね」 
     ヴァリアーが勝つか、家光の息子が勝つか。
     ボンゴレの命運を賭けた戦いが始まろうとしているというのに。
     大切なとき、オルテンシアはいつも蚊帳の外だ。
     テュールが死んだとき。
     ゆりかごが起きたとき。
     そして今、リングを巡って争いが起きようとしているとき。
     ――こんなに無力さを感じることはない。
    「そんな顔すんなぁ」
     ふ、と、スクアーロの右手が頭の上に乗る。
    「オレたちはあんなガキになど負けねぇ」
     見上げれば、彼は笑っていた。不敵に。傲慢に。
     頭の上の重みはすぐに消える。それが少し名残惜しいと思ってしまったのは、よくこうしてテュールに頭を撫でられたことを思い出してしまったから。
    「それじゃあな」
     スクアーロが踵を返す。その背中に向かって声を投げる。
    「ご武運を」
     ひらりと揺れた片手が応えた。


     *


    「オレの剣士としての誇りを汚すんじゃねえ」
     スクアーロは、負けた。敗者である以上、行き着く先はひとつだ。
     まだなにか言いたそうにしている小僧を向こう岸まで蹴り飛ばし、迫り来るそれと相対する。
     ――覚悟はできている。敗北を喫したその瞬間から。
     なにより自分自身が許さない。弱者はここで切り捨てて行くべきだ。
     XANXUSの覇道とはそういうものでなくてはならない。
    「ガキ……剣のスジは悪くねぇ。あとはその甘さを捨てることだぁ」
     はなむけは、ひとつだけ。
     獰猛なあぎとがその口を開け、今まさに己を食わんとする、その瞬間。
     どうしてか思い浮かんだのは、イタリアに置いてきたオルテンシアの姿。
     この結末に悔いなどない。
     けれども――

     ささやいた名は、飲み込まれて、消えた。


     *


     その報せは海を越えて届いた。

     扉の外がなにやら慌ただしい。
     相変わらずの軟禁状態にまんじりと過ごしていたオルテンシアは、なにごとでもあったのかと扉を開く。
    「なにかありましたか」
     扉の向こうにいたのは、もともと部屋の入り口を見張っていた隊員二人と、なにやら焦った様子の隊員が一人。口を開いたのは後者だった。
    「は。その、日本に行った者より連絡がありまして……リング争奪戦の結果、スクアーロ隊長が敗北し、命を落とした、と……」
     にわかには信じられないのですが。
     情報を伝達した自身もその報せを信じきれていないのだろう、隊員は所在なげに視線をさ迷わせている。
     ――スクアーロが、死んだ。
    「……そうですか。伝令ご苦労様です」
     かろうじてそれだけを絞り出し。
     オルテンシアは扉を閉めると、一直線にベッドに向かい突っ伏した。ぼすん、とスプリングが跳ねる。

     スクアーロが死んだ。

     その衝撃をどう言い表せばいいのか分からない。
     否、動揺している自分自身に動揺している。こんな衝撃はテュールが死んだとき以来で、だからこそオルテンシアは動揺していた。
     ヴァリアーのナンバー2だから?
     剣帝に最も近いと謳われている男だから?
     殺しても死にそうにないから?
     違う。違う違う。全部違う。
     そういうことじゃないと、ぐちゃぐちゃの頭で考える。
     オルテンシアのコーヒーを好きだと言ってくれたから?
     一緒に買い物に行ったから?
     ドレス姿を褒めてもらえたから?
     彼との思い出が次々に浮かんでは消える。
     思考がまとまらない。
     ――スクアーロが死んだと聞いて、どうしてこんなにも、心揺さぶられているのだろう。
     衝撃と動揺でますます混乱してきた。そのぐちゃぐちゃな頭の中でたったひとつ、わかること。
    「スクアーロ……」
     呼んでも、もう、応えてくれない、なんて。
     張り裂けそうなほど、胸が苦しい。


     *


     スクアーロの訃報から数日が経った日のこと。
     午後の日差しが窓から差し込み、床に光と影のコントラストを作る。それをぼんやりと眺めていたオルテンシアの耳に、バタバタと慌ただしげな足音が聞こえてきた。足音は段々と近づいてくる。それは部屋の前まで来たかと思うと、ノックをひとつを鳴らしてから、オルテンシアが返答する前に部屋に入ってきた。
     実働部隊の隊員だ。雨撃隊の腕章を巻いている。
     ちらり、とそちらに視線を一つ投げかけ。
    「なんの用でしょうか」
     我ながら腑抜けたことだと呆れられずにはいられないが、スクアーロの訃報を聞いてからというもの、オルテンシアの胸にはぽっかりと穴が開いたようだった。軟禁状態であることもあいまって、これといってなにかをしようという気になれない。
     ひとひとり失って、このザマだ。テュールに叱られてしまうかもしれない、などとありもしない妄想を考える程度には、情緒が不安定だった。
     しかしそんな鬱屈とした気持ちも、次の瞬間には吹き飛んでいる。
    「は、その、日本より緊急入電が入りまして……リング争奪戦は我らヴァリアーの敗北となりました」
    「ヴァリアーが、負けた?」
     思わず報告に来た隊員を見やる。
    「そして、死亡とみなされていたスクアーロ隊長ですが、未だ存命であることが確認されました!」
    「!」
     立ち上がり、オルテンシアは隊員に詰め寄る。
    「その情報、間違いありませんか」
    「は、はい。リング争奪戦大空戦にて、スクアーロ隊長の姿が確認されています」
     その瞬間の気持ちをなんと言い表そう。
     胸をこみ上げてくる感情の名前もわからない。けれども、確かに衝動がある。それに突き動かされた感情は、嬉しい、と言葉を導き出した。

     スクアーロが生きていてくれて、嬉しい。

     生きてさえいてくれたら、どうにだってなる。
     と、そこへ再び慌ただしげな足音が近づいてくるのを耳が捉えた。部屋の扉を開け放したままだったため、人影は足音のままに部屋に飛び込んでくる。
    「オルテンシア!」
    「……エド!」
     飛び込んで来たのは、顔を見るのも久しぶりの副官だった。お互いに駆け寄り、勢いのまま抱きしめ合う。
    「無事でよかった……!」
    「そっちこそ……! 少し痩せたんじゃない? 大丈夫?」
    「トレーニングをサボってしまったから肉が落ちたかな」
     ひとしきり無事を確かめ合い、身体を離す。
     エドがこちらに来たということは、情報は彼にも伝わっていると見て間違いないだろう。
    「リング争奪戦はあちらの勝ちだと」
    「みたいだね。詳細な情報はまだこれからだけれども」
    「これからまた忙しくなるよ」
    「覚悟してまーす。あ、これ、オルテンシアの端末ね」
     そういってエドが隊服の内ポケットから取り出したのは、軟禁されるときに取り上げられた端末だった。三週間放置されていれば流石に充電が空になっているため、モバイルバッテリーを繋げて充電をしている。この如才の無さはさすが副官といったところだろう。
     受け取った端末の電源ボタンを押し、起動させる。立ち上がりを待つこと一二分、ようやく画面が通常の画面を表示させる。
    「うわっ……」
     途端に鳴り出す通知音の嵐。ピコンピコンと電子音がやかましいのは電話の不在着信だった。日付と着信相手を確認すれば、XANXUS帰還の報を受けてから一週間後から門外顧問、家光の着信が何件もあった。
     そのほかにも見知らぬ番号がここ数日、頻繁にかかって来ている。どの番号も同一のものだ。この連絡先は一部の限られた人間しか知らないため、誰か――おそらくは家光が――教えても問題ないと判断した人物だろう。ひとまずは喫緊と思しき、見知らぬ番号の方にコールをかける。
     相手はすぐに出た。
    『オルテンシアか!? あ〜やっと捕まったなお前!』
    「すみません。長らく軟禁されていたものですから、連絡手段を絶たれていたんです」
     電話口の相手は跳ね馬ことディーノだった。以前に夜会で挨拶をしたきりの相手だが、家光が彼にオルテンシアの番号を教えたということは、事態はそこまで差し迫っていたのだろう。
    「報告は上がって来ています。ヴァリアーは負けたそうですね」
    『ああ、そうだ。XANXUSはリングに拒まれて、負けた』
    「そうですか……」
     リングに拒まれた、とはボンゴレリングにということだろうか。この場合は他にリングの存在はない。
     色々と疑問は残るものの、オルテンシアは一番気にかかっていることを尋ねる。
    「それで、スクアーロの容態は?」
    『意識はあるが監視付きで大人しくしてもらってるな。実際、怪我は相当深い』
    「無事、なんですね?」
    『ああ』
    「それだけ聞ければ満足です。また後ほど」
    『ちょっ、おま』
     ディーノとの通話を打ち切る。
     聞きたい情報は聞けた。

     スクアーロの安否確認はできた。
     ならば、オルテンシアはここでヴァリアーに入る捜査の矢面に立たなければならないべきだ。
     ――けれども。
     と、顔を上げたところで目に飛び込んできたのは、オルテンシアのコートを手に持ったエドの姿だった。いつもの柔和な笑みを浮かべている。
    「はい、コート。ポケットには財布も入れてあるから。充電器はしばらく保つと思うけど、念のために充電コードと変圧器も入れておいた」
    「エド」
    「スクアーロ隊長に、会いに行きたいんでしょ?」
     会いに行く、ではなく、行きたい、という言葉選びはまさにオルテンシアの心情を言い当てていた。
     どれだけの人に生きているといわれても。どれだけの人に無事だといわれても。
     この目で見て、会って、安心しなければ、胸のざわつきは消えそうにない。
    「空港まで車の手配も済んでるから」
    「まったく。……わたしには過ぎた副官ですよ」
     苦笑混じりの微笑みを浮かべる。
    「僕がここまでするのはオルテンシアにだけだから」
     笑う副官に、できるだけ早く帰ります、と微笑んでオルテンシアは部屋を出て行った。


     *


     その病室の前は、一目で分かるほど厳重な警戒体制を敷かれている。入り口に三人。
     オルテンシアひとりで来たならば門前払いされただろうが、道すがら連絡を付けておいたディーノが迎えに来てくれたため、病室にはすんなりと入ることができた。
    「……」
     ベッドの上で眠るスクアーロの姿は非常に痛々しい。身体中のあちこちが包帯だらけで、頭にも顔にも包帯が巻かれていた。一目見て重症だと分かる。腕からは点滴の管も伸びている。
    「本当に重症ですね……」
    「ああ。鮫に食われかけたからな」
    「鮫に!? っと、」
     寝ているスクアーロを起こしてしまわぬよう声を潜めていたというのに、思わず声を上げてしまった。
     それに反応してか、ベッドの上の存在が「う゛うん……」と呻く。
     ぽん、と背中を叩いてきたディーノが意味ありげな視線とウィンクを寄越し、病室を出て行く。二人きりにしてくれるようだが、ウィンクの意味がわからない。頭にクエスチョンマークを浮かべていると、低い唸りを上げて今度こそスクアーロが目覚めた。
     ぱちり。
     銀の視線と交錯する。
    「……あ゛ぁ? ……?」
     まだ半分寝ぼけているようだ。
     いつにない珍しい姿に、思わず笑みがこぼれた。
    「……う゛おぉい、なんで貴様がここにいやがる?」
    「無事を聞いて飛んできてしまいました」
     言葉に嘘はない。
     それを胡乱な眼差しで返してくるスクアーロは、オルテンシアの言葉を信じ切っていないようだ。眉根を寄せ、不機嫌な表情を浮かべている。
    「貴様のことだ、聞いちゃいるだろうが……オレたちは負けた」
    「ええ、聞いています」
    「だが、あのボスがここで終わるわきゃねえ」
    「そうでしょうね。彼はそういう人ですから」
    「……それでも、ヴァリアーに残るか?」
     静かな声だった。普段の大声量からは簡単に想像がつかないほど、病室にふさわしい静かな声。
     ああ、これを訊きたかったのかとオルテンシアは気づいた。
     一度目は不可抗力だったが、二度目はスクアーロの手によって事態から遠ざけられた。
     悔しくなかったわけがない。
     けれどもそれはオルテンシアの思想の問題だ。
     XANXUSを取るか、ヴァリアー総体を取るか。
    「残りますよ。そして、二度とこんな目に遭わないようにします」
     決して蚊帳の外になどならぬよう。
    「実は、ここに来る前にボスの所へ行ってきました」


    『ボス』
    『生きてたか』
     そういえば彼と顔を合わせたのは、八年前のゆりかご前が最後だった。
    『お陰さまで生きています。ヴァリアーと共に』
    『ハ、物好きは変わらずか』
    『物好きで、ついでに案外おろかなものですから。――あなたがわたしのボスです。そう仰がせてください』
    『……好きにしろ』


    「と、このようにしてボスの許可は得ています」
    「う゛ぉおい……やるじゃねえか」
     スクアーロは目を丸くする。事態が落ち着けばなんのことはない、あっさりとした和解で済んだらしい。だがきっと、リング争奪戦前に会わせていてもこうはならなかっただろう。それを通過したからこその、XANXUSとオルテンシアの和解といえる。
    「もうこんなことは御免ですから」
     オルテンシアの言葉に、スクアーロは苦虫を噛み潰した顔をする。それを見て彼女は、「怒ってませんよ」といつも通り感情の薄いかおで言った。
    「ボスとわたし。両方を守るための、君なりの選択だったのでしょう。だから怒りはしません。悔しくはありますけどね」
     ふ、と、やわらかな両手がスクアーロの包帯だらけの手を包み込む。そこに額を当てるように顔を伏せたため、オルテンシアの表情はうかがえない。
    「生きててよかった……。君が死んだと聞かされたとき、生きた心地がしませんでした」
     その声が。いつになく弱々しかったため。
     スクアーロは空いた手をやっとのことで持ち上げ、いつかのときのようにオルテンシアの頭に乗せる。
    「本当に、生きててよかった」

     いま頭の上の重みと温もりが、彼が確かに生きていると教えてくれる。
    帥(すい) Link Message Mute
    2022/06/21 4:17:01

    Adamas 8

    スクアーロ夢連載八話目です。リング争奪編の舞台裏という回。たったひとりを胸に抱いた娘が、ひとりの男に惹かれていく物語。

    ※名前変換機能を使用していないため、夢主の名前が普通に出ます
    ※ヴァリアーに独自設定があります

    初出:Pixiv:2021年12月12日

    #家庭教師ヒットマンREBORN!  #リボーン  #スクアーロ  #夢小説  #女夢主  #復活夢

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