海神と恋人 7※※ご注意※※
・キャラ崩壊
・オリジナル設定ビュッフェ
以上のことを踏まえて、それでも大丈夫という方は、次ページへどうぞ
跳ね返った鎌が床に落ち、扉が閉じられる。言葉も無く現れたのは長い黒髪を靡かせ、真っ白なかっちりした服に身を包んだブリュンヒルデ本人だった。
「お姉さま……」
ちら、とゲルを一瞥してブリュンヒルデはロキに一歩近づくと跪き、徐に口を開く。
「ロキ様、先程、オーディン様からご連絡がありまして。大事なお話があるということなので、すぐ戻るように、と」
「………………ふぅ〜ん? あっそ。じゃあ、今日のところは帰ろっかな。別にこんなところにいる理由も無いし。行こう、瞳」
「はい」
何か言いたげな顔をしていたロキだったが、思い直したようで武器をしまい、瞳を連れて踵を返す。ブリュンヒルデは完全に彼らの姿が見えなくなるまで頭を垂れ、その場で跪いていた。ふと、ロキの気配が完全に消えると、ゲルは大きな安堵の息を吐き出した。
「ビビったっす。神に対して一歩も退かないなんて、千栄理って勇気があるというか、無謀というか……」
「ごめんなさい。ついカッとなっちゃって……」
立ち上がったブリュンヒルデに二人は近づき、千栄理は挨拶と簡単な自己紹介をする。同時に先程騒がせてしまった非礼を詫びた。
「いいえ、ロキ様はあのような方ですから。そうですか、あなたが千栄理様……。あ、申し遅れました。私、戦乙女十三姉妹長姉ブリュンヒルデにございます。どうぞお見知り置きを」
「千栄理はお姉さまにパンの配達に来たんすよ」
「……ゲル。もしかして、あなた知らないのですか?」
「? 何をっすか?」
「こちらの方は、人間でありながら、ポセイドン様の伴侶となった方ですよ?」
「………………え?」
その瞬間、ありったけの力と驚きでゲルは叫んだ。叫びながら千栄理を凝視し、ブリュンヒルデに口を手で塞がれて漸く黙った。すぐに彼女の手から逃れると、千栄理に迫る。
「なんですぐに言ってくれなかったんすかっ!? ぼく、呼び捨てなんて失礼なことしちゃって……!」
「え、えっと……ここに来る前にヘイムダルさんのお家に行ったんですけど、その時に私達のことはもう天界中知ってるって言われたので、てっきりゲルちゃんも知ってるものだと……」
またもやショックを受けた様子のゲルとそんな彼女を見て苦笑するブリュンヒルデ。
「申し訳ありません、千栄理様。この子は少々世間に疎いところがありますので、何卒ご無礼をお許しください」
「あ、いいえ! 私も知らないことの方がずっと多いので、大丈夫です! それに私はただの人間なので、私の方が立場としては低いですし」
「あら、そんなことはありませんわ。神であるポセイドン様の伴侶ともなれば、立場は私達より上になります」
「え、そうなんですか。すみません、私知らなくて……」
「いえ、こちらこそわざわざ御足労頂きましたのに、呼びつけるようなことをしてしまって、重ねてお詫びいたします」
そう言って頭を下げるブリュンヒルデに千栄理は「丁寧な人だな」と好感を抱く。ゲルも彼女を尊敬している様子から、きっと戦乙女達は良い人ばかりなのだろうと思った。ブリュンヒルデは自室の扉をもう少し開け、お茶に誘ってくれた。
「お時間は大丈夫でしょうか」
「はい、大丈夫です。今日は戦乙女さん達にお届けしたら、終わりなので」
「では、少々お待ちください。ゲル、手伝って頂戴」
「はーい、お姉さま」
自分も何か手伝った方が良いだろうかと、ブリュンヒルデに訊いた千栄理だが、「お客様に手伝わせる訳にはいかない」と断られてしまい、テラスへ案内される。
そこは植物でできた涼しげな自然の屋根が造られ、適度に日光が遮られているテラスだった。美しい曲線を描く黒いテーブルと黒い椅子は三人分用意されており、密かに千栄理は、ブリュンヒルデは最初からロキをこの場に招くつもりは無かったのではないかと思ったが、口には出さないようにした。テラスは緑の屋根のお陰で時折、差し込む木漏れ日によって柔らかな雰囲気を演出していた。千栄理は背中に背負っていたリュックを下ろし、身軽になってテラスをぐるりと見回した。
「綺麗なところ……」
「当然でしょ。ブリュ姉がデザインしたんだから」
不意に聞き慣れない少女の声に、千栄理は隣へ目を向ける。そこにはいつの間にか小柄な少女が立っていた。ボリュームのある金髪をツインテールにして結び、バレリーナのようなぴったりした黒いドレスを着ている。ドレスの裾の内側にはフリルがたっぷりあしらわれており、女の子らしく、可愛らしいシルエットを生み出していた。
「あの、失礼ですが、あなたは……?」
訝しく思った千栄理が訊くと、少女はくりっとした大きな目を向け、彼女を見据えた。
「戦乙女第十一女のフレックちゃんよ。あんたがポセイドン様の恋人っていう千栄理?」
『戦乙女』と聞いてブリュンヒルデの妹だと分かると、千栄理はなるべく丁寧に自己紹介する。戦乙女フレックは「ふぅん」と言いながら、千栄理の周りをぐるっと回り、やがて納得したように頷いた。
「あんた、服の趣味は悪くないわね。フレックちゃん的には及第点よ」
「え? はぁ……」
可愛らしい見た目の通り、服やアクセサリー等が好きな少女なのだろう。満足そうに笑むと、千栄理の手を引いて椅子に座るよう促した。千栄理が座ると、丁度ブリュンヒルデとゲルが戻ってきた。お茶とお茶菓子のセットを載せたワゴンをゲルが押して来る。
「お待たせ致しました。千栄理様……あら、フレック」
「フレックお姉さま!」
「あ、ブリュ姉! 頼まれてた書類持って来たわよ」
一度席を立ち、ブリュンヒルデに「はい」とファイルに入った書類を差し出すフレック。それを受け取り、礼を言いながらブリュンヒルデは不思議そうな顔をして言った。
「わざわざありがとう。でも、別に今日じゃなくても良かったんですよ?」
「ええっ!? ……あ〜、もうっ! レギ姉ってば……! またやられたわ!」
頬を膨らませてぷりぷり怒るフレックを見て、ブリュンヒルデはおかしそうに、しかし、上品にくすくすと笑う。
「あの子はせっかちですからね」
「何よぉ! 急ぎじゃないなら、フレックちゃんが来なくても良かったじゃない! 騙されたぁ!」
「ふふ。折角ですから、あなたも少し休んでいきなさい。ゲル、もう一つ椅子とカップを」
「はいっす」
「あ、私も」
椅子を取りに行くゲルの後に千栄理も手伝おうと続く。ブリュンヒルデには止められたが、ただ待っているのは悪いからと千栄理は断りを入れ、カップの場所を訊いて取りに行った。残されたフレックとブリュンヒルデは互いに顔を見合わせ、微笑む。
「良い子で良かったわね、ブリュ姉」
「ええ、そうですね。フレック」
戸棚を開けて同じ柄のカップを取ると、軽く水洗いをしてから水気を拭き取り、急いでテラスへ戻る。千栄理が戻って来るのとほぼ同時に椅子を持って来たゲルも合流する。二人がそれぞれの物を用意している間、ブリュンヒルデとフレックの手によりワゴンからポットやティーカップ、お茶菓子がテーブルに並べられていった。
「フレックお姉さま。はい、どうぞ」
「え? フレックちゃんは座らないわよ。あんたが座るのよ、ゲル」
「ええっ? これ、ぼくの椅子だったんすかぁ?」
持って来た椅子を勧めたゲルだったが、あっさりとそう返され、素直に従いながらも戸惑う彼女に、ブリュンヒルデと千栄理は微笑ましいものを見る表情になる。渋々と自分で持って来た椅子に座るゲル。ブリュンヒルデがお茶を淹れている間、お茶菓子に手を出そうとしたゲルは行儀が悪いとフレックに怒られる。その光景を見て千栄理が笑い、ゲルが恥じ入って椅子の上で縮こまる。そんな和やかな空気の中、お茶会が始まった。