ブラベ軸のレモニコ小説まとめブラックレーベル軸に至る前の話※死ネタ
私の願いは、レモネードさんのお役に立つことだった。レモネードさんと初めて出会った時から、ずっと抱いていた唯一のねがいごと。
独りの寂しさに押し潰されそうだった私に、生きる希望をくれた人。
レモネードさんがあの時、私を助けたつもりなんて一切なかったことは知っている。貴族の男の子に腹が立ったからという理由で前に出て、それが偶然、私を助けたという形になっただけ……それはずっと、知っていたのです。
でも……。どんな理由であれ、レモネードさんが私を……様々な意味で救ってくれたのは真実だから。暗がりの人生を歩んでいこうとしていた私に、恋という生きる希望を与えてくれたのはレモネードさんだったから。色んな世界を見るきっかけをくれたのはレモネードさんだったから……。私は、貴方のお役に立ちたいって、ずっと願っていたのです。
「えへへ……レモネード、さん。お怪我はありませんか?」
貫かれた背中がとても痛くてたまらなかったけれど、私はいつものように笑って、レモネードさんに訊ねた。
「……ッ! てめえ、オレの心配してる場合じゃねえだろうが……!」
私を抱き止めてくれているレモネードさんの手に、力が入る。……よかった。私はちゃんと、レモネードさんのことをお守りすることができたみたいです。
日に日に激しさを増していく、バンカー達の戦い。レモネードさんがいくら強かったとしても、連日のように続く大勢のバンカー達を相手にした戦いは……確実にレモネードさんの体力を削っていた。
一瞬の隙を狙って、レモネードさんの懐を狙って攻撃しようとしたバンカーを見た瞬間……私の体は即座に動いていた。
「出過ぎた真似だったのかもしれません。だけど……わたし、もう、レモネードさんを目の前で失いたくなかったんです。ごめんなさい、勝手、ですね」
レモネードさんを目の前で失う光景は、もう見たくなかったから。今度はなにがあってもお守りしなくちゃって、思っていたから。
……それが、私の命を落とすことになったとしても。レモネードさんを守ることに、何の迷いもなかった。
「レモネードさん。私は、貴方に出会うことができて、お傍にいられて、本当に幸せでした。これから先、私はもうレモネードさんのお傍にはいられませんが……どうか。レモネードさん達が楽しく暴れられる世界に戻していってください。それが、私がレモネードさんに託す、唯一のお願いごとです」
言葉を紡ぐ度に、激痛が走っていくのもお構いなしに。ニコラシカは最期の力を振り絞る。向日葵のような眩しい笑顔を浮かべながら、この世で最も愛しい男の頬に触れた。
「レモネードさん、大好きです」
どうかこの先、私のことは忘れて幸せになってください、と。それだけ言って、彼女は息を引き取った。愛しい男の腕に抱かれて死ぬことを、最上の幸せだと言わんばかりの笑顔を浮かべたまま。
「簡単に忘れろとか言ってんじゃねえよ、タコ」
冷たくなった彼女の体を、レモネードはきつく抱き締める。笑顔を浮かべたままのニコラシカとは対照的に、レモネードの表情には悲痛さが滲んでいた。
ぽたり、と。地へと向かって零れ落ちていく雫は天から降り注いだものだったのか。……それとも、自身から流れ落ちたものだったのか、判別がつかない。
一つ確かなことは、ニコラシカに置き去りにされてしまったという事実。レモネードはただ、ぎりりと奥歯を噛み締めて、胸の内に渦巻く激情と共に、飲み込むしかなかった。
ニコラシカ視点のSSS(ブラックレーベル軸に至る前)
レモネードさんを最期までお守りする。この身、この命の全てを掛けて……レモネードさんのお役に立つ。それだけが、私にとっての願いだった。
私はどれだけ、この人のお役に立つことができたのだろうか。思い返してみると、私がレモネードさんのお役に立てたことは……あまりなかったかもしれない。むしろ、足を引っ張ってばかりだったんじゃないかと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「れもねーど、さん……」
だっていま。レモネードさんがとても悲しそうで、苦しそうな顔をして……私のことを見つめている。どうか笑ってほしい。私のことなんか気にしなくていいんですよって……言いたいけれど。きっと、優しいこの人は、そうすることはしてくれないのだろう。傷付き、死にゆく私のために……涙を流してくれる。失いたくないと言葉にして、私の身体を必死に抱き締めてくれる。こんなにも、レモネードさんは私のことを想い、愛してくれていた。嬉しかったけれどそれ以上に、私は……彼の心に、傷を残してしまうのだと思うと、つらかった。
「わたしのことはわすれて、しあわせになってください」
せいいっぱい笑って、口にした言葉。それすらもきっと、レモネードさんの心を傷つけてしまったことが、悲しくて仕方がなかった。
レモネードをブラベ軸に送り出す時のニコラシカの話
私のことは忘れて幸せになってください。耳によく馴染んだ女の声が、オレの脳を侵食していく。
金糸のように眩しい髪。深い赤色の丸い瞳。大輪の向日葵を思わせるこの女を、オレは紛れもなく知っているはずなのだ。忘れてはならない。いや違う、忘れたくないとらしくもなく思わせるほどの……大切な存在だと、心がそう叫んでいる。
「ふざけるな。誰が忘れてなんかやるかよ……! オレから離れようとすんじゃねえ、……――ッ!!」
それなのに。目の前にいる女の名を呼ぼうとすると、息苦しくなる。一刻も早く呼ばなければ、オレはもう二度と……この少女の手を取ることができなくなる。そう思うほどに強い、嫌な予感が確かにあった。
「レモネードさん……」
オレのそんな様子に、少女は寂しげな笑みを浮かべている。うぜえ、やめろよ。そんな顔するくらいなら、初めから忘れろだなんて言うんじゃねえ。……オレの前から、消えようとするんじゃねえ!
「レモネードさん、私は……貴方のことがずっと、ずっと大好きです。愛しています。……だから、私のことは忘れてください。……私は、レモネードさんの心を縛りたくない」
太陽のように眩しい笑顔。だが、そこに翳りがあることを……オレは見逃さなかった。見逃すはずもない。この少女の些細な感情の変化に、気づかないなんてありえない。
「レモネードさんと一緒に過ごした記憶はずっとずっと、私だけの宝物として……持っていきます。だから、レモネードさんは苦しくなんてありませんよ。……どうか、次の世界でも楽しく、レモネードさんの思うように……生きてください」
その為に。自分の持てる力を全て、すべてオレに託すのだと。少女はそう言って、オレの唇に拙いキスを贈る。
「ニコ、ラシカ……ッ!」
縋りつくような思いで、オレはその単語を口にする。目の前にいる少女は驚いたように目を見開いて……今にも泣きそうな顔で、笑っていた。
――それを最後に、レモネードの意識は途絶えた。次に彼が蘇るのは、邪悪な気配で充満する、有象無象の戦いが溢れる世界。
冷たい印象を与えていたアイスブルーの瞳は、彼の内なる闘志を現す……燃えるような赤を宿していた。
ブラベ終了後捏造ifエンド※ブラベ世界が平和になってバンカーと人間が共存できるようになった後、レモネードが生き返ったという設定の話です
※捏造ブラべifエンド
※自分の為に書きました。めちゃくちゃご都合主義エンドです
「レモネードさんが幸せに生きていってくれること。それが私のお願い事なんです」
過去生きていた数多のバンカー達の魂が、数百年の時を経て次々と現世へと蘇っていく中で。私は一つの決意をしていた。自らに残っているバンカーとしての力の全てを、レモネードさんに全て託すことを。そして――
「私はレモネードさんの心を縛りたくない。レモネードさんには自由に、幸せに生きていってほしいから……私のことを全て、忘れてほしいのです」
数百年前の大戦で、私はレモネードさんのことを庇って生涯を閉じた。死に際に目に焼き付けた、レモネードさんの悲しみに満ちた表情を見て……私は、彼の気高い矜持を傷つけてしまったのだと。幸せになってほしいと願った筈なのに、私の存在がそれを台無しにしてしまったのだと……初めて気が付いた。バンカーとして実力が不足していた私は、レモネードさんの隣にいるべきではなかったのだと……気付いてしまったのだ。
『……彼がそれを望んでいなくても、きみはそうするつもりなのかい?』
実体のない何か(おそらく、神様のような存在なのだと思う)は、私に問い掛けてくる。レモネードさんの中から、私と過ごした記憶も、私という存在の全てを失くしてしまってもいいのかと。……彼が私ではない誰かと幸せになることを、望むのかと。
「……はい、それでいいのです。私はこれから先ずっと……レモネードさんと過ごした記憶を夢に見て、眠り続けます。私は……それだけで幸せですから」
そんなの、嘘だ。本当は、もっとレモネードさんのそばにいたかった。彼の楽しそうな笑顔も、私のことを抱き締めてくれる時に感じる体温も……すべて独り占めしたいと……烏滸がましくも思っている。だけど、それは私の我儘だから。私の存在が彼を苦しめてしまうくらいなら……私は喜んで身を引くのです。
だって、レモネードさんは自分の力で幸せを掴み取れる……強い人だから。
『……そう。そこまで決意が固いのならば、きみのその願いは叶えてあげよう』
……全身が眩い光で包まれていく。これで私は永遠に、現世へと蘇ることができなくなった。「ニコラシカ」という存在は初めから存在しないことになって……私は一人、天界に取り残される。私だけの宝物の記憶の中に閉じ籠もり、永遠に眠り続けるのだ。
『けれど、彼が自力で君のことを思い出してしまったら、きみの願いは無効になる。……万が一、いや、億が一ほどの奇跡が起こったらの話ではあるんだけどね』
実体のない何かは、ニコラシカにはもう既に聞こえていないことを理解していながら……そんなふうに嘯いた。
***
世界中を包んでいた邪悪なオーラが晴れ、バンカーと人間が共存できる社会へと変わったらしい。らしい、というのは、オレも生き返った後に風の噂で聞いたばかりだからだ。確証を得ない情報だったが……重苦しい空気がなくなった気配を感じ取るに、おそらくそれは事実なのだろうなとは思う。
「だが……そんなことはオレにはどうだっていい」
グランシェフ王国の王様が誰になったとか、シャトーブリアンだとかいう存在がどうなったとか、オレには全てどうでもよかった。それらよりもっと、オレにとって大切なことを……すべて思い出したのだから。
『私のことは忘れて、幸せになってください』
数百年前。大戦の最中に、オレのことを庇って死んでしまった女がいた。そいつは最期の瞬間に……忘れてほしいだなんて身勝手なことを口走って、オレの腕の中で命を終え……離れてしまったことを。そして、女の言葉通りに……オレはつい先程まで、女……ニコラシカと過ごした記憶の全てを忘れてしまっていたことを。
全部、ぜんぶ思い出したのだ。
「ニコラシカ、てめえは今どこにいやがる……!」
金糸の美しい髪を揺らし、いつも優しく、愛しげに紅玉の瞳を輝かせて己を見つめてくれていた、愛する少女の名前を……レモネードは呼ぶ。心の底から、彼女に逢いたいと願いながら。
「ふざけやがって。オレは……てめえのことを忘れたいと願ったことなんざ……一度だってねえんだよ!!」
本来ならば、レモネードがニコラシカのことを思い出すなんてありえないことだった。だって彼女は、レモネードの中からだけじゃなくて……最早最初から世界に存在しないことになっていたのだから。
……あり得るはずのない奇跡。それを、レモネードは自力で掴み取ったのである。
「オレから離れるなんてぜってえ許さねえ。オレの隣にいていいのは……ニコラシカ、てめえしかいねえんだよ」
どんな手を使ってでも、オレはてめえを取り戻してみせる。ニコラシカ以外の人間と幸せになるだなんて……絶対にありえないのだから。
***
『レモネードさんから離れたりなどしません! ずっと、いつまでも……私は貴方のお傍に居続けます!』
泡のように浮かんでは消えていく、愛しい記憶達。私はその中で、もう遠い昔になってしまった約束の夢を見る。大好きで、世界で一番大切な人と想いを通わせることができて……とても幸せだった日の記憶。ずっと傍にいると約束をして、レモネードさんが嬉しそうに微笑んでくれたことが……本当に、ほんとうに嬉しかった。
(でも私は、レモネードさんと交わした約束を……破ってしまった)
ずっと一緒にいると。離れたりしないと誓ったのに……私は、その約束を守れなかった。レモネードさんの幸せのお手伝いをすると言ったのに、私は力及ばずで……結果的に、彼を傷つけてしまった。
……だから、レモネードさんの手を離した。私以外の別の誰かが、レモネードさんを幸せにしてくれるのなら……それで……。
「おい、バン王! オレさまの願いを……叶えやがれ!!」
――強く、眩しすぎる光が差し込んでくる。あまりの眩しさに、私は思わず……瞼を開けた。もう二度と、眠りから醒めることなどなかったはずなのに。
「ど、うして……?」
大好きでたまらない、愛しい人の声が聞こえる。バン王さんを呼び出し、今にも自分の願いを叶えようとする彼の姿が見える。それは私の記憶の中の彼のものじゃなくて……確かに、今を生きているレモネードさんの姿だ。私に届くことなど、決してない筈なのに……。
「ニコラシカのことを生き返らせろ。てめえならできるんだろ?!」
レモネードさんが、覚えているはずもない私の名前を口にしている。何が起きているのかを把握できていない私に構わず、眩しい光は私の身体を包み込んでいく。
「バン王、わかった〜! ニコラシカを生き返らせる〜!」
その言葉を合図に。一際大きな光に包まれた私の魂は――蘇ることはもう二度と叶わないと思っていた現世へと移されていった。
***
「ピューイ!」
願いを叶えるという役目を終えたバン王は、チェリーがこの先二度と割れないようにするというサービスを分け与えたとか何とか言った後……呆気なく消え去っていった。バン王が光を放った先へと、チェリーはぴょこぴょこと飛び跳ねて、駆けていく。
「……ニコラシカ!!」
ニコラシカは固く瞳を閉ざし、地面に倒れ伏していた。チェリーに導かれるようにして……オレは急いでニコラシカの元へと駆け寄り、その身体を抱き上げる。……数百年ぶりに触れたニコラシカの体温は確かに暖かく、ちゃんと生き返ったのだと確信できた。不覚にも溢れそうになる涙を意地で堪えて、オレはニコラシカに呼び掛ける。
「おい、いつまで寝てやがる。……とっとと目ェ開けて、オレのこと見やがれ」
「っ、う……?」
……そうしてようやく、ニコラシカは瞼を開けた。この世で唯一、オレが素直に好きだと思える……丸い紅玉の瞳が、オレの姿を捉える。信じられない奇跡を目の当たりにしたみたいな、驚きと喜びが入り混じった視線で。
「レモネードさん、どうして……私のこと、」
「……ばーか。忘れてやるわけなんかねえだろ」
言いたいことなんか山ほどある。何度だって言って聞かせてやりたいし、正直怒りたい気持ちすらある。……けれど、そんなのは全部後回しだ。今はただ、ニコラシカがオレの腕の中で……確かに生きていることを、実感していたい。取り戻せたのだ、何よりも愛しくて……離したくない存在を。
「オレの傍にいていいのは、てめえだけなんだ。……離れたりしねえって約束したんだから、責任持って守れ」
「っ……!!」
ニコラシカは息を飲む。大きな瞳からぽろぽろと涙を溢れさせて……オレのことを、抱き締め返してくる。
「はい……っ! 私は……ニコラシカは、レモネードさんの傍から離れたりしません。もう、二度と……!」
「ケッ! 当たり前のこと言ってんじゃねえよ……ニコラシカ、」
……柄じゃねえけど、目が醒めたお前に、言いたかった言葉があったんだ。
「……おかえり」
「はい……! ただいまです、レモネードさんっ!」
今度こそ、この手を離さない。死が再度二人を引き裂いたとしても……絶対に忘れてなんかやらないと誓おう。
どんな艱難辛苦が待ち受けようとも。オレはお前と生きられるだけで……それだけで幸せなんだ。
END.