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    バック・トゥ・ザ・フューチャーなレモニコ レモネードさんが一番つらかった時に、お傍にいられたらよかったのにな。そうしたら、いっぱいいっぱい抱き締めて、「大丈夫ですよ」って……貴方を傷付ける全てから、守る盾となれたのになあ……なんて。考えても仕方のないこと……たらればの話が、ふと過ぎってしまうのです。
     貴方がつらくて、一番苦しい思いをしていた時に。そばにいて支えてあげたかった。

     そんなどうすることもできない、ありえない夢物語を……私は何度も思い描いていたのです。

    ***

    「ここは……?」
     きょろきょろと辺りを見渡すと、私は見覚えのない路地裏街にいた。さきほどまでは、確かにレモネードさんと一緒に街中を歩いていたはずなのに……気づかないうちにはぐれてしまったのだろうか?
    「はやく、レモネードさんと合流しなきゃ……!」
     迷子になってレモネードさんのお手数をお掛けしてはいけないと思って、私は路地裏街から出てレモネードさんの姿を探すことにした。
    「それにしても……この街の空気感、なんだか……」
     高級そうな造りをした外観の建物が並んでいるのに、どこか淀んだ空気を肌で感じる。ある意味では懐かしくて、それと共に苦い記憶が思い返されて――私は気付いた。

     この街は、私が幼い頃育ってきた……貴族の人々が住まう、スラム街によく似ているのだと。
     華やかに見える住宅街と反するようにして、数多のゴミ袋が放り投げられている路地裏街。それは紛れもなく……幼少時代、苦しくつらい思いを味わってきたあの街の雰囲気そのものなんだ。だから自然と、私自身の幼少期のつらい記憶が……思い返されてしまうのだ。

    「っ……! だめです! 暗い気持ちになっていたら……レモネードさんに心配をお掛けしてしまいます!」
     ぱちっ!と叱咤するように自分の頬を両手で軽く叩く。私は魔女じゃない。あの日、暗がりで塞ぎ込むだけだった私を……他でもないレモネードさんが救ってくれたから。奮い立たせてくれたから、今の私がいるんだ。だから……胸を張って、堂々としないと!

    「ねえ、路地裏にいるあの子ども……見た?」
    「見た見た! いやよねえ……あんなみすぼらしい子、この街には相応しくないわ」

     歩みを進めていく中で、通り過ぎていく人々の会話の内容が聞こえてくる。どくどくと、心臓が嫌な音を立てて鳴っていく。……今の私に向けられた言葉ではないのに、心が苦しくなっていく。
     ……昔の私が言われた言葉にそっくりなそれらを、今その身に受けている子がいるのだと私は確信する。それと同時に、私の脚は無意識に、その子がいるであろう場所へと駆けていた。
     レモネードさんに心配を掛けるかもしれない。だけど、今どこかで確実に……昔の私のように傷ついている子がいるのだと思ったら、いても立ってもいられなかったんだ。

    (あの人達が来た方向から考えると……多分、この辺りに……)

     石造りで出来た歩道を歩く度に、こつこつと靴音が鳴り響く。そうして歩みを進めていくと……誰かが、啜り泣いている声が聞こえてくる。
     その子は路地裏の片隅で、ピンク色のタツノオトシゴを抱き締めながら、耐えるように縮こまっていた。

    (あの子は……?!)

     視界に写ったその姿に、ニコラシカは驚愕せざるを得ない。だって、路地裏で蹲っているあの少年の姿は――!

     衝撃のあまり、ニコラシカはその場に暫く立ち尽くす。その間にも、通り過ぎていく人々は少年を見るなり嘲笑と心無い言葉を零して……無遠慮に傷付けていく。

    「だれも、おれのことなんて愛さないんだ……っ!」

     孤独の悲しみに満ちた言葉。涙をぽろぽろと零していくその男の子の姿を見て……私はハッと我に返って……たまらず駆けていく。

     どういう理屈かは分からない。自分の身に何が起きているのかも、何も把握はできていなかったけれど――たった一つだけ理解する。自分が今、何をすべきなのかを。

    「そんなことありませんよ」

     小さく縮こまっている男の子――幼いレモネードさんのことを、私は優しく抱きしめる。人々の嘲笑の視線から、悪意に満ちた言葉から守るように。

    「おまえ、は……?」

     突然現れた、見知らぬ少女を前にして。少年――レモネードは眼をぱちくりとさせる。
     暖かな体温に、優しく甘い香り。普段ならば他人をひどく警戒する彼なのに、どうしてか、自分を優しく抱き締めてくるこの少女には、そんな気持ちが湧いてこなかった。
     ぽかん、とするレモネードに対して、ニコラシカは優しい笑みを浮かべたまま……告げた。

    「私はニコラシカと申します。……ほんの少しの間だけ、どうか私と一緒にいてもらえませんでしょうか……?」

    ***

     ニコラシカと名乗ったその女は、薄汚れてみすぼらしいナリをしているおれのことを、はじめて嘲笑ってこなかった珍しい大人だった。……いや、嘲笑わないどころか、躊躇いなく抱きしめてきて、優しく笑い掛けてくれる。あまつさえ、オレにはじめて手を差し伸ばしてくれた……暖かい人間だった。

    「レモネードくん、なにか飲みたいものはありませんか?」
    「……べつに、ない。あんたが借りた宿なんだから、あんたの好きなようにすりゃいいじゃん。おれなんかに気つかうなよ」

     聞けば、ニコラシカは信じられないことに……おれが目指している「バンカー」をやっているらしい。各所を旅しているという彼女はどうやら道に迷ってしまったらしく、彷徨い歩いている中で……おれのことを見つけ、放っておけなかったから声を掛けたのだという。ついでに、独りだと心細いからしばらく一緒に行動をしてほしい、なんて子どもみたいな理由付きで。

    「そういうわけにはいきません! レモネードくんには私の我儘に付き合ってもらっているのですから……その御礼を少しでも返させてもらわないと気が済みません!」
    「なんだそれ……。ほんとにいいって。おれ、飲みたいもんとかそーゆーのわかんねえし……」

     今まで生きていくことに必死で、何が食べたいとか、何が飲みたいとか……そんなことを考える余裕すらなかった。なんとか腹を満たせるのなら、喉を潤せるのなら……なんだって口にしてきたおれからすれば、何が好みかなんて分からない。

    「うーん……。それじゃあ、私と同じ、ホットミルクでもいいですか?」
    「……いいよ。つか、いちいち許可取ってこなくていい。あんたの好きにすれば」

     あんたのやることに文句なんかねえから、と言うと。ニコラシカは「レモネードくんは優しいですね!」と、にこにこ微笑む。

    (……ばかじゃねえの。優しいのは……あんたの方だろ)

     こんな見ず知らずのおれとチェリーをわざわざ助けて、暖かい屋根のある部屋に連れてきてくれたあんたの方が……ずっとずっと優しい。おれなんかのことを引き連れて歩いたせいで、あんたは周囲から奇異の目で見られていたのに……。そんなこと気にもしない素振りで、おれに接してくれたのだから。

    「はい、レモネードくんどうぞ! 熱いから、ふーふーってしてから飲んでくださいね!」
    「んなこと分かってるっつの! 子ども扱いするな!」

     子ども扱いされたことにムッとしつつ、おれはニコラシカからマグカップを受け取る。少し冷ましてから、口に含んだそのホットミルクは……今まで口にしてきた何よりも優しくて、あたたかい味がして……おれは、チェリーを抱きしめ直しながら、ほんの少しだけ涙を零した。もちろん、こんなかっこ悪い姿を見られたくないから……ニコラシカに悟られないように。

     その後も。ニコラシカはおれの世話を甲斐甲斐しく焼いてきた。

    「レモネードくん、このテレビ番組面白そうですよ! 一緒に見ませんか?」
    「レモネードくん! 今日の晩ごはん……私の大好物のオムライスを作ってもいいですか?!」
    「お風呂入るの、手伝ってあげます!」

     あんたはおれのこと、いくつだと思ってんだ。ところどころで子ども扱いされて……なんとなく悔しいような、歯痒いような気持ちになったけれど。決して、嫌な気持ちにはならなかった。ニコラシカはずっと嬉しそうで、楽しそうで……愛おしむ目で、おれのことを捉えてくれていたから。
     おれのことを蔑む他人ばかりだったのに、ニコラシカだけは違っていた。ニコラシカはずっと、おれのことをまっすぐに見つめて、暖かな気持ちをくれる。どうして初めて出逢ったおれに、ここまでしてくれるのかは分からなかったけれど……彼女の気持ちに嘘偽りも、裏もないであろうことはなんとなく分かってたから。おれは素直にニコラシカに……甘えてみることにしていた。

     ニコラシカがおれに振る舞ってくれた料理の味も、優しく頭を撫でてくれる指先の暖かさも、おれの名前を呼んでくれる優しい声音も……すべて心地良かったから。

    「……なあ、なんでニコラシカは……バンカーになったんだよ」

     一緒のベッドで眠る直前。おれはうとうとと眠りの世界に入ろうとしてるニコラシカに聞いてみる。すると、ニコラシカは眠そうな声でぽつぽつと……一生懸命話し始めてくれた。

    「……わたしもね、レモネードくんと同じように、ひとりぼっちだったんです。物心がついたときには、家族がいなくて……路地裏のゴミ捨て場に捨てられてたんです」
    「わたしはうまれつき、槍を自分の力で編み出せるんだけどね……その力がきっかけで、みんなから魔女だっていわれて、嫌われていたんです」

     ニコラシカの口から語られた過去に、おれは息を呑んだ。
     ……同じ、だったんだ。ニコラシカもおれと同じように……皆から嫌われて、蔑まれながら生きてきた人間だったのだ。
     だからニコラシカは、おれのことを助けてくれたのだと……合点がいく。放っておけなかったと言っていた、その理由に納得した。

    「……あんたみてえな奴を、魔女だとか抜かしやがるなんて考えられねえよ」

     ぎゅう、とニコラシカの暖かい手を握る。こんなにも優しくて、明るい太陽みたいな女が理不尽に傷付けられたのだと思うと……おれは許せなかったし、苦しかった。
     何もしていないのに。ただ生まれが恵まれなかったという理由ただ一つで……人々は容易に他人を傷つけ、蔑む。それがどれほど悲しくて寂しくて……つらいことなのかをおれは知っている。

    「えへへ……ありがとうございます、レモネードくん。やっぱり……やさしい、なあ……」

     嬉しそうに顔を綻ばせながら、ニコラシカはおれを見つめてくれる。

    「レモネードくんみたいにね……わたしのことを恐れないでくれた人がいたんです。暗がりにいた私を助けてくれて……わたしがバンカーになるきっかけと、希望を与えてくれた人がいたから……今のわたしが、いるんです……よ……」

     そう言って、ニコラシカはそのまますうすうと寝息を立てて眠りの世界へと入っていった。
     ニコラシカと繋いだ手を、また更に強く握りしめる。

    (おまえは、そいつのことが好きなのか?)

     確かな熱を持っていた、ニコラシカの深紅の瞳が脳裏に焼き付いて離れない。昔のニコラシカを助けたという……そいつの話をしている時の彼女は、恋する少女の顔をしていたから。
     じりじりとした切なく、苦しい気持ちが胸の内に渦巻く。……おれがもっと早く生まれて、昔のニコラシカと出逢えていたら……皆から魔女と呼ばれた彼女を救えたのに。夢物語でしかないと分かっているのに、そんなことを想像してしまう。顔も名前も分からない、その人間の存在に……おれは産まれて初めて、貴族に対するものとは違う種類の「嫉妬」の感情を覚えた。ニコラシカが愛しそうに思い返している「誰か」の存在が、羨ましくて仕方がなかった。

     おれはこの時にはもう、ニコラシカのことを誰にも取られたくないって思っていたのだ。

    ***

     宿で一日を明かして、私はレモネードくんと共に外へ出た。
     昨日はレモネードくんとご飯を食べたり、他愛ない会話を交わしたりして……私なりにこの世界のことを調べてみて、分かったことがあった。
     ……ここは、私がいた時代よりほんの少し前の……十年前にあたる過去の世界。どういう原理なのかは分からないけれど、私はどうやら不思議な力に巻き込まれてしまったのか、過去の世界へとトリップしてしまった……ということのようだと解釈した。
     それも……昔のレモネードさんがいる世界へと。

    「……なに考えてるんだよ」
    「あっ! ごめんね、レモネードくん! このあとどうしようかなーって……行く先考えてなかったなって思って」
    「はあ? あんた……そうやって行き当たりばったりだから迷ったんじゃねえの?」
    「うっ……! た、確かにそうですね……ごめんなさい……」
    「……別に謝ることねえだろ」

     レモネードくんに悟られないように、なんとか会話を誤魔化せたことにほっとする。
     ……これからどうすべきなのか。そもそもどうして、私はこの世界に迷い込んでしまったのか。分からないことだらけだったけど……あまり、レモネードくんの過去に介入しすぎてしまうのもよくないであろうことだけは、なんとなく分かっていた。

    「……なあ、ニコラシカ。おれもそのうち……あんたみたいに、バンカーとして旅に出ようって思ってんだ」
    「……レモネードくん?」

     レモネードくんが、私の手をぎゅうと握りしめて、少しずつ告白するように喋り始める。

    「……もっと強くなって、あんたと並んで戦えるくらいになる。だから……おれのこと……っ?!」

     話している途中で、レモネードくんが突然を目を見開き、息を呑んだ。そうして、ばっと私の方へ向き直る。

    「ニコラシカ、おまえ……身体が……!」
    「え? あ……!」

     レモネードくんに指摘されて、私はそこでようやく気づいた。自分の身体が透けて、消え掛かっているということに。
     私はもう、元の世界に還されるのだと……漠然と理解する。

    「ッ……!やだ!」
    「きゃっ……! れ、レモネードくん……?!」
    「いやだ、ニコラシカ! いなくなるな!おれから離れるな!そばにいろよ!!」

     レモネードくんは強く、私の身体を抱き締めてくる。縋りつき、必死に「いなくなるな」と引き止めてくる彼の姿に……胸が締め付けられた。

    「どうしてなんだよ?! なんで……はじめて、おれ、他人を……あんたを、すきになったのに……なんで、」

     レモネードくんの頬に、ぽろぽろと涙が伝っていた。好きと、彼の口から零れた言葉に……私は嬉しくて、切なくて、たまらない気持ちでいっぱいになる。
     そうして、ふと思い出す。私はずっと、レモネードさんが一番つらかった時に……声を掛けて、抱き締めてあげたかったこと。彼に愛を伝えたいと思っていたことを……。
     きっとこれは、私が見ている長い夢なのかもしれない。私にとっての……自己満足でしかないと分かっていても……目の前にいる、誰よりも大好きで愛しい彼に、私の想いを伝えることにする。

    「ありがとう、レモネードくん。……私もずっと、きみのことが大好きです。これから先何があっても……この気持ちは変わりません」
    「私は必ず、きみにまた会いにいきます。独りにはさせません……きみが、望んでくださる限り」

     どんどんと透明になっていく身体で、私は必死にレモネードくんを抱き締める。私が言葉を紡ぐ度に、レモネードくんは涙を堪えた、切なくて寂しそうな顔を浮かべていた。

    「……言葉だけの約束なんて、信じられねえよ」
    「だったら、指切りをしましょう! ……私は絶対に、レモネードくんとの約束を守ると誓います。独りにしないし、ずっとずっと……きみだけを愛していると誓いますから」
    「ッ……! あんた、マジで子どもかよ……」

     レモネードくんは泣き笑いの表情を浮かべながらも、私の透明になりつつある小指に、自身の小指を絡めてくれた。決り文句を口にして、小指が離れていく。それと同時に、いよいよ私の存在も……この世界から曖昧になっていく。

    「ニコラシカッ……!おれ、ずっと待ってるからな! あんたがおれに……会いに来てくれるの、ずっと!」

     私がこの世界から消える最後の瞬間まで。レモネードくんはずっと……その場に残ってくれていた。
     それが本当に、嬉しくてたまらなかった。

    ***

     ニコラシカがおれの目の前から消え掛けた時。おれはやっぱり、神様なんてこの世にいないんだと絶望した。

     はじめて、心の底から信じてもいいと思える他人だったのに。そばにいてほしいって思えた人間だったのに。そんな存在すら、おれには贅沢だと言わんばかりに取り上げようとする世界に、憎しみを抱きそうになった。

     それでも、そうならなかったのは。

    『私は必ず、きみにまた会いにいきます。独りにはさせません……きみが、望んでくださる限り』

     他でもない、ニコラシカがそう言ってくれたから。オレに約束してくれたから……信じてみようと思えたんだ。

     なあ、ニコラシカ。今のおれじゃあ、あんたより背も低くて、力だってないかもしれないけど……いつか絶対に、あんたを守れるくらい強くなって、背の高い立派な大人になるから。だからその時まで絶対に、誰のものにもならないで。おれだけのあんたになりにきてほしいんだ。

     その日までずっと、待っているから。
    96_ymd Link Message Mute
    2022/09/26 23:12:06

    バック・トゥ・ザ・フューチャーなレモニコ

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