空閑って廉には冷たいよね育成枠の決定があった次の日から、今までの稽古時間は、実際のキャスト達による本格的な卒業公演の為のそれへと変わっていった。
育成枠に選ばれなかった俺達、他の2年生には、裏方という重要な役割があるのだが。何故かまだまだ稽古場に顔を出し、この稽古風景を眺める日々を続けていた。
まあ、裏方なんだから、舞台の流れを知っていなければサポートのしようもないんだけど。ただ、アンシエントによる指導中は、今後のためにもいい機会だからと、その指導方法含めこの稽古風景を見ておけ、ということらしい。
メインキャストの合流はまだ先であるので、今はそれまでの間に育成枠キャスト達の演技を仕上げる稽古が行われていた。
「休憩にする。再開は20分後だ。各々水分補給をしっかり取るように。」
アンシエントからの言葉に従い、皆一斉に休憩へと入る。役者もそれ以外も関係なく皆、蒸し暑い(ここ最近空調の効きが悪いのだ)レッスン室にいるため、水分補給へと走る。
持参した水筒やらペットボトルから飲むもの、外へと買いに行くもの様々である。中にはこの休憩中に汗を流そうと近場の水場へと向かうものも居るし、ただ単に外へと涼みに行くものも居る。
俺は持参したスポーツドリンクに口をつけながら、相方である北原廉へと顔を向けた。
「廉、外行く?」
「いや、今日はそんなに酷い蒸し暑さじゃねえし、こっちのが涼しいだろ。聖が外に行くってなら付いてくけど、ここでよくね?」
「そうだねえ。今日は外のが暑そう。用事もないし俺的にもここに居る方が涼しいんじゃないかなって思うよ。」
んじゃ、ここに居ようぜ、と空いてる椅子に腰掛けながら、廉も持参してる飲み物へと口をつける。
その隣に腰掛けると、先程まで行われていた稽古について廉が語り始める。大体は彼の最近のお気に入りである空閑愁の話ばかりなのだが、それ以外にも他の役者の演じ方がどうだとかアンシエントの指導がこうだとか割りと本格的に今回の卒業公演について語ってくる。特に今までは違う役だった為にあまり詳しく見ることができてなかったオーランド役以外のキャスト達の演技が気になるようで、同じ学年ながら、あそこでああ演じるのはすげえとか、ここをそういう風に表現するとは思わなかっただとか、かなりよく見ているようだった。
俺的にも選ばれた彼らの演技を見ることはとても勉強になるし、ああいう演じ方を俺にもできるようになるのだろうかと思わなくもないが、所詮、他人は他人。勉強にはなっても俺にはできないことの方が多くあり、なるほどなと眺めることしかできない。俺は廉のように、自分もあんな風になりたいなんて純粋に思えるような人間じゃないから。
全く。
ちょっと前まで、斜め上から他人を見下した冷めた発言ばかりをしていたくせに。
まあ、あれはあれで彼なりな素直な心の表れだったのだけど。あの時の彼は本当にそう思っていたのだろうし。
本当に廉て単純だよな。裏表が全くない。だから隣にいて心地好いんだけど。
そして今日はどうやら空閑の演技についてべた褒めする日らしい。まあ、オーランドの出てくる場面稽古が多かったのもあるのだろうけど、さっきからずっと、空閑のここが格好よかった、あそこがすごかった、どこら辺がやばかったと熱く語っている。
廉のボキャブラリーが乏しいのはいつものことだけど、それでも大体すごいかやばいしか言ってないから、ふーん、と相槌を打つことしかできない。
それに、そこにちゃんとした単語で表現されたとしても。俺的には空閑に対して特に思うこともないから、共感などしてやれないのだけど。
むしろ、俺的にはあんまり好きになれないんだよな、空閑って。廉はどこが格好いいと思うのか知らないけど、あんな何考えてるのか分からない無表情をいつもしててさ。その内に抱えてるものはその顔とは全くの正反対なのに。
廉が楽しそうにしてるから今のところは気にしてないんだけど。それでもこう毎日毎日、空閑のことばかり聞かされる身としてはそろそろ嫌味も言いたくなってくる訳で。
「廉ってさあ、空閑に会う度宣戦布告してたけど、全く相手にされなかったよね。」
そんで結局、空閑が育成枠取っちゃったしね。そう言えば、目の前の顔が歪むのは分かっていた。
「うるせえな、聖。でも別に相手にされなかった訳じゃねえ、っつーの。……それに俺の本気が足りなかっただけだ、育成枠取れなかったのは」
俺の言葉に嫌そうにしながらも、それでもそんなことはないのだと、はっきりと清々しく言う彼は本当に素直な人間だと思う。
あのときは誰に対してもあんなに冷めたことしか言えなかったのに。
今じゃ多分、本気でそう思っているのだろう。自分の真剣さが足りなかったから、空閑愁に負けたのだと。
「本当、廉て、素直だよね。羨ましいよ、そういうの。」
はあ?何言ってんだ?そう喚く声が聞こえるが気にしない。羨ましいよ、本当に。俺にはできないから、そういうの。
「あ、空閑だ」
「え、愁?どこだよ?」
ちょうど休憩から戻ってきたのか、レッスン室へと入ってくる空閑が見えた。それに気付いた廉が嬉しそうに空閑の元へと駆けていく。
そういうところだよ、とは口に出さずに胸の中に留め、廉の後を追うことにした。
「愁!外に行ってたのか?外今日暑くねえ?」
「……別に。ついでに汗流してきたからそうでもねえよ。」
廉の楽しそうな嬉しそうなはしゃいだ声に対して、返答はするものの、いかにも鬱陶しがってることを隠そうとしない空閑の冷たい声。それ以外に用がないなら話し掛けるなと全身で表現してくる辺り、なかなかに苛立っているようだ。
ほら、そういうところがさ、俺的にはね。
まあ、そんな事、今の廉には関係ないみたいだけど。
「ああ、今日の愁、めっちゃ出番あったもんな。そりゃこんな蒸し暑い中あれだけ動いたら大変だったろ。すっきりしたんじゃねえか?」
「……ああ、まあな。……他に用ないなら行くぞ。休憩中にもやりたいこと沢山あるんだ」
「なんだよ?ちょっと声かけただけだろ?そりゃ愁の邪魔はしたくねえけどよ。ちゃんと休むときに休まねえと身が持たねえぞ、愁」
てか、ちゃんと休んでるのか?と、空閑に冷たくあしらわれながらも一生懸命食いついて、空閑へと話し掛ける廉。
本当に健気だよな。邪険にされてるのに空閑の事が気になって仕方ないんだろう。廉、素直だよね、そんなに心配なんだ。
「休憩まだ半分残ってるんだから、少しくらい廉に付き合ったら?どうせまたさっきの稽古の繰り返しするだけだろ?なら、ちょっと息抜きとして廉の相手したってよくない?
まあ、廉の相手して余計に疲れちゃうかもだけど。」
あんまりにも必死に空閑へと休むよう声をかける廉を見かねて口を出してしまったけど。まずったかな~なんて思いながらもそれを一切出さずに、にこにこと空閑へと笑いかけてみる。横で廉が酷えよ聖って喚いてるけどさ。
「……休憩ならもうとった。お前の相手するくらいならダンスの練習する方がまだましだ」
「愁までなんだよ、酷くねえ?」
「時間はあるようでないんだ。もっと良いものにしねえと、まだまだ足りねえ。」
そりゃ今回はイレギュラーも多いし、そのせいで未完成な所も多くて、それなのに本番まで日がないってのもあるけどさ。
今からそんなに根詰めたって仕方なくない?って俺的には思っちゃうけど。
「空閑って本当、廉には冷たいよな~」
だって、こーんなにも心配してるのは廉なんだよ。気遣って心配って真っ直ぐに空閑だけを見つめているのは廉なのに。
「いいんだよ、聖。愁は愁でちゃんと考えてんだ。愁が大丈夫なら、大丈夫だ。
悪かったな、愁。邪魔しちまって。」
ほら、行くぞ聖。と、俺の背中を押しながら空閑から離れようとする廉。まあ、廉が本当にそれでいいなら俺的にはもうこんな空閑の相手なんてごめんだし。
素直な廉はただ、邪魔されて怒らせちゃったとしか思ってないんだろうけど。
「じゃあな、愁。でも水分補給と休養はしっかり取れよ。じゃないと有罪だぜ?バテてもしらねえからな~」
きっとそんなやり取りがあったからだろうか。
『お前も優しくしてほしかったら弁当の一つでも作って来るんだな。』
『言ったな、愁!弁当作ってきてやるから手洗って待ってろ』
まさに売り言葉に買い言葉。そんな感じで始まったこの空閑への弁当作りなのだが。
「なんでそれに俺が巻き込まれてるのかな、廉?」
「いいだろ別に。つか聖の方から手伝おうかって言ったじゃねえか。今何か向こう立て込んでるんだから、あれ長引くようならみんな参んだろ。だから気分転換にもなるよーにって持ってくんだろ。」
その為にはかなりの数要んだろ、俺一人じゃさすがに限界だから聖も手伝え。
そう言って黙々と白いお米を握り続ける廉。
朝からどこぞのチームリーダーの行方が不明らしい、というのが第1寮内に回り、皆で手分けしてを捜索してるそうだ。ということを廉から聞いた。
廉はその第1寮に住んでいるが、件の彼に関しては行き先をよく知る程仲がいい訳でもない。そこで捜索は同室の者の方に任せ、自分はその捜索をしている彼等への息抜きのために動くようにしたそうだ。
まあ、空閑はその行方不明の彼と同じチームだし、必然その捜索に加わってる訳で。
そんな空閑のために、今こうしておにぎりを作っている、というのは一目瞭然な訳で。
でも何もこんな慌ただしい中作らなくてもよくない?と、俺的には思うんだけど。
廉は空閑が絡むと本当にあほだからな。
善は急げ的な思考があるのか、あのやり取り直後、本当に作ろうとして寮へ戻ったそうで、それを聞いて呆れて何も言えなくなってしまった事を思い出す。
(因みに、廊下に出てすぐに先生に捕まったらしく、あっけなく引き摺られながら教室へと逆戻りしていたが。)
あれから授業や稽古がある間はそのチャンスもなく、休日が来るのを今か今かと待ちわびていたってのは知ってるけど。
ーー俺は星谷がどこに居るか探し出せる程、星谷のこと知らないし。でも、愁のために何かしてやりてえから。疲れて帰って来たら腹だって減るだろ?なら、ちょうどいいって思ったんだ。差し入れとして弁当持って行けばさ。
そう、はにかみながら嬉しそうに言われてしまえば、俺的には何も言えない訳で。
仕方ないか。手伝ってあげよう。他ならぬ廉の頼みだし。
そう思って俺もこの白いお米達をひたすら握り続ける事にした。
「でも何でおにぎりなの?」
そろそろ残りのお米も減ってきて、出来たものたちを何かに詰めようかと、食堂にあるお重を引っ張り出しながら、少し疑問に思っていた事を訊ねてみる。
「何でって、弁当ったら握り飯だし、手で簡単に食べられる方が愁も有り難いだろ。疲れて戻って来るなら尚更。」
「なるほどね。廉て思ったよりも本当にあほの子だったね。」
全て空閑のため、ね。本当に廉の頭は空閑のせいであほになってしまったようだ。
俺的にはそんな廉が本当に可愛くて可愛らしくて面白いからいいけれど。
でもねえ。
俺の発言にぎゃーぎゃー喚いてる廉を放って、俺はひたすら量産したこのおにぎり達をお重へと詰める作業に没頭する。
あんなに空閑空閑と言ってるのに、その空閑本人と言えば。
やっぱり俺は空閑を好きになれそうにない。
「何やってるの、こんなところで」
残っていたお米もなくなり、作り出したおにぎり達を全てお重に入れきった所で、声をかけられた。珍しい。彼が自分から俺に声をかけてくるなんて。
「ああ、廉と一緒に第1寮のみんなに差し入れ行くんだ。揚羽も行く?」
そう答えながら振り返って見れば、そこには予想通りの男、揚羽陸が立っていて。
「……君に聞いたんじゃない、僕はそっちの彼に聞いたの。
……ふーん。てことはユウタとか、に?」
ああ、やっぱり。君はいつだってそう。
返したのが俺だったからか、揚羽は嫌そうに眉をひそめている。
「うん、そうそう。星谷とかね、そこら辺。
まあ、正しくは廉が空閑に持っていく為になんだけどね。」
「おい、聖何言って「揚羽も星谷に差し入れしたいでしょ?」……」
「ユウタに……うん、手伝う。」
「じゃあ、蜂矢も呼んできてよ。あと運ぶだけなんだけどさ、お重の数が多くなっちゃって。人数多い方が助かるからさ。」
「分かった。ソウも呼んでくる。」
素直な揚羽は俺の言葉に頷き、蜂矢を呼びに食堂から出ていった。
「……おい。何勝手に決めてんだよ。」
「だって、この量だよ?二人じゃ運べないって。別に運んでもらうだけなんだからいいでしょ?」
「俺が言ってるのはそういうことじゃ……」
「いいだろ別に。……揚羽が加わったところで見つかる訳でもないんだし。下手に不安を煽ったって仕方ないだろ。」
「……そりゃそうかもしんねえけど……」
まだ納得してない様子の廉を見ながら、さて、どう丸め込もうか考える。
俺的には今星谷が行方不明なことを揚羽には絶対に伝えたくない。知らないままで済むならそれに越したことはないんだから。
「まあ、確かにがむしゃらに探したからって見つかる訳でもねえし、チーム鳳だけでなくチーム柊の連中も探してんだ。見つかって何事もなきゃそれが一番だしな。俺らは俺らでやることやるなら、あっちのことはあっちに任せとくべきだよな。」
ほら、手を動かせって。あいつらが戻ってきたらこれ持ってくんだから、準備しとこうぜ。
そう笑いながら廉が話し掛けてくる。
「それに黙ってんならそのしかめっ面も何とかしろよ。何かありましたってバレバレだぜ?」
いつもの聖のスマイルどこ行ったよ、取り敢えず笑っとけって。
「うん、ごめん。廉、ありがとう。」