空閑愁の独白
北原廉と海に行ったあの日。
あいつがビルの間から沈む夕陽を見つけたあの後。
海に太陽が沈むまで、
俺はあの夏を思い出していた。
ついこの間までの、こいつと競いあった、あの夏を。
むせかえるように暑かった、あの夏を。
あいつの横に立って、ただ静かに夕陽を眺める。
あいつも俺も、黙ったまんま。
反射して光る波間はきらきらと眩しい。
「愁」
凛とした響きを持って、北原が俺を呼ぶ。
真剣な横顔。ただまっすぐに前を見つめたまま、あいつは口を開く。
「負けねえからな。」
海を見つめたまま、そう宣言する。
「オーランド役は譲っちまったけど。でもこれからだって負けねえ。」
ギラギラと。ギラギラとしたあのいつもの目をして、北原は海に向かってそう宣誓布告する。
──なら。
「よそ見すんなよ」
ずっと、ずっと。
役の上でもそれ以外でも。──今はそれだけでいい。俺だけを見ていてくれれば。
──同じだけ、こいつを見たいと思うから。
「当たり前だろ」
だってまだ愁追い越せてねえしな。──そういって笑う北原が。
太陽によって照らされた海よりも砂浜よりも、ずっとずっと、きらきらと輝いて見えた。
──そうだ。よそ見しねえなら、それだけで良かったんだ。
あいつに抱いた独占欲も、こっちを見ていてくれるならば──ちゃんとずっと、俺を見てくれるならば──満たされる。──そういうもんだと思ってた。
だけど。
本当は分かってた。それだけじゃ足りないのだと。
あいつに抱いたもんを、どうしようもねえ独占欲だと思って。それが満たされればそれで良い、なあんて蓋をして隠していたけど。
本当はそうじゃねえって分かっていた。
──だって。
あの時。
もう一度──と言って、笑ったあいつを見て。
俺は分かってしまった。こいつの視線を独占し続けたい理由を。
見ていてくれるなら、どんなに酷くしたって大丈夫だと思ってしまっていた理由も。
もっとちゃんと見てもらえるなら、少しだけ優しくしてもいいかと思った理由も。
泣いていたあいつを見て、後悔した理由も。
離れていくのが、どうしても耐えられなかった理由も。
触れた腕を手放してしまったことを惜しく思った理由も。
全部、全部。あの笑顔を見て、分かってしまった。──分かっていたんだ。あの時に──。
俺は北原廉が好きなんだ。あいつをもう手放せないと、そう思うくらいには。
好きなんだ。だから──。
よそ見しねえ、それだけで良い。──なんて。
無理な話だったんだ、最初から。そんなんじゃ足りねえ。──足りるわけがねえ。
あいつが逃げ出すというのなら、なおのこと。
いや、あいつが逃げ出したから分かっちまった。──そうじゃなかったら多分、あのまんまでも満足しようとしてた。
あの時に既に自覚しちまった気持ちも、全部全部蓋をして。よそ見しねえならそれで良い、なんて生ぬるいもんに置き換えて。あいつに抱いた感情は、ただあいつからの視線を独占したい──そんなどうしようもねえもんでしかないと思い込んで。見ないフリして。隠しちまった。その方が良いと思って。
誤魔化して、それで満足しちまった方が良いんじゃないかって思ったから。
そんな俺でも、あいつは傍に居てくれると思ったから。
もう一度と言って、笑ったあいつなら。居てくれるんじゃねえかと思ったから。
──だから。逃げるというのなら、容赦はしねえ。
蓋して見ないで隠して誤魔化しちまったもん、全部ぶちまけて。どうやったって繋ぎ止めてやる。あいつがここから逃げねえように。よそ見しねえように。
俺は北原廉が好きなんだ。あいつをもう手放せないと──もう手放す気などないと、そう思うくらいには。