my ice blue
あの日からずっと、俺はあの青に囚われたままだ。
世界を救う戦いに巻き込まれ、愛する家族まで危険な目に遭った。人ならざる4本腕の怪物にも、夜の色の鎧をまとった、氷を操る無口な男にも。
特に後者には、家族を拉致された上に氷に閉じ込められるなんていう、普通では考えられない仕打ちをされた。
だからあの時は必死だった。救わなくては。俺の大切な大切な、やっと手に入れた家族という存在を守らなくては。失くしたくない。傷つけるものから守れるのなら俺の命だって差し出せる。
拳を男の身に打ち込み、間近で見た淡い淡い青い目はあの時はただ恐ろしくて、憎くて、怒りに任せて睨み返したけれど。
「コール?」
妻が気遣わしげに覗き込む。なんでもないよ、ぼんやりしてたかなと言えば、優しい言葉が返ってくる。優しい声、優しい手、優しい瞳。全ての仕草に愛情が満ちている彼女を、俺も同じだけの強さで愛している。この先もずっと変わらず愛して行くだろう。
「もう人間界も安泰なんでしょ?」
娘も大きくなった。年頃と言うのに彼氏だなんだとは縁遠いようで、セコンドなんて任せなければよかったと後悔してる。だってみんな弱っちいんだもんだなんて、あの時の面々と比べてしまっているのに自覚がない。一般的な感覚から大きくズレた基準で生涯の伴侶を選ばないで欲しい。一生見つからないのは困るよ。
「ね、おじいちゃんから葉書が来たよ」
「本当? 今どこだって?」
胸の痣の由来、孤児の俺の遠い、とても遠い血縁のハンゾウさんは、あの戦いの後ほんの数ヶ月だけ俺たちと暮らしてくれた。けれど、違う世界の存在になった自分が俺たちの生活の害になってはいけないと離れて行った。
「中国!サブゼロさんの、えーと、セーフハウス?かっこいい!そこにいるんだって」
サブゼロと聞いて胸がぎくりと跳ねる。
瞼に蘇る淡い青。
彼もまた人ならざる存在として俺たちの前に立ちはだかったが、十戦目を前に離脱。ハンゾウさんが俺たちと暮らすことになった時、彼はジャックスの家になかば強引に引き取られた。ハンゾウさんよりずっと現代に通じ、何ヵ所も自分の拠点を持っている彼がなぜかおとなしくジャックスと同居していると聞いた時はひどく動揺した。
なぜ。
どうして。
俺じゃダメだったの。
そう言う理由ではないと頭では理解しているつもりなのに感情が追いつかない。俺には大切な家族がいて、彼は害そうとした本人だ。どれほど時が経とうとわだかまりはゼロにはならないだろう。共に暮らすなど論外だ。
なのに、割り切れない。
あの人がそばにいたらどんなだろう。
名前を呼べば振り返ってくれるのだろうか。
頼めば、あの目を見つめることを許してくれるだろうか。
いつかは、触れさせてもらえるだろうか。
「お返事なんて書く? みんなで一緒に考えようよ」
愛娘の声で我に返る。妻はさっきと同じ気遣わしい視線を俺に向けている。気遣い。そう。様子がおかしい夫を心配している。
「そうだな、ええと──」
ずいぶん時が経った。俺はすっかり歳を取り、娘はなんとか生涯の伴侶を見つけ、結婚。あの戦いの頃の自分の歳に近くなった。孫に妻の遺影を近づけて、おばあちゃんですよーと笑う横顔がそっくりだ。
「お義父さん、膝の具合はどうです?」
「ああ、ありがとう。ゆっくりなら大丈夫、歩けるよ」
立ってる。
アリー、俺はまだ立ってるよ。生きてる。この愛おしい家族と共に。
今日はなんのお祝いだったかな。奮発して食事会をしようと久しぶりに街に出てきたのは覚えているんだけど。
雑踏さえ珍しく感じるほど外には出なくなって久しかった。目に映る全てが新しくて、珍しくて、年甲斐もなくきょろきょろと視線を巡らせる俺を見守ってくれる娘夫婦の眼差しはあたたかい。
「──っ」
すこし、まっていてくれ、しりあいをみつけた。
もつれる舌でちゃんと言えたかな。
動きの悪くなった足を叱咤して進む。
消えないで。
幻で終わらせないで。
どうか。
「コール」
先に俺を見つけたのはハンゾウさんだった。俺を見て目を細める仕草は変わっていない。いでたちはずいぶんこなれているけれど、姿は当時のままだ。
そして、隣には彼より高い背の男性。
「サブ、ゼロ……」
「……」
ああ!
ああ!
胸に歓喜が湧き上がる。
青!
この青だ!
恐れて、憎んで、憧れて、囚われた!
どうか俺だけを映してと、夢で懇願までした青!
ハンゾウさんが何か言っているのも聞かず、サブゼロの腕をひしと掴み、興奮と緊張で震えながら一言を絞り出す。
「会いたかった……!」
俺を見ると昔刷り込まれた命令が蘇って苦しくなるからと、ほとんど会わせてもらえなかったんだよ、覚えてる?
今ならもういいでしょう?
俺はもうすぐ寿命を迎える。
ハサシの血統は、絶えるよ。
エミリーはアリソンの連れ子なんだ。
知ってた?
だから、ねえ、最期のお願いを聞いて。
人生で唯一最大の、家族への裏切りを。
あなたと口づけを交わしたい。
「貴様の裏切りに加担する気はない」
取りつく島もない態度に、なぜか俺は安堵した。あなたならきっとそう言ってくれると信じていた。
俺を裏切り者にせず、家族を傷つけないあなたの当然の拒絶を、俺は都合よく受け止めていいかな。あなたも俺を想っていてくれたのだと勘違いしていいかな。
ああ、ダメだ。それはいけない。間違っている。
あなたは誰も見ない。隣にいるハンゾウさんさえ。
孤高の凍土だ。
強く、恐ろしく、全てを拒む絶界の氷壁であれ。
「そうですね。俺が愚かだった」
驚くほど冷静な言葉が出せた。
「最期に、あなたの瞳を見られてよかった」
それから三年後、焦がれた青に己が映った歓喜を胸に秘めて、コール・ヤングは永の眠りについた。
穏やかで、満ち足りた顔をしていたと言う。