触れる
指先まであたたかい。指の腹でさえやや硬いそれは彼の過酷だった時間を思わせる。自分に触れる彼の時間。触れて、重なって、いずれ縒り合わさっていくのだろう。未来のことを考えてもいいと微笑んだキャンディブルーに、どうしようもなく胸がしめつけられて、タトゥーに飾られた彼の胸に顔を埋めた。やはり、あたたかい。包み込むように背中に回される腕も、額にそっと落とされるくちづけも、今までの自分にはあまりにも縁遠かったものばかりで、まだうまく受け止められない。でも、心地よい。手放したくないと思う。
「どうしたらいい?」
このぬくもりをとどめておくには、何が必要だろう。
自分はどれほどの犠牲を払えばいいだろう。
金銭でないのは知っている。
体、と言うのも違う。彼ほどの容姿と性格ならば男女問わずよりどりみどりのはずだ。
そんな彼に、自分の傍らにとどまってもらいたいのだ。生半可な対価ではない。
「俺のことを、好きでいて」
「そんなの!」
自分が願ってやまないことだった。
あなたの輝きを私に見せてください。
あなたの温度を私に分けてください。
あなたの眼差しを、私に独り占めさせてください。
「ダメ?」
そんなわけがない。
彼のいない時間など考えたくもないほどには、心を預けきっている。それを伝えたい。けれど、伝えたら負担に思うかもしれない。こわい。しがみつくしか、できない。
「俺のこと、好きか」
「うん」
すきです。
だいすきです。
他人と距離を置いて生きてきたから、それ以上はまだとても言えないけれど。
言える日が来るまで、隣にいてください。あなたの傍らにいさせてください。
「俺も、好きだ」
「いいのか」
自信がありません。
あなたをとどめておける何かが、自分にあるのか分かりません。
「自信つくまで繰り返すから、覚悟しておけ」
それは、なんと幸せな言葉だろう。
なんと、贅沢な宣言だろう。
願わくば、この蜜月のような日々が長く続きますように。
「そばにいて」
ようやく絞り出した言葉は、幼く、拙く、濁りなく、
「承知」
彼に届いたのだった。