Dolly’s Dreaming and Awakening【Introduction】【attention】
本作は2021年4月3日 21:11pixiv掲載作品となります。
2021年4月10日リリース予定のリディバナパラレル短編サンプルです。
人間のリディ×人形バナージによるファンタジーロマンスパラレルとなります。
オリジナル要素を含んでおりますので苦手な方はご注意ください。
~あらすじ~
政財界を牛耳るマーセナス家の御曹司リディはある日、参加したチャリティーオークションで、亜麻色の髪を持つ少年の球体関節人形がガラスケースに収められた作品『ラプラスの箱』を手にする。その夜、リディは夢の中で『ラプラスの箱』の人形『バナージ』と出会う。毎夜毎夜夢の中で会い心を通わせる二人。しかし、そんな二人の前にある時災難が立ちはだかる。
Ⅰ
その出会いは、もしかしたら運命だったのかもしれない。
リディ・マーセナスがそれを見つけたのは、或るチャリティーオークションだった。彼にとってそのオークションは本当に出る気のない唯々退屈な催し物だった。しかし、招待状を出してきた主催者と彼の父は、例え腐っても、切っても切れぬ縁で結ばれており、あまり断れる状況ではなかった。『マーセナス』という名の知れた家柄を背負っている以上、誰かがそれに出席せねばならなかった。生憎、彼の父も姉も義兄も各々他の仕事の予定で立て込んでいる。よって、唯一手の空いていたリディが仕方なく出席せざるを得ない状況となったのだった。
正直な所、リディは「美術品」と呼ばれる物に興味など全く無かった。どちらかと言うと、彼は複葉機の模型だとかどこか少しオイルの香りがする産業革命が齎した人工物の方が好きだった。よって、古典的なルネサンス期の無駄に金装飾を散りばめた豪華絢爛な芸術品にはあまり魅力を感じなかった。そういう訳で、こういった場所を彼は苦手としていた。
チャリティーオークションという事で今回の収益は全て孤児院や介護施設、病院などに寄付されると主催者は言っていた。しかし、それが本当かどうかは定かではない。というのも、これを主催している人物とは実際面識がなかったが、リディが会場に着くまで彼に関してあまり良い噂を耳にしなかったのだ。「表向きは慈善活動を謳いながらも何処かきな臭さを覚えた」というのも、彼がこのオークション出席に気乗りしていない要因の一つでもあった。
オークション開催中、リディは二階のボックス席から様々な絵画や装飾品が高値で取引される様を只々見つめているだけだった。競り合っては落札されの繰り返し。参加者が提示する金額も彼にとってはまるでドングリの背比べを見ているかのような金額であった。実に陳腐でつまらないと心の中で悪態付きながら、そうして只々取引の行く末をぼんやり眺めていた。そのうちに、オークションはとうとう終盤に差し掛かる。
「さて、最後に、本日お待ちかねの目玉商品の登場です」
司会者のアナウンスと共に、地面から二メートルはある一際大きい四角い箱の形状の物が黒い布を被せられて運ばれてくる。参加者皆がその箱に注目を注いだ。リディも同じようにその奇妙な物品を不思議そうに見ていた。
「これがビスト財団の未発表作品であり、世界最高峰の人形師カーディアス・ビストの遺作『ラプラスの箱』です」
司会者の紹介の声と共に黒い布が捲られる。瞬間、会場内が騒然となった。そこに現れたのは、ガラスケースに納められた亜麻色の髪を持った等身大の美しい少年の球体関節人形だった。まるで本当に生きた人間のようなその人形の表情は今にも動き出しても不思議ではない程最高の出来だった。会場内に居た全員がその美しさに魅了された。
それはリディも例外ではなかった。全く魅力を感じない美術品であるにも関わらず、その人形の美しさに思わず息を呑んだ。
―何だ、あれは。あれは本当に人形なのか?
まるでガラスケースに収められた『人間』。それ程までにその人形が人形に見えなかったのだ。思わずボックス席から身を乗り上げ食い入るようにそれを凝視する。透き通る滑らかな白い肌。流れるような亜麻色の髪。澄んだ琥珀色の瞳。その精巧な出来栄えは彼を釘付けにするには申し分無かった。
―あの少年が、欲しい。
突如リディの中で芽生えた物欲。彼はその少年の人形にすっかり魅せられ心奪われてしまった。今まで興味ないとオークションに全く参加する気が無かった彼を、その人形が突き動かした。
「それでは一千万ドルからスタートです」
司会者が始まりの鐘を鳴らす。鐘が鳴った瞬間、二階のボックス席から誰よりも即座に一人の男が声を上げた。
「十億」
澄んだテノールボイスが会場内に木霊する。それとは裏腹に耳を疑うような桁違いの額が聞こえ、司会者も含め会場内に居たすべての人々の時が止まる。
「十億だ」
再度発せられた声に司会者は漸く我に返った。そして、慌ててその声を辿り、二階ボックス席に目を向ける。そこには六三〇番のカードを上げ、さもライオンが獲物を狙うかのような射抜く目付きでこちらを見つめる青年リディ・マーセナス。政財界で名を馳せているマーセナス一族の御曹司。長い足を組みこちらを睨みつけるその表情は正しく奮い立った獅子の様だった。
「なんだ? 十億じゃまだ足りないか? なら三十億だ」
十億では不服なのかと反応のない司会者と参加者達に首を傾げながら、リディは提示した金額を更に吊り上げた。オークションに関して全くのど素人とも謂える彼は、それに関する知識や物差しなど一切持ち合わせていなかった。
彼の鋭い眼光に司会者は恐れ戦き、慌てて震えた声でマイクを通して他の参加者達に尋ねた。
「六三〇番、三十億です。他いらっしゃいますか?」
スタート金額の一千万ドルから三十億ドルと一気に金額が跳ね上がってしまった事で参加者達はすっかり静まり返ってしまった。この場に居る参加者の中には、この作品を目当てに大金を持って今日この場に駆け付けたコレクターも少なくはなかった。しかし、開始一分経たずして出鼻を挫かれてしまい、彼らはすっかり戦意喪失してしまった。彼らにとって相手が悪すぎたのだ。相手はあらゆる繋がりを持つ政財界を牛耳るマーセナス家。例え、こちらがなんとか提示している金額を上回る金額を提示しても、相手は易々と更にその上の金額を提示してくるだろう。仮にこちらが落札したとしても、後でどんな仕返しが返ってくるか想像しただけで身震いする。口に出さずとも、主催者を含む会場に居る全ての者が既に分かっていた。競り合う相手としては分が悪すぎる事を。
誰も太刀打ちできない相手に、会場内には凍てつくような冷たい空気が流れていた。そんな中で司会者は震えながら、落札を知らせる。
「では、六三〇番、三十億ドルにて落札です」
競売ハンマーの乾いた音が冷え切ったオークション会場内に鳴り響いた。
こうして、リディの元に『ラプラスの箱』が届けられた。継ぎ目一つないガラスケースに納められた球体関節人形の少年が彼の自室に招き入れられる。リディは使用人に『ラプラスの箱』をベッドサイドに設置する様指示した。
設置が終わり一人になった自室で、リディは改めてまじまじとガラスケースの中の球体関節人形を見つめた。ボリュームスリーブのアイボリー色をしたバンドカラーシャツから覗くビスクで出来た透き通る肌。血色の良い頬と唇。キラキラと光を宿した琥珀色のガラスの瞳。近くで見るとより一層分かる。本物の人間の少年かと見紛う程のその美しさに、溜息すら漏れてしまう。
このガラスケースを含めた作品自体の名前が『ラプラスの箱』という作品名で、中の球体関節人形の少年にはまた別に名前があるらしい。しかし、彼の名前は、今や亡きカーディアス・ビストのみが知るとされ、彼の名前を知る者は居ないと落札時に作品説明を受けた。
今にも動き出しそうな人形に見惚れ、リディは人形と自分とを隔てているガラスに手を置き、堪らず声をかけた。
「俺はリディ…君、名前は…?」
しかし、やはり相手は人形。当然、返ってくる言葉などない。その唇が動く様子もない。
「…なんてな。人形なんだから返事する訳無いよな」
滑稽だと一人自嘲し、ガラスから手を離し、踵を返そうとした。その時だった。
(…B…a…n…a…g…h…e…r…)
突然、リディの脳内に呼びかけてきた少年の声。リディにはそれがはっきりと聞こえた。何処からともなく聞こえたその声に思わず驚き、慌てて辺り周辺を見渡すが、当然そこには誰も居ない。もしやと思いゆっくりと人形の方に目を向ける。しかし、人形は以前動かないままだった。
「バナージ……?」
リディの口が聞こえてきたその名の綴りをなぞる。
「今の声、君なのか…?」
リディは再びガラスケースに手を置き、ガラスの向こうに居る人形を凝視する。相変わらず、人形は返事をしない。
だが、気のせいだろうか。その表情が、その言葉を肯定するかの如く、何処か微笑んでいるようにリディの目には映った。
To be continued...
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