The Beauty and The Beast【美女と野獣】【attention】
本作は2020年5月1日 23:29pixiv掲載作品となります。
本話は本当になんでも許せる方向けとなりです。
6:4の割合のファンタジー:本編要素配合のパラレルとなっております。
特にリディが野獣になる表現があるので苦手な方は読まない事をお薦めします。
それでも大丈夫な方はどうぞ。
本作品のリテイク版を2020年12月12日リリース予定のリディバナパラレル短編集『Fairy Tales』収録予定です。収録本ご購入は
こちらからお願い致します。
【2020年11月29日追記】
ある所に、リディ・マーセナスという1人の青年、人間が居た。
彼は元々誰にでも優しい好青年だった。
それなのに、彼が一体何をしたというのか、ある日彼はマーサ・ビスト・カーバインという妖女に『バンシィ』という獣を植え付けられ、毛並が黒く怒りに満ちた赤目をした醜い野獣に変えられてしまった。
彼女は去り際、彼に「その呪いは真実の愛が無ければ解けないわ。呪いが溶けなければ『バンシィ』は貴方を蝕んでいく。『リディ・マーセナス』が残るか、『バンシィ』となるか見ものね」と言い放って霧のように消えた。
野獣へと変貌した息子を見て、彼の父ローナンは悲しみながら彼に謝り、事の顛末を告げる。
自分は地球連邦軍初代首相リカルド・マーセナスの末裔である事。
ラプラスの箱の呪い。
自分はその運命の贄となってしまった事。
父は恐ろしい野獣となってしまった息子を恐ろしさあまりについに閉じ込めてしまった。
静の森に悲しき獣の咆哮が響いた。
バナージとミネバはある人物と和平交渉をしに、極秘裏に地球に降り立っていた。
ローナン・マーセナス。
地球連邦政府中央議会議員。
「彼と話さねばならければならない事がある」と、それが彼女、ミネバが今やりたいとガランシェールで言ったことだった。
それを聞き、バナージは彼女の護衛役を買って出た。
ジンネマンは止めても無駄だということが分かっていたのか、彼らを渋々送り出した。
バナージとミネバはマーセナス邸に到着すると、応接室に通され、暫く待つこととなった。
やがてその場にローナン・マーセナスが現れ、極秘会談が始まった。
彼らの交渉が終わる頃、外は既に夕暮れだった。
「今回はお二人ともお疲れでしょう。今夜はこちらに泊まっていくといい。」
バナージとミネバはローナンの好意に甘えることとした。
ドワイヨンと呼ばれる執事に連れられマーセナス邸の中を案内される。
その際、回廊の窓から今居る屋敷とは別の屋敷が2人の目に止まった。
その屋敷は塀を越えた庭の奥にそびえ立っていた。
ミネバはドワイヨンに問うた。
「あちらの建物は?」
「あちらは別宅でして…危ないですので決して足を踏み込まぬよう」
「危ない…?何故です?」
「古い建物なので崩れやすくなっておりまして…もう数十年と誰も足を踏み込んだこともありません」
ドワイヨンはそう答えたが、見た所、確かに廃れている雰囲気はあるものの、そこまで古びた建物では無かった。
何よりその建物と塀に囲まれた庭はどうも手を加えるように見えた。
怪しい。この人達は何かを隠している。
特にバナージはその建物に何らかの不快感を感じた。
もしかしたら、ユニコーンと同等の脅威が隠れているのかもしれない。
二人は話し合い、今晩潜入を試みる事とした。
雲がかかった、満月の夜だった。
バナージとミネバは錆びついた重い鉄格子の扉を開け、庭に侵入した。
バナージは、実践経験はなかったが、念の為護身用にとジンネマンに持たされたグロック26を構えた。
夕方に見た通り、庭には今でも手が加えられている痕跡があった。
そこはいろんな種類の綺麗な薔薇が咲き乱れ、中には育てるのがかなり難しいと言われている品種まであった。
「こんな珍しい品種まで…」と感心していたミネバの目に、一際黒い薔薇が目に止まる。
それはブラック・バカラという品種の薔薇だった。
その黒い薔薇に魅せられたミネバは思わず触れようとした。
その時だった。
グルルルル…
2人は驚きその音のする方へ振り向いたが遅かった。
その刹那バナージは何か強い力に吹き飛ばされた。
持っていたハンドガンもその拍子に手から離れてしまった。
「っ!!!!」
「バナージ!!!…キャッ」
何かがミネバの首元を掴み上げていた。
その時だった。
雲間から月が覗き、月光が漏れた。
月光が地面を照らしたことにより、バナージとミネバは恐ろしいものを目の当たりにする。
バナージを突き飛ばしミネバを掴みあげたのは人ではなく、全長2メートルはあるだろう黒い野獣だった。
「オードリー!!!」
「バナージ…逃げて………」
バナージはすぐに手から離れたハンドガンを取りに行こうとするが、黒き野獣はそれを見逃さなかった。
ライオンのような足でバナージの伸ばした手を踏み抑えつけられてしまう。
「くっ…彼女を離せ!」
そうバナージが野獣に向けて叫ぶと野獣はギロリと憎悪に満ちた赤い目をバナージに向ける。
「ヒッ…」
バナージは思わず血の気が引く。
言い様のない恐怖がバナージを支配した。
やがて野獣は口を開く。
「無様だな、それでもジオンの姫君の護衛か、ビスト家の末裔」
野獣が喋った事に、最初何が起こったのか分からなかったが、数秒後ハッとなり慌ててバナージは抵抗した。
「ッ!彼女を離せ!」
野獣はフンと笑い、抵抗を物ともせず、ミネバを見遣る。
「よくもこんな所に土足で踏み込んだな…生きては返さない…」
「ごめんなさい、貴方が、居るとは知らなくて…」
「ドワイヨンがここには近づくなとお前達に伝えてるはずだ!」
野獣はギリッと音を立てミネバの首を絞める。
「うっ…」
「やめろ!オードリーを離せ!彼女を傷付けるな!」
「そんなことをほざくことしか出来ないのか!無力な…」
野獣はバナージに軽蔑を吐き、ミネバに目を向けた。
「ジオンの姫君、君に選ばせてやる。俺の為に君の命を差し出すか、あいつの命を差し出すか、どっちか選べ」
今この場にはバナージとミネバ2人しかいない。
武器になる様なものももう持っていなかった。
事態は最悪の状態、万事休すだった。
ミネバの首を絞める野獣の力は強くなっていく。
よもや一刻の猶予も無かった。
「オードリー、俺を選んで」
バナージはミネバに叫んだ。
「バナー、ジ…でも…」
「君はこんな所で死んじゃいけない…ガランシェールに戻らなきゃ。心配しないで、俺は大丈夫だから…何があっても必ず君の元に帰ってくるよ」
ミネバはバナージの目を見、一つ息を吐いて悲しい顔をして言った。
「…ごめんなさい、バナージ」
こうしてバナージは捕虜の身となった。
マーセナス邸の別宅の一室にバナージは投げ込まれた。
「うっ…」
「ビスト家の末裔が良いザマだな…嗚呼、逃げようと思うなよ。下手打てばお前の身柄なんかどうとでもできるんだからな」
バナージは野獣をキッと睨みつける。
「なんでこんな事ッ!どうして!貴方はそんな人じゃないはずです!」
「さあな!言った所で何になる!お前が俺を救ってくれるとでも言うのか!?」
『貴方はそんな人じゃないはず』?あれ、俺は何を言っているんだ。それに『俺が貴方を救う』…?
バナージは自分の口から咄嗟に出てきた言葉に戸惑い、また野獣の言葉に疑問を抱く。
野獣も咄嗟に口走った一言にハッとなり、背中を見せる。
「…お前は捕虜だ。だが、ちょっとした自由はくれてやる。屋敷の中であれば好きに過ごしていい」
野獣は扉に向かい、去り際バナージに残酷な言葉を投げつけた。
「この屋敷は、お前を囲む檻だ。お前は2度と外には出られない」
無常な扉が乾いた音を立てて重く閉じられる。
バナージは涙を溢した。
野獣の名が『リディ・マーセナス』という名だと言う事をバナージは後に知る。
マーセナスという名に、バナージははっきりと聞き覚えがあった。
あの地球連邦政府中央議会議員、ローナン議長と同じファミリーネーム。
バナージはぼんやりとローナン議長との会談中に応接室に飾られていた1つの写真を思い出した。
ローナン議長と複葉機を持った笑顔の男の子の写真。
写真の中の子供は金髪碧眼だった。
捕まって数日、バナージは部屋に篭っていた。
しかし3日経った頃、流石に腹が減ってしまったのでバナージはやむなく食堂に降りると、リディが食事をしていた。
バナージはリディを避けるように、テーブルの端に座り食事を取った。
赤いテーブルクロスが引かれた長いテーブルに、大理石の床の無駄に広い食堂に、1人の少年と1匹の野獣。
側から見ると異様な光景である。
バナージが食べ終わる頃、リディは立ち上がり食堂を出ようとする。
バナージの側を通りすがる際リディはボソッと呟いた。
「お前も、俺が怖いんだろう?」
「え?」
その声は悲しみで震えていた。
あの勇ましい野獣には似つかわしくない、『人間』みのある声だった。
「待って」
バナージはリディと話がしたくなった。
リディを呼び止めようとバナージは席を外し追いかけた。
その際、バナージの手がリディの腕に触れる。
その瞬間、リディの中で稲妻が走った。
それからものの数秒の出来事だった。
リディはバナージの胸ぐらを掴み、思いっきり床に叩きつけた。
バナージの背中に鈍い痛みが走る。
「痛っ…」
バナージはすぐ上体を起こそうとしたが叶わなかった。
仰向け状態のバナージを組み敷き、赤い眼をした黒き野獣は次の瞬間あろう事かバナージの首めがけ噛み付いた。
「ッアアアアアアアアアアアア!!!!!」
鋭い痛みがバナージの身体を支配する。
頭の中で危険を伝えるアラームが鳴り響く。
「やめろ!離せ!!!!はなせっってば…クッ…アッ…」
野獣の身体を退けようと押すもびくともせず、段々意識が朦朧としてくる。俺は死ぬのかとバナージは恐怖を感じた。
その時だった。
「…………!?」
リディが正気に戻り自分が作り出した状況に青ざめた。
咄嗟に噛むのを止め、急いでバナージ上から退く。
「おい、しっかりしろ!」
床にポタポタと赤い液体が落ちた。
バナージは動かず虚ろな目でヒューヒューと呼吸しているだけだ。
「待ってろ、今助ける!」
そう聞こえた所でバナージは意識を手放した。
気付けばバナージは夢を見ていた。
1人の青年が、魔女だろうか、何やら魔法をかけられている。
青年の首から上は靄がかかり顔は分からない。
彼は苦しそうに悶絶し、床に転がっていた。
すると彼の姿がみるみるうちに変貌していく。
白い肌は黒い毛に覆われ、足の骨格はライオンのように折れ曲がる。爪や歯は獣の様に鋭くなった。血のように紅い2つの光はきっと目だ。
途切れ途切れしか聞こえなかったが、女は「呪いが溶けなければ、『バンシィ』は貴方を蝕んでいく。『リディ・マーセナス』が残るか、『バンシィ』となるか見ものね」と言っていた。
項垂れた野獣。重苦しい鉄格子の扉が彼を閉じ込める。
野獣に変えられた青年は悲しみのあまり咆哮した。
バナージが目を覚ますと、一筋の涙が落ちていた。
目を擦り上体を起こすと、そこは自分にあてがわれた部屋のベッドの上だった。
首には包帯が巻かれ、適切な処理がされている事が分かった。
見回すと、側に黒い野獣が眠っていた。
どうやら一日中看病してくれたらしい。
ベッドサイドには消毒液などの救急キットが置いてあり、赤い斑点の付着した包帯が乱雑に床に落ちていた。
僅かな軋みで目が覚めたのか、リディが目を開けた。
むくりとリディは顔を上げ、バナージを見る。
2つの青い眼がバナージを映し出す。
「目が覚めたのか」
「あ、はい…」
「身体、その、大丈夫か…」
「はい…大丈夫です…」
「そうか…ちょっと待っててくれ、紅茶を淹れてくる」
そう言ってリディは立ち上がった。
リディは紅茶を淹れ、バナージに手渡すと、椅子に腰掛けた。
バナージは手渡された紅茶に口をつけた。
茶葉はアールグレイだった。
美味しい。本当にこの人が淹れたのか。
恐ろしい見た目とは裏腹に、優しく温かい。
「本当にすまない…」
リディは俯きながらバナージに謝った。
「いえ…」
「時々、ああやって我を忘れて本能を向き出しにしてしまう時がある…自我を保とうとするんだが…本能には逆らえない…」
リディは俯いてた顔をバナージに向けた。
「俺が怖いんだろう?」
リディは食堂の時と同じ質問を再び投げかける。
先ほどまでは恐怖を感じていた。
危うく死ぬ思いをした。
しかし不思議な事に、今はあまり恐怖を感じなかった。
バナージはどう答えたらいいか分からず沈黙していると、リディはその無言を肯定だと思い、話を続ける。
「皆俺を恐れる…醜い野獣だと恐れ、皆俺の周りから姿を消した…俺を忌み物として扱った」
その声は震えていた。
とても悲しげだった。
「…一人はもう、嫌なんだ」
まるで人間の子どものような呟きが野獣の口から溢れた。
それから沈黙が続き暫くしてリディは再び重い口を開く。
「…もうあまり俺に近づかない方がいい」
「何故、なんです」
「…見ただろう。俺の中の本能を…自分で制御することも出来ない…これは『呪い』なんだ」
『呪い』という言葉に先ほど見た夢を思い出す。
とても鮮明に憶えている。
先ほどの夢はもしかしたら過去視かもしれない。
あの獣はリディで間違いなかった。
だとすると、彼は今、本能…『バンシィ』と戦っているのかもしれない。
彼は人間で居たいのだとバナージは直感した。
「お前を傷つけてしまう。今度は本当に食い殺してしまう…だから…」
「それでも!」
突然リディが話してるのをバナージは遮った。
「それでも…貴方を1人にはできません」
リディは返ってきた意外な言葉に驚き目を見開く。
「どう、して…」
戸惑いの声にバナージは優しく答えた。
「俺にも分かりません。でも、あの時、襲われた後貴方は手当してくれて、こんなに美味しい紅茶を淹れてくれた…本当の貴方はそんな酷い人じゃないと思うんです」
両の手に包まれているカップの中の温かい紅茶を眺め、バナージは野獣の眼に目線を移す。
「貴方は『バンシィ』なんかじゃない、「リディ・マーセナス』です」
その言葉を聞いてリディは青い眼を一層見開き涙を一粒溢した。
その言葉は彼がずっと欲しかった言葉だった。
それ以来リディとバナージは一緒に過ごすようになった。
一緒にご飯を食べ、暖炉の前で一緒にボードゲームをしたり、庭を一緒に散歩したり、時にはリディがバナージに乗馬を教えたりもした。
もしこの時点でバナージに逃げる意思がまだあったとしたら、その気になれば屋敷から逃げるチャンスはいくらでもあった。しかし、バナージは逃げなかった。
「彼を1人にしない」と約束した後だから尚更、屋敷から逃げる事など、そんな頭はどこにもなかった。
2人はすっかり打ち解けていた。
リディは完全にバナージに惚れていた。
出来る事なら、この手で彼を抱き締めたかった。
しかし、結局リディは自分から触れようとはしなかった。
触れたらまた、自分の獣としての本能が目を覚まし、目の前の愛しい人をこの獣の爪が引き裂いてバラバラにしてしまいかねない。
一緒に過ごしてて分かったことだが、彼は硝子細工の如く壊れやすく繊細な子だ。
リディはそんな彼を壊さぬよう、触れないよう、でも優しく接した。
バナージの方も、不器用ではあるが、そんなリディの優しさをしっかり受け止めていた。
何故だか分からないが、リディを見ているとほっとけず、一緒に居ないと逆に落ち着かない。
何ともいいようのないものがバナージをそうさせていた。
しかし、それが一体何なのか、どこから来るものなのかバナージには見当がつかなかった。
「バナージ、大変だ」
ある日、リディが血相を変えてバナージの部屋に駆け込んでくる。
「どうしたんですか」
リディは重苦しく持ってきた知らせを伝える。
「今情報が入ったんだが…ガランシェールが狙われている」
「!?誰にです」
「恐らくゼネラル・ネビル…しかも相当な数だ…」
「そんな…」
バナージは愕然とした。
どうしよう、助けに行かなくては…
でも自分が行ってしまうと目の前のこの人を1人にしてしまう。
一人にしないと約束したのに。
神妙な面持ちで悩んでいる彼にリディは迷わず言った。
「バナージ、今すぐ彼女を助けに行くんだ」
「え…リディさん…それって…」
「釈放する…」
バナージは目を見開いた。
「いいんですか」
リディは静かに首を縦に降った。
「俺の事は大丈夫だ、心配要らない、早く行ってやれ」
声色は平然を装っていたが、その表情はどこか切なげだった。
「…ただ、約束して欲しい…1週間後には帰ってきてくれ」
バナージは彼の目を見た。出会った時の怒りに満ちた赤目とは違い、今は青空のような碧眼になっている。優しい目だった。
「分かりました…リディさん…ありがとうございます」
バナージはユニコーンに乗り、ガランシェールに急いで向かった。
リディは悲しげにユニコーンが飛び立つ姿を見ていた。
そして自分がやった行いに自嘲した。
よりにもよって彼を愛してしまった。
しかも彼はビスト家の末裔。呪いの元凶。
本来憎むべき相手を愛してしまった。
そして、その愛しい人を自ら手放してしまった。
1週間後に帰ってこいとあの時約束したが、もしかしたらこのまま帰って来ないかもしれない。
いや、もう戻ってなどこないに違いない。
そもそもバナージを捕虜としてこの地に無理矢理縫い付けていたのは他ならぬ自分だ。
誰か側にいてほしいという自分勝手な我儘を理由に彼を捉えこの檻に閉じ込めてしまった。
彼にとって残酷な事をした。
彼には帰るべき場所がある。
彼はミネバ姫、彼女の側にいてあげなければならない。
孤独には慣れてるはずだ。
バナージが来るまではひとりぼっちだったんだ。
大丈夫、以前の状態に戻ったんだ。
これからも1人で生きていこうとリディが思ったその時だった。
『1人にしないって言ったのに』
その瞬間ドクンと一際大きく心臓が鼓動する。
「ァ…ガ…アッ……」
一気に上昇する心拍数。
逆上してくる感情の波と爆発。
碧眼がみるみるうちに赤く染まる。
今までとは比べ物にならない発作。
本能…『バンシィ』が顔を出そうとしている。抑えられない。呑み込まれる。
「ぃ、やだ…出てくるな…『バンシィ』になんか…ウッ…なりたく、ない…なって、たまるか…ッ!」
2人で幸せな日々を過ごした屋敷に悲しき獣の咆哮が響き渡り、本能に呑まれた黒き獅子は森に向かって駈けて行った。
「バナージ!」
バナージがガランシェールに戻ったことにより、襲撃は何とか免れた。
ユニコーンから降りモビルスーツデッキに降り立つと聴き慣れた声と共にミネバが現れる。
「無事だったのね…よかった…」
「オードリーも!無事で良かった」
2人共、お互いの無事な顔を見て安堵した。
「貴方どうやって逃げてきたの?」
「ううん、違うんだ、オードリー。逃げたんじゃない。あの黒い野獣…リディさんがオードリーが危ないって送り出してくれたんだ」
ミネバは地球に居る野獣に思いを馳せた。
「そう、やっぱり…彼は獣なんかじゃなかったのね」
意外な返答にバナージは度肝を抜く。
「分かってたの?」
「いいえ、でもなんとなく、そう思えたの」
「そっか…」
バナージはミネバの返答に安堵したが、リディとの約束を思い出し、切ない顔をミネバに向けた。
「オードリー、ごめん。俺、リディさんとの約束果たさなくちゃ…」
「そう、地球に戻るのね」
「うん…」
「聞き捨てなりませんな」
突然二人の背後から聞き慣れた男の声がした。
「ジンネマン…」
「キャプテン!?」
振り向くとジンネマンが突っ立っていた。
「立ち聞きしてしまった事、お許しください」
ジンネマンはミネバに一礼し、次にバナージを見て言い放つ。
「バナージ、お前は自分の立場をもう少し弁えるべきだ。姫様や他のみんながどれだけお前を心配したか分かってるのか。それに、いつまた襲撃されるかも分からん。地球に行って更に事を荒立てるのも宜しくない」
「うっ……」
確かにそうだと思った。
今回の襲撃はユニコーンガンダムの不在を狙ったものだった。
どこからユニコーンガンダムが地球に降下したという情報が漏洩したのか定かではない。
よって、再び地球に降下すればまた狙われる可能性が大いにあった。
「野獣の元には二度と行くな」
ジンネマンが去った後、ミネバはバナージを見た。
「バナージ、分かってあげて…彼も貴方のことが心配だったの。それに、彼の判断は正しいわ」
「うん…分かってる…」
そしてとうとう約束の1週間後の日にバナージが地球に降り立つことは叶わなかった。
約束の1週間が過ぎ、10日が経ったある日バナージは夢を見た。
そこはリディと乗馬の練習をした森だろうか、バナージはそこに立っていた。
目の前にはよく見知った黒い獣が居た。
しかし様子が可笑しい。
黒い獣が血を流して横たわっていた。
「リディさん!」
駆け寄り顔を見ると、苦しそうな顔をしていた。
青い眼は生死を彷徨っているが如く虚ろになっている。
「待ってください、今手当を…」
そう言って彼に触れようとしたその手が彼に触れる事は無かった。
「あ、れ…」
触れようした手は虚しく彼の身体を擦り抜けてしまった。
「そ、んな…」
「ば、なー…じ…」
「!?」
「ひとりっ、て…さむい…んだな…」
そう呟きリディは気を失った。
「リディさん!」
一気に覚醒したバナージはベッドの上で天井に向かって手を伸ばしていた。
あの人の元に帰らなくては。
約束の日はとうに過ぎている。
気持ちより先に身体が動いたようで、気付けばバナージはユニコーンガンダムのコックピットの中に居た。
「バナージ、行くな!」
「嫌だ!」
ジンネマンたちの制止を振り切り、バナージは急いで再び地球に戻った。
「リディさん!」
バナージは探した。
屋敷中を走り回った。
しかし、手当たり次第探したが、何処にも彼の姿は見つからなかった。
一体何処に行ったんだ、と思い当たる場所を考えていると、ある所が浮上する。
夢にも出てきた、リティと乗馬を楽しんだあの森…
バナージは急いで森に向かった。
夢に出てきたあの森に、探していた獣は居た。
「リディさん!」
バナージは横たわる獣に駆け寄り、その身体を揺すった。
「リディさん!リディさん!しっかりしてください!」
呼びかけていると、リディは微かに目を開けた。
あの青い眼を覗かせて。
「バナージ…戻ってきて、くれたのか…」
「はい、戻ってきました、貴方の所に…リディさん、ごめんなさい…貴方との約束を、俺…破ってしまいました…」
バナージは大粒の涙を溢した。
「待っててください、今手当を」
震えながらも触れようとした手をリディの獣の手が制止した。
「もう、いいんだ…俺はお前に酷いことをした…お前を傷つけてた…縛り付けた…当然の報いだ…」
「そんなことないです!リディさん聞いてください…俺は…」
言葉を遮るように、最期の力を振り絞りリディはバナージの頬に触れる。
「最期にお前に会えて良かった…これで幸せにあの世に行ける」
そう言って頬に添えられたリディの獣の手は次の瞬間力なく落ち、彼の重い目蓋は再び閉じられ再び開こうとはしなかった。
「嫌ですリディさん。貴方は死んではいけません」
「今やっと分かったんです。貴方が好きです。愛してます」
「だから俺を」
「俺を、1人にしないで」
静の森に悲しき少年の咆哮が響いた。
その時だった。
突然冷えた獣の身体がエメラルドグリーンの光を放つ。
「この光…サイコフィールド!?」
サイコフィールドの光は獣の身体を宙に浮かせ、獣を包み込む。
その刹那一際眩しく発光して、バナージは思わず目を押さえた。
サイコフィールドの光が止み、目を開けるとそこに1匹の黒い獣は居なかった。
代わりにそこに居たのは1人の青年だった。
バナージは恐る恐る横たわる青年に近づいた。
キラキラと煌く美しいブロンド。
とても凛々しく、端正な顔立ち。
西洋人特有の透き通る青白い肌。
バナージは、本当にその人か分からなかったが、目の前の美しい人をそう呼ばずには居られなかった。
「リ、ディ…さん?」
するとピクリと瞼が動いた。
「ん…」
徐々に開く瞼から覗かせる青空のような碧眼。
バナージはその碧眼をよく知っていた。
紛れもない、愛しい愛しいあの人の目。
バナージの中で可能性は確信に変わった。
「リディさん!」
「バ、ナージ…?」
バナージは号泣してリディに抱きついた。
「リディさん…リディさん…良かった…」
「!?俺、戻って…」
バナージの姿の次に自分の、獣ではないヒトの身体が目に飛び込んできて、驚愕と共に大粒の涙が溢れた。
やっと…この手でお前に触れられる…以前の鋭い爪を持った獣の手ではなくヒトの手で目の前の愛しい人を抱き締められる。
リディはバナージを思いっきり抱きしめ返した。
「バナージ」
「リディさん」
「ずっとこうしたかった…お前をずっとこうやって抱き締めたかった…」
「俺も…俺もです、リディさん…俺もこの時を待ってました」
彼らはお互い抱きしめる力を更に強め、お互いを感じ噛み締めた。
暫くして彼らは抱きしめ合うのを止め、互いを見合った。
スカイブルーの眼と金茶色の眼が交わる。
「リディさん、俺、貴方にずっと伝えたかった事があるんです」
「奇遇だな、俺もだよ、バナージ」
2人はお互いの目を見て言った。
「バナージ、愛してる」
「リディさん、愛してます」
彼らは微笑み合い、どちらからともなく誓いのキスをした。
(Finally the tragic curse was broken by true love.)
【あとがきと言う名の謝罪会見】
今夜の金曜○ード○ョーいかがでしたでしょうか。(白目)
なんてこった…懲りずに2作目を出してしまった…
いや、違うんです、本来出すつもり無かったんです。
先週偶然にも見てしまった金曜ロー○シ○ー『美女と野獣』あいつが悪いんです。自白します。
あれの終盤野獣が死にかけてる時にベルの「私を一人にしないで」っていう台詞で自分の中で雷落ちちゃったんです。おいおい避雷針どこ行きやがった。
お陰様でかなり無理矢理な設定…しかもこんなトンデモ設定なパラレルになってしまいました…
前作より分量かなり増えてる上またしても読み難い…
正直本当にすみません、大変反省しております…
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございましたm(_ _)m