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    メビウス 全身を駆けめぐる血液が沸騰しているかのように熱い。

     別にこっちが望まなくたって、勝手に上へ上へと血管の狭い隙間を、どくどくと脈打ちながら駆け上がるその勢いは、僕の頭なんかひと思いに破裂させんばかりだ。
     僕に向かって一心にぶつけられるこの思いは、ちっぽけなこの身一つで対峙するにはあまりにも力が強く、ことのはじまりこそ苦しさを感じられたが、今となっては首元に添えられた手のひらから、緊張と共に伝わる体温がひんやりと心地よい。
     時間にしてほんの少し、きっと瞬く間の衝動なのに、僕はまるで輪廻の輪の中に放りこまれたように、ただこの瞬間を甘受し、この甘美な時間に身をゆだね、たゆたっていた。

     時間と感覚が超越してしまった今となっては、痛みといった類は何もない。僕の心の中を見透かすように、見つめてくる瞳が静かに揺れている。初夏の清々しい青空が、風に吹かれる湖の水面に映っているかのように穏やかだ。
     見つめてくる瞳から止めどなく溢れるその雫を、この手で拭ってあげたいのに、腕を上げることすらもう、ままならない。僕はただ「大丈夫」と一言、伝えたくて、声を出そうとしたけれど、口元がふっと力なく緩んだだけで、不器用なやつのことだ、ちゃんと伝わっているか心配になってしまう。

     僕らのはじまり。そこに課せられた「約束」は、僕らに同じだけの重さを与え続けてきた。実際のところ、僕は最初の最初、一目見たそのとき、そんなとっくの昔に反故にしてしまったのだけれど、そんな大昔の縛りは今日ついに果たされるのだ。それも、やつの手によって。
     僕がすでに葬り去った契約を、きっちりとそれも自分の手で遂行してくれる、そんな生真面目で律儀なところ。そのくせ、僕をできるだけ綺麗に仕上げてくれるつもりらしく、自分の爪をきれいに切りそろえ、やすりがけまで施して準備をしているところ。なんて不器用で、それでいて優しい人間なんだろう。
     今、まさにこの瞬間だって、僕の不純な心の中を諭すかのように、鋭い視線を向けられると、ふつふつと懐かしい記憶がよみがえってくる。今まで僕に向けてくれた何気ない表情や仕草、それ以外の僕にだけ見せてくれる全てが、ただただ愛おしい。

     こんなに幸せな時間だけれども、悲しいことに終わりが近いようだ。最後の最後まで、姿、形をこの目に焼き付けおきたいのに、もう、目を開くことすら億劫だ。歪む視界が白く霞んでいく。

     ああ、もう一度だけでもあの清潔に整えられた襟足に鼻を埋めればよかった。市販のどこでだって手にいれられる、スキンローションのあの安っぽいムスクの香りに、ほんの少し混じった汗の匂いがたまらなく恋しい。
     ずっと前のはなし。僕が使ってる、お揃いのスキンケアアイテムを贈ったら、とっておきの日に使うかわいいところがあったけれど、果たして今日は使ってくれていただろうか。うまく思い出せない。確かめたくて、鼻をひとつすすろうとしてみたけれど、それすら上手くできない。

     僕らの関係は結局のところ、自分たち次第ではどうにもできなかった。その終わりが早いか遅いかの違いだけで、はじめから結末は決まっていたのだ。お互いに自由なんてなかった。
     ただ、暁の時刻のほんのひとときは、ふたりだけの世界をつくることが許された。僕らにはそれだけしかなかったが、たったそれだけで十分だった。

     まっさらなシーツに覆われた、僕らの小さな世界は時折、突然の「呼び出し」で泡沫のように消えていったこともあった。だけど、二人して同じ相手に悪態をつきながら元のくだらない日常へと戻っていく、そんな出来事さえも、今となってはかけがえのない宝物だ。

     もう一度、自分が今まで手にしてきたどんな宝石よりも美しく、純粋なあの瞳を拝んでおこうと、やっとの思いで目を開ける。ああ、やっぱり美しい。結局、手に入れることができなかったのが惜しい。淡くとけていく色合いだけしか感じられない視界で、ただひたすらに眺めていると、口元が緩んでしまう。ふふ、僕は幸せ者だ。
     
     ほんの一瞬、首根に込められる力が緩んだ気がしたが、最後の力で首元へと自分の手を重ねると、一瞬の逡巡の後、僕の思いを汲み取ってくれたのだろう。すぐに再び力が込められた。ごめんな、こんなことをさせて。

     ああ、なんて幸せなんだろう。最後にこんなことを思うなんて馬鹿だろうが、これで一生僕のことが心に残り続けるのかと思うと、悪い気はしなかった。この一生消えない僕という存在がいつまでも刺さり続けますように、信じてもいない神にだって、今この時だけは祈ってしまう。
     なんて、うそだ。もう、ぼくなんかに縛られないで、自由になってほしい。ことが終わった瞬間からぼくのことなんて、忘れ去ってくれたらいいのに。自分勝手な感情ばかりが押しよせてくるのを止めることができない。

     もうすぐ、かえる時間だ。最後にひとつだけ、これだけは伝えておこう、と微かに残っている力を振り絞り目を開けて、夏の眩い陽の光を反射させる海のように、きらきらと輝く瞳を捕える。
     あぁ、好きだ。大好きだ。心の底から僕を掴んで離さない。こんなことなら、もっと早く伝えておけばよかった。そんなこと、あまりにもいまさらすぎる。だけど、そう思わずにはいられない。

    「いりや、あいしてる」

     ちゃんと伝えたかったが、口がはくはく、とほんの少し動いただけで、ひとつの音も発することはなかった。これでおわり。僕は永遠を手に入れ、ひとりしずかに消え去った、心残りを置き去りにして。


    yo_ru18(465) Link Message Mute
    2022/12/12 5:23:15

    メビウス

    イリヤとソロの関係が永遠になる短いおはなし。明るい内容ではないので、気分が落ち込んでいる場合はおすすめできません。
    タイトルにつけた曲を聴きながら書きました。

    #コードネームU.N.C.L.E. #イリヤ・クリヤキン #ナポレオン・ソロ

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