アスターに口づけを注意事項・彰人×こはねメインです
・杏×冬弥要素を含みます(パートナー成立済み)
・Dom/subユニバースです。本作では、彰人&杏:Dom、こはね:Switch→subに変化、冬弥&絵名:subという設定です(絵名を含むCP要素はありません)
プロローグ 酷く無欲なDom side Akito「うーん、やっぱり東雲って欲求の弱いタイプのDomなんだな」
一昔前は第二性の会話をしてると大抵こう言われた。確かにオレは欲求の弱いDomだった。欲求不満で体調を崩すことも抑制剤の世話になることも無かった。このことを話したらよく驚かれたっけな。
playをする機会なら何回かあった。Domもsubも欲求不満は体によくねえから、パートナーじゃなくてもplayするってことはよくあることだし。体調を崩しやすいタイプのsubだった冬弥や絵名のためにcommandを出すことはよくあった。けど、特に何も感じなかった。ただ、オレが助けてやれる立場にいられて良かったなと思うだけ。subを労る気持ちはあっても、オレ自身がDomとして興奮するとかそういったことは無かった。spaceに入れてやることもできなかったし、オレは本当にDomなのかと疑ったこともあった。
少し前に絵名はいい薬に会って体調が安定し、冬弥は杏とパートナーになった。だからオレがplayをすることはほとんどなくなった。だからオレはNeutralの奴らに近い形で生きることになるのかと思っていた。あいつに突き動かされるまでは。
パラパラとcollarのカタログをめくる。collarっていうのは、subにつける首輪だ。オレにもパートナーができ、collarを贈る立場になった。少し前までは、Domの特性が弱かった自分にsubのパートナーができるなんて、想像もつかなかったのにな。あいつがオレを醒まして、変えてしまったから。
第1章 突然滾る、第二性の血 side Akitoいつからかは覚えてねえけど、何故だかこはねのことを意識するようになっていた。なんでかは分からねえが、こはねといると不思議な感じがする。胸がざわざわするような、熱くなるような、他の奴とには向けない感情。オレはこの気持ちをよく分かっていなかったが、恋だとしたらそんなものに現を抜かしている暇は無いと思い、墓場まで持っていこうとしていた。無理だったけど。
オレとこはねが結ばれるきっかけとなった事件が起きたのはある日、こはねと2人きりで公園にいたときのことだった。委員会で遅くなる冬弥と杏を待ちつつ、軽く声出ししたり他愛もない話をしたりしていた。
しばらくすると、冬弥から「今終わった」とメッセを受け取ったので、「公園にいる」と返した。そのとき、無意識にその言葉をつぶやいていた。事の始まりはたったこれだけのことだった。
近くでドサッと音がして、何かと思ったら目の前には『kneel』の姿勢をとるこはねがいた。何が起きたのか全く分からなかった。
「し、東雲くん……えっと、これは……」
こはねも自身の行動に驚いていたみたいだった。顔を赤らめ、慌てている。その姿を見て、本能が叫んだ。このsubにcommandを出したい、commandで支配してしまいたい、と。初めての感覚。Domとしての本能。正確に言えばこはねはswitchだったけど、このときのこはねはどう見てもDomを求めるsubだった。
「こはね……command出してみてもいいか?」
「うん……えっと、Yes, sir.」
「じゃあまず、なんでこうなってんのか、『say』」
「わ、わかった。私もよく分かってないんだけど、東雲くんが『公園にいる』って言ったときに、『にいる』の部分をcommandの『kneel』と聞き間違えちゃった、のかな……」
「ま、マジかよ……」
「ごめんね東雲くん、びっくりさせちゃって」
「いや、大丈夫だからオレのことは気にすんな。じゃあ次は……」
オレは何よりも驚いた。力のないDomだったはずなのにcommandでもない言葉でsubを服従させてしまったこと、それに対して尋常ではない喜びと快感を感じていること。
それから、他にもいくつか簡単なcommandを出して、ときどき『Goodgirl』とか言って褒めるなどしたが、その度に引きずり込まれていくようだった。何かおかしい。
こんなplay、知らなかった。
「しののめくん……」
「こはね!?もしかして、spaceに……?」
「うん……たくさんほめてくれて、きもちよかった」
そう言ってこはねは眠りについたように目を閉じた。やっぱりこれがspaceなんだろうな。オレはこの日初めてsubをspaceまで連れて行った。playなら何度かしているのに全てが初めてみたいで、心も体も酷く熱くなっていた。
「すまない、遅くなった」
「おまたせ~!って、何やってんの」
今が練習前で、冬弥と杏がここに来るということを忘れるくらいに。
「ねえ彰人、こはねに酷いことしてないでしょうね?」
「してねえよ……酷いことなんて、な……」
「小豆沢はspaceに入っているみたいだな。何があったのかはよく分からないが、もしかすると彰人と小豆沢は相性がいいのかもしれない」
「だろうな……いや絶対そうだな。ちょっと事故ってplayすることになったんだけど、これまでに無いくらいヤバかったし」
「「事故……!?」」
「大したことじゃねえよ。まあ……説明するのはこはねが戻ってきてからな」
その後こはねがspaceから戻り、経緯を説明したら2人に笑われた。
「それってつまり、相性すごく良かったってことだよね!?」
「うん……そうだったみたい。でもちょっと恥ずかしかったな、聞き間違いでああなっちゃうなんて」
「あ~もう、照れてるこはねも可愛いな~!」
「彰人も照れてるな」
「うるせえ。練習始めるぞ」
練習が終わった後、すぐにこはねに声をかけられた。
「東雲くん、ちょっといいかな」
「おう、どうしたんだ……って言っても、やっぱさっきのことだよな」
「うん。それでなんだけど……私達、パートナーにならない?」
「そうだな……確かに相性めちゃくちゃ良かったみてえだし。けどお前、それでいいのか?」
「え?」
「パートナーっていうのはplayするだけの関係じゃねえ。恋人ってことだぞ。一回playしただけで、軽率に決めていいモノじゃねえんだよ」
自分だってこはねのこと気になってたのに、こう返してしまったのは得体の知れない感情から目を背けて遠ざけたかったから。だけどこはねはもう何歩か、オレの心に踏み込んできた。
「軽率じゃないよ」
「……は?」
「私はずっと、東雲くんのこと、見てた」
「見てた?」
「チームをまとめて引っ張ってくれたり、ストイックに努力してたりする東雲くんが、好きなんだ。実はなんとなく、第二性の相性がいいんじゃないかってことも、前々から思ってたんだよ」
「お前……」
こはねの言葉が揺らぐ気持ちを殴ってきた。やっぱりオレも恋をしていたんだと気づかされた。
「東雲くんは、どうなの?」
「っ、オレは……」
「もちろん、パートナーは軽率になるものじゃないっていうのは分かってるよ。だから、東雲くんが嫌なら無理してならなくていい。でもそう言ってくれないと、ちゃんと断ってくれないと……私、諦めきれないよ」
まっすぐな瞳がオレを射った。ずっと自分の想いから目を逸らしていたが、このまま逃げ続けるのはこはねの気持ちまで踏みにじることになるんじゃねえのか。そう考え、ゆっくりと感情を吐いた。
「……オレだって、お前が好きだよ」
「……えっ」
「オレだってお前が好きだよ。歌う姿も、スイーツ食って笑ってんのも、全部目が離せなくなるくらい、惹かれてた。こんな気持ちよく分かんなかったし、今でもうまく言葉にできねえけど……お前が好きだよ」
「だったら……!」
「さっきはああ言っちまったけど、オレもお前とパートナーになりたい」
一度口から出た想いは、とめどなく零れていった。どれだけ抑えようとしても、目を逸らそうとしても、ハナから無理な話だった。
「こはね、オレとパートナーになってくれ」
「もちろん……!よろしくお願い、します」
「はは、なんで敬語になってんだよ。とにかく、オレからもよろしくな」
こうしてオレたちはパートナーになった。練習前後の数分の出来事だったけど、濃すぎて一生忘れられる気がしねえ。
パートナーになってからは沢山playするようになった。二日に一回はしてるんじゃねえかな。以前はほとんどplayしてなかったのに、今ではどれだけヤっても足りずに欲がエスカレートして、抑制剤を飲むことになった。
もちろん、普通のデートもした。オレ達には伝説を超えるっていう夢があるから、その辺のカップルよりは少ねえけど。でも、だからこそ一回一回を大事にできていると思う。Domとかsubとかそういうの抜きにしても、こはねといるのは楽しい。
恋も、Domとしての本能と快楽も、あいつがいなきゃ知る由もなかった。オレはこはねに、色々な意味で変化を与えられている。変わっているのはオレだけじゃない。こはねもまた段々と、オレに染まっているような気がしている。そんなこはねを見る度に胸が満たされていく感じがする。どうやらオレは独占欲の強いタイプのDomらしい。
時間が経って、もうそろそろClaimをする頃合いになっただろう。したいと言ったらこはねはどんな顔をするだろうか。愛しいパートナーに贈るのにふさわしいcollarを探すため、またカタログのページを一枚めくった。
第2章 首元に証を嵌めてドキドキさせて side Kohane お風呂も明日の準備も済ませて眠りに着こうとしたとき、東雲くんからこんなメッセージが届いた。
『明日、練習無いけど予定空いてるか?』
『collar用意できたから』
『Claimしたい』
Claimしたい、と宣言をされてから一週間が過ぎていた。もう用意できたんだ、早いなあ。いや、東雲くんのことだから、私に声をかける前に色々と下調べをしていたのかもしれない。
明日、Claimされちゃうんだ……
明日のことだというのに、既に幸せな気持ちに包まれてしまっている。いっぱいいっぱいになる胸をどうにか抑え、『空いてるよ!楽しみにしてるね!』と返事をした。
東雲くんからClaimしたいと言われてから、ドキドキしながら待っていた日々はあっという間だった。ClaimはDomにとってもsubにとっても、ものすごく幸せになることらしい。それはもちろん、Switchである私も例外ではない。Switchと言っても、東雲くんとのお付き合いの中で私のDom性はかなり薄くなっていると思うんだけどな。
変わっていったのは自身の第二性だけじゃない。東雲くんはパートナーになった日から……否、パートナーになる前からも私に色々な変化を与えてきた。私が初めてライブに出た日。チームを組んで歌い始めたとき。恋焦がれた日々。パートナーとして結ばれた日。初めてキスされた瞬間。苦い思い出も甘い思い出も、振り返ればキリがない。今でも鳴りやまない心臓に手を当てつつ、一週間前のことを思い出す。
「なあ……そろそろ、Claimしてえんだけど」
お付き合いを始めて二週間ほど経ったころの練習後、東雲くんは突拍子もなくこう言った。突然でびっくりしちゃったけど、必然でもあったと思う。パートナーになってplayを重ねて、私も東雲くんともっと結ばれていたいと思うようになったから。
「うん……私もClaimされたい。私を、東雲くんだけのsub(もの)にしてほしいな」
「……!」
東雲くんの返事はハグだった。あのときは抱きしめられただけでいっぱいいっぱいになってしまい、何も考えられなくなってたけど私は見ていた。東雲くんの顔が真っ赤に染まっていたことを。
collarのことは全部東雲くんに委ねるつもりだったけど、1つだけお願いをした。
「金具は金色がいいな、東雲くんの目の色に似てるから……」
「こはね、お前な……」
「だめ、かな……?」
「ダメなわけねえだろ。金具は金な、わかった」
そう言って東雲くんはポンポンと私の頭を撫でた。楽しみにしてろよ、なんて言って悪い顔をしながら。これから東雲くんがしてくれることは絶対に良いことなのにね。
それから東雲くんに家まで送ってもらって、あの日は幕を閉じた。
そうこうしているうちに一週間が過ぎ今に至る。今までの間、Claimしたいと言われたときのことを思い出してばかりだった。でも今日はもうだめだ、これ以上思い出に浸っていたら寝不足になっちゃう。せっかくのClaimなのに、体調を崩すなんていやだから早く寝ないとな。就寝前の抑制剤を飲んだら、今日は早めに眠りにつこう。
夜が明けて朝になり、昼を過ぎてようやく放課後になった。授業終了のチャイムが鳴ると同時に教室から駆け出しちゃった。廊下を走るなんて本当は悪いことだけど、今日くらいは許してほしいな。だってもう、待ちきれないから。
そうだ、東雲くんにメッセージ送らなきゃ。少し速度を落として『授業終わったよ』と文を打つ。だが送信前に遮られた。
「やっと来た。じゃ、行くか」
「む、迎えに来てくれたんだ」
「まあな、宮女の方が終わるの遅いみてえだし。つーかお前にどこ行くか教えてねえだろ。全く、どこ行こうとしてたんだか……」
「あ……」
そうだった。Claimしたいとは言われたものの、場所などそれ以外のことは何も聞いていない。お楽しみなんだろうなと思って特に尋ねることはしなかったけど、今は思いっきり忘れていたみたいだ。
「おい、早く行くぞ」
「う、うん!」
少し急かすような口調で言われてしまった。待ちきれないのは東雲くんも同じらしい。
歩くこと数十分。連れてこられたのはcollar専門店だった。
「あれ、まだ受け取りしてなかったんだ……?」
「この店、collar一本頼むとケースがついてくるんだよ。それはこはねが自分で選んだ方がいいだろ?使うのはお前なんだし」
「な、なるほど」
「今から受け取ってくるから、ケース選んどけよ」
そう言って東雲くんはカウンターに向かったのでケースを選び始めようとしたのだが、その前に店員さんに声を掛けられた。
「貴方が東雲さんのパートナー、こはねさんですね。もしよろしければ少しだけ、こちらのcollarの解説をさせていただけますか?」
「collarの解説、か……ぜひ聞かせてください!」
「かしこまりました。まずこちらのベルトですが……」
店員さんはニコニコしながら解説を始めた。ベルトは東雲くんが私の私服やパーソナルカラーを考えて選んだものであるとか、東雲くんは後ろ留めの方が好みらしいとか、裏側の刻印はパートナーとして結ばれた日付だとか。金具は私の希望通り金色にしたが、金色にもさまざまな種類があるのでより東雲くんの瞳に近いものが選ばれたという話も聞いた。
「そして、こちらのcollarは中心の飾りが押し花となっている仕様のものなのですが、この花はアスターというもので、花言葉は色々ありますが、ここでは『変化』が一番合うかと思いました。」
「オレらの色々話してたら、この花がおすすめだって提案してくれたんだよ」
「ふふ、面白い話を沢山聞けましたよ。そこから真っ先に思い浮かんだ言葉が『変化』なんです。変転に富んだドラマチックな恋だと思いまして。花は見た目で選ぶのも良いですが、せっかく花言葉というものがあるのですから、それも参考にされた方がよろしいかと思いまして」
「え、東雲くん、そんなに話してたの!?」
「まあ……少しくらい惚気けたっていいだろ。こんなにかわいーパートナーなんだし?」
「うう……悪くはないけど恥ずかしいよ……」
顔が熱くなってしまう。東雲くんはニヤリと笑ってこちらを見ていた。
そのあとも解説が続き、花や石、モチーフの意味がまとめられたパンフレットまでもらってしまった。東雲くんはすでに持っているらしい。東雲くんはこれも見ながら色々と考えてくれたのかな、と思った。
最後に着け方や手入れの仕方を教わり、ケースを選んだ。この店はcollarも素敵だがケースも可愛らしいものがたくさんあって迷ってしまった。時間かけちゃってごめんね、と言ったらお前は見てて飽きねえから平気だなんて言われてしまったので恥ずかしくなってしまった。
「素敵なcollarをありがとうございます。東雲くんも、ありがとう」
「お気に召されたようで何よりです。すぐcollarをつけたいのであればレンタルスペースがあるのでご案内いたしましょうか?二人きりになれる場所があった方がよろしいでしょうし」
「そんな場所があるんですね……!東雲くん、どうしようかな」
「もう着けてくれんの?」
「もちろん……!けどこれ、後ろ留めだから東雲くんに着けてほしいな」
「おう、任せろ」
レンタルスペースは小さめの部屋だがチャペルのような見た目をしていて、まさにClaimのために作られた場所だった。
「結婚式場みてえだな……」
「そうだね……東雲くんはこの場所のこと知らなかったの?」
「ほとんど知らなかったな……専門店にはこういうスペースがある店が多いっていうのは聞いたことあったけど、こんなんだとは思ってなかった」
「ふふ、なんだか私達へのサプライズみたいだね!」
「そうかもしれねえな。ほら、つけるからそこ座れよ。──早く、オレのものにしてえ」
「う、うん……」
そっと、collarのベルトが首筋に触れていくのを感じる。そわそわして、それでいて満たされるような。私は座っているだけなのに勝手に心臓が高鳴りだす。どう表せばいいのか、分からなくなってしまう感触。これがClaimなんだ。
東雲くんの緊張も伝わってきた。はじめは早くつけようとしていたのに、段々と手付きが緩やかになってきた。このときを噛み締めているのかもしれない。東雲くんにとってもClaimははじめてのことだから。
カチャ、と金具の音がしてClaimは終わってしまった。今私の首にはあの素敵なcollarが巻かれている。東雲くんのパートナー、東雲くんのsubであることを示してくれるcollarが。
「できたぞ、こはね。着け心地は悪くねえか?」
「うん!ぴったりだよ」
「なら良かった」
「サイズだけじゃなくて、色も形も私にぴったりだと思うな。ありがとう、東雲くん。こんな素敵なcollarをくれて」
「そりゃどうも。この店にしてよかったな」
「そうだね!でもここって確か、オーダーメイドのお店だよね?もしかして、結構お金かかっちゃったんじゃないのかな……」
「そんなこと気にすんなよ。確かにオーダーメイドではあるけど、値段は結構良心的なんだよ。まあ、社会人になったらもっと良いもん贈るつもりではあるけどな」
「え!?これでも十分素敵なのに……」
「オレが贈りたいだけだから。そもそも、もっと先の話だし」
「もっと先、か……私達、ずっとパートナーでいられるといいな」
「いいな、じゃなくてずっといろよ。オレは手放す気ねえし」
「そ、そうだね。ずーっと、一緒にいようね!」
「おう」
そして東雲くんは私の頭をわしゃわしゃと撫でる。playの最中や後みたいに。
Claimの後、少しだけplayしてから帰路に着いた。collarを嵌めてもらうだけで終わるつもりだったのにドキドキが止まらなくなっちゃったから。日頃から、甘くてドロドロしたような欲望がせり上がってくることは度々あった。でも今日はいつもより熱くて。もしかしてこれって、Claimの効果なのかな。
「もっと……したいな」
熱が止まない。もっとplayしたい。そんな気持ちが私を蝕んでいく。ずっとそのことばかり考えてしまう。
流石にこのままだと今日は寝付けないかな。帰ったらお父さんにcommandを出してもらった方が……いや、この欲は東雲くんじゃないと満たせない。小さい頃は家族とのplayでも満たされていたけど、今はなんだか物足りなくなってしまう。きっと私が、恋人とするplayの味を知ってしまったから。
そうだ、常用の抑制剤の効果が切れ始めているのかもしれない。家に帰ったらちゃんと飲まないとな。Switch用のものだから作用は薄いけど。昂る体を抱えながら、家への道を急いだ。
第3章 止まない熱をそのまま加速させて side Akito「彰人おはよ〜ぉ!」
教室に入るなり騒がしいヤツが声をかけてきた。彼はいつもつるんでるサッカー部のクラスメイトだ。こいつはいつも朝っぱらからテンションが高い。どっかの変人ワン程じゃねえけど。
「はよ。いつにも増してなんかテンション高いな。何かあったか?」
「やべ、気分アガってんのバレたか!実は今日の放課後、彼女とplayする約束してんだよ。色々あって久しぶりになっちまったからゾクゾクして仕方なくてさ〜」
「なんだよ惚気か。お前そんなに久しぶりなのかよ」
「まあなー。俺らは少ない方って自覚あるけど、2週間に1回くらいか?」
「まじか……結構キツそうだな」
「別にそうでもないけどな。彰人、彼女できてから一気にDomっぽくなったもんな〜結構ヤッてっんの?」
「まあ……2日に1回くらい?」
「「え、多くね??」」
声がひとつ増えた。こいつもサッカー部のやつ。
「そんなに驚くか……?」
「いや、かーなーり多いと思うぞ。一般的には週2って言われてるくらいだし。向こうは結構しんどいんじゃね?」
「そうだな。つーか、もしかして東雲、無理やり付き合わせてねえか?」
「え、無理やりってGlareとか使って?うわー彰人くんサイテ〜」
「んな事するかよ。そもそもあいつは嫌なのを嫌って言えない奴じゃねえ」
「悪い悪い、流石に今のは冗談だって。でも彰人の彼女ってSwitchなんだろ?playが片方に偏ってんのはあんまり良くねえって聞いたことあるけどな」
「あーそれ聞いたことあるわ。適度にヤる分にはいいけど多すぎるとかえって不調の原因になるらしいぞ」
「え、まじか……」
「ま、何事もほどほどが一番ってことだな」
確かにオレはずっと、「増やしていい」というこはねの言葉に甘えていた。けどそれはこはねの負担になっていたんじゃねえのか?心では良いと思っていたとしても、体の方に負荷をかけているかもしれない。playの量や内容をコントロールするのはDomの役目だ。なのにオレは、自分の快楽だけ考えていた。こんなんじゃダメなんだ。でも、どうすれば……?
そうこうしているうちに昼休みに入ってしまった。オレはまだまだplayのことで悩んでいた。授業なんて頭に入ってこなかった。
多すぎるのは分かっている。減らした方がいいんだろうな。けど、本音を言うとむしろもっと増やしたい。毎日でもしたい。あーダメだ、理性と本能がぶつかって考えがまとまらない。
「……彰人?」
気づけば目の前に冬弥が来ていた。全然気づかなかった。
「あー冬弥、一緒に飯食う約束してたな。わりい、ボーっとしてて」
「いや、俺は構わない。だが珍しいな。何か悩んでいるのか?」
「まあそんな感じ」
「そうか……とりあえず、屋上に行こう」
「おう」
屋上に着いたところで悩みについて聞き出された。まあ相棒相手に隠すことでもねえから率直に話した。playの回数で悩んでいること。減らした方がいいという考えと、むしろ増やしたいという欲望がせめぎ合っているということ。
「……俺達は、ほぼ毎日しているがな」
「え」
突然の告白に驚いた。毎日って……オレの相棒、澄ました顔してるくせに性欲強くね?
「別に、多くてもお互い不満が無いなら大丈夫だろう。白石と俺は純粋なDomとsubだから、Switchの小豆沢とは話が違うのかもしれない。だが、俺はたくさんのplayを負担だと思ったことは一度もない。彰人だってそうだろう?」
「そうだな……でもオレはDomだし、こはねはどうなんだろうな」
「そういった欲があるのはDomだけじゃないぞ。負担がかかりやすいのはsub側だが、それでもしたいって、思うんだ」
「まあ、そうだよな」
「毎日と言っても、playの内容が重いと大変になるからいつもは軽いプレイになるようにしている。長時間し過ぎないというのも重要かもしれないな。俺達は、回数は増やすが軽く短時間で、という方針でやっているつもりだ」
「やっているつもり?」
「ああ。お互いそう考えているだけで、実際は長々と続けてしまっているのが現実だ……」
「思いどおりには行かねえってことか」
「その通りだ。気持ちいいからつい求め過ぎてしまうし、白石の方もヒートアップしてcommandが止まらなくなってしまうらしい」
「なるほどな。つーかお前顔めっちゃ照れてんな。珍しー」
「……すまない、喋りすぎたみたいだ」
「いや別にいいけどよ」
冬弥は赤くなった頬をぺちぺちと叩いてから、また真剣な口調で語りかけてきた。
「playが思うようにならないことは多いが、反省はしても後悔はほとんどしていない。日常生活に支障をきたさないならそこまで問題は無いと思っている。お互いが満たされること以外に、何が必要なんだ?」
「たしかに何も、ねえな……」
「彰人だって、いらない我慢はしなくてもいい。したければしたいと言って、すればいいだけだ。小豆沢が嫌がるなら無理強いは良くないが……たしか小豆沢も、もっとしたいと言っていたような気がする。抑制剤が効きにくくなって大変だ、という話もしていたな」
「は!?」
「一度じっくり話し合った方がいい。特にSwitchは負荷がかかりやすい上に個体差が大きいから、小豆沢の状態はきちんと把握しておくべきだと思う」
「そうだな。ありがとう冬弥」
「ああ、役に立てたなら何よりだ」
オレは、平均的な奴らに流されて自分らがどういう状況なのか見られていなかった。人より多いからってそれが問題になることは無い。大事なのは互いの気持ち、互いの幸せだ。
とにかく、直接話し合おう。減らせばいいのか増やせばいいのか分かんねえし、もういっそ思ったこと全部話してしまえばいい。見誤っていたせいで傷つけてしまうなんて、もう二度と御免だ。
練習後、こはねを引き留めて話を切り出した。
「なあこはね、playのこと、どう思ってるんだ?」
「play?」
「気にしすぎかもしれねえけど、オレら結構回数多い方だろ?クラスメイトと話してて、負担になってるんじゃねえかって思ったんだ。特にお前、Switchだし」
「そ、そんなこと……」
「けど正直、オレは増やしたい。もっとヤりてえ。……なあ、こはねはどう思ってるんだ?」
こはねは目を見開いた後、少し恥ずかしそうに答えた。
「私も……もっとしたいよ。最近全然、足りないの」
「こはねもそうだったんだな。じゃあ回数増やすってことでいいな」
「うん……!」
よかった、お互いの気持ちが同じで。増やすと言った直後の蕩けるような笑顔が愛しくて、髪が崩れるとかここが外だとか考えずにわしゃわしゃと頭を撫でてしまった。
「言っとくけど、後悔しても知らねえからな」
「ふふ、大丈夫だよ。東雲くんは私のこと、大事にしてくれるから」
「そーかよ……」
「それと、もうSwitchのことは気にしなくてもいいよ」
「え、気にしなくていいって、どういうことだよ」
「実は薬が効きにくくなってて、病院で検査を受けたんだけど……私もう、subに固定されてたみたいなの」
「は!?」
「きっと東雲くんと、結ばれたからだね。Switchの性質が無くなるのは珍しいことだけど、たくさんplayしてたし無理はない話だってお医者さんも言ってたよ」
「まじかよ……わりい、そこまでヤってたとは思わなかった」
「な、なんで謝るの?私は嬉しいのに」
「嬉しい?」
「うん。だって私はもう東雲くんのsubになりきれたんだもん。体まで染まれて、私は嬉しいよ」
「まあ、それならよかったな……責任は取るからな」
「うん、よろしくね」
どうやらオレはこはねの体を作り変えてしまうという、とんでもないことをしてしまったようだ。けど恐れることも詫びることも必要ないらしい。オレはこはねをもう、離す気にはなれないから。