1. 恋音を数える日々最初はドジな客だなぐらいにしか思ってなかった。
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兄である紺の所へ転がり込んだのは俺が高校を卒業してすぐだ。
お堅い両親がよく許したなと思ったら、種を明かせば兄が両親を説得してくれたからだった。俺は自分で言うのもなんだけど人を見下してる所もあるし、要領もいいから大抵のことはそつなくこなしてしまう。一人でふらふらしてたら危ないという事で兄の所に送られたわけだ。兄さんの事は好きだがメンドクサイ。
そんな家にばっかりこもってても仕方ないかとコンビニで働くことした。
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その客はドジなだけではなく何か見てて危なっかしかった。
気付いたら目が離せなくなっていた。
『初恋物の少女漫画かよ』
などと心の中で愚痴ってみる。家にあった漫画を読んだ程度の知識だ。
その次の日も、
その次の日も。
彼女はやってくる。
毎日ループしているんじゃないかと、じれったくなる。
そんなある日、彼女がいつも買うお茶が違っていたのだ。これは話しかけるタイミングだと、
「今日はいつもと違うお茶なんですね」
「!?」
「またのご利用お待ちしております」
と接客以上の笑顔とともに声をかけた。
第一印象は悪かったかもしれない。
それでも『俺』という存在を示せたのだからまずまず…ということにした。
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次にいつ会えるかなと楽しみにしていた矢先のことだった。
兄さんの忘れ物を届けに大学へ向かい、棟内で目的の人物を見つけた時だった。
「あれは…」
兄さんと話しているのは、おさげ髪の丸い眼鏡をかけた探してた女の子。何て運命なんだと思ってしまったのは仕方のない事だとする。
「兄さん。忘れ物」
「橙。ありがとう」
「!?…ん?」
橙は兄に話かける横目で彼女を観察する。驚いてるようだ。ちょっとしたイタズラ心が次の言葉を紡いだ。
「えっと…?その女の人は?」
「あぁ。TA受け持ってる学生さん。”朔良さん”。こっちは弟の橙」
「……初めまして初めまして。弟の立花橙です。よろしくね」
極上の笑顔とともに挨拶をしておく。
兄さんの”朔良さん”呼びには思わず眉が上がってしまったが、バレてはいないだろう。
どうやら、その”朔良さん”も少なからず兄が気になってるのかもしれない。俺の主観だけど。
だけど、渡さない。
こっそり兄さんを手招いて耳打ちをする。
「どうした?」
「ねぇ。俺、彼女気になる」
「!!!」
紺が驚いたのは俺が『特定の女性』が気になるって言うのを告げたことではなく、何も執着もせず気ままにふらーっとしていた俺が告げたからだ。
「ね。とっちゃだめだよ」
「取らないよ。ただの後輩だよ」
手持無沙汰にしている彼女を横目で見ると、兄さんの方に視線を向けている。
知らない奴より知ってる奴に目を向けるのは当たり前のことかもしれない。
……でも。とてもざわつく。
こんなの知らない。
戸惑っているうちに兄さんは”朔良さん”と話をつけこの後課題の続きをするそうだ。
「橙もくるだろ?」
「え?」
彼女の非難の声が混ざった気がしたが、気にしない。
「もちろん。せっかく知り合いになったんだから」
俺にしておけばいいんだよ。
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そんなこんなで俺は、恋音を数える日々が続いている。
何でもどかしいんだ。
早く俺のものになればいいのに。
メモ
立花橙(19)
フリーター
「兄さん」「俺」「朔良さん」
・空気なんて読まない(あえて)
・外面がいい
・嫉妬深い、執着心が強い。お気に入り以外は完全スルー。
立花紺(26)
「橙」「俺」「朔良さん」
・某大学工学部博士課程
・橙の兄