グレンと☓☓☓お墓参り
その日グレンは珍しく心ここにあらずだった。ラディスとアードと墓参りに行った日はこうだ。絶対に外では落ち込んでることを悟らせないが、ここは自分のテリトリーでリディルしかいない。
ソファの端でクッションに身を委ねて、力が入らない様子だ。絶対に自分のことじゃこんなに落ち込まないのに…。
リディルは隣に座る。グレンとの隙間を埋めるように。
リディルが来たことで強張ってた肩肘の力が抜けていく、と同時に心配かけた事を申し訳なく思う。
「……なぁリディル。俺はあいつ等の役に立ってんのかな。こっちに来てアイツらだけが俺のそばから離れなかったんだ。弱音がはけたんだ。…俺はあいつ等の苦悩を全部分かってやれるほどの人間じゃない。おこがましいよな。それでもあいつらは助けてともなんとも言わない。それがかなしいだけなんだよ。俺だけなのかな…。いつでも手を貸す準備ぐらいできてんのにな。さみしいよ」
なんて奴等の弱音をポロッと言えるのはリディルだけだ。誰が大事で誰が大切かなんて割り切れない。それでもリディルは特別なんだよな。
「リディルありがとう」
「えへへ…グレンくんの役に立ったなら嬉しいな」
本当に嬉しそうに笑うリディルにたまらない気持ちになって抱きしめる。リディルからはするけどグレンからは滅多にしない行動だ。
『あったかいな。リディルがいたら何とかなる気がする』
お金
「は?」
グレンは立ち上がって今さっき部屋に届けられた手紙を読んでくしゃりと握りつぶした。
課題作成のためにグレンの部屋に集まっていたラディスとアードは何事だと顔を見合わせ、音のする方へ顔を向ける。右手で手紙を握りつぶし、左手では血管が浮き出るほど指を握りしめ何かに耐えているかのように見えるのに、グレンの顔は感情が抜け落ちていた。
「…まずは座って下さい。水です」
「わりぃ…」
はっとしたように二人を見て、アードの言葉に大人しく従い座って水を一気に煽った。幾分こわばりが解けたかもしれないが、両手はそのままだ。血がにじむのも時間の問題だ。
「何があった?」
眉間にシワを寄せラディスは口火を切った。
グレンは口にするのも嫌なのかくしゃくしゃになった手紙を二人の前にさしたす。そこには、弟を婿養子に出す、妹たちに婚約者をあてがう、その代わりに家の借金を肩代わりしてもらうことになった。嫌なら金を送れ。自分が婿に行って借金を肩代わりしてもらっても良いと。更に、兄からは婚約者が居る娘に手を出したから慰謝料をどうにかしろ。継母からは王都のドレスが欲しいから送れ。…全部金にまつわることだった。
「……」
「こんなにお金はありませんでしょう?」
二人とも苦い顔をしてグレンの顔を伺う。顔は下を向いており前髪が邪魔をして、今度はどんな表情を浮かべているかはわからない。
おもむろに顔を上げ椅子から立ち上がるとクローゼットの扉を開け袋を取り出す。机に置くとジャラっと音がして質量があるのはわかる。
「何だこれは」
「へそくり。弟たちの為に貯めてたんだけどな。これだけあれば何とかなるかなぁ?」
今にも泣き出しそうな声に二人は一瞬固まった。
「これ持って今から行ってくる」
「何言ってる!?」
昨日もバイトの掛け持ちに学校に訓練にと、『どうせ休んてない』ラディスとアードの心は一致した。
「一旦寝ろ」
「は?そんな場合じゃな…」
「場合です。そんな状態で向かってもろくなことになりません」
本気で怒った二人にグレンの頭が冷える。
「ありがと。休む。あとよろしく。課題と…か……」
限界だったようだ。部屋の片隅にあるベッドに倒れ込む。
「仕方ねぇな」
「しょうがないですね」
そんな声が聞こえた気がする。その声は優しかった。
◇◇◇
「わっ!」
がたがた、と大きな音がしてグレンの目が覚める。
『ここは? …あぁソファーでうたた寝してたのか。懐かしい夢だったな。ん?』
足に重みを感じ視線を移すと、
「リディル?」
ブランケットとリディルが膝の上に乗っかっていた。
彼女は、がばりと顔を上げると元気よく答えた。
「あのね! 寒そうだからブランケットかけようと思って…つまずいちゃった。起こしちゃってごめんね」
それは申し訳なさそうに言うものだから許してしまう。グレンとしては日常のことだし気にしてはいないが、
「怪我してないか?」
こちらの方が気になる。
「うん! 大丈夫だよ!」
「よかった。……ありがと。こっちの方が温かいな」
ほっとしていつの間にか強張ってたらしい体の力を抜いて、彼女を抱きしめる。
「えへへ、私も温かい」
夢の嫌な気分が一瞬でなくなった。
「リディルは凄いな」
「そうかな? グレンくんの方が凄いよ」
満足してリディルを放して立ち上がり、グレンはキッチンへ足を進める。
「じゃ、お礼にココアでも入れようかな」
「うん! 飲む! 手伝うよ」
振り返り、リディルが腰をあげようとした所で別のお願いをする。
「リディルはソファーとブランケットを温めといて」
「はーい!」
リディルはおっちょこちょいだ。そんな所も可愛いと思っているグレンだが、怪我でもされたらたまらない。急いで持って行こうと楽しい気分で作業に取り掛かる。
◇◇◇
昔の騒動のオチとしては金の件はほぼ噓で、ただ金が欲しかったたけのようだった。くだらない話だ。大事な人を人質にとって、あいつらに心配させて…さっさと田舎に引っ込めさせようとグレンが決意を新たにした出来事だった。
◇◇◇
隣を見ると美味しそうにココアを飲んでいるリディルがいる。
視線に気づいた彼女が話しかけてきた。
「グレンくん。美味しいね。ありがとう」
「どういたしまして」
他愛のない話が出来る今、あの頃投げ出さずに頑張ってよかったと思ったんだ。