夏の暑さも忘れて ほんの少し、唇が触れただけ。
たったそれだけで、こんなにもふわふわと心が浮き立つだなんて知らなかった。たったそれだけでは物足りないと、もう少し、もっとその熱に触れていたい。加減が分からなかったとはいえ、すぐに顔を離さなければ良かった。
──天花さんは今、どんな顔をしているのだろう。
そんなことを考えながら、ゆっくりと目を開けて彼女の顔を見つめた。幸せだと語るやわらかな若葉の色と目が合っただけで、愛おしいという気持ちがまた溢れ出してくる。自分はこんなにも単純な奴だっただろうか。それとも、夏の暑さと遠くに聴こえる祭りの喧騒にまだ酔っているのだろうか。
自分の手に伝わる彼女の温もりを離したくない。抱き締めたい衝動を抑えながら、天花さんの右肩に頭を乗せる。視界に広がる夜空の色をした浴衣、どこか爽やかさも感じる花のような甘い香り、耳元で聞こえる呼吸の音のどれもが心地好い。うっかり天花さんを押し潰してしまわないようにしながら意識してると、戸惑いながらも背中に手を添えこちらの様子を伺おうとする気配を感じた。
「スファレ君?どうしたの?」
「…………幸せを噛み締めてる」
下の名前を呼んでもらえることのくすぐったさを誤魔化すように、肩に乗せた頭を押し付けるように左右に振る。我ながら小さな子供のようだと思う。そんな自分の行動が可笑しいのか、首もとにあたる髪の毛がくすぐったいのか、くすくすと笑う声が聞こえた。
「……ごめん、こんな風に誰かに甘えるなんて子供の時以来でさ。俺、今とても調子に乗ってる。嫌だったら言ってほしい」
「大丈夫、嫌じゃないよ。そうやって甘えてくれるようになったことも嬉しいから、気にしないでほしいな」
あ。でも人が多いところだと流石にはずかしいかも。と付け加えた言葉にも、不愉快といったものが含まれてないことに安心した。それは俺もはずかしいや、と返して体を起こす。体勢を変えたことにより離れた天花さんの手を優しく握ると、同じような力で握り返してくれた。
「天花さんはいつまでこっちに居るんだっけ。折角の夏休みだ。ほんの少しでもいいから、俺と過ごす時間をくれないかな。あまり遊びに行ける場所とかイベントとか詳しくないけど調べるからさ。夏だけじゃなくて、秋の紅葉とか冬のイルミネーションとかも二人で見に行きたい。もっと一緒にいたい」
……駄目、でしょうか。
そう囁く自分は、きっと酷く甘えた、情けない顔をしているんだろうなと思った。