花飾り「マウイ、早かったわね」
島で近々行われる祭事の準備が休憩に入り、祭事のやぐらに近い小山でモアナとマウイは落ち合っていた。
「……待たせたかしら?」
モアナはおずおずとマウイに話しかけた。
「いや、祭事の準備ご苦労さ……ん?」
マウイは目を丸くしてモアナを見つめる。
「どうかしたの?」
モアナは不思議そうに首を傾げた。
「珍しいな、花飾りか」
マウイはモアナの右耳の上に挿した花飾りを見ていたようだ。
「これ?準備のときに踊り子をやる子から貰ったの」
モアナはオレンジ色の花飾りに手をかざす。
「そうか、そういや気になってたんだが、ここだとみんな頭につける花の位置が適当だな」
マウイは口元に左手を当てて小山を見下ろした。モアナは、花飾りそのものにあまり言及しないマウイに少し心残りを感じた。その反面、彼女は彼に対して心残りを感じる自分に戸惑った。
「適当?」
モアナは気を取り直して、彼と同じように小山から島民の様子を眺めた。祭事の準備を半分終えて話をする島民の姿が見える。花飾りのつけている島民はそれぞれのこだわりを持ってつけていることが多い。
「そうかしら?」
モアナは首を傾げた。島民それぞれのこだわりはあるはずだから、位置が適当ということはないように思える。
「みんなそれぞれこだわりがあってつけてると思うけど」
モアナは顎に手を当てる。
「みんな好きな位置につけてるってことか」
マウイもモアナの真似をするように顎に手を当てた。
「そうね。そんなに不思議?」
「伴侶かその候補がいるかどうかで花をつける位置が決まってる島もあるぞ」
「素敵ね。詳しく聞かせて!」
他の島の話にモアナは興味を持った。航海が始まってしばらく経つが、他の島に住む者にはまだ会ったことがない。他の島に住む者たちがどのような生活を送っているのか、モアナにとっては未知の世界だった。
「確か、今のお前がつけてる位置だと"相手はいない"って意味になる。その島ではな」
「相手がいる時は?」
「そうだな。いったんその花外していいか?」
「う、うん」
モアナが自分で花飾りを外そうと右手を動かす。だがそれより先に、マウイがモアナの右耳のほうにつけていた花飾りをそっと外し、左耳のほうに付け替えた。モアナは思わず動きを止めた。
「花を左につけると"相手がいる"ってことになる」
マウイは花飾りからゆっくりと手を離した。
「そう、なの?」
マウイの言葉に対し、モアナは動揺を隠しながら言った。モアナの頬が熱くなっていく。彼女は花飾りを外し損ねて行き場のなくした右手を、自分の頬に当てた。右手に伝わる頬の熱は冷めないどころか熱くなる一方だった。マウイは島民を眺めていたときのように再び左手を口元に当てた。モアナは彼の表情を読み取ろうとしたが、彼の考えていることはわからなかった。
「まあ、千年間閉じ込められる前の話だ。……廃れてるかもな」
マウイは右手で、モアナの花飾りを右耳のほうに挿し直した。
「まだ準備があるんだったな、戻るか?」
マウイが尋ねた。休憩していた島民もそろそろ準備に入ろうとしていた頃だった。
「そうね、戻るわ。面白い話が聞けてよかった」
モアナはマウイの目を見て微笑む。
「そうか」
モアナの笑顔につられてか、彼も微笑んだ。
次に会う約束を交わすと、マウイは鷹に変身して飛び立った。彼の姿が見えなくなるまで見送ると、モアナは右耳の上の花飾りを外した。モアナはしばらく花飾りを見つめたあと、花飾りを左耳の上に付け替えてから小山を駆け下りていった。
その日以降、彼女は再び花飾りを付けるようになった。左につけることがほとんどだったが、右に花飾りをつけることも少なからずあった。
しかしそれを見られるのは、彼女に花飾りの風習を教えた張本人だけである。