口は災いの元「星を見るなら、あの方角に続く島の浜辺がおすすめね」
モアナはそう言って小山から島の方角を指差した。
「ありがとう。本当あなたって色んな島に詳しいわね」
少女からお礼を言われてモアナは顔を綻ばせる。村長は村人の相談に乗ることもある。近頃は年の近い者から個人的な悩み相談を請け負うことも多い。そのときはなるべく人気のない小山に移動して話す。モアナの目の前にいる少女は、ある人と二人きりで星を見るらしく、うってつけの島を知るためにモアナに聞きに来たという。
「あなたには恋人いるの?」
少女の質問にモアナは大げさに肩をすくめて首を横に振る。少女は魚のように目と口を開かせる。
「見慣れない男の人といるのを見たけど」
「気のせいじゃない?」
モアナははぐらかした。
「あなたのお父様より大柄で、あんなにタトゥーのある人なんて初めて見たわ」
少女が間髪なくモアナに言う。モアナは観念したようにこう言った。
「他の人には内緒ね」
「もちろん。他の島の人と恋仲なんてまだ言えないわよね」
「そ、そんなんじゃなくて」
少女の言葉をモアナは否定する。
「片思い?」
「そうじゃなくて」
なんて言ったらいいのだろう。
「こう、理想の人なだけで」
「理想の人!?素敵ね!」
違う言葉にすればよかった。理想の意味を履き違えられてしまった。モアナは他の言葉を考えようとするが、こういう時に限って頭が回らない。
「困った時は相談に乗るから」
少女はモアナの手を掴んで目を輝かせる。少女の揺るぎない眼差しに、モアナは申し訳なさを感じた。
「あっ、用事があったから戻らなきゃ。本当にありがとう!」
少女は弁解の余地を与えないまま、モアナと別れて小山を全力疾走で降りていった。
少女と入れ違いになるように虫の姿のマウイがやって来た。彼はモアナの肩に着地する。
「こ、こんにちは、マウイ」
モアナは挙動不審になりながらマウイに挨拶した。
「おう。話し込んでたな、お疲れさん」
マウイの声色が明るく感じる。虫の姿だと声が高くなるのもあるだろうが、今日は特別機嫌が良さそうだ。
「ええ。ずいぶんご機嫌ね?」
「まぁな。俺みたいな奴が理想だってどっかの誰かの声が聞こえてさ」
モアナは肩の上の彼を二度見した。
「き、聞いてたの?」
「へえ。聞き覚えのある声だと思ったが、あれはお前の声だったのか」
からかうマウイに対してモアナは見下ろして睨む。
「理想って言ってもそういう意味じゃ……」
「理想って別に憧れぐらいしかないんじゃないか?こういう風になりたいとかさ」
今日は自分の言葉で自分の首を絞めてばかりだ。顔をしかめるモアナを見てマウイはニヤニヤ笑った。