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朔羽ゆき
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小説『勇者だった俺は今世こそ平凡な人生を歩む!』
小説『勇者だった俺は今世こそ平凡な人生を歩む!』著・りおさん
https://estar.jp/novels/23984425
P830~ 『兄の虚実』(7)
挿絵描かせて頂きました。
https://estar.jp/novels/23984425/viewer?page=830
****
――弟が学園に来ても、もっと冷静に対処できると甘く見積もっていた。
(とんだ誤算ですよ)
だが予測していてしかるべきだった。
昔から――この弟にはさんざん振り回されていたのだから。
入寮からこっち、島に着いて早々に騒ぎを起こし、反省房入りし、ちょっと目を離した隙に死にかけたり、新聞沙汰になったり、急所を締められたりと落ち着く暇もなく次から次へと冷や冷やさせられ通しで心の休まる暇もない。
まだ入学から二か月弱にも関わらず、騒動に巻き込まれ過ぎである。
おまけに裏風紀にまで勝手に所属する始末だ。あんな苛酷で人使いの荒いブラック組織になぜ自ら望んで関わろうとするのか理解不能である。せめて一言相談があっても良さそうなものなのに、事後承諾だったのも腹立たしい。
平凡に、目立たず騒がず大人しく生きたいなどと、どの口が言うのだ。まるで真逆ではないか。
そんなきかん坊な弟にお灸を据えるのは、兄として当然の権利である。
「……さて、お仕置きの時間だよ、翔」
無抵抗の弟に圧し掛かる自分は、きっと清廉さからはほど遠く、いっそ悪辣にすら見えるだろう。
『天地開闢の祖にして全知全能を司るリリスリアージュ=サイレンシス=カシアス=ル=エンジューンよ。我の祈りに応えたまへ』
何千回…いや、数え切れぬほど諳んじてきた起句を唱えた渉は、ゆっくりと弟に顔を近づけた。
世界を違えた今も尚、神はその申し子を穢す罪咎に身を投じた己にさえ寛大に応じ、己はその御業の残滓に縋って恩恵を享受する。
『この者に、女神の忠実な僕(しもべ)たるハーヴェス=トール=ライリーヒンの名において癒しと再生の息吹を与えん」
もし――、神が真実正しき存在ならば、自分は天の雷に貫かれていてもおかしくはないだろうに…。
***
(*挿絵箇所より、1p前部分からお借りしています。
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朔羽ゆき
小説挿絵『勇者だった俺は今世こそ平凡な人生を歩む!』
小説『勇者だった俺は今世こそ平凡な人生を歩む!』著・りおさん
https://estar.jp/novels/23984425
P823~【勇者は捕獲】(28)
挿絵描かせて頂きました。
https://estar.jp/novels/23984425/viewer?page=823
*****
――完全に油断していたし、そもそも疑ってもいなかった。
コーヒーを飲み切った俺は、脱力感と急速な眠気に襲われた。
(なんだ…これ…?)
紙製のカップが手から滑り落ち、軽い音をたてて床の上を転がる。
しかし、落としたカップを拾おうにも、もう俺の身体はソファーから立ち上がることが出来なくなっていた。
まさかと思いつつ向かいの席の兄を見ると、無機的なレンズ越しにこちらを観察する冷静な双眸と目が合い、――その眼差しを見て確信する。
この体の変調は、兄の仕業であると。
「てめ…クソあに…き…」
ブラコンが聞いて呆れる。
コーヒーになんか盛りやがったな…!?
「無茶な真似をしたらお仕置きだよって言ったよね」
正しいのは自分だと言いたげな口調だった。当然の顛末だと揺らぎなくこちらを見下ろす瞳がそう語っていた。
頭を振り、額に手をあてがってこめかみを指で押さえても眠気は失せず、意識よりも先に身体の方が負けてソファーの上を滑りおちようとする。
それを片腕で必死で支え、かすんできた目で平然と端座する兄を睨んだ。
「やりすぎ、だろーが…っ」
いくらなんでも本気で薬を盛るとか、うちの兄貴はマジ頭おかしい。
「おとー…とに…なに…してん……だ…」
――最後まで言い切れたかどうかわからない。
すでに焦点が定まらないほどに視界が歪んでいた。
****
小説お借りしています。
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朔羽ゆき
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小説表紙『想思華~悠久の唄~』
小説『想思華~悠久の唄~』著・天月天兎さん
https://estar.jp/novels/19720530
小説表紙描かせて頂きました。
***********
愛しいひと。
生まれ変わって、
きっと貴方の元へ―――…
*****
「……あ、の…」
僕を見つめる瞳は、まるで彼岸花みたいに赤い。その瞳が、ただただ僕を見詰めて離さなくて―――。
僕も目が離せない。
何だろう…、何か言いたいのに、言葉が出ない。目も離せない。動く事も、出来ない。
心臓がドキドキして、胸のずっと奥がキュッとなって、頭の中が熱い。ぼうっとなって、何も考えられない。
この人は、いったい誰―――?
ふと気付くと、自分の頬が冷たい。
閉じる事さえ忘れた僕の目からは、何故かポロポロと涙が溢れていて―――…
慌てて拭おうとして、僕のものでは無い手が伸びる。
「………………っ」
息を飲んだ。
差し出されたその人の手は、ほんの少し冷たくて……でも、優しく優しく涙を拭いてくれた。
知りたい…!
強烈にそう思った。
この人の事を知りたい。月の化身の様な人。彼岸花の様に赤い瞳を持つ人。冷たいけれど優しい手の持ち主―――。
涙が止まらない。
その人が、何度拭いてくれても次々と溢れてくる。
貴方は…誰?
そう問い掛けようとして、急な頭痛が僕を襲った。耳鳴りが酷くなって、胸の締め付けが強くなって。
―――唐突に、僕の意識はプツリと途切れた。
意識を完全に手放す瞬間、その人の唇が何かを囁いた。
何て、言ったの…?
名前を呼ばれた気がしたけれど、それは僕の名ではなかった。
誰を呼んだのだろう。その瞳は真っ直ぐに僕を見ているのに。その唇が紡いだ名前は、いったい誰のものだったのだろう。
意識を手放した僕に、それを確認する術は無かったけれど―――…
****
*小説お借りしています。
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