家主スガナミ けいかかんさつスガナミがなんか知らんけど生牡蠣を食べてから数日、特に倒れることもなくシュクシュクとお仕事してた。いやー、あたんなくてよかったね!やっぱりどうして食べたかは分かんないけど。ジンベイザメくんなんかは、悪者に脅されたんじゃない?なんて言ってたけど、どうかなぁ。なんかほら、帰ってきたスガナミの雰囲気としてはなんだかいい感じだったしさ。ま、当たらなかったから結果オーライってやつ?…オーライってなに?
そんでもって、いつも通り、登米にも行って。その間のお家は相変わらずしーんとしてるんだけど、なんか最近、スガナミの空気がいい意味で緩やかだから、なんかいないのが寂しい感じがする。いや、今までも、いないなーとは思ってたんだけどさ、それ以上の感慨が浮かばなかったというかなんというか。まぁ、サメたちだけで水入らず(ってのも、サメにとってはおかしな表現だよね!)で過ごせてそれはそれでいいしね!
今回帰ってくるのはいつ頃だろねーとか話してたら、思ってたより早く金曜の深夜に帰ってきた。週末を丸ごとこっちで過ごすとか、久しぶりじゃない?なんか予定入った?いつも夜帰ってきたら荷ほどきは翌朝にするのに、なんだかそそくさと荷ほどき始めるし。ん?今から着替えるの?夜だよ?
…明日着る服をギンミしている…?!何着てもどうせスガナミなのに?
へんなのー。マゴにも衣装っていうけど、その衣装がないのにね!
次の日、寝たの遅かったのに、しゃっきり6時に起きたスガナミはコンビニに朝ごはん買いに行って、パンとコーヒーをもそもそ食べてた。ホント、今日なにがあるんだろ。朝ごはん食べ終わって7時。何時のお約束なんだろ。って思ってたらスガナミも時計見た。
「7時か…。約束は10時だから、あと1時間後に出たらいいか」
早い早い早い!それ2時間前!誰と何約束してるか知らないけど、その人はまだ身支度してる頃じゃない?遅刻よりマシってレベルでもないよ?ん?なんかおもむろに調べだした?
「あー、あのサメ展、もうすぐ終わりか…。永浦さん、誘ったら来てくれるかな…」
永浦さん?その人が今日会う人なの?来てくれるかな…って確証持てないのに、サメ展に誘うとか、マジスガナミ。歯磨きしながらまだスマホ見てサメ展の詳細確認してるっぽいけど、サメ展断られた時にどうしようってことを考えといたほうがいいんじゃないの?いや、サメ展、僕はいいと思うよ?サメの立場としては。でもさー、いうて人によるじゃん?サメよりエイがいいって人だっているだろうしさー。
結局、スガナミは身支度して本当に8時過ぎには出発していった。いつも青チェックなのに、今日はみずいろの違う模様で、ジンベイザメくんも標本くんもざわざわってしてた。しましまだね!ってジンベイザメくんが言ってたけど、僕知ってる。あれねー、ストライプって言うんだよ!あんなのも持ってたんだ。いつもと違うお洋服まで引っ張り出して、スガナミ的に大事なお出かけなんだなってことはよく分かった。まぁ、なんかよくわかんないけど、ガンバー!
ってみんなで心の胸ビレを振ってお見送りしたら、帰ってきたのはだいぶ夜だった。なんか長いお出かけだったねぇ、って思うけど、スガナミからは、いつもの病院帰りの匂いがする。…今日お仕事だったの?その約束?
いつも通りのお部屋着に着替えてベッドにぼふって座ったスガナミが、自分の膝に頬杖ついて、何やら言ってる。
「永浦さんには申し訳なかったな…。妹さんにはサメ展のチケットももらったのに。まぁ、明日は出なくていいってなったし、永浦さんも10時でいいって言ってくれたから、会ったらもう一度謝ろう」
そゆことかー。急にお仕事に呼ばれちゃったんだな。お医者さんってお仕事、大変なんだなぁ。知らんけど。
てか、永浦さんって人、サメ展行ってくれるって言ったのかな。その人の妹さんがなぜかチケット持ってて?スガナミのお知り合いってそんなサメサメしてる人たちばっかりなんだろか。明日、もっかい会えるみたいだから、よかったなぁ。
って…また翌日も8時に出ていくんかーい。なんで?お約束10時なんでしょ?そんなにいそいそ出発する必要なくない?永浦さんには永浦さんの準備ってもんがあるからね?スガナミわかってる?またしてもみんなで心の胸ビレは振ってお見送りはしたけど、その後はみんなでスガナミの2時間前行動の是非について議論になった。
あちこちに議論が発散した後、一周まわった結論として、スガナミだからしょうがない、で落ち着いた頃、なんていうか、すごく感情をヨクセーした感じのスガナミが帰ってきた。まだお昼で、約束の10時から数時間しか経ってない。スガナミがサメ展に行って一時間やそこらで済むはずはないから、またやっぱりお仕事に呼ばれちゃったパターンなんだろか。その割にはお仕事帰りの匂いがしないんだよなぁ。
やっぱり永浦さんと会えなかったのかな。でも、なんか数人とは会ってきた感じの匂いなんだよなぁ。帰ってきたスガナミは、着替えもしないでデスクチェアに座って、背もたれに体を預けて物思いに耽ってる。机の上にいつも置いてて、ある時期までは必ず登米に持って行ってたご本を手にとって表紙を指先でトントンってしたり、中に挟んであるなんかの写真を見たりしてる。てか、そこに写真挟んだりしてたんだ。
「痛みがない人はいないし、生きていて何もなかった人なんていない…か。そうだよな」
ふっと漏らしたスガナミの独り言が、部屋の空気に溶けてく。
何か大事なお話し合いでもあったのかな。
「登米に行く僕があの人に何ができるか。それが大事なんだな。僕がどう、っていうのは僕のエゴでしかないのだし」
ん…?あの人って、永浦さん?いや、それ以外スガナミワールドの登場人物知らないだけなんだけどさ。なんか、今日の朝までのソワソワしてるけどなんだかうれしそうな気配がすっかり消えて、すんごく凪いだ雰囲気になってる。っていうか、昔のスガナミに戻った感じ?あーでも、違う、なんか、拒絶の凪じゃなくて、受容の凪。というか、この土曜日と日曜日のアップダウン、本当に激しすぎない?何がどれぐらいの出来事があれば、こんなにスガナミの雰囲気がいろいろ変わるんだろ。やっぱ、てんぺんちい?
なんか結論が出たっぽいスガナミはというと、手にしてたご本を定位置に戻して、着替えたと思ったら、後はずっとデスクの虫になって、論文読んだり、なんか書き物したりって、全くいつものような週末の時間を過ごしてた。寝る前に目覚ましをセットしながら、なんか言ってる。
「明日は当直だから、永浦さんの洗濯の時間までに起きられればいいか…」
って、やっぱり永浦さんとなんかあるんだ。えー、ホントなんなんだろ。てか、ここまでスガナミが気にかける永浦さんのこと気になって仕方ない。他のサメたちも、永浦さんって何者…ってざわついてるし。でも、僕、なーんか、どっかで聞いたことある気もするんだよなぁ。うーん…。わからじ…。
昼過ぎに起き出したスガナミは、夕方、いつもトーチョクに行く時間の少し前に、もっかい永浦さんに会うために出ていった。ホホジロザメ(小)が、ここは2時間前じゃないんだ、ってツッコミ入れてたしそれには全力で同意。いつもそれぐらいでいいんだよ?スガナミは何かを心に決めたような、そんな雰囲気だった。そうできることがうれしい、って気持ちと、そうすることが少しカナシイって気持ちと、とってもないまぜで、人間、こんな感情の匂いもあるんだなぁって、びっくりする。何か、スガナミにとっても大事なことなんだろう。
手ぶらで出ていったから、そんなにしないで帰ってくるんだろねって、サメたちと話してたら、ものの30分ぐらいでスガナミが帰ってきた。ドア開いたー!と思ったら、何かガタゴトッ!ってすんごい音がした。いてて、とか言ってて、どうやら履いてったつっかけサンダルがうまく脱げなくてコケたっぽい。
なんか右手を軽く握ったまま、左手で右ひじ擦りながら部屋にはいってきたと思ったら、ベッドを背にして床に座り込んだ。だいじょぶー?
…ん?これ、さっきと同じスガナミ?中身どっかで入れ替わった?
いや、そんなこたないのは分かってるんだけど、なんていうか、一瞬そう思っちゃったぐらい、座り込んだスガナミの感情の匂いが、家を出る前と違う。家を出る前は、ものすごくしずか~な匂いだったのに、今はなんだろ、すっごくふわふわしてあったかい匂い。なんだろ…。
てかスガナミは何を大事そうに右手に握ってんだろ。なんか壊れやすいもの?卵でも拾った?サメの卵は固いけどそれなりにやらかいよね。
「あぁ、つぶすかと思った、よかった…」
とか言いながらそっと右手を開いて、持ってたものを見てる。みどりいろのなんか。それ、もうつぶれてない?もともとそんな形…?なんかそのみどりいろのをじっと見つめてるんだけど、それ、そんなにめずらしいやつなの?アカリコビトザメ属ぐらい珍しい?
それを見つめながら、しばし顔をさすったり、首元をかいたりと左手が忙しい。でも、なんかとにかくとってもいいことがあったんだ、ってことは分かる。分かるけど、そろそろトーチョクじゃない?時間だいじょぶ?
他のサメたちも、何があったんだろね、ってそわそわ気にしだしてる。こんなスガナミ見るの初めてだもんね、分かる。
ふっ、てみたことないやさしい笑顔を漏らしたスガナミが、おもむろにそのみどりいろのを、ペリペリってしてしはじめた。あ、なんかおまんじゅう的なやつ?シャークタウンで時々食べてる人見た!左の手のひらに、広げたペリペリと、その上に乗せたみどりいろのをまた大切そうに見て、それから、そっと宝石を取り上げるみたいに指先で持ち上げて、口に入れた。ゆっくり、ゆっくり味わってるみたい。そのうち、なんだか感極まったみたいに、左手のぺりぺりをくしゃって丸めて、右手で左手を包んでる。
ごくん、ってスガナミののどが動いて、食べ終わった時、なんだか、スガナミの中に新しい何かが蒔かれた、そんな感じがした。あれ、なにかの種なのかな。スガナミはまだ味のヨインをかみしめてるっぽい。いままで食べたことないぐらい、おいしいなにかだったんだろうなぁ。
おなかをひとなでしたスガナミが、ふーって長い息をひとつはいて、おもむろに立ち上がった。あ、トーチョク行く?気を付けてねーって思ってたら、チャック閉めてないリュックを持ちあげて中身を盛大に床にぶちまけてる。うわぁー。さっき食べた何かのせいじゃないといいけど。あわわって全部中身入れて、やっとこリュック背負ってシュッキンしてった。
でも、あれで仕事になんのかねー、ってジンベイサメくん。僕もそう思う。
まぁ、なんとかすんじゃない?知らんけど。
なんか、今日はスガナミにとって、とってもとっても大事な何かが起こった、ってことは確かだ。それが何なのかは分からないけど、いつか分かる日が来るといいな。とりあえず、スガナミが遅刻してませんよーに!