真紅の暴君 母への忠実なる思い 第五節※※ご注意※※
・キャラ崩壊
・見ようによってはリョナっぽい描写あり(被害者はリドル)
それでも大丈夫という方は、次ページへどうぞ
武器を取り上げられ、衛兵達の手によって乱暴に牢に入れられてしまったユウ達。牢の中で直ぐさま立ち上がったエースとグリムは一緒になって真っ先に抗議する。
「オレらは正式な任務としてあそこに入ったんだよ! なのに、なんで処刑されなきゃいけないワケ!?」
「ふなぁ~!! 出せぇっ! 出すんだゾ~!!」
「クローバー団長! 何かの間違いですよねっ? 僕達が処刑だなんて……!」
口々に「納得できない!」と騒ぐエース達の言葉を目を閉じて聞いていたトレイは、やがて目を開け、何かを覚悟したように一瞬だけ表情を引き締めたかと思うと、一歩檻に近付いて静かに宣告した。
「いや、何も間違いじゃない。明日の朝には禁域を侵した者として、お前達は処刑される。これは王子……ひいては女王陛下のご意思だ。――俺も、残念だよ」
それ以上、言葉を交わす気は無いのか、トレイは微かに悲哀を浮かべた顔でそのまま立ち去ろうとする。しかし、その足を一瞬、立ち止まらせたのはユウの言葉だった。
「トレイ団長、本当にこのままで良いんですか? これがあなたが目指している赤薔薇団長としての姿なんですか!?」
その言葉にぴたり、とトレイの足が止まる。彼女にとっては自分が助かりたい一心で発した言葉かもしれないが、トレイにとってはそうではなかった。人知れず、心を抉られたような気がして、彼は振り返りもせずに震える声で告げ、その場を去った。
「…………すまない」
信頼していた団長に裏切られたと思い知らされたエースとデュースは、ショックを受けたようで、項垂れてしまう。しかし、それも少しの間のことですぐに顔を上げ、「出せぇーっ!!」とまた騒ぎ始めた。
女王の間の前まで来たリドルは、もう一度ぎゅっと手の中の魔石を握り締める。それは温かく、自分の中にある小さな勇気の火を大きくしてくれるような気がした。俯いていた顔を上げ、近くの召使いに開けるよう命じる。召使いは恭しく一礼すると、部屋の中にいる女王へ呼び掛ける。
「女王陛下、王子殿下がお見えです」
「入りなさい」
召使いの手によって目の前の大扉が開かれる。扉の先にはお気に入りの椅子に座っている女王、と傍らにフェローが控えていた。事前にリドルは女王と二人だけで大事な話があるという理由を話していたのに、と驚きと少々の嫉妬が湧き上がる。そんなリドルに構わず、女王は口を開いた。
「話とは何ですか? リドル王子」
冷たい、いつも通りの態度に今までは密かに表情を曇らせてきたリドルだが、今回は違う。すたすたと女王の前まで歩み寄り、跪いた彼は彼女の前に手にしていた魔石を差し出した。深い赤色に燃えるそれを女王は驚愕の眼差しで見つめ、フェローは興味津々といった目つきで値踏みするように見つめた。
「それは……『召喚石』! やはり、あの話は本当だったのですね?」
「――はい。この通り、私の配下が火の遺跡より持ち帰って参りました」
そこでリドルは悲痛な面持ちで母に懇願する。
「陛下。どうか私の配下の処刑をお取り下げ下さい。あの者達は何も知りません。無実です。禁域を侵したというなら、それはひいては私、否、王家の人間でしょう? ならば、どうか――」
「これがあれば、隣国を圧倒できるでしょう。礼を言いますよ、王子」
聞いてくれない。たとえ、リドルが女王の望む物を持って来たとしても、彼女は何も変わらない。それどころか、この石で隣国をも支配しようと高揚している。そんなつもりは一切無かったリドルは「お待ちくださいっ!」と顔を上げた。
いつの間にか、女王の傍らにもう一人いた。頭からすっぽりと白いローブを被っており、顔は見えない。男か女かも分からない、見覚えの無い異質な存在にリドルは声を荒げ、立ち上がって数歩下がった。
「だ、誰だっ!? 無礼者! ここをどこだと――」
「ああ、シャドウ。漸く戻りましたか」
「……え?」
警戒するリドルの存在など無いように、女王はシャドウと呼んだその人間に声を掛け、その声に応えるように彼は彼女の前へ跪き、右手を自身の胸に当て深く頭を下げる。リドルは初めて会ったというのに、女王とシャドウの間に漂う空気は知古のそれだ。何が起こっているのか、全く理解できていないリドルを放って、三人は親しげに会話を交わす。
「お久しぶりでございます。女王陛下」
「お前の帰りをフェローと共に待っていました。これで必要なものは全て揃いましたね」
女王が『必要なもの』と言った時、三人は一斉にリドルを見る。可哀想なことにリドルは女王が何の話をしているのか、全く分からなかった。驚きが得体の知れないものへの恐怖に変わり、湧き上がった筈の勇気が穴の空いた風船のように萎んでいく。そんな彼を置いて、フェローが至極愉快そうに目を細めた。
「これで漸く、女王陛下の宿願も叶うというものですねぇ。召喚石と炎龍の加護、それに『あの花』があれば、坊ちゃんを最強の君主にすることができるってなもんです」
「ええ。その為にお前達に協力させてきたのですから当然です。シャドウ、始めなさい」
「御意に」
徐に、シャドウが何か小さな種のような物を右手に持ってリドルへ近付いてくる。それが何かは分からないが、この場にいるのは悪手だと判断したリドルは、咄嗟に腰に差している剣を抜き、シャドウへ向ける。しかし、両者の間に場違いに明るい調子でフェローが割り込んだ。
「下がれ無礼者! さもなくば、この剣の錆にしてくれるっ!」
「まぁまぁまぁ。リドル坊ちゃん、落ち着いてください。そんなに怖がることなんかありゃしませんって」
不用意に近付いてくるフェローへ神経を逆撫でされたリドルは猜疑と敵対心を隠さず、彼にも剣を向けた。しかし、敵意と共に剣を向けられているというのに、フェローの口は止まることを忘れてしまったようだった。
「黙れ! 貴様も近付くな!」
「これをたった一粒飲めば、坊ちゃんは最強の王子、ひいては君主になれるんですぜ? そうすりゃ、何もかも元通り。女王陛下だって、以前のようにあなた様に構ってくれることでしょう」
「お……母様、が?」
揺らいだその隙をフェローは見逃さなかった。さっと背後に回ってリドルの肩を掴み、シャドウの前へ少し押す。リドルの耳元で尚も彼は甘言を続けた。
「寂しかったでしょう? 陛下はずっとご多忙でしたから。でも、それもこれも全ては坊ちゃんの為なんですよ」
「そうですよ、リドル。さぁ、これをお飲みなさい。そうすれば、あなたはただ一人の自慢の王子となるのだから」
「あ、え、ぼ、僕……僕、は……」
「ほらほら、お母様もこう仰っていることですし。なぁに、何も怖いことなんてありゃしません。これを飲めば、坊ちゃんの人生は薔薇色なんですから。ね? 薔薇色の夢」
リドルの目の前で星が瞬く。考えてみれば、何を警戒することがあるんだと彼は思った。この種を一粒、ほんの一粒飲んでしまえばいいだけ。そうすれば、そうすれば、僕はお母様に愛してもらえる。それはとても良い考えだとリドルは思った。思ってしまった。
「ぼ、くは――」
「さあ、坊ちゃん」
彼の掌に種が置かれる。リドルは何かに導かれるようにして、その種を口に運び、シャドウに差し出された水筒の水と共に、嚥下した。飲み込んだと誰の目にも分かった途端、リドルは自身の胸を押さえ、苦しげに呻く。
「あっ……!? ぐ、ぅうううう……!!」
あまりの苦しさにその場に殆ど倒れるようにして跪き、のたうち回り、何とか膝を付いて立ち上がろうとするも、すぐに床に這いつくばる形になってしまう。そんな彼を放って置いて、三人は今後の話を進めた。
「これで我が国が侵攻を開始し、勝利を収めたら、お前達にリドルを貸し出す。それでいいのですね?」
「はい。流石は一国を治めるお方。先見の明が秀でていらっしゃる!」
「ふふ。相変わらず、おかしいこと。リドル、もうすぐですよ。もうすぐでお前は私だけの王子となるのです。これ程名誉なことはありませんよ」
「うぁ、ぁあああああああ……っ!!!!」
リドルが死に物狂いで壁伝いに手を付き、立ち上がる。その影に映るのは、人の形をしてはいるが、正しく異形だった。みるみるうちに変貌していくリドルの姿を見て、シャドウがぽつりと呟いた。
「哀れだな」
薄れゆく意識の中、その声はどこか聞き覚えのある声だった。
不意に目が覚めたケイトは空腹感を覚えたが、何とか誤魔化そうとスマホを点ける。いつものようにマジカメを開き、気になる記事はすぐにチェックするが、昨日とあまり内容が変わっていない上に、フォロワーの投稿で美味しそうなラーメンを見せ付けられてしまった。その色鮮やかで匂い、湯気まで漂ってきそうな映える画像を見てしまったせいで、空腹は更に自己主張を強める。尚も無視しようとすると、そうはさせないとばかりにとうとう腹が鳴った。
「あーもー……!」
諦めて何か食べに行こうとベッドから立ち上がり、髪を簡単にまとめて厨房へ向かった。
誰もいない暗い廊下を通り、談話室に入る。厨房へ行くには必ず通らなければいけないので、そこに誰かいれば、すぐに分かる。その後ろ姿を見付けたケイトはびくりと震えた。真っ暗な談話室の中でエースが黙々とパソコンに向かってゲームをしている姿を見た時はぎょっとし、意外だなと思った。ケイトは足音を立てないよう静かに近付き、その背中に小さく「エースちゃん」と声を掛けた。
「おわっ!? ――って、ケイト先輩か。どうしたんスか? こんな夜中に」
「それはこっちのセリフ~。エースちゃんこそこんな遅くまでゲーム? リドルくんに見付かったら大変だよ」
「寮長はもうこの時間はぐっすりだから、大丈夫だって知ってるくせによく言いますよ」
「あはは。まぁね」
何となくエースの隣に椅子を持ってきて座ったケイトは、ゲーム画面を見やる。見覚えのあるフィールドの画面に彼は頭にはてなを浮かべた。確か、今日の夕方にエースは火の遺跡を攻略し、城へ戻ったのではなかったかと疑問を投げかける。すると、彼は少々不服そうに口を尖らせた。
「ああ、もう一回最初からやり直してるんスよ。あのボス、ちゃんと倒せなくて悔しかったから」
『あのボス』というのは、火の遺跡の巨人のことだろう。エースもリドルと同様、特殊コマンドで倒した口だが、彼はそのリベンジを目論んでいるようだった。その為にこんな夜中にただひたすらレベル上げをしていたようだ。「レベルいくつになったの?」とケイトが訊くと、戦闘を終わらせたエースは徐にメニュー画面を開き、「じゃ~ん」と口で効果音を付け足した。画面に映るエース達のレベルはそれぞれ20を越している。
「おお~。さてはエースちゃん、結構前から起きてたね?」
「バレた。いや、だって、ボス戦終わった後も結構消耗するし、とにかく金が無いから集めないとと思って。へへ」
「まぁ、確かにね~。じゃあ、リドルくんに見付からない程度に頑張って~」
そう言って立ち上がり、厨房へ向かうケイトの背中にエースは「そういえば、ケイト先輩はなんで起きてきたんですかぁ?」と質問を投げかける。それに彼は寝起き特有の低血圧な返事を返した。
「お腹空いたから」
「あ~、分かる。オレら成長期ですもんね」
「カップ麺ってまだあったっけ?」
「貯蔵庫にまだあったと思いますよ。……何かオレも食べたくなってきた」
ゲームを再開したばかりだが、ポーズ画面にしてからエースはケイトに付いて行く。厨房に入って貯蔵庫の扉を開けたケイトの背中に手を付いてエースも中を見ようとする。それを特に気にせずにケイトは物色し始めた。
「んじゃあ、エースちゃん、何が良い? オレ、激辛のやつにする」
「じゃあ、オレ、豚骨にしーよぉっと」
「はい」とケイトが自分の分とエースの分を渡すと、彼は「わーい、あざっす」と言ってお湯を沸かす準備を始める。
カップ麺の蓋を開け、かやくの袋を開けて中身を投入し、お湯を入れるだけの状態にする。お湯が沸くまで少し時間があるので、二人は談話室に戻ってゲームを再開した。
「じゃあ、そろそろボス戦行く感じ?」
「そうですね。流石にこれだけ上げれば、勝てるでしょ」
前回と同じように遺跡に入り、既に見たイベントは全部スキップする。後はボスに挑むだけだ。
結果は前と同じだった。もうこれはレベルとか関係無く、特殊コマンドのレクチャー用の戦いだろうと割り切った。そうして、地下道から地上へ出て城へ戻る。この道中はレベルを却ってレベルを上げ過ぎたなと思うくらい殆どアイテムを消費すること無く、スムーズに脱出できた。
イベントの合間にお湯が沸いたので、エースとケイトはイベントを鑑賞しつつ、カップ麺にお湯を注ぎ、スマホでタイマーを設定した。ここからはイベントが続くので、ボタンを押したりなどの操作を必要としない。エース達が禁域を侵したとして連行され、牢屋のシーンに移る頃には待ちきれない二人はそれぞれ食べ始めた。少々麺は固めだが、食べられないことは無いなと思いながら麺を啜っていると、牢屋のシーンから一度暗転し、リドルが女王にエース達を釈放するよう懇願するシーンへ移る。このイベントを見るのは初めてだった二人は少々気まずそうに互いに目を合わせた。
「……リドルくん、敵じゃなかったね」
「そっ、スね」
実は二人共、先程のエース達に処刑を言い渡したシーンでリドルは完全に敵だと思っていたが、口には出していなかった。それがこんな形で否定され、あろうことか何やらリドルが危機に瀕する怪しいシーンへと変わっていく。王子というキャラクターだからか、剣を構えるその姿に、エースは少しだけ違和感を覚える。監督生とイデア先輩が作ったゲームなら、元になった人物に忠実に作ると思っていたのだが、武器だけは違うんだなと思ったのだ。リドル本人の希望もあったかもしれないが。
種を飲み込み、壁に映ったリドルの影が彼の絶叫と共に何やら植物のようなもので覆われ、変わっていくシーンを見る頃には、二人は青ざめて完全にカップ麺を食べる手が止まっていた。何だか見ようによってはラーメンの麺がこの植物の蔓だか、蔦だかに見えてしまいそうで、ケイトは思わず口に出しかけたが、すかさずエースに止められる。
「ねぇ、エースちゃん。これって――」
「言わないでくださいよっ、ケイト先輩……!」
ムービーの終盤、シャドウの一言で暗転する画面に今度こそ二人は完全に全ての動きを止めた。何故なら、シャドウの声が非常に聞き覚えのある声だったからだ。
「……今の声、トレイくんじゃなかった?」
「……やっぱ、そう思います? オレも、トレイ先輩っぽいなって、思ったんですけど……」
頭を抱える二人。これでもし、本当にトレイが敵だったら、今後彼を見る度、どういう顔をしていいか分からなくなる。同時に監督生へ複雑な感情が生まれた。その感情に苦しみながらもエースはマブへの情けから発言した。
「……オレ、今後の展開によってはあいつにクレーム入れないといけなくなりそう」
「うん。オレもそう思う」
何だかもう空腹を満たすどころではなくなってしまった二人は、城に着く直前でセーブしていたからと、そのままゲームを終了し、歯を磨いて寝ることにした。
後日、半泣きで「お前、ふざけんなよ」と言うエースに監督生は「情緒大変だね」とどこまでも他人事然としていた。