海神と恋人 17※※ご注意※※
・キャラ崩壊
・ちょっとだけモブ
それでも大丈夫という方は、次ページへどうぞ
涙を拭い去り、また化粧を調えた千栄理は、ポセイドンの手を取り、会場に戻ってきた。今度は絶対泣かないと固く決意して、隣のポセイドンを見上げる。彼が勇気づけるように、穏やかな表情で頷いてくれる。それに勇気をもらって、千栄理は自分の席に着いた。パーティが始まった時と同様、離れていた女性達がまた集まってくる。千栄理の許にも、二人分のジュースを持ったゲルが近付いてきた。
「もう千栄理、どこ行ってたんスか。ボク、めちゃくちゃ捜したんスよ」
「ごめんね、ゲルちゃん。折角、飲み物持って来てくれたのに」
「飲み物じゃなくて、千栄理の方が心配だったっス。本当にもう大丈夫なんスか?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
ゲルからジュースを受け取った千栄理は、ポセイドンを囲んでいる女性達の方へ顔を向け、ぐっと拳を握った。
「負けないから」
「え? 千栄理――」
そのまま一気にジュースを飲み干し、司会席へ足早に向かった千栄理は、スタンドに刺さっているマイクを取って戻り、しゃきっと立ったまま、スイッチを入れた。キィン、とハウリングの音が会場に響き、千栄理とゲルはもちろん、会場の殆どの者が耳を塞ぐ。しかし、そのお陰で皆の注目を集めることができた。若干の迷惑そうな、それでいてこの会場唯一の人間が一体何をするのか、訝しげな中に好奇の色を隠し切れない神々の目が千栄理を捉える。注目されることに慣れていない千栄理は、少し緊張した面持ちながらも、しっかりとマイクを掴んでゆっくり話し始めた。
「皆様、本日はお集まり頂き、本当にありがとうございます。この度、私、春川千栄理は海神ポセイドン様と……あ」
千栄理が話し始めた辺りで席を立っていたポセイドンが彼女の手からマイクを取り、その肩を抱いて引き寄せた。
「余と千栄理は婚約した。今後、余は側室を迎える気は一切無い。生涯、千栄理だけを愛することを、ここに誓う」
「え……ええぇぇえええええええええええ!!??」
突然の発表に会場にいた神々全員が驚きの声を上げ、二人を見た。
遡ること数分前。漸く泣き止んだ千栄理に、ポセイドンはある提案をした。
「婚約!?」
「そうだ」
ポセイドンらしくない突拍子もない提案に、千栄理も最初は驚いた。驚きもそのままに、ポセイドンを見つめてもう一度「婚約……」と呟いた。律儀にその呟きにも頷いてくれるポセイドン。
「余とお前の関係を守るには、それしかない。婚約し、生涯お前だけを愛すると誓えば、他の雑魚共も寄っては来まい」
「で、でも、ポセイドンさんは、その……いいんですか? 後悔、しませんか?」
「元より、余は初めからそのつもりだった。もっと早くそうしていれば、良かったな」
「今の今だから、指輪は用意してやれぬが」とすまなそうな表情の彼に、千栄理は嬉しそうに「いいえ」と答える。
「ポセイドンさん」
「なんだ?」
「……いつも私の我儘を聞いてくれて、ありがとうございます」
「お前の願いを、そのように思ったことは無い。我儘と言うのであれば、もっと言え」
「お前の願いであれば、いくらでも叶える」と言う彼に、千栄理は申し訳ないと思うと同時に言い様の無い嬉しさを感じ、「えへへ」と笑った。
そして、同時に婚約宣言をした二人。誰にも言わないで、二人だけで決めたことだ。当然、ゼウスやハデスも知らない。驚きのままにポセイドンの許へ来たハデスは、「ポセイドン!」と呼びかける。少し遅れてゼウスも寄ってきた。
「聞いてないがっ!?」
「言ってないからな」
あまりにもあっさりとした愛弟の態度に「お、おう……」としか言えなくなってしまったハデス。説明が足りなさ過ぎるので、千栄理が補足した。
「あの、ハデス様、ゼウス様。ごめんなさい。私達二人で話し合って決めたので、ちょっと、こういう感じになっちゃったんですけど」
「お前達二人で決めたのか。そうか……。遂にお前を我が義妹として迎えられるのか、千栄理」
「千栄理ちゃんもとうとう覚悟を決めたようじゃの」
一瞬、どこか寂しげな顔をしたが、すぐに感慨深げに綻ぶハデスは、ぽんぽんと千栄理の頭を軽く撫でる。ゼウスもうんうんと頷き、穏やかに微笑んだ。ギリシャの主神達に暖かく受け入れてもらえたと、千栄理も嬉しくなる。そんな和やかな空気を割って、一人の妖精が厳しい声を上げた。
「納得いきません! こんなこと認められませんわ!」
先程までポセイドンを囲んでいた内の一人だ。透き通るような肌に、青い髪をした水の精だった。彼女の後ろにいた他の妖精や女神達も不満気に千栄理を見つめている。否、中には明らかに敵意を持って睨んでいる者もいた。
「無礼者がいるようだな。我が愛弟の決めたことに異を唱えるとは」
僅かに怒気を含むハデスに、気圧されそうになるが、ぐっと耐えて、彼女ははっきりと言った。
「ぽ、ポセイドン様の伴侶となれば、共に海を統べる神として相応しい振る舞いや能力が求められます。ですが、その子はただの人間。その子が真に貴方様に見合う女だと証明できなければ、わたくし達は認める訳には参りません! わたくし達はこれまでただ一途に貴方様を想って参りました。それが後から来たその子に貴方様の御心を奪われるとあらば、わたくし達の立場が無いというもの。どうか、今一度、わたくし達にチャンスをお与えくださらないでしょうか。あなた様に最も相応しい女を決める勝負をしたく存じます」
「黙れ。これは余と千栄理が――」
「ポセイドンさん、ダメです!」
槍を手元に喚ぼうとしたポセイドンの胸に縋り付き、千栄理が止める。ポセイドンが動きを止めると、千栄理は彼から離れ、水の精の前に向かい合う形で立った。
「分かりました。その勝負、お受けします」
二度目の驚きが神々をざわつかせ、ゲルはまた驚愕の高音を出してブリュンヒルデに口を塞がれていた。
「では、勝負の内容はこちらで決めても良いかしら?」
「はい。ですが、三つだけ約束してください」
「……まぁ、そうね。私は妖精、あなたは人間。何かハンデが無くちゃ不公平だものね」
「いえ、そうではなく。一つ目は私もあなたも、そして周りの神様方も安全に、危なくないものが良いです」
「………………は?」
不審そのものという目を向けてくる水の精に、千栄理は理由を付け足す。
「もし、勝負の間……あなたより、私の方がそうなりそうですけど、怪我をしたりしたら、気持ち良く勝負ができないと思ったので」
「……ふん、なるほどね。確かにそうだわ。二つ目は?」
「はい。二つ目は見ている方々が楽しめるものが良いと思います。私達にとっては大事な勝負ですけど、見る方々にとってはちょっとしたイベントなので」
「……三つ目は?」
そこで千栄理は水の精に向かって片手を差し出し、にっこりと笑った。
「お互いに正々堂々、頑張りましょう!」
「何なの!? あなた!」
余裕なのか、それとも単なる馬鹿なのか。計り兼ねる水の精と朗らかに笑う千栄理の姿、彼女が提示した条件も加わって神々の間に笑いの嵐が巻き起こった。二人の勝負が丁度良い余興にもなると思ったせいもある。一気に熱量が上がる会場の空気と無茶を言い出した千栄理に、ポセイドンは珍しく不満を露わにし、ぐしゃぐしゃと前髪をかき乱す。
「彼奴はまた……」
呆れる愛弟にハデスは苦笑して宥めにかかる。その表情はどこか楽しげにも見えた。
「そう言うな。彼奴なりにお前に相応しくなるため、強くあろうとしているのだろう。それに、周囲に千栄理を認めさせるには良い機会だ」
「やらせてやると良い」と言うハデスに、ポセイドンは呆れながらも、一度言い出したら聞かない自分の恋人の性格を思うと、彼と同じように笑んだ。