それではこれからを考えようかなんてことのない、いつもの夜。
出がけにリクエストしていたハンバーグカレーを頬張りながら、ふとロナルド君が遠い目をする。
「そういえば、お前が押しかけてきてからそろそろ三十年経つんだなぁ〜……」
「君が私たちの城を壊してから三十年の間違いだろう」
訂正すれば「そうとも言うな」なんて快活に笑う。一体いつになったら城を再建してくれるのか。
まあ、ここも住めばなかなか快適だから急いではいないし、行くアテが無かったからとりあえずと押しかけたのは事実だけれど。
そんなことをつらつら考えていたら、よくわからない言葉が耳に届いた。
「折り返しだな」
「何が?」
何の折り返しなのか皆目見当もつかず、素直に聞き返してみる。
返された言葉にかろうじて身体を保てたのは、ちっぽけなプライドと根性のおかげだった。
「この生活だよ。仮に事故とかに遭わずに寿命まで生きたとして、あと三十年がせいぜいだろ? だから、折り返しだなって」
「折り返し……」
あと三十年? 聞こえてきた言葉に耳を疑った。
確かに人間とは自分たちと異なり短命種だ。
それはわかっていた、理解していたはずなのに。ロナルド君があまりにも丈夫であることと、この三十年退屈を感じることが無かったから、ロナルド君が自分と違う、人間であるということがすっかり抜け落ちてしまっていた。
あと、三十年……。
「……ふん。そもそも、私が君と、この先も三十年、一緒にいる前提なのか。……気に入らないな」
「えっ、ドラ公……?」
さすがの鈍感でも気づくか。いや、鈍感を育てたんだったな、私が。30年かけて。
気づかれているとわかっていても、みっともない姿を見られたくなくて背を向ける。
それなのに、わざわざ前に回り込んだ自分より少し背の高い男は、わざわざ覗き込むように腰を屈めてくる。
「なあ、何で泣いてるんだよ」
「泣いて、ない……っ!」
「強情かよ」
ため息混じりの苦笑と共に、自分より少し高めの体温に包まれる。その温度に安堵してしまったのが悔しくて、またそう遠くない未来にこの温度が自分の元から去ってしまう事実が恐ろしくて、感情がぐしゃぐしゃになる。
「こんなの、私らしく、ないだろう……っ!」
楽しいことしかしたくない、享楽主義の高等吸血鬼なのに!
なのに、頭上から降ってくる言葉に思わずカチンとくる。
「バカだなぁ」
「はぁ!? バカって、言う方がバカなんだ……!」
「いや、だってよう」
宥めるように頭に手まで置かれる。本当に可愛くなくなったな。でも、心地が良くてホッとする。
「俺と別れるの、悲しいと思ってくれたんだろ?」
前言撤回。デリカシーのなさは健在だったか。
「……悲しくない」
「強がんなって」
余裕ぶるロナルド君に少しの悔しさを覚えるが、言われたことは図星だった。
だって、本当にこんなくだらなくて愉快な毎日が、ずっと続くと思っていたから。
もうジョン一人だけの食事の量なんて、忘れてしまったんだよ。だって、君、人一倍ご飯を食べるじゃないか。
「なあ、いい機会だから話さないか?」
「……何を」
「俺たちの、これからをさ」
頭に添えられていた手が頬を伝い、滲んでいた涙を拭っていく。これから……?
「俺さ、怒られると思って言って無かったけど、お前が望むなら吸血鬼になる覚悟、できてるからさ」
「は……、えっ……?」
告げられた事実に、思わず頬が熱くなる。
「そういう大事なことを! 一人で決めるな!」
思わず拳を振りかざすも、反作用で死ぬのはお前だと止められる。悲しいかなそれは事実だったので、代わりに頬を思いっきりつねり上げてやった。
「いへへ……。だからよ、ちゃんと話せばいいだろ? これから、あと三十年あるんだから」
そう言って見せる笑顔がやけに眩しくて、だんだん悲しんだり怒ったりしていたことがバカらしくなる。
「まったく君は……。でも、そうだね、じっくり話し合おうか」
ロナルド君の言う通り、私たちのこれからについて、とことん話し合おうじゃないか。
まだ、それなりに時間はあるのだから。