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    しおり
    【みかさに♀︎】黎明の姫君【特殊本丸】 三日月宗近がこの本丸に顕現したのは、桜も散り始め、しかしまだ肌寒さのある頃だった。
     時の政府が、歴史を改変しようとする「歴史修正主義者」との戦を始めてはや十数年。刀剣の付喪神である「刀剣男士」を従え、本丸と呼ばれる本拠地をまとめ上げる審神者たちも、人数、実力ともに揃っている。最初のうちは霊力の過多に関係なく審神者を集めていたが、戦いの激化のうちに、個性的な能力を持つ審神者たちの投入も進められていた。それは政府主導であったり、あるいは審神者本人が望んで「そうなった」ものもあり、その特殊性は非常に目を見張るものであった。
     うちのけが多い故三日月と呼ばれる国宝、三日月宗近が所属することになったここも、多くの個性的な本丸のその一つであった。
    『ようこそいらっしゃいました、三日月宗近。わたくしが審神者です』
     顕現の口上を済ませ、目の前にいるだろう主をじっくり見てやろうと三日月はゆるりと目を細める。重たげな青い狩衣の袖をを素紗単衣のように揺らめかせ、白いかんばせをめぐらす。目の前には同じ刀剣男士、恐らく近侍だろう。そして、時の政府より派遣された管狐こんのすけ。彼らは本丸と政府の連絡役等こなすものだと「集合体知識」によって理解している。そして、近侍が剣の「白山吉光」であることも瞬時に理解した。顕現した瞬間にダウンロードされるようなもので、口上は存在の保定を促す。なので、顕現したての刀剣男士はよそから分からない程度には「ぼんやり」しているものである。
     とは言え。
     いくらぼんやりしているとはいえ、審神者の姿が見えないのはおかしい。これから主として仕え、支える相手が見えないのは問題であった。
    「はて、主よ。おれは月であって叢雲ではないのだが」
     三日月の言葉に、ああ、と笑いを含んだ女性の声がどこからか聞こえてくる。
    『美しい月であっても、見上げる顔がなければ落ち着かないものですか』
     どういうことだ、と問う前に白山の隣にどこからか投射された映像が浮かんだ。巫女衣装を着た年齢不詳の女性であり、日本人の特徴を有していた。しかしどうにもその面差しは端正すぎて、現実のものと思われない。結った黒髪も、複雑な形をしており現実では再現することが難しそうだ。
    『これを、仮のわたくしとしてお話しかけください』
    「仮、とな」
     怪訝な様子に、目の前の映像は声とともに口を動かす。
    『平均的な女性の姿を合成して、作成いたしました。わたくしは顔を持ってはおりませんので』
    「顔のない、にょしょうとは」
     先程から三日月は繰り返すばかりだ。どこの本丸でも食えない爺としてふるまい、扱われる彼としては珍しいことだった。声は続ける。
    『やはり、三日月宗近は美しいですね。刀剣男士はみな美しいけれど、明らかに人間ではありえない美しさです。ねえ白山』
     はいあるじさま、と近侍は無表情に淡々と答える。その眼は投射された女ではなく、やや天井に近い中空を見ていた。
    「主よ、そなたはどこにいるのだ」
     焦れたような、些か畏怖にも似た感情がひたひたと三日月の胸に訪れる。「集合体知識」にもこのような情報はなかった。顔のない女性。どこからか聞こえる声。仮初の姿。声は優し気に、穏やかに告げる。
    『わたくしはここにおります。いえ、あなたがわたくしの中にいるのです』
     三日月が目を見開く。声は淡々と歌うように続けた。
    『わたくしは、この本丸そのものなのです。ようこそ三日月宗近、わたくしはあなたを歓迎いたします』
     
     ※
     
     時の政府が立案した計画のうち、NT計画等は審神者の間でも人口に膾炙している。しかし、大型計画でありながら口の端にも上らない計画があった。
    「本丸サイバーネーション計画」である。
     これは、本丸という箱物自体を「審神者」として成立させ刀剣男士を率いるという計画であった。だがしかし、計画は頓挫し、初期構想からは違った形で実行されることとなった。刀剣男士とは、物の心を励起し付喪神と為したものである。そして物の心とは人間の心が無ければ発生しないものであったのだ。物と物では上手くいかなかったそれを、物に心を宿らせることで成功させたのだった。彼あるいは彼女たち「本丸審神者」は、個体数は秘匿されている。ただ、少しずつ増やしているのだという話もあった。
     三日月宗近はそのうちの一つ、相模国サーバー所属審神者ID×××××の配下となったのである。
     さて、驚きの邂逅を終えた後、三日月は大広間にて他の刀剣男士たちと対面していた。
    「本物の三日月宗近だ!」「きらきらしてます」「すげー!」「髪の毛触ってもいい?」
     湯呑を持たされ畳に座った三日月の周りを短刀をはじめとした刀たちが取り囲んでいる。そしてその様子を打刀や太刀が微笑ましそうに眺めているのだ。
     はっはっは、とのらりくらりと笑いつつ受け流しながら、さりげなく周囲を観察する。三日月の目には、普通の武家屋敷風の建物に見える。大広間は中庭に面していて、緑の部分が多くなった桜と、中低木がバランスよく植えられていた。風はまだ少し冷たいものの、障子は開け放たれ陽光が差し込んでいる。鍛刀部屋から近侍にここまで連れてこられる間、ひそやかに見回したが、全くただの日本家屋であった。近侍は案内をし終えると、仕事がある、と短く言い置いてすぐさま消えてしまった。つれない、と思うものの大広間には既にたくさんの刀剣男士が待ち受けており、この有様である。彼らの殆どが「極」であり、なるほど古参の本丸なのだと見て取れた。
    「どうだ、三日月。ここは驚きに満ちているだろう?」
     胡坐をかいてやや離れたところから声をかけたのは、太刀の鶴丸国永であった。
     おお五条の、と言うと、にんまりと笑われた。
    「驚いたと言えば驚いたな。我らが主こそまさに本丸とは」
     だろう?と鶴丸は胡坐をかいた膝に両手を乗せ、ゆらゆらと揺れる。すると、周囲の面々からも声が上がった。
    「主ってかっこいいだろ?!」「主君はとっても大きくて素敵で優しいんです」「ボクのこともよく褒めてくれるんだよ」「でも主からはいつでも俺たちのやることなすこと見えちまうから悪いことはできねえよ?」「もう薬研ったら!」
     怒涛の勢いに、顔には出さぬもののたじろぐ。そんな新入りに鶴丸は真っ白な姿、自身を鶴とも例える儚げな美しさを、いたずらっ子のように歪めて笑った。
    「どうだい、ここじゃあ主だけじゃ収まらず、驚きと楽しみに満ち溢れているんだぜ。お前も早々に慣れるといい」
     あいわかった、と頷く三日月だったが、その心の中ではもやもやとした疑念のようなものが澱のように淀む。
     その後、特に主や近侍と会話を交わすこともないまま、三日月宗近は他の刀剣男士たちによって内部の案内や役割の説明を一気に受けることとなり、雪崩のような情報を一身に受ける羽目となった。
     ようやく解放されて、個室に通された頃にはとっぷりと日は暮れて、風が冷たさを増している。ただの刀であった頃は、風雨は己を朽ちさせるものでしかなかったが、人の身を得て感じると違った感想が生まれそうだ。息をつき、肉体を軽く覆うような疲労を慈しみ座っていると、障子の外から訪いの声がした。
    「三日月、入ってもいいか」
     軽やかな声に応と返すと、徳利と猪口二つを指に挟んだ鶴丸国永が、ひょいひょいと部屋に入ってきた。戦装束ではなく、だが全身真っ白な袴姿だ。
    「なんだ、まだ着替えてなかったのか」
    「なに、一人では着替えられぬでな」
    「なら俺が着替えさせてやろう」
     特に変わったことではないという表情で徳利などを据え付けの小机に置くと、鶴丸はてきぱきと三日月宗近を内番着に着替えさせる。たちまち、雅な美しい男が気楽な、というにはいささか雅に欠ける作務衣のような姿になった。ただかんばせの香り立つ清冽さでごまかされてはいるが。
    「さて、では俺と一献やらないか。まあ近縁の誼ということで」
    「それならいただこう」
     鶴丸がそれぞれの猪口に酒を注ぐ。特に肴もないが、今は十分だ。
     三日月宗近は三条宗近の作であり、対して鶴丸国永は五条国永の作ということで、三条の流れを汲む太刀だ。刀同士、縁戚と言っても憚りはないだろう。交わす言葉は少なくとも、どこか通じるものがある。
    「ところで、主のことをどう思った?」
    「どう、とは?」
     酒を飲む隙間に問いかけられた言葉に、三日月は受け流すように返答した。ごまかすなよ、と鶴丸は笑う。
    「面食らっただろう?何せ我らが主は本丸という建屋そのものだ。顔どころか豊満な肉体も持たない女性(にょしょう)だ」
     憚らない言い様に、三日月の方が焦る気持ちになる。それを感じ取ったか、鶴丸は「大丈夫だ」と言った。
    「地獄耳の彼女だが、個室やプライベートな場所への集音マイクはオフにしてるって彼女自身と約束してるんだぜ。お前、もしかしてその説明聞いてなかったろう?」
     正にその通りだった。図星をつかれて、三日月はただ笑う。
    「まあ彼女の意思に関わらず、本丸内での会話は録音はされているはずだけどな。それを政府に彼女が提出するかは別として」
     さらりと嫌なことを言う。
    「まあ、鶴丸の云うとおりだ。かなり、面食らったぞ」
     だろう!?と鶴丸は嬉しそうだ。そしてすかさず三日月の空いた猪口に酌をする。手酌で自らの分も注ぐと少し口をつけて、楽しそうに続けた。
    「俺も、初めて顕現した時は開いた口が塞がらなかったぜ。なにせ聞こえてくるのは声だけ。どこを向いて話せばいいのかもわかりゃしない。まあ近侍殿は波長が合うようだが」
     白山吉光は、確かに雰囲気や口調が絡繰じみていると思わないではない。とはいえ。
    「だが、主は本丸建屋そのもの、とは言うが、一応女人であるのだろう?」
    「まあそれも本当かどうかは定かじゃないがな」
     鶴丸は上を見上げ思い出すように腕を組んだ。猪口は器用に平行のままだ。
    「俺の方の『集合体知識』だと、本丸サイバーネーション計画というのを聞いたことがある」
    「さいばーねーしょん?」
     三日月にとっては初めて聞く言葉だ。「集合体知識」にも見当たらない。
    「どうやら、他の鶴丸国永が少し関わっていたようだな」
     刀剣男士は、同じ名前、同じ性質を持つ個体が複数存在する。神社で言うところの本霊と分霊のようなもので、顕現した審神者の性質によって個体差が生まれたりするものだ。そのためか、分霊たちが得た知識を他の分霊にも分け与えるシステムが自然と出来上がっている。それが「集合体知識」と言うもので、顕現したばかりの刀剣男士が本丸で人のように生活できるのも、このためであった。
     鶴丸が言うには、「物」を審神者として定義し、刀剣男士を使役させる計画があったらしい。
    「ところがそれはうまくいかなかった。そりゃあそうだよな」
     酒が進む。だが鶴丸の白い顔には朱一つ差さない。
    「物が成るには人の心が必要だろうよ」
    「その通りだ三日月。それで、きゃつら、おっと政府の研究者は、物に心を宿らせる方に方向転換したらしい」
     それは。
    「それは、本末転倒ではないのか?」
     口をついて出た言葉に、相手は一旦金色の目を見開いて、それからにんまりと顔を歪めた。
    「その通りだ。だからちょっと歪なんだ、この計画は」
     と呟き、酒のついた唇を舐めた。あまり品のいいしぐさではないが、人間を超えた美しさを持つ刀剣男士ならば存外ハマってしまう。
    「君は、どう思う、我らが主のことを」
     鶴丸は、先程の問を繰り返す。
    「彼女は、ヒトか、それともモノか」
     三日月は、沈黙した。どちらを答えようと、あるいは分からないと断じようと、何にしろ空恐ろしいような気分に陥りそうだった。
     
     ※
     
     三日月は顕現されてから一週間ほどでこの生活に慣れた。先住たちが親切に接してくれたのもあるが、審神者と近侍が思いのほか三日月を気にかけてくれたからである。鶴丸は最初の夜以来、しょっちゅう三日月を訪ねてくるし、うろうろとしていれば誰かしら話しかけてくる。不自然とは思わないが、やけに歓迎されていると感じる。ふと、何回目かの酒盛りでそれを漏らすと、鶴丸と、いつしか仲間入りした打刀・和泉守兼定が唇を歪めて笑いをこらえる顔になった。
    「おかしなことを言ったか?」
     問うと、和泉守がそれを受け取った。
    「そりゃそうだ、これまで三日月宗近が顕現したことなんかなかったんだ。皆物珍しがってるのさ」
     今まで一振りも「三日月宗近」が顕現しなかったのか。それは非常に珍しいことだった。審神者の就任記録に目を通したが、古参と言ってもいい程の経験を重ねた本丸である。不運だったのか、単に縁がなかったのか。
    「おれが初めての三日月宗近か。どおりで」
    「演練でくらいしか見たことなかったものな」
    「主は落ち着いているように見えるが、内心はしゃいでいるはずだぜ」
     得心した三日月の言葉に、和泉守が返す。鶴丸は、主の心中をからかうように暴露した。
    「主も、はしゃぐのか?」
     意外そうな三日月の言葉に、鶴丸も和泉守も頷く。
    「今は結構ちゃんとしようと肩肘張ってるみたいだがな。いや肩肘なんかねえんだが、物の例えよ」
     余計なことを言った、と悔やむ調子の和泉守に、おや、と三日月は引っかかる思いがする。
    「なぁに、そろそろボロが出る頃さ。三日月、お前の前ではいい恰好してるんだぜ主も」
     鶴丸の言葉に、ここ数日にあった主とのやり取りを思い返した。
     それは、手合わせを太刀・獅子王と行った時のことである。獅子王は元の主に合わせて軽く仕立てられているためか、本人の太刀筋も軽やかで且つ華やかである。対して、三日月宗近の太刀筋は優美で雅やかであるにも関わらずずっしりと重い。かと言って鈍重さはなく、つまりは二振りとも流麗な太刀捌きでもって対峙しているのだった。何度か刃を合わせ(とは言え修練場内のため木刀だ)お互いのやり口が分かるようになると、相手を出し抜く動きに変化していく。獅子王はそこそこの古株であるため、顕現したばかりの三日月よりは有利であるが、それを圧倒しかねない新刃は流石の国宝と言えよう。
    『美しいですね』
     ぽつりと、修練場の天井から響く声に二振りは打ち合いを止める。
    「なんだ、主見てたのか?」
     獅子王が天井を見上げて言う。
    『ごめんなさい、邪魔をするつもりでは』
    「いいよいいよ、いつまでも勝負つかなくて困ってたからさ」
     肩に纏っている黒い獣(退治した逸話の鵺だそうだ)を撫でながら、古株は手を振る。金髪が揺れて煌めく。
    『素晴らしいですね獅子王。あなたと三日月宗近は対照的な動きなのに、それぞれにとても美しいと思いました』
     生身の声とも合成音声ともとれる、鈴を転がすような女の声が柔らかく響く。三日月は、まだ少し慣れていなかった。どこを見て話せばいいか分からないし、「彼女」がどこを見ているかも分からない。そして何より、鶴丸の問いが引っ掛かる。
     彼女は、ヒトかモノか。
     普通に話しかけられぬ理由の一つである。
     刀剣男士はモノだ。モノから生じた付喪神だ。しかし主の存在はしっくり来ない部分が多い。モノに心を人工的に宿す。それは刀剣男士の有り様とは似て非なるものだ。言わば、モノに物語を牽強付会したようなものである。刀剣男士の成り立ちは、既存の物語、人の思いそれらが渾然一体となったものだ。自ずと性質が違っているのは明らかに思える。三日月の葛藤を知ってか知らずか、主は穏やかに語りかけた。
    『三日月、やはり貴方はお強いのですね。獅子王もここでは練度が高いのですが』
     気まずそうに頭を搔く獅子王を尻目に、三日月は目線を天井や柱に戸惑わせる。
    「そなたが、手合わせの指示を出したのだろう?おれの力量を見定めるためでは無かったのか?」
    『ええ、ただわたくし自身の意思ではなく、演算結果により今回の手合わせは獅子王とあなたを選択致しました』
     演算結果、と三日月はオウム返しする。獅子王は何でもない様子で「俺たちや周囲の環境とかを数値化して、それで色々決めてるらしいぜ」と言った。
    『どういうことになるのかわかりませんでしたが、なるほど素晴らしいものを拝見できました』
     しれっと言う主の声音は、淡々としているにもかかわらず微かに興奮を感じさせた。三日月は、その時はただの違和感で終わったのだが、こうして酒盛りの場で他者に指摘されてみると、思い当たる節がある。
    「ああ、あれははしゃいでいたのだな」
     思い返す三日月の頬が、やんわりと上がる。それを見て、和泉守は「だろう?」と笑った。鶴丸は穏やかに酒を啜っている。
    「別にお客さん扱いするわけじゃねえけど、三日月と話したり手合わせしてみたい刀はまだまだ大勢いるぜ。落ち着かねえかもしれないが堪忍してやってくれよ」
     古株らしい、あるいは兄貴分の口調で和泉守が言うので、あいわかった、と素直に頷く。
    「彼女は、次の出陣にお前を出すつもりだ。気張ってくれよ三日月」
     と、鶴丸がやけに念を押すように言うので、首を傾げつつ三日月は目をしばたたかせるのだった。
     三日後。鶴丸の言う通り第一部隊に編成された三日月は、時を超える儀式を執り行う部屋にいた。木造建築のレイヤーを被せられた本丸の内部、審神者の体内の比較的深い部分である。そこは取り繕うことのない、いわば「現代的」な内装だった。二十畳程の部屋は、一面が白い。室内には角がなく、壁と天井、床がシームレスに繋がっている。出入口である襖が唯一の異物だ。照明もないのに明るいそれは、まるでマシュマロの内部に入った気にさせる柔らかさだった。
    「全員揃ったね~」
     隊長の加州清光が言う。打刀の彼は既に極めており、余裕のある佇まいだ。他の隊員は、博多藤四郎(極)、愛染国俊(極)、蛍丸(極)、厚藤四郎(極)であり、それぞれ遠戦の出来る刀装や精鋭兵を身に着けている。一方三日月は、盾兵を持たされた。
    「じゃあ向かうよ。三日月、あんたはまだ初陣だから無理せず俺たちについてきて」
    「あいわかった」
     三日月の穏やかな返事に、加州も頷き、そしてやや上の辺りを見上げた。
    「主~~。いつでもいいよ~!」
    『ええ、それでは転送しますね』
     どこからか、審神者の声がする。部屋の構造のせいか、やけにエコーが掛かって響く。
    『それでは行ってらっしゃい。気を付けて』
     主の声を皮切りに、部屋中が白く発光し、近くにいる者の姿すら確認出来なくなる。仕方なく目をつぶり、ややあって光が落ち着いたのを感じてゆるゆると瞼を上げると、そこはどこかの地下坑道であるように思えた。空木積(からこづみ)にされた広い内部。壁の一定間隔に篝火が照らしている。
    「うおおおおおおおおおお!この日がやっと来たあ!小判をたんまり分捕るったいね!!!」
     博多藤四郎の怪気炎に驚いていると、他の隊員も静かに燃えている。
    「三日月は初めてだから、無理はしなくていいからね」
     でもちゃんとついてきてね、と加州がにんまりと笑う。
     三日月宗近の初陣は、大坂城に存在する謎の地下道における小判集めであった。
     
     ※
     
    「割に合わない」
     ぐったりと倒れこみ、くぐもった声を上げるのは、すっかり疲れ切った三日月だ。
     大坂城探索をひと段落させ、戦装束もまともに解かぬまま、大広間の入り口辺りで力尽きてしまった。同僚たちはそれには構わず、彼を避けるかあるいは跨ぐかして通行する。理解しているものは苦笑しつつも、三日月を手助けすることはない。
     一番隊の連中は慣れ切っているためピンピンしている上、元気に姿のない主へと報告を行っている。博多は初志貫徹して小判をざくざくと持ち帰り、三日月は驚く程に練度が上がった。上がらされた、と言うべきだろうか。何せ行軍がスパルタで、敵を銃兵や投石兵でぶち殺し、大太刀蛍丸が薙ぎ倒していく。地下深く潜れば潜るほど敵が強くなる戦場のはずだが、水を掛けた角砂糖のように敵が溶けていくのは壮観だった。他の隊の刀剣男士も大広間に集まっているが、三日月は放置されたままだ。報告が終わると、ようやく隊長の加州が来て、三日月の傍にしゃがんだ。
    「お疲れ。最初は慣れないよね。これがうちのやり方だから早く慣れてね」
    「割に合わない」
     先程呟いた言葉を、唸るように加州に向ける。
    「そうかな、レベルアップすごくしたじゃん」
    「休む間もなく引きずり回された」
    「だからそれがうちのやり方だし。ほら機嫌直して立ち上がってよ。間違えて踏んじゃうじゃん」
    「嫌だ。加州がおれを持ち上げてくれ」
    「無理だってば」
     駄々っ子が廊下と部屋の間で、青いなめくじとなっている。最も美しい刀剣男士にはそぐわない有様だ。その様子を大広間から見ていた鶴丸が、床に向かって何事かを囁いた。
    『三日月も子供のように振舞うことがあるのですね』
     滑らかな頬をべったりとくっつけた床から声がして、三日月は飛び上がった。流体のようだった肉体が緊張感を取り戻し、警戒とともに立ち上がり床を睨む。すると、加州が身を起こしてケタケタと笑った。
    「主~、三日月びっくりしてんじゃん。猫みたい。よその三日月もこういう反応するの?」
     その言葉に、三日月はようやく背中に通った殺気に似たものを拡散させた。
    「主、だったのか。驚いた」
     珍しいものが見られました、と一切悪びれることのない女の声が今度は壁から聞こえる。
    「主はどこからでも話せるのか」
    『ええ。わたくしの体は全てがマイクでありスピーカーですから』
     三日月は、床にきちんと座り直した。
    「主よ、そなたは本当にこの本丸そのものなのだな」
    『ええ。ずっと申し上げているでしょう?』
     からかうような声音が、壁や床から振動によって聞こえるのに気付いた。仮にも女の胎内にいるのだと改めて自覚して、三日月は僅かに眉頭を寄せた。
    「妙なツラをするなよ、三日月。俺たちみたいに早く慣れろ」
    「そうだよ、主とすぐにコミュニケーションとれるし、慣れると楽だよ」
     鶴丸と加州に口々に言われ、むむむ、と唇を引き絞る。
    「とは言え、おれはどうにもまだピンと来ないのだ」
     主が悪いわけではない、と言い添えて三日月は申し訳なさそうにする。
    『構いません。初期刀ですら、最初はおっかなびっくりだったのですもの。おいおい慣れてくださると嬉しいですわ』
     堅い話し方を緩めた審神者に、三日月は黙礼する。だがやはりまだどこを見てよいのか分からず、とりあえず壁に向かうのだった。
     怒涛の初陣から翌日。大坂城を直下掘りし兼ねない第一部隊の勢いは初日以上であった。その勢いは日毎に増し、引きずり回される三日月はほぼ文句を言う気力さえ無くしてしまった。反比例して、博多藤四郎はイキイキとしていく。大量の小判を持ち帰る妖怪に似ている。そういうことを溢したら、粟田口派の長兄である一期一振に睨まれてしまった。大量の小判は実質的に本丸運営等ですぐに使われてしまうので、これらの動きは他本丸でも大体似たようなものである。とは言え、顕現したばかりで引きずり回される新刃はたまったものではない。その上、既に成熟した本丸にただ一振りようやく顕現した三日月宗近ともなれば、大事にされることと、酷使されることは決して矛盾しないのであった。
     大坂城をほぼ掘り尽くしたのでは思える頃、元々の技量もあってか三日月は十分な戦力の一振りとなっていた。やれやれやっと終わるか、とこぼしかけたがすかさず「集合体知識」が大坂城は何度でも蘇ると、余計なことを教えてくれた。
     さて、大坂城小判集め戦闘の打ち上げが今夜大広間で執り行われる。宴の内容は功労者の筆頭である博多藤四郎が決めた。贅沢なご馳走を厨番が腕を振るって用意するそうだが、それらの資金は集めた小判から見れば微々たるものらしい。
     内番着に着替えて、各々大広間に集まると刀剣男士の並み居る姿が壮観だ。第一部隊は上座に席が用意されている。個人ごとの膳ではなく、長机を畳に置いて食事をとるのがここのやり方だ。最上座に席は用意されているものの、その主はそこには座らない。あくまで形だけのものだ。食事を必要としない主とはいうものの、刀剣男士たちの方が彼女の席がないと落ち着かないからという理由らしい。
     三日月は加州と厚に挟まれて座っている。向かい側には蛍丸、博多、愛染の三振りだ。厚は短く刈った黒髪の少年の姿であり、赤縁眼鏡の博多とはまた違った利発さが感じ取れる。蛍丸と愛染は大太刀と短刀だが、同じ来派であり二振りとも少年姿だ。蛍丸は緑をうっすらと感じる白髪、愛染は赤い髪。落ち着いて見える蛍丸にお祭り大好きな愛染は対照的だが、根っこに似たようなやんちゃさが窺える。大坂城攻略のために編成された部隊のためか、短刀が多い印象だ。三日月は自分自身が部隊内で際立っているように思えた。
     主の席の程近くに座していた近侍、白山が立ち上がり、酒杯を掲げた。
    「皆様、お揃いのようです。これより、大坂城攻略の宴を始めます。あるじさま、一言を」
     すぅっと、大広間全体が静かになる。何となく、刀剣男士それぞれに主の席を見たり、あるいは天井辺りを見詰めるような仕草をしている。三日月はどこも見ればいいか迷い、結局主の席をぼんやりと視界に入れた。そして、やや本丸全体が鳴動する気配がした。
    『皆様、攻略お疲れさまでした。第一部隊の皆様は本当によくやってくれましたね。そしてそれ以外にも本丸全体の運営を助けてくれた皆様の努力と支えがあって、こうして宴を開くことができています。わたくしからも最大の感謝を皆様にお伝えします』
     ありがとうございます、と優しく、しかし毅然とした声が大広間中に広がった。それを受けて、それぞれに刀剣男士が騒ぐ。
    「こちらこそありがとうだぜ!」
    「楽しかったから良いよ!」
    「主!もったいないお言葉です!」
     口々に言うのを、近侍が片手だけで制した。そして頷く。
    『では、宴を楽しみましょう。乾杯』
     主の一声で、全員が杯を掲げ、そして飲み干す。三日月も即飲み干した。うまい、自ずと声が漏れて、同部隊の男士たちが笑った。
    「いい酒を用意してくれたんだぜ、主さん気前いいよな!」
    「国俊も飲みすぎないようにね」
     祭り好きの愛染国俊が言えば、蛍丸が気のない風に注意をする。
    「なるほど、これを主が」
     刀剣男士の好みや色々な物事を数値化して演算結果によって、この酒を選んだのだろうか。そんなことを考えているうちに、いつしか宴は、形式張ったものが崩れ、それぞれが仲の良い者のいる席にふらふらと行くようなものになっていた。気づけば三日月は一人酒を酌んでいた。普段から気にかけてくれるはずの鶴丸すら遠くにいる。あちらは確か伊達政宗の刀たちの集まりだろう。
     あなや、とぼんやり寂しい気持ちになりはしたものの、それはそれで喧騒の中の静けさを三日月は楽しむことにした。酒は、何度飲み下しても変わらず美味かった。不思議なことに、何度飲んでも最初に飲んだ時と同じ気分になれる。奇妙なものだ、と三日月は手酌をした。
    『少し、よろしいですか?』
     主の声が間近に聞こえて、三日月は目を見開いた。声は、どうやら天井付近から出ているようだが、指向性をもって三日月だけに語り掛けている。
    「主、いかがした。おれは構わないが」
    『三日月は、楽しんでいますか?』
    「ああ。この酒は、主が選んでくれたそうだな」
     うまい、と言うと、ほっとした息を耳朶近くに感じた。女人に寄り添われたようで、思わずドキリとする。
    『よかった。鶴丸たちに聞いて、貴方の好みに合わせたのです』
    「鶴丸たちに?」
     ということは、得意の演算結果ではなく主本人が考えて三日月のために選んだということだろうか。
    「おれの好みに合わせたのはありがたいが、他の者たちに申し訳が立たぬな」
    『いいえ、皆も貴方を歓迎していますから』
     ご心配のことはありませんよ、と軽い調子だ。なるほど、顔もなく、肉体そのものが本丸だと言うが、声音で相手が何を思っているのか分かるものだ、と今更ながら三日月は感心した。
    「主よ、いくらおれが初めて顕現したからといって、そこまでそなたに歓迎されると少々、いやかなり面映ゆいものだな」
     すみません、と恥じらいを含んだ声が耳をくすぐった。
    『わたくしは、これでも審神者としては古株の方なのです。しかし「同期」たちと同じく、どうしても顕現しない刀が一定数あり……わたくしの場合は貴方でした』
     同期、とは本丸サイバーネーション計画において、本丸と審神者が一体化したモノのことだろう。「集合体知識」に接続せずとも彼女の言いぶりで理解できた。
    「おれ以外に顕現しなかった刀はいないのか」
    『ええ、わたくしは貴方だけでしたわ。他の所だと、獅子王が来ないとかどうしても今剣が来てくれないとか、色々差がありますの』
     熱を帯びた調子に、徐々に審神者の口調が気安いものになっている。中々どうして、最初は木と鋼鉄で出来たおなごかと思っていたが、生来の性格はどうもはしゃぐ質のように思えた。声で心は何となく読み取れるものの、三日月の中で審神者の印象は老女と童女を行ったり来たりしている。主として毅然としている時、または手合わせや今のような熱のこもった時、それぞれに脳内で描く姿が変化するのだ。そもそも顔のない女の姿を想像するのも奇妙な話だが、とこっそり胸の奥で苦笑した。
    「では、これからじっくりとお互い話をせぬか。主さえよければだが」
    『ええ、喜んで!』
     主の声は思ったよりも甲高く弾んで、三日月の脳を少しばかり揺らしたのだった。
     三日月はまず、戦場において博多がどのように目端が利くか、そして己がどのように立ち回ったかを出来るだけ面白く聞こえるように心がけて話した。それを、主は相槌とたまに軽やかな笑い声を挟みつつ、彼の話を促すのだった。二人は気づいていなかったが、周囲の刀剣男士たちは邪魔をせぬように、遠巻きにさりげなく見守っている。会話の内容まで聞き耳を立てる無粋なモノもおらず、主と三日月は穏やかに対話を重ねているのだった。酒を酌みつつ、話の流れは審神者自身へと進んでいった。
     わたくしは、と彼女は酔ってもいないのにうっとりとした口調である。
    『わたくし、戦時下にこのようなことを申し上げてはなりませんが、とても充実しておりますのよ』
    『政府の皆様は、わたくしに不便がないかをよく気にかけてくださいます』
    『でも不便なんて一つもございませんのよ。ええ、心にかけて断言いたします。わたくし、この生活を楽しんでおりますのよ』
     滑らかな口調は、ほろ酔いのそれに似て三日月は口を挟むいとまもなかった。ただ、主の素とも言うべき部分がまろび出ているように思えて、思わず吹き出してしまった。
    『まあ、わたくし何かおかしなことを申しまして?』
    「いや、違うのだ主。そなたがまるで春の風に喜び駆け回る乙女のように見えてしまったのだ」
     断じて、そなたを笑ったわけではない、と大真面目に言うと、まさに「息をのんだ」という吐息を耳朶に感じた。主の吐息が直接三日月の耳に届いたわけではない。あくまでそう感じられただけなのに、やはり乙女が傍らに寄り添っている気分にさせるのだった。刀剣男士とは物からいづる付喪神ではあるが、人の、男の肉体を与えられた故の生理的な反応が皮膚感覚に生じている。だからといって、あからさまな性欲に直結しているものではない。「集合体知識」が余計なことを色々と流し込んでくるのを、素知らぬ顔で受け流した。どうやら他の本丸では審神者や、あるいは人間と情交を結んでいるモノもいるようだ。が、しかしそれがどうした、と三日月は思う。何しろここにおわす主様は、女の肉体を持たぬのだから。などと胸中嘯いていると、意味の繋がらない言葉を焦ったように呟いている主に気が付いた。
    「主よ、いかがした」
    『はわわわわ……いえあの春風、いえそんな、わたくしなどが、あ、あわ、ああああ』
     どうしたのだろうか。少し考えて、あることに思い至る。
    「主、もしかしてそなた、照れているのか」
    『~~~~~~!!!!』
     今度こそ言葉にならない悲鳴が耳をつんざいた。うおっ、と座しながらもよろめくが持ちこたえた。指向性のある音源のはずだが、あまりに大きな声だったのか他の刀剣男士たちが僅かにざわついているのが気配で分かる。
    『て、照れ、照れてなど、おりませんっわっ』
    「そういうことにしておこう」
     息も絶え絶えの主の言葉に微笑むと、三日月はさらりと流した。
    「おれは、主が初めての女人だからなあ。礼を失したなら窘めてくれ」
    『はっ初めて?!』
     明らかに、審神者は狼狽えている。心なしか本丸の建屋自体が揺れたような。
    「ほら、このように顕現してから親しく語り合える女人などいないからなあ」
     はっはっは、と三日月が笑うと、『そ、そうですわよね!』と取り繕う声音が返ってくる。彼女は三日月が思うよりも、人間らしい、と感じざるを得なかった。本丸という建屋に心を宿らせた、というには人間臭すぎる。とはいえ、三日月の知る人間などは物だった頃の曖昧な記憶と「集合体知識」がもたらす記録に過ぎないが。
     それでも、彼女の言動は三日月の興味を呼び起こすには十分だった。
    「主よ、そなたのことをもっと聞かせてくれ」
     せめて宴が終わるまでおれに独り占めさせてくれないか、と中空に向かって囁く。すると小さな、だがまるで三日月に体を預ける近さで『はい』と審神者は返事をしたのだった。
     
     ※
     
    「いかに思う、皆の衆」
     宴も終わり、三々五々となった刀剣男士たち数振りが、問いかけをした鶴丸国永の部屋に集っている。従来、主以外の本丸人員はすべての業務に関わるべしということで、宴の後であってもきちんと働かねばならない。代わりに片付けをしてくれているものには悪いが、重要な案件のため歌仙兼定を筆頭とした厨の守護神たちに苦い顔をされつつ許可を得たのである。
    「まあクロだよね」
     声を上げたのは加州清光だ。片膝を立てて両腕で抱き、膝頭に顎を乗せている。主にとって一番可愛く思われるポジションをキープするために努力を重ねている刀だが、ラフな姿勢を取っていてもきちんと可愛くなっている。そんな加州の声に、他のメンツも同意する声を上げた。
    「三日月はあの調子だからともかくとして、主の態度はあからさますぎる!!!」
     ひと際大きな意見だったのは、大包平だ。刀剣の横綱と呼ばれ、美しく強い刀だが、天下五剣に入れられていないのを気にしている。それ故、天下五剣の一振りである三日月宗近においては、敵対意識とまではいかないものの対抗意識は抱いているようだ。
     大包平の大声にも負けず、その隣で優雅に緑茶を飲む鶯丸は「まあいいじゃないか、楽しそうなのだから」と窘める。というより大らかに傍観する姿勢のようだ。
    「ぼくはあるじさまがたのしいならいいけど、みかづきにひとりじめされるのはこまります」
     不機嫌顔で文句を言うのは今剣だ。短刀である彼を使って、源義経が自害したという伝説を持つ。小天狗のような可愛らしい飄々とした姿だが、その実平安刀であるため一筋縄ではいかない。
    「愛や恋というのはわからないが……本当に主は三日月宗近に気を持っているのかい?」
     きょとんとした様子で言うのは、蜂須賀虎徹。彼こそ、この本丸の初期刀である。華やかながら柔和な顔つきをした長髪の美青年は、虎徹の真作であるという誇りを常に持っている。だが、それ以外の部分では少し抜けているところもあり、仲間たちからは何かと構われる一振りであった。
    「ハッチはニブチンだからなー、主の浮ついてるの見てたらわかるっしょ」
     構う筆頭の加州が諭すように言うと、そうなのか、と蜂須賀は眉尻を下げた。
    「主が三日月に嫁入りしてしまったら、どうしよう」
     続いた言葉に、蜂須賀以外の全員がガクッとくずおれた。
    「お前なぁ、今そういう話しているわけじゃないんだよ、ゆくゆくはあるかもだけど!」
    「あるのか?」
    「あったら困る!」
     加州と蜂須賀のやり取りに、まあまあと鶴丸が割って入った。
    「主の幸せを願うのが俺たちの会合の主旨だ。その辺りは一旦置いておこう。しかしまあ、これだけ揃った美青年たちを差し置いて主の乙女心を掴むとは三日月宗近、恐ろしい刀だな」
     鶴丸の皮肉の籠った言葉に、全員渋い顔で頷く。いや蜂須賀のみはニコニコとしていた。
    「俺はそもそも主と結ばれたい訳じゃないが、今まで特に贔屓のなかった主があそこまで態度が変わると忸怩たる思いがある」
     やはり天下五剣だからか、と絞り出すように大包平が言うと、鶯丸はゆっくりと首を横に振った。
    「何事も時期というものさ、大包平。何せこの十年近く顕れることすらなかった三日月だぞ?特別な思いが生じてしまうのも仕方あるまい」
     言いながら、全員の湯呑に淹れたてのお茶を入れ、配り始める。鶯丸はよく気配を殺してこういうことをする。いつの間に用意したんだ、と皆が首を傾げるがお茶の味に舌鼓を打った途端それを忘れた。人心地ついたところで、口火を切ったのはやはり鶴丸だった。
    「俺たちは主が心を殺すことなく面白おかしく生きるため、集ったのだろう?同担拒否?とかガチ恋?とか現世でいうようなことはない真っ当な考えを持っているはずだろ。主の恋路を邪魔してみろ、望月に蹴られかねん」
     と言いながらいきり立つ馬のポーズを決める。そのとおりです、と黙っていた今剣が言う。
    「ぼくたちはあるじさまのしあわせをのぞんでいます。でも、でもそれがみかづきとはいえ……」
    「ポッと出の新刃に持っていかれたらいい気分はしないよねえ」
     言葉を詰まらせた今剣の言葉を、加州が引き取った。言っている言葉のきつさの割に、口調は柔らかい。悔しさよりも、違う感情の方が強いようだった。どちらかと言うとつり目気味の目は穏やかに細められ、眉根は開いて、唇には微笑の影がある。それは何らかの安堵に似た形をしていた。
     加州の表情を受け取って、鶴丸は頷き、胡坐をかいていた足を投げ出すと、間髪入れずやや乱暴に再び胡坐をかくのだった。
    「俺の考えを話させてもらうと、様子見をしたい」
     全員が鶴丸の次の言葉に耳を傾ける。
    「三日月宗近とここ最近接触を続けていたが、悪い男ではない。『集合体知識』の方での妙な評判もない。だから、俺は主の心に沿おうと思う」
     場の面々からため息に似た声が上がる。全員、何を裡に秘めようとも、結局は主が一番大切だという意識がある。
    「邪魔はせず、見守ろうということだね?」
     初期刀の穏やかな声に、鶴丸は応と返した。
    「でももし主を泣かせることがあれば……」
     加州の言葉に全員が僅かばかり殺気を見せた。はっきり言わないが、総意だ。即ち、処断する。
     場を和ませるように、鶴丸が白い手をひらひらと振った。
    「皆、同じ気持ちだものな。主に出来うる限りヒトの女人としての幸福を味わわせる。それが出来れば……」
     鶴丸の言葉は尻切れトンボに消えていった。言わずもがなだと思ったのだろう。そして、それはやはりこの場の総意であるのだった。
     
     ※
     
    「主ガチ勢会議」(命名:大和守安定)が閉会して、数日、本丸の運営は平穏そのものだった。業務は滞りなく行われ、刀剣男士間の関係性も良好、政府によって行われる評価も例年通り上々であった。この本丸は古参であり、危機管理対策もしっかりとしている。ここの本丸ではあり得ないことだが、審神者に有事が発生した場合のBPOも古参ほど練られているものだ。本丸そのものが審神者であるというここにおいても、それらのシステムは細かすぎる程に設定されていた。その点もプラスで評価されているのである。新規本丸だと、業務運営に必死で万が一の対策まで手が回らないものだ。そのため、古参の審神者は政府を通じてノウハウを積極的に新参に伝えるのも役目であった。
    『今年に入ってから、また新規の本丸が増えたわね』
    「はい、あるじさま」
     執務室と呼ばれる部屋において、主と近侍の白山は言葉を交わす。武家屋敷風の母屋のうちの一部屋であり、中庭に面した露台が廊下を挟んで設置され、外に出れば向かい側に大広間のある建屋があるが、中低木の花々があるため様子は見えない。障子を開け放していると、まるで山の中にいるようだ。
    『通常の審神者から、わたくしのような審神者まで……戦況は一体どうなるのでしょうね』
    「わたくしには、わかりません。ただ、我々は敵を打ち倒すのみです」
     白山はいつも通り、淡々と答える。主は返答をしなかったが、頷いた気配のする吐息が聞こえた。
     すると、ぽてぽてと足音がして開け放した障子の陰からこんのすけが飛び出した。
    「主様、よろしいですか?」
    『ええどうぞ』
     一礼して管狐は入室し、白山の肩にいる狐に黙礼した。そして中空を見上げた。
    「主様に、政府より連絡がございます。特例なのだそうですが、『本丸審神者』の皆様に政府役人による一斉視察があるそうです」
     こんのすけの言葉に、主も近侍も驚きを見せた。片方は呼吸音、片方は表情で。
    『本当に、特例ですわね?一斉視察ということは同時多発的に行うのでしょう?どういう意味合いなのかしら』
     わかりません、と近侍が首を振る。彼らの疑問に、本狐も本心では納得のいっていない様子で管狐が答える。
    「確かに異例です。一応、政府の説明文では『功績の高い本丸審神者のデータを採集し後進に繋げるため』とのことらしいですが」
     そんなの普通に毎度データを送っているのでわかりそうなもんですけどねえ、とこんのすけの口調が砕ける。むしろ政府側と思われることの多い繋ぎの立場の彼でさえ、妙だと思っているようだ。
    『真意は何かしら。抜き打ちではないようだし、一斉にやることで良いことがあるのかしら……だって、人的コストを考えると同時にこちらへ人を遣るなんて無駄ではありませんこと?』
    「確かに非合理的です。また、リモートによる視察ならともかく、この戦時下に大量に人間を送り込むリスクを考えるとわたくしにも度し難い事象です」
     主と近侍の批判に、こんのすけも「やはり変ですよね」と首を傾げる。
    「言い出したのが政府の幹部職員らしいのですが、管狐ネットワークによるとその人物は最近メキメキと頭角を現しているエリートらしくって」
    『まあ。ではその方が旗振り役となって?』
    「実績作りと地盤造りのつもりなんでしょうかねえ。政府所属とはいえ、本丸の運営は個人事業主みたいなものですから、フランチャイズチェーンだと思って好きにさせてくれたらいいんですけど。一定数お偉いさんには何でもかんでも把握したい方がいるもんです」
     くたびれたサラリーマンのぼやきに似た管狐の言葉に、思わず主が噴き出す。近侍はツボに入った主(天井)を無表情ながら心配げに見やった。
    『んふっ……ふふふ……ええ、すみません、大丈夫です、むふっ』
     主様無理をせずに、と言われて、審神者は暫く忍び笑いの音声のみになった。
    「あるじさま。ひとまず、この件は置いておきましょう。こんのすけ、それはいつ頃行われるのですか」
     近侍の言葉に、管狐は「来週末を予定しているようです」と答えた。
    「急、ですね」
    「急だと思います。はあめんどくさい。とりあえず了承の旨はこちらで送信いたしますから、お掃除等頑張りましょう」
     こんのすけのため息交じりの愚痴に主が『まあ、本丸内はいつも綺麗にしていてよ!』と食って掛かる。言葉の綾ですよ、と管狐は目を眇めた。
    「刀剣男士にだって見られたくないものの一つや二つあるかもしれませんのでね、そちらの周知は主様と白山様にお願いします」
     そう言うと一礼して、こんのすけは退室した。
    『見られたくないものの一つや二つ、ねえ。白山もそんなものがあるの?』
    「わたくしにはありません」
     あるじさまに隠し事はできませんゆえ、と返されて、そうじゃないのよね、と女主人はぼやく。
    『わたくしだって、刀剣男士のプライバシーには触れないように気を付けているのよ。でもこんのすけも酷いわ。そんなことを言われたら気になってしまうじゃないの』
     駄々をこねられて、白山は僅かに眉をひそめた。
    「あるじさまは、わたくしたちのことが気になるのですか?それともただ一人のことが気になるのですか」
     え、と虚を突かれた声ののち無言。白山は天井付近を見上げたまま、主の発言を待っている。しばらくして、なんでそんなこと聞くの、と遠いところから響くこだまじみた虚ろな声がした。
    「わたくしはあるじさまの幸せを望んでおります」
     白山は、前後の繋がらない、しかし審神者には意味の分かる物言いをした。
    『――わたくしって、そんなにわかりやすい?』
     自嘲する響きに、白山は首を横に振る。
    「あなたを大事に思うものならばわかりましょう」
     そう、と呟きが中空で散逸した。
    『あなたの心配するようなことはないのよ。ただ、気になるだけなの』
    「はい」
    『今まで顕現したことのなかった彼は、記録で見るよりも数百倍美しかったわ。見かけだけじゃない、戦い方も、物腰も……だから、気になっているだけなの』
     本分を忘れたりなんかしませんわ、ともし彼女に顔があったならきっとおとがいを上げてそう言ったろう声音。白山は表情も変えず、頷く。
    「例え、何があろうとあるじさまにはこの白山がおります。ご安心ください」
     ええ、と審神者は返答する。
    『早速周知徹底しないといけませんわね。政府の役人とはいえ一応お客様ですもの。おもてなしの準備をしなければ』
    「ではわたくしが手配いたします」
     近侍用の端末を手に、本丸中に情報を巡らす。ついでに本丸審神者を磨き上げるための付喪神「通称:妖精」を増員する手配を行った。そうして恙なく彼らは準備を行ったのだった。
     緊張感を孕みつつ迎えた視察の日は、そろそろ初夏の声が聞こえてもいいはずなのに、まだ風に肌寒さを覚える晴れた日だった。ブザー音が鳴り、政府からの回線が強制的に繋がる。審神者は情報を一方的に流し込まれるようにして相手を確認する。視察に来る予定の政府職員はスーツ姿の五名。「特殊本丸主管部」のIDカードを携え、リーダー以外はまじないの書かれた面布を身に着け顔が見えない。リーダーの中年男ですら、口元を面布で隠し目元しか窺えない。
     特本部のフクマルです、とIDカードをカメラにかざし、にこやかに首を傾げた。
     ああ、と審神者は知った顔にほっとした。本丸立ち上げの時から、特殊本丸主管部(通称:特本部)で関わりのあった男だ。審神者は、ただいま転送の手続きをします、とフクマルに伝えた。視察員たちのいる場所は、政府内に存在する一種の転送ゲートであり、本丸審神者とのコンタクトを取れる場所でもある。また本丸審神者の許可がないと本丸内部にも入れない仕組みとなっている。強固なゲートなのだ。審神者の承認が得られた証拠に、五名の職員は身体を走査する光とともに本丸の内側へと招かれたのだった。
     近侍の白山吉光、初期刀の蜂須賀虎徹、今剣、こんのすけが待ち受ける面前に、職員たちが転送されてくる。大きな鉄門の前に転送されてきた職員はフクマルを除いて、よろめいたり周囲の状況に驚くのを押し殺すのが見て取れた。わずかな地面を除いて、周囲の景色は渾沌としか言いようがない。ぐにゃぐにゃと歪んで、自分がどこにいるのか分からなくなるような不安な光景だ。常に撹拌され定型を取らない空間はまさしく次元の狭間であり、本丸はその空間にしっかりと存在していた。
     フクマルは慣れているらしく、しっかりしなさい、と職員を叱咤する。彼らが落ち着くのを待ってから、近侍が「あるじさまがお待ちです」と告げた。フクマルが一礼をすると、それに職員も続く。こんのすけの顔の隈取が光り、通信を行う気配がしてそれからゆっくりと鉄門が開かれた。
     フクマルは、門扉から母屋までの道を近侍たちに先導されながら、内心戦々恐々であった。先程の鉄門から母屋までは植物でできた迷路のようになっており、曲がりくねっている。そんな見通しの悪い空間である上に、『彼女』の部下たち、つまり刀剣男士たちが所々に立っては見つめてくる。怒りもない、敵意もない。ただ観察されている。しかし、付喪神という特性のせいかどんなに愛らしく美しい姿の刀剣男士でも、畏怖の感情を覚えてしまう。最近、幹部の肝煎りで人を増やしたため、今回連れている職員も新人ばかりだ。視察だけなら本来自分だけで事足りる。新人たちは視線に晒されてすっかり委縮しているようだ。全く上はもうどうして、と愚痴が胸中出そうになったところで彼らは母屋の玄関に着き、内部へといざなわれた。
    『お久しぶりです、フクマルさん』
    「やあ、しばらくぶりだね。元気だったかい」
     親しげな様子に、新人職員たちは驚いたようだった。気配が波打っている。
     フクマルは審神者と話しながら、大広間へと向かう。
    「立派になってくれて鼻が高いよ。私が何かしたわけではないけどね」
    『まあ、そんな風におっしゃいますの?』
     数多の刀剣男士の視線をくぐりながら、職員たちは大広間へと通され、形ばかりの主の席の前に座った。近侍たちはその傍らに侍る。
    『改めまして特殊本丸主管部の皆様、ようこそいらっしゃいました。わたくしが、当本丸の審神者、相模国サーバー所属ID×××××です」
     フクマルはその声を聞き、深く礼をする。その様子に追随して、新人たちも頭を下げる。姿のない審神者に相対する(というのも違和感を覚えるが)のは初めてなのだろう、彼らは一様にそわそわとしていた。しかも大広間を囲う障子の隙間から色々な刀剣男士がこちらを見ているのだ。それも落ち着かないことだろう。
    「この度は、審神者様におかれましてはご多忙にもかかわらず視察を許可いただきありがとう存じます。特本部専任課長フクマル以下五名参じましてございます」
     頭を下げたまま口上を述べるフクマルと、同じように身を低くする新人職員たち。ややあってフクマルが顔を上げると、一転して笑顔になった。
    「と、まあ堅苦しいのはこの辺でおしまいにして。君の仕事を邪魔してしまうが、よろしく頼むよ」
     気安い調子になった上司を見て、新人たちもこわごわ緊張を緩める。審神者はくすくすと笑いながら、旧知の職員の言葉を受け入れた。
    『既に玄関から堅苦しくはありませんでしたことよ?』
    「それは君が普通に話しかけてくるからだろう?本来なら大広間でご挨拶だったのに」
    『あら、それは失礼いたしました』
     悪びれていない様子の審神者に、ベテラン職員は微笑む。
    「今回は新人を連れてきているんだが、失礼があったらすまない。本丸審神者自体を目にするのも初めてなんだ、彼らは」
     面布をした四名が姿勢を正す。
    『では、刀剣たちに命じて内部の案内をさせましょうか。プライベートな部屋はお見せできませんが、本丸運営の様子くらいは分かりますでしょう』
    「それはありがたい」
     指向性スピーカーで指示が出たのか、薬研藤四郎、厚藤四郎、平野藤四郎、前田藤四郎の四振りが大広間に現れ、それぞれ新人職員の傍についた。
    『では行ってらっしゃいませ』
     有無を言わせず、短刀たちに促され新人職員たちは大広間を追い出された。そして、そのすぐ後に、静かに三日月宗近が入ると、近侍たちとは反対側に座り何も言わずフクマルと相対した。フクマルは、はっと表情を変えた。
    「三日月宗近、顕現したのか!」
    『ええ、そうですわ』
     審神者の声に、やや上方を見つつ三日月が微笑んだ。それを見て、フクマルは目元を親戚の気のいいおじさんのように綻ばせた。
    「よかったねえ。レイちゃんはずっと三日月宗近に来てほしかったんだもんなぁ」
     と口に出してから、フクマルは表情を硬くして、すまない、と呟いた。
    「いけないな、どうも君を前にすると気が緩んでしまう。私、今もしかして君の名前を呼んでしまったかい」
    『ええ、でもそれは愛称ですもの。大丈夫よフクマルおじ様』
     鷹揚な審神者の声に、再び中年男の目元が緩んだ。
    「いや、まあ君なら万が一もないだろうけれど。私が迂闊だった、今回は久しぶりに会えることになったから浮かれているんだろうな。新人たちに見られずに済んでよかった」
    『まあ、わたくしおじ様と話したかったから、あえて席を外していただいてよ?』
     なんだかあの方たち落ち着かないんですもの、とふくれっ面が見えるような声音だ。
    「そうか。ありがとう、君は本当に立派になったね」
     審神者は『審神者になる前に大変お世話になったのよ』と刀剣男士たちに向かって言った。それを聞いて、刀たちは思い思いに目の前の人間を観察するのだった。興味深そうに、警戒心を隠さず、あるいは嫉妬するように睨みつけて。三日月はほぼ微笑みを崩さない。しかし、値踏みされている、と多少の霊力はあるものの審神者にはなり得なかった男は感じ取っていた。それをおくびにも出さず、彼は審神者との会話を続ける。
    「ところで、今回の視察なんだが実質的には新人教育の一環でね。こんな一斉にやらなくてもと思ったんだが、上はどうやら一度に多くの人材を育てたいらしい。もしかしたらあの中にも審神者職に異動する者もいるかもしれないとかなんとか」
    『まあ』
     最近増加している審神者の数を思ったらしく、主は可憐な声を上げた。
    「きちんとしたインタビューは、彼らが戻ってきてから行うから、それまで世間話でもしていいかい」
     君の部下たちもきっと気になっているだろうから、とフクマルは向けられている視線たちを受け流して言った。
    『フクマルおじ様はね、』審神者は、その場にいる刀剣男士一人ひとりに向けて語り掛ける。
    『私が審神者になる時に、色々とお世話をしていただいたの。話し相手だったり、刀剣男士のことや審神者の仕事を教えていただいたり……時の政府における親代わりというところかしら』
     場の気配が変化する。値踏みする視線が、ある一定の評価を持ったものになる。中年男は、長年刀剣男士とも関わっているものの、彼らにはいつもどこかしら畏怖の念が絶えないと感じていた。親しみやすい容姿とコミュニケーション方法をとる個体であっても、変わらない。彼らは主に従っているうちは強力な「力」だが、一たび軛を外されれば人間の理とは違った存在であると思い知ることだろう。フクマルはにこやかな笑みを崩さないまま、僅かに姿勢を正した。
    「君にそう言ってもらえると、照れくさいが嬉しいよ」
     穏やかに返答すると、目の端の青い影が「つまりは」と言った。三日月宗近だ。
    「そなたは主のててご同然の身であるのだな。相分かった」
     フクマルは茫然としかけた脳味噌を無理やり理性に引き戻し、ええまあ、と訳の分からない言葉でへらへらと答えた。やはり、刀剣男士は、特に平安刀は恐ろしい。霊力が僅かでもある故に、無防備になることを押し留められた。刀剣男士は、敵を弑す力だけでなくそもそもが霊的な存在なため、言葉にも力がある。只人ならばひとたまりもない。面布をしていてさえこれなのだ。短刀たちに連れていかれた新人職員たちの身が案じられた。刀剣男士たちが悪いわけではない、彼らの力に人間が勝手に狂うのだ。フクマルは、改めて深呼吸をして丹田に力を入れて背を伸ばした。
     審神者はフクマルの内心を知ってか知らずか、のんびりと昔話をしている。審神者教育を受ける際に現代の常識を知らなかったために苦労したこと、本丸を我が身として扱うことを覚えるために神経を使ったこと、そのほか色々な思い出話だった。フクマルが閉口したのは、審神者が見聞きしたフクマル自身のチョンボ……つまりはうっかりミスなどを笑い話として場に提供したことだった。
    『そうしたらおじ様、守りの札を間違って燃やしてしまって』
     もうやめて欲しいと思うが、へらへら笑いで受け流す。刀剣男士たちがそれぞれの個体の笑い方で笑っている。嘲笑われているわけではないが、心中穏やかではない。彼女だけならもっと思い出話に没入できるのだが、なまじ霊力があるばかりに刀剣男士の力の波に似たものを肌身で感じてしまうのだ。フクマルにとって、今の自分自身は壊れやすい檻の中に入れられた小動物だった。周囲には、猛禽や猛獣が集まって観察している。隙を見せれば、食らわれる。猛獣たちにその気がなくても、小動物からしてみれば恐ろしいことこの上ないのだ。
    「ところで、ててご殿」
     三日月に呼ばれて、自分のことか、と気付く。
    「ててご殿の話は大変興味深いがそろそろ我が主の話も聞きたい」
     聞かせてはくれぬか、と言うと、示し合わせたように初期刀や短刀が「それはいい」と声を上げた。近侍が「お聞かせください」と淡々と言うので、フクマルは了承した。
     あれは彼女が審神者となることが決まったばかりの頃だった。
     フクマル自身、中堅どころの職員であるが軌道に乗り始めた本丸サイバーネーション計画においては末端に過ぎず、秘匿事項の多い本計画について知っていることは少なかった。そんな中、彼に与えられた仕事は、複数の本丸審神者候補に教育を施すことだった。座学のようなものから単なる相談相手と、彼のやることは多岐にわたっていた。運良く、殆どの候補たちは優秀な本丸審神者となっている。
     候補たちの中でも、レイちゃんと呼ばれた現審神者は特殊な背景があり、上部も慎重に成長を見守っていた。霊力はとてつもないが、それを扱うすべを知らず。そして世間知らず過ぎた。性格が素直であったのは僥倖だったが、それでも根気のいる日々であったのは間違いない。「レイちゃん」もフクマルによく懐いてくれたため、特別に贔屓をしたわけではないが、思い出は比較的多い。
    「彼女は、遠隔操作のコツを覚えるのが早くて。ああ、でも一気に流し込まれる情報量にパニックを起こしたこともあったね」
    『そんなこともありましたわね。今は即時処理できますけれど、あの頃は情報の取捨選択すらままならなかったのですもの』
     それらの話を聞いて、三日月を始めとした刀剣男士たちは興味深そうに頷いている。短刀、今剣が「あるじさまはすごいかたなんですよ!」と小さな声で胸を張った。
     ある程度大広間の空気が和やかになった頃、短刀に案内されていた新人職員たちがどやどやと戻ってきた。短刀の中の一人、薬研藤四郎は開口一番ぼやいた。
    「俺の案内した新人さん、何もないところでよくこけるしぶつかるしで往生したぜ。主、どこか痛くなったりしてないか?」
    『ええ、カメラで確認してましたわ。お怪我はありませんこと?わたくしは平気ですけれど心配ですわ』
     薬研がついていた職員はまだ緊張しているのか、そわそわと体を動かしつつ無言で首を横に振った。しきりに手をこすり合わせて、汗をぬぐっているようにも見える。他の新人職員が多少緊張も解けて、一緒にいた短刀たちとも気安い雰囲気になっている中、彼だけ異常に亢進している。
    『おじ様。あの方、心拍や体温に異常が見られるように思います。お体の具合がよろしくないのではなくて?』
     審神者に肉体をスキャンされたことを知ったせいか、該当の職員がびくりと震えた。
    「おい、君、調子が悪いんならちゃんと言いなさい」
     フクマルが心配そうに声をかけると、当人はもごもごと大丈夫ですという意味のことを言った。
    「そう言うなら、そういう扱いをするが。よし、全員揃ったし本番のインタビューを始めさせてもらうよ」
     フクマルの言葉により、ようやく本来の目的である視察が開始されたのだった。
     さて、政府職員が恙なく視察を終えた夜のことである。
     大太刀石切丸、脇差にっかり青江、大太刀太郎太刀、太刀大典太光世、太刀数珠丸恒次が集まって何事かを話していた。中庭の、花木に囲まれた草地に集っている。この場所は審神者の体内の一部とは言え、動体センサー等の機構が働いている程度で会話の内容は感知できない、はずである。審神者の意思に関わらず集音される本丸内部の音に関して、中庭は軽視されているようだった。彼らは特に霊的なものに強い刀剣男士であり、何らかの直感により集っているのだった。密やかな会合は暫くの間行われると、静かに散会したのであった。
     その頃、三日月の自室に部屋の主人から招かれ、女主人が「訪れて」いた。
     これが肉体のある女人であればあまりよろしからぬ出来事に見えるだろうが、三日月の自室も実際は審神者の体内であるわけなので、誰かに見咎められることもなく二人はささやかに会話を楽しむことができた。お互いに労わりつつ、ふと三日月がつい言葉を漏らした。
    「おれは、少しばかり、ててご殿に妬いてしまったぞ」
    『おじ様に?三日月、どうしてですの?』
    「あやつ、おれの知らぬ主を数多記憶している。そして我らに話したのはその氷山の一角。おれは、ひどくくちおしい」
    『まあ、どうしてそんなことを仰るの。おじ様だってわたくしのことを全て知らないわ。むしろあなた方、いいえ、三日月、あなたの方がきっとご存じのことは多いでしょう』
    「本当か?おれしか知らぬそなたがいるのだろうか」
    『ええ、こういう時にわたくしに顔があればたちまちおわかりいただけると思いますのに』
     はじらいを含んだ声音は、三日月を大いに満足させた。
     あの日の宴以来、二人の距離は大幅に近づいている。大っぴらに思いを交わす訳ではないし、何らかの約束をした訳でもない。だが二人は分かたれた半身に出会ったかのように、時が許す限り共に過ごすことが増えていた。他の刀剣男士の目もあるため、昼日中は避けこのような静かな夜に語らっている。
    「主よ、おれはもっとそなたのことを知りたいし、おれのことも知ってほしいと常々思っている」
    『わたくしも同じ気持ちですわ』
     手を取り合って視線を交わすこともないが、お互いそれと似た心持であった。三日月は主とこうして話す時は中空をぼんやり眺めるような目つきになる。そうして主の方も、殊更三日月に寄り添う如く、指向性スピーカーを三日月のみに向けるのだ。
     主を心から大事に思っている古参刀剣男士たちにひっそり見守られながら、二人はゆっくりと関係を深めていく。それはけして肉体的な交流を伴うものではなく、現状不可能ではあるが、非常に満足感をお互いに与えているのは確かだった。
    「主よ、今宵は何やら御神刀どもが騒がしいな」
    『あら、そうなの?』
    「気づいていなければ良いのだ」
     余計なことを言って不安にさせても困る、と三日月は思っている。御神刀どもとは先程から中庭で集っていた刀剣男士たちのことだ。彼らが動くということは、何かがあったということだが審神者が感知していないのなら殊更三日月が騒ぎ立てることは無いのである。それよりも、穏やかな夜を楽しんでいたかった。ここにフクマルたちのような「人間」は存在せず、だからこそ雑音に惑わされずに二人は寄り添えるのだ。
    「主がこれまで何を喜び、悲しみ、楽しんできたかを知りたい。そして、もし苦しむことがあればおれと分け合って欲しいと最近は思うのだ」
    『まあ……わたくしも出来れば三日月にこそそうして欲しいと思っていますのよ』
    「ふむ。ならば、おれだけにそなたの呼び名をくれぬか。誰にも漏らさぬ、おれだけが呼べるそなたの名前だ」
     沈黙。
    『わたくしの、名前、ですの……?』
     おずおずと、暗闇で周囲を確かめる声音に恋刀は微笑んだ。
    「おうよ。ててご殿が呼んでいたように、いやそれは嫌だな。主が決められぬなら、おれが考えてやろうか」
     少し思案する声がうっすらと聞こえてから、姿勢を正した気配がした。あくまで気配だが。
    『では間をとって、わたくしのこれまでの愛称を聞いていただき、それから新たな名前を考えていただきましょうか』
    「ほう、それは面白いな」
    『審神者としてIDが付される前は色々呼ばれておりましたのよ。おじ様が呼ぶようにレイちゃんとか、七番とか、機械の娘とか、わたくし結構賢い方だと思うのですけれど、覚えていられないほど呼び名がありましたの』
    「それは」
     審神者の声は淡々としていた。彼女がそれについて当たり前だと、何も思っていないのだ、ということは三日月にも分かった。だが思いを寄せた女人に対しての呼び名は、三日月の肚の底に見えない火種を蒔いた。燃え上がりそうなそれをひとまず顔の皮一枚に留めて、三日月は努めてにっこりと笑みを作った。
    「そなたは月を照らす日輪のような女人だ。だからおれはそなたを大日孁貴神(おおひるめのむちのかみ)にあやかって、オオヒメ、あるいはヒメと呼び表そうと思う」
     恐れ多い、と審神者の囁きがすぐそばで聞こえた。
    『それは天照大御神の別名でしょう。わたくしを高天原の最高神に擬えるなど』
    「だから、おれはそなたと二人の時にしか呼ばぬ。なあヒメよ」
     はい、と観念した審神者の声。愛しいものに名をつけるということが、どれだけ素晴らしく、傲慢さにも似た歓喜を催すものだと三日月は知った。
    『では、あなたの前ではわたくしはヒメとなりましょう。これは二人だけの秘密ですね』
    「そうだ、秘密だ」
     密やかに笑いあう声。近侍にも初期刀にも、親代わりの政府職員にも秘密だ。甘美な響きのする言葉を二人の心のみに仕舞い込んで、恋人たちは確かに寄り添っていた。
     
     ※
     
     梅雨寒の頃である。事が起きたのは、ある新興の本丸からであった。本丸審神者としてやっと半年が経過した程度であり、刀剣男士の数もまだあまり揃ってはいない所である。異変に気付いたのは初期刀で、何度話しかけても審神者が反応しないことから発覚したという。それから五月雨式に、時の政府「特殊本丸主管部」には、同様の通報がこんのすけや当該本丸の近侍から寄せられた。謎の不具合に、「特本部」は大わらわである。しかもここ数日で新人が引き抜かれたり、退職したりしたことで人員の流動が激しくなり、業務も混乱していた矢先だった。フクマルも混乱の濁流に流されている真っ最中であり、泣いている近侍を通信越しになだめたり、原因究明のために本丸審神者のプログラムをスキャンしたりと頭が沸騰しそうになっている。現状、問題が起きているのは本丸審神者が着任している所のみで、フクマルは何かうすら寒いものを感じていた。そして、よく見知ったIDからの通信、淡々とした近侍の連絡を受けて彼は「レイちゃん」と呻きながら頭を抱えたのだった。
     後に「本丸サイバーネーション計画」最大の危機と呼ばれた事件は、このような始まりを迎えた。
     フクマルは、これまでに回された報告の共通点を考える。一つ目は言うまでもなく、本丸審神者であること。二つ目は、本丸審神者たちが一様に沈黙していること。本丸自体の運営機構は動いていることから、辛うじて「死んでいない」ことだけはわかる。だが、刀剣男士やこんのすけ、政府からの呼びかけにも応えない。古株から新参まで、本丸審神者の殆どが停止している。安全上、正確な本丸審神者の数を知る者は限られているが、実は全審神者の一割が彼らだと言われている。イレギュラーな存在だが、功績が大きいためこの期に及んでの戦力ダウンは政府側としても苦しいところだ。しかし、なぜこんなタイミングで本丸審神者の大多数が。と、そこでフクマルは何か奇妙な直感を得て、異常を発していない本丸審神者について調べ始めた。なぜこの一部の本丸審神者は平常を保っているのか。特徴は。共通点は。周囲では、フクマルの同僚たちが対応に腐心している。音声通信はカットし、各本丸からの報告を文書方式に変換する。フクマルは、駆り立てられるような心地で無事な本丸審神者たちを調べ、比較した。
    「ああ、」
     奇妙なため息が出る。共通点はこれしかない。
    「なんてことだ」
     無事な本丸審神者たちの共通点は、一か月前にあった一斉視察の日付以降に発足した本丸だったのである。フクマルは、古株である同僚数名のみに秘匿通信で自らの発見を共有した。新規配属された同僚には伝えてはいけない、と僅かな霊力が訴えかけていた。
     政府がこの件でてんやわんやとなっていると前後して、レイちゃん、あるいはヒメと呼ばれた本丸審神者においても、刀剣男士たちが静かに混乱していた。
     梅雨の湿気で鬱陶しいのも気に留めず、近侍の白山は何事かをぶつぶつ呟きつつ、執務室内を行ったり来たりしている。既に本日の内番等指示は出してあり、本来ならば主とともに仕事をする時間を思索に耽っているのだ。他の刀剣男士たちも極力通常の生活をしつつ、政府の指示を待っている。新参の本丸ではこうはいくまい。常々、万が一のことがあった場合のフローを更新し確認していた賜物である。だが、万が一に備えることと、その万が一があった場合の状況はけして同じではない。少なからず、全員動揺している。しかし騒ぎ立ててもどうにもならないということを理性で押さえつけて、耐えているのだ。執務室の所定の位置でこんのすけは政府との連絡を常に取り、外部から観測される限りの審神者のデータを送信している。電力や霊力が遮断されたわけではなく、本丸の主のみが沈黙した状況は、空前絶後の一大事であった。
     執務室に、青い影と白い影が差した。白山が振り返ると、それは三日月宗近と鶴丸国永であった。双方ともに硬い表情で、見た目よりも内面が憔悴しているようだ。
    「白山、何か進展はあったか」
     口火を切ったのは鶴丸だった。白山は首を横に振る。
    「わたくしの『集合体知識』やネットワークにも接続していますが、変わった情報は何も。同じような例が増えるばかりです」
     白山の肩の上の狐が、首筋にもたれてへたり込んだ。白山も疲弊しているのだろう。
    「この色男が、今度の椿事で見ていられない有様でな。何か吉報があればと思ったが」
     色男と名指された三日月は、優美な面差しを真っ青にして、ともすれば倒れそうな危うい目つきである。足は床についているのに、ふわふわと飛んでいきそうだ。
    「これは、重症ですね」
    「手入れ部屋も草津の湯も効きゃしねえぜ。おい三日月。お前がその調子でどうする。主が戻ってきた時に笑われても俺は知らないぞ」
     あるじ、とうわ言を呟く三日月は心ここにあらずだ。鶴丸は首をすくめる。
    「おい、主はまだ死んだわけじゃない。しっかりしろ」
     なすべきことをせよ、と鶴丸が叱咤すると、僅かに三日月の目に光が戻った。
    「鶴丸よ」
    「なんだ。ちったあ目が覚めたかい」
    「せめて主をこのような目に遭わせた原因を切って捨てることができたならいいのだが、何も分からないのは苦しいな」
    「同感だ」
     美しい刀剣二振りが顔を見交わして笑う。その笑みはどちらかというと敵を屠る前にこぼす凄惨な表情だったが、彼らの清冽さは失われなかった。
    「わたくしと、こんのすけ、そして御神刀たちが原因を探っております」
     邪魔者を引き切る声が白山の喉から出た。冷静に見える彼も確かに焦っていた。
    「御神刀が?なんでだ」
     霊力の乱れや化生の類の気配なんか感じなかったぞ、と鶴丸が言うと、三日月は何かに気づいたのか、僅かに目を見開いた。
    「そういえば、あの日も御神刀どもが何かに気付いていたようだった。しかし、何も起こらなかったが」
    「あの日?おい三日月、お前それはいつのことを言っている?」
     眉尻を跳ね上げた鶴丸が問い詰めると、三日月は「ててご殿が来られた日だ」と返した。
    「ててご殿?ああ、あの主の後見人か。フクマル氏は主のような義理の娘や息子が何人もいるらしいが。っと待て。まさか」
    「いやそれはない。ててご殿は主に危害をなす男ではあるまいよ」
     だが無関係ではあるまい、と三日月は苦い顔だ。その時こんのすけが、秘匿通信です、と声を上げた。白山が、はっと三日月と鶴丸の顔を見てから頷くと、繋ぐように応じた。
    「秘匿通信ではありますが、どうやら動画のようです。映します」
     こんのすけのふさふさの首元から、首輪に似たものが露出する。それが光を発し、ホログラム映像を中空に映し出した。見覚えのある中年男が映っている。フクマルだった。彼は周囲をはばかるように見回している。どこかの資料部屋のようだ。そして意を決したのか深呼吸をすると話し始めた。
    『私は特本部のフクマルです。私と縁のある本丸審神者の元にこの映像が無事に届いていることを信じます。端的に言うと、本丸審神者を狙ったテロが起きている。恐らくは一斉視察の際に何か仕掛けられた。私たちも誰が内通者か不明のため、大っぴらには動けない。どうかこれを見た刀剣男士にお願いしたい。あなた方の主を助けてくれ。何か、何かがあるはずだ。私も何かあれば情報を送る。よろしく頼む』
     映像は唐突にぶつ切りした。フクマルも、憔悴した顔だった。前回顔の下半分を覆っていた面布もしておらず、改めてこういう男だったのかと三日月は上の空気味に思っていた。
     白山は、早速御神刀たちを執務室に通信にて呼び出した。
     彼らは即座に集うと、白山の説明を聞き得心がいったようだ。
     石切丸によるとその日は本丸中に漂う主の霊力に混ざりものを感じたという。その気配はすぐ消えてしまったそうだ。
     大典太光世は、異質なものが小さな傷をつけるような気配を察知したと低い声で語った。
    「蚊が、肌に傷をつけて血を吸う。そんなたわいもないが気持ちの悪い気配だった」
     しかしあまりにもその異物は小さく、探すうちに消え失せてしまったのだという。他の面子も概ね似たものを感知しており、情報共有をしていた。
    「しかしなぜあるじさまに上奏しなかったのですか」
     白山の責めに、にっかり青江が答えた。
    「主の邪魔をしたくなかったからね」
     三日月に向けられた流し目。それを向けられた方は眉をひそめて無言だ。
    「まあそれは言い訳なんだけど。気配が消えた上に、当の主が気づいていないんだよ。僕らの方で秘密裏に片付けようとしたのは申し訳ない。謝るよ」
     悪びれていない様子の御神刀たちに、白山は淡々と告げる。
    「せめてわたくしには報告をお願い致します。これは立派な離反行為、だと思われます。お気持ちは分かりますが、此度の責を場合によっては負っていただきます」
     白山は殊更機械じみた話し方をした。すると御神刀たちは、悲しそうな顔をして改めて頭を下げた。
    「心配をかけたくなかったんだ。本当だよ。大したことがないのに、主の心を煩わせたくなかった。でも僕たちが悪かった」
     だから白山くん、それはやめてくれ、と青江が懇願した。責を負うことではなく白山の態度に彼らは心が動いたようだったのが、三日月にとって不思議だった。
    「白山の嫌がらせは効果抜群のようだな」
     鶴丸が場の空気を換えるように笑う。嫌がらせ?と問う三日月に鶴丸は意地の悪い顔をした。
    「その問いは主に答えてもらうのがいいぜ。とりあえず皆の衆、手掛かりを探すんだ。あの時、何か変わったことはなかったか?なんでもいい、何が取っ掛かりになるかわからんからな」
     鶴丸の号令に応と全員が叫ぶ。三日月もだ。ただしかし、その場にはそぐわない、心の奥がちりちりと焦げるような感情を隠しながらであったが。どんなに主との心の距離を詰めようとも、やはり過ごしてきた時間の差は揺るがない。朋友とも言える鶴丸に嫉妬めいた感情を抱き、勝手に忖度する御神刀どもにも苛ついてしまう自分が嫌になる。すると突然、背中をどんと叩かれた。鶴丸だ。
    「さあつまらんことは考えずに働いた働いた!主が帰ってきたら、思い切り誉をいただこう!!!」
     やはりかなわん、と三日月は胸中ぼやくのだった。
     白山と鶴丸、そして三日月、御神刀たち、こんのすけ、そしてあの視察の日に特本部の職員と接触した刀たちが大広間に集まった。初期刀の蜂須賀虎徹、今剣、そして新人職員のお守りをしていた薬研藤四郎、厚藤四郎、平野藤四郎、前田藤四郎である。
    「フクマルのおやっさんがシロなら、十中八九俺たちが案内してやった新人の誰かがクロだろうな」
     胡坐をかき、頬杖をついて低い声を発したのは薬研藤四郎である。その表情は短刀らしからぬ厳しさで、外面の儚げな美しさを上回っていた。
    「他の連中で怪しい動きしているやつがいたか?」
     薬研が、他の藤四郎たちに尋ねると、三者全員が否と答えた。
    「んじゃあ決まりだ。俺がお守りをしていた野郎がクロだ。気づけなかった俺っちの責任だ。今からそいつと歩いたルートを探す。虱潰しにやる」
     薬研の目は怒りに燃えていた。妙だと思いながら考えに至らなかった自らの失態と捉え、それを挽回し、主を取り戻す。元の主の苛烈さを思わせる佇まいだ。
    「薬研一人の責任ではない。全員気付かなかったし脅威とも思わなかったのだから」
     三日月が言うと、他の刀剣男士たちも頷いた。
    「三日月、」薬研が自嘲的な笑みを含んで言う。
    「大将が初めて女心を許したあんただ。ちったあ妬かないでもないが、大将を取り戻すためにはあんたの力が必要な気がする。頼むぜ色男」
     からかいを交えた言葉に、三日月はきょとんとした顔をした。
    「すっかり隠しおおせていると思ったが、もしや一部どころか全員知っているのか?」
     今更何を言うんだ、と口々に声が上がる。知らぬは本人たちばかりだったようだ。それは思いのほか恥ずかしい、と三日月は狩衣の袖で朱に染まった顔を隠した。何を照れることがあるんだちきしょうめ、この果報者がよ、とヤジが飛ぶ。この場において皆、すっかり先程までの悲壮感が消えて、三日月への冗談交じりの怨嗟と主に害をなした者への復讐心を軸に一致団結していた。
     白山は薬研から聞いた被疑者の特徴を、こんのすけの秘匿通信にフクマルにしか分からないだろう符牒を入れて彼に送信する。薬研と御神刀たちは早速痕跡探しに取り掛かった。蜂須賀虎徹は、交流のある本丸審神者の初期刀に連絡を取り、情報共有を行う。今剣も携帯用端末を利用して、本丸内カメラデータの切り分けをし、薬研たちの端末に送付した。さて鶴丸と三日月はというと大広間から移動し、大浴場にある脱衣所へと移動していた。
    「主が沈黙しているとはいえ、機構は生きているっぽいからな」
     と鶴丸は言い訳じみた言い方をした。
    「して、主にも、あるいは政府にも聞かれたくない話をお前はしようとしているのか、鶴丸」
     三日月が穏やかに問うと、まあそういうこった、とおどけた返事だ。
    「俺は色々と余計なことを知っている。『集合体知識』のせいでな」
     ほう、と三日月は、その場にあった丸い籐椅子に座った。鶴丸も同じように座る。向かい合った二人は、似たようなタイミングでため息をついた。
    「顕現の時期が違えば、俺たちの立場は違っていたかもしれないな」
     驚いて鶴丸の顔を見つめた三日月に、「世迷言だ、忘れてくれ」と手を振る。全身が白い姿の鶴丸は、益々透き通る美貌が冴えていくように見えた。
    「前に聞いただろ、主はヒトかモノかって。俺はとある理由から、彼女をヒトだと思い、ヒトとして出来るだけの幸福を掴んでほしいと考えている」
     鶴丸は遠くを見るような目つきで、感情を込めることを恐れるかのように努めて穏やかに話し始めた。
    「俺の同位体の一振りが、本丸サイバーネーション計画に関わっていたという話は伝えたな。数多の実験や計画の一部に深く食い込んでいて、しかしその記憶自体は政府側に特に問題とされず残された」
    「平安刀の多くは、霊力が他の付喪神とは違う。本物の神秘がそこら中に充満していた時代の刀だからな。『俺』は触媒だった」
    「他の平安刀も触媒として関わっていたが、『俺』はちょっと毛色が違ったんだ」
     とそこまで語ると、鶴丸は一旦息をついた。
    「話はずれるが、三日月宗近も触媒にいたんだぜ。だが、実験は失敗した、と思う。『集合体知識』に記録がアップロードされる前にそいつは折れたから、お前は知らないだろう」
    「なるほど。触媒としておれたちの霊力をよすがにモノを審神者たらしめようという計画だったのか」
    「そういうこった。ここからは気分の悪い話だ、刀剣男士という付喪神だけでは依り代は心を持てなかった。だからきゃつらは、ヒト由来のモノを依り代に使った」
     鶴丸だけが、毛色の違う触媒だったこと。ヒト由来の依り代。鶴丸国永という刀の逸話が、嫌な予感を助長する。しかしそれでも三日月は問わねばならなかった。その責任があった。
    「かれらは死者の墓を暴き、眠りを妨げ、尊厳を冒涜したということか」
     鶴丸は唇だけで笑った。
    「『俺』が関わったものは死者の体細胞を使ったものだったよ。霊力が強い人間だったらしい。結果はこの通りだ。俺は彼女がどのように本丸審神者となったかは知らん。ただ類推するのみだ」
     鶴丸はそう言うと、両膝に肘をつき組んだ拳に額を当て、もう一度深いため息をついた。
    「それで、お前はどう思う?彼女はヒトかモノか」
     金色の目が、その姿勢のまま三日月を見上げた。三日月は、己の目をやや眇めてそれを受け止めた。
    「どちらだろうと構わん」
    「何?」
    「主はおれがただ想いを寄せた女人だ。それが他から見てモノだろうがヒトだろうが、大した問題ではない」
    「ほう」
    「それよりもっと重大な問題があってな」
     それはなんだ、と白づくめの美男が眉をひそめる。
    「どこに口吸いをすればいいのかわからん」
     途端に鶴丸は壊れた玩具じみた動きで爆発的に笑い出した。
    「なるほど、それは大問題だ!彼女の見えるところに全部口吸いしてやればいい、ただし誰も見ていないところで頼むぜ」
    「実質不可能ではないか。おれは真剣に悩んでいるんだぞ」
     鶴丸は、先程までとは感情の出どころが違うため息をつくと、真面目な顔を作った。
    「それが一番の悩みなら俺は、俺たちは構わないさ。勝手にやってくれ。まあ先述の件が原因となって、本丸審神者には顕現しにくい刀がいるたぁ噂されてたんだ。ただ、そんな噂が流布する中で、お前は念願の三日月宗近だったからな。俺は無責任にも、お前がこの状況を打開する鍵なのではないかという妄想に駆られている」
    「妄想、か。まあできうる限りのことはしよう」
     三日月は、優美に微笑むと「それに」と続けた。
    「おれは主のことをまだ知り尽くしていない。彼女の隅々までおれの知るところにせねば気が済まぬからな」
    「俺ァ、やっぱり心配になってきたぜ。お前に主を任せていいものか」
     うんざりした顔を作った鶴丸は、案外楽しそうにぼやいた。
     
     ※
     
     各本丸審神者配下の刀剣男士の働きにより、彼らの主を沈黙せしめていた元凶は速やかに取り除かれた。敵によって本丸建屋に小さな傷がつけられており、そこに種の形をしたマイクロチップが埋め込まれていた。種は今にも芽を出そうとしており、建屋に根を張ることを目的とされていたようだ。回収されたそれはフクマル等本丸審神者へ悪感情を持たない職員経由で時の政府内科学総合研究所に運ばれ、調査された。その結果、種は一種のジャミング装置としての側面があり、本丸審神者の霊力を阻害、意識混濁させた後、本丸そのものを乗っ取る機能があったという。新人職員の大半は時間遡行軍の手先であることも判明し、その八割を検挙、逮捕出来たものの残りは取り逃がした。一斉視察を命じた幹部は、責を負って降格処分が下されたが、時間遡行軍との関与を疑われ家宅捜索を受けている。本人は関与を否定している。当該幹部を引き立てた周囲の人間にも疑惑はあり、強制捜査が行われた。
     種を取り除かれた本丸審神者たちは徐々に意識を取り戻し始めている。一部を除いて。
    「と、政府の状況はこのような感じです。また内通者の炙り出しや、セキュリティの強化を早急に計画しています」
     相模国サーバー所属審神者ID×××××の本丸、大広間にて、顔下半分に面布をしたフクマルは前述の状況を説明していた。今回は単身である。対するは近侍の白山、初期刀蜂須賀虎徹、こんのすけ、そして三日月宗近である。
    「また、此度の事件において、迅速な対応が出来ましたのもこちらの本丸の皆様のお陰です。ありがとうございました」
     フクマルは深々と頭を下げる。時間遡行軍の手先によって撒かれた種にいち早く気づき、周知をした功績は非常に大きかった。
    「礼には及びません。わたくしたちも助けられました」
     白山の穏やかな声が、次の瞬間冴え冴えとする。
    「しかし、なぜわたくしたちのあるじさまはお目覚めにならないのか。フクマル殿にはお分かりになりますでしょうか」
     フクマルは頭を下げたまま答える。
    「ええ、ご心配のことと思われます。彼女は本丸審神者の中でも特別です。ですから、本体に直接アクセスせねばならないと思います」
     本体とは?と白山が問う。その答えは、初期刀が引き受けた。
    「白山は知らされていなかったね。主の体でもある本丸内部に、主の脳というのかな、そんなものがあるんだ」
    「そして、それは重要機密のためわたくしこんのすけと初期刀のみが秘匿情報として持つこととなっております」
     蜂須賀とこんのすけの言葉に白山は目を見開いた。同様に三日月も眉をひそめる。一週間前に鶴丸から聞いた話がよぎった。この建屋内部に、彼女の肉体が、体細胞が、存在しているということか。それを考えた瞬間、三日月の体は自ずと震えた。恐れではない。快楽に似た回路が動き出す感覚だった。その回路は敵の肉を切り裂く時に覚える感覚回路の傍にあると見えて、不思議な高揚感をもたらした。
    「では、この期に及んでもわたくしはあるじさまのおそばにはいけないのですね」
     白山は口調だけは淡々としていたが、忸怩たる思いが滲み出ていた。
    「近侍というだけなら、主の『居場所』は教えられないね。知るものは少ない方がいい」
     蜂須賀の言葉に、そうですか、と白山は引き下がった。思いのほか素直である。
    「ならば、」と思いきや、白山は追撃をするのだった。
    「そこな間男、失礼いたしました。三日月宗近には権利はあるのですか」
     間男呼ばわりされた三日月は、ピクリと眉を動かしたものの「はっはっは」と鷹揚な笑い声を上げた。
    「間男とは随分な言いようだ。主は未通女と思っていたが夫があったとは知らなんだ」
     空気が唐突に凍り付く。蜂須賀もこんのすけも、政府職員として白山のデータを持っているフクマルも、近侍がこのようなことを言い出すとは思っていなかった。そして、それを聞いた三日月がじんわりと侵食するような殺気を放つことも予想だにしなかった。
    「間男というのは言いすぎました。お許しください。しかし、審神者は、神の声を聞くもの、解釈するもの。と同時に戦巫女の役割もある。我ら付喪神が、戦神から花嫁を奪うには、生半な覚悟では勤まりますまい」
     白山の声に悪意はない。ただどうなることかと三日月以外の者は黙っている。
    「はっはっは」
     再び、三日月が笑った。殺気は未だにじわじわと拡がっている。大広間の気温が下がるような心地だ。
    「これは異なことを。彼女は戦神に嫁いではおらぬよ。それにな、近侍殿」
     笑みを含んだまま、貫くような視線が白山を見据える。
    「おれは主に名を付けたのだ。おれしか知らぬ、おれしか呼べぬ名前だ。主にも承諾を得ているぞ」
     フクマルが目を剥いた。蜂須賀がぎょっとした顔をし、こんのすけは茫然としている。そして白山は一瞬瞳孔が開いたものの、静かに息を吸い込んで「そうですか」と受け止めた。
    「あなたの執着の程を思い違えていたようです。わかりました」
     白山が軽く頭を下げたことで、空気が急激に緩んだ。フクマルに関しては自ずと体に力が入っていたのか、ゆるゆると脱力しつつ息を吐いている。蜂須賀は「とんでもないことをしたもんだ」と呟いた。真名ではなくとも、刀剣男士のような、しかも平安刀が放つ言霊はそれなりの力を持つ。三日月は主という宝物庫の鍵を持っていると放言したに等しい。いくら現世に肉体を持たぬ本丸審神者とて、名の重要性を知らぬはずがない。蜂須賀の言葉は双方に向けたものだ。こんのすけは受け止め切ったのか、既に平常に戻っていた。
    「それならば、わたくしと蜂須賀殿、フクマル殿、そして三日月殿で早速主様を迎えに参りましょう。白山殿、わたくしたちが主様のもとへ向かう際、一瞬セキュリティに隙が出来ます。これはあなたにしか出来ないことです」
     管狐の言葉に、近侍は頷く。
    「わたくしは、最もあるじさまの在り方に近い刀剣と自負しております。任されました」
     そうして、こんのすけを先導に三日月たちは主の元へ向かった。その背を目で追い、気配が消えた頃、白山は僅かな時間目を閉じたのだった。
     三日月たちは、本丸内部で最も異質な部屋、時を超える儀式に使う部屋に到着していた。いつ見ても白く輝く丸みを帯びた内部であり、やはり出入り口である襖だけが空間の雰囲気から浮いている。
    「それでは、レイヤーを解除します」
     こんのすけの隈取が淡く光る。たちまち、白一色に見えたマシュマロの内部に似た空間の彩度が下がる。シームレスな床と壁のつくりは変わらないが、隠されていたものが露わになった。何もないと思われた壁に継ぎ目がうっすらと見える。襖から見て、まっすぐ最奥の壁に突き当たった所に、それはあった。継ぎ目は正方形をしており、成人の頭よりも少し大きいくらいだ。壁の中央にあったのに、こんのすけの言う「レイヤー」によって巧みに覆われていたのだろう。
    「ここに?」
     三日月がフクマルに問うと、父親代わりの中年男は緊張しつつ頷いた。
    「彼女はここにいます」
     フクマルの額に脂汗が浮かんでいる。大丈夫か、と三日月が声をかけると彼は情けなさそうに苦笑いした。
    「私も、彼女の本体に会うのは久しぶりなんです。彼女だって、本当は見られたくないでしょう」
     殊にあなたには、と続けられ三日月は鼻白んだ。見くびられたものだ、という気持ちが顔に出てしまう。三日月としてはそもそも愛した女に姿がないのだ。今更本体がどうのと言われても何の気がかりもない。
    「認証は、パスワードを持つ政府職員、つまり私ですね。そしてこんのすけ、初期刀の三者が揃って行われます。ああ、緊張してきた。この瞬間彼女は一旦無防備になります。白山殿の守りが重要になるでしょう」
     そう言いながら、フクマルは笛の付いたペンダントを出した。首から下げていたのを、服の中に隠していたのだ。それは銀色の小さな筒状で、縦に3つの穴が空いていた。
    「私がこれを吹いたら、こんのすけと蜂須賀殿は非可聴音域での解除ワードをお願いします」
     心得た、と蜂須賀が頷く。こんのすけはきっちり畏まってそれを待っている。
     フクマルは笛を不思議な、音楽的とは言えない音律で演奏する。その少し後に、蜂須賀とこんのすけは口を僅かに開けて何事かを呟いている。だがその音は三日月にすら聞こえない。同じ刀剣男士とは言え、初期刀は特別なのだろうか。万が一蜂須賀が折れでもしたら、と考えそうになり「それどころではない」とそれを追いやった。
     壁の継ぎ目が薄っすらと光を放つ。そうしてゆっくりと、抽斗を掴みだすように壁が動き、本丸審神者の本体が現れた。薄金色の骨壺に似たカプセルが横倒しにみっしりと入っている。フクマルはそれを抽斗に寝かせたまま、スーツの内ポケットからダブルタイプ聴診器に似た器具を取り出した。そしてまさに聴診器としてイヤピースを両耳に装着すると、チェストピース部分をカプセルに当てた。
    「深く眠っていますね」
     心音を聞く医者の思慮深い顔で、カプセル内の音を聞き終えたフクマルは言った。
    「これは、音を聞くというより霊力を耳で感じ取る道具なのですが深く眠っている時の状態です。衰弱している様子はないですしこれからも不安はないようですが、どうも自発的に起きられないようだ」
     聴診器を外し再び懐へ仕舞ったところへ、蜂須賀が尋ねる。
    「ではどうやって起こしたらいいんだい?俺の主は寝坊すらしたことがないんだよ。眠っていると思ったこともないし」
     初期刀は秀麗な顔だちを不安げに歪めた。心なしか彼の金色の鎧も輝きをなくしたようだ。
    「主に万が一があってはいけないと、俺は極修行にも行っていないんだ。もし極めていたなら何か変わっただろうか」
     こんのすけが、蜂須賀殿、と呼ぶ。三日月は、蜂須賀の言葉で初めて彼が極めていない理由について考えが及んだ。彼は鍵の一つなのだ。極修行とは、ある一定の練度を修めた刀剣男士が己の道行を見つめなおし、真に主のための刀となる旅である故本丸から一時去らねばならなくなる。彼は主のために、本丸に残っていたのだ。自分より後に来た刀たちが修行に行き、強くなって帰ってくるのを見るのはどれだけ耐え難いことだったろう。
    「いえ、今回の件はどれだけ強くても防ぐのは難しかったでしょう。まさに内憂外患です。皆、恐ろしげな敵には警戒しますが、小さな虫に注意を払いはしませんでしょう」
    「ててご殿」
     フクマルの顔は悔しさと怒りと悲しみと恐怖がごたまぜにされた複雑なもので、それを見咎めた三日月が声をかけた。
    「ててご殿のせいでも、おれたちのせいでもない。それよりも、おれたちができることがあれば教えてくれ。主のためなら何だってやってみせよう」
     その言葉に、フクマルは崩れそうな表情を急ぎ整えて、頷いた。
    「彼女の集音装置や建屋の身体感覚は生きています。だから、何か刺激を与えれば目が覚めるのではないかと」
     刺激、と復唱する美しい刀剣男士に向かって、ててご殿と呼ばれるにはまだ若くしかし美しくはない中年男性は噛んで含めるように「音楽とか、大きな声とか、何らかの振動を与えることです」と言った。
    「実際、本丸審神者は単純な刺激には鈍感です。身体感覚が巨大な建物に拡張されているのですから。でも、大事な人の声などは効果があるかもしれない」
     そう言いつつ「危ないから一旦閉めときましょう」と抽斗を押して主の本体は収納された。壁と一体化したが、継ぎ目は変わらず見えている。
    「ならばててご殿」三日月は嫣然と微笑んでいる。
    「おれに案があるのだが、聞くか?」
     三日月以外の一同が、真剣な目で彼を見た。
     
     ※
     
    「みんなー準備はいいー?」
     応、と加州清光の声に複数の声が返事をする。
     大広間は、白い花が咲き乱れ蠢いているような有様だった。
    「まぶしいです」
     今剣が目をこする。岩融がそれを見て微笑む。小狐丸が、獅子王が、頷きあう。
    「俺は普段と変わらねえなあ」
     ぼやくのは鶴丸国永だ。
     それもそうだ、大広間に集う全刀剣男士が目にも眩い真っ白な衣装を身にまとっている。舞楽・萬歳楽に用いられる衣装で、鳥甲(とりかぶと)、半臂(はんぴ)、闕腋袍(けってきのほう)、下襲(したがさね)に表袴(うえのはかま)と仰々しく、室内のためか沓の類は履かず、素足だ。平安刀も新新刀も違いなく、全員が同じ装いをしている。
     急遽装束を用意したフクマルも、海老茶の狩衣に面布をして、戸を開け放した大広間から見える内庭に控えている。その足元にはこんのすけがちょこんと座っていた。梅雨は明けて、光が燦燦と降り注ぎ、気温は高くなりつつある。刀剣男士は汗一つ見えないが、人間のフクマルは既にじっとりと肌を濡らしていた。
    「三日月、本当にこれであるじさまは戻られるのでしょうか」
     白山吉光は、他の面々がのんびりとしているのに反して少し不安があるようだった。対して三日月はゆったりと微笑む。真っ白な衣装に美貌が際立った。
    「安心せよ近侍殿。まあ確証はないが、己の勘がそれが最適だと告げているのだ」
    「勘、ですか」
    「まあ不機嫌な顔をしたものではないぞ、ほれ、御神刀どもを見よ。これは主の魂を祝い、呼び戻す儀式なのだから」
     示されて見れば、彼らも普段より霊力を滾らせている。
    「わかりました。わたくしも肚をくくりましょう。お願いします」
     白山がキッと上を向く。相分かった、と優美な声が答えた。
    「それでは、ててご殿、よろしくお頼み申す」
     三日月の言葉に、緊張した面持ちのフクマルがすぅっと深呼吸をした。
     フクマルの喉から、鶏の朝啼きを模した声が出る。
    「めぇーーでぇたぁやぁーーーーーー」
     その次は肚の底から、祝いの言葉が響く。それに応えて刀剣男士たちが一斉に「弥栄!」と叫んだ。こんのすけの隈取が光る。次の瞬間、横笛の音色が管狐から発された。スピーカー状態のこんのすけから、「退吹」(おめりぶき)の曲が流れる。舞台の都合上、全員がそろっている状態だが、三日月宗近以下平安刀から始まり、新新刀たちが舞い出す。幻想的ながら、我らが主を救い出すための鬼気迫る舞曲であった。
     主の本体を前にして、三日月が提案したのは歌舞音曲による作戦だった。
    「つまりは天岩戸を開けるということだ」
     三日月は己のみが意味を知る符牒を使って、悠然と告げたのだった。それからすぐにフクマルは駆けずり回って準備を行い、今日の日は訪れた。
     刀剣男士たちが舞う度に、振動が建屋を揺らす。息遣いが大広間に充満する。目覚めろ、起きろ、と心を込めて舞が繰り広げられる。太平楽ではなく萬歳楽が選ばれたのも、これが刀剣男士のためではなく主のためだけのものだからだ。
    「主、目覚めよ、主」
     三日月の声に、舞いながら他の刀剣男士が続く。
    「主さん!」
    「あるじさま!」
    「大将!」
    「主君!」
    「主くん!」
     どうか目覚めて、声をかけて、と切なる願いが噴出する。建屋がひと際大きくぶるりと震えた。
     三日月は、ひとり舞を止め、泣き崩れるように床に這いつくばった。ちらりと白山がその様子を見ただけで、他は主の名を呼びながら舞い続ける。
     三日月は床に口づけるように囁く。甘く、恋人を口説くように、他のものの耳には入らぬように呟くように囁いた。
    「主、我が主。どうか皆のために、おれのために目覚めてくれ。おれの愛しいヒメよ」
     建屋が震える。地鳴りに似た音がする。流石の刀剣男士たちも舞を止め、フクマルは尻餅をついた。こんのすけの演奏も止まる。本丸中にハウリングの高音が響き一部から悲鳴が上がった。三日月は床を抱き締めるように伏したままだ。ハウリングが止まって、恐ろしい程の静寂が訪れる。
    『わた、くし、ずっと、眠っておりましたの……?これは……?』
     全員が聞いた。茫然自失の主の声をその耳に捉えた。わぁっと歓声が上がる。鳥甲を放り投げ、装束も肩脱ぎにして大騒ぎが始まる。白山は三日月をちらりと見て、粟田口の兄弟たちの輪に入っていった。鶴丸も三日月の様子に肩を竦めると、伊達の仲間たちに飛び込んでいく。
    「ヒメ、よくぞ戻った」
    『何があったかまだ分かりませんが、みんなの声が、三日月の声が聞こえました。ずっとずっと深い海の底にいたみたいな、そんな気分ですわ』
    「そうか。よくぞ水底から戻ってきてくれた。良かった、そなたが還ってきてくれて本当に良かった」
     指向性マイクとスピーカーの会話は他のものには聞こえない。二人は口を寄せ合うようにして、喜びを分かち合うのだった。
     
     ※
     
     宴は盛大に執り行われた。酒も肴も大盤振る舞いされた。一部政府から経費も出た。戻ってきた主を祝い、迎え、付喪神たちは飲んで食べて騒いだのだった。主はその全てを受け止め、相手をし、慰め、礼を繰り返した。何故かフクマルも宴に引きずり込まれ、へべれけになってこんのすけに絡んでいる。こんのすけもうんざりしているが、引き剥がすつもりはないようだ。今回において、この場にいる全員が同志であり仲間であった。時代も刀種も流派の別もなく、それどころかヒトとモノの区別なく彼らは楽しむことができたのだ。
     主の不在がもたらした不安やストレスが爆発的な働きを見せて、彼らは大いに酩酊している。それ故、審神者と三日月は堂々と宴を抜け出し二人きりになることができた。
     刀剣男士にとっては、時間遡行のための転送部屋。一部の者にとっては主の本体のある部屋。そして三日月宗近にとっては物理的にも主を独り占め出来る部屋であった。
    『わたくしの本体を三日月が見たと聞いて、一瞬焦りましたわ』
    「どうして焦ることがあるのだ?」
    『だって恥ずかしいんですもの』
     レイヤーが掛けられて、壁の継ぎ目は見えない。しかし三日月は過たず彼女の本体に話しかける位置に座していた。手を伸ばせば触れてしまえる距離に、三日月と主はいるようなものだ。
    「何を。おれは見せてもらえて嬉しかったが」
    『まあ。でも表層のカプセルだけで良かったですわ。内部まで見られていたらわたくし精神的にも物理的にも死んでしまいますからね』
    「物騒なことだ。なに、無理矢理見ようとはせぬ。安心しろ」
    『ええ、信じますわ。でも仕方ないこととは言え、複数の殿方に寝顔を見られるのはちょっと落ち込みますわね』
    「もうおれしか見ぬよ」
    『いくら三日月でも、頻繁にお見せしたくはないですわ!』
     戯れのようなやり取りが続いて、少しだけ沈黙が下りた。決意するような審神者の咳払いが聞こえてやがて彼女はぽつぽつと話し出した。
    『わたくしが今の本丸審神者となる前は、あなたが見たものを機械の体に乗せて身体感覚を拡張する訓練をしていましたの。おじ様や、同じような仲間たちと一緒に勉強したり、自分について考えたり、色々なことがありました』
    『でも、今のように心が脈打ちふわふわした高揚感を得ることはついぞありませんでした』
    『わたくし、あなたと出会えて幸せです。勘違いでも構いません、わたくしはあなたに出会えて本当に良かった』
     それはおれもだ、と三日月はたまらず手のひらを壁の繋ぎ目のある当たりに押し当てる。二人のため息に似た吐息が交じり合った。
    『ずっと、夢を見ていましたのよ。敵の手にかかり眠っている間』
    「どのような夢だ」
     何の深い意味もない問だった。恋人の話を聞き出すための他愛もない相槌でしかない問だ。だが、ヒメは少しためらう気配を見せた。
    『――わたくしがまだ顔を持っていた頃の淡い記憶を。もう殆ど覚えてないのですが、それでも暖かい気持ちだけが残っているのです』
    「なんと」
     三日月は問うておいて混乱した。今の言葉はどういう意味なのか、すぐには素直に受け止められなかった。
     わたくしは過去の人間なのです、と様々な名前で呼ばれた女は言った。
     訥々と、彼女は語る。
     元は百年程前の人間であり、何らかの理由で生命活動が危うくなったらしい。それを悲しんだ親族が、未来の技術に賭けて彼女を冷凍スリープさせたのだった。彼女の肉体は未来においては不完全な冷凍により傷んでおり、もはや生存は不可能だった。
     だが幸か不幸か、彼女は豊かな霊力を有していた。
     科学技術と霊力の合わせ技で、彼女は再び生きることになったのである。
    『恐らく、通常の人間よりは遥かに長く生きることとなりましょう』
     科学と霊力の落とし子は、平然と言う。様々な力により、彼女はヒトを超越してしまっていた。技術者の一人は彼女を評してこう言ったそうだ。
    「彼女こそ、この時代における黎明の巫女だ」と。
     ただの人間だった頃の名前もデータも、電脳には残っていない。樹脂で固定された肉体の一部、大脳が大半を占めるそれは成長も老化もしない。
     彼女はヒトかモノか。
     鶴丸の問いがまたしても、三日月の前に立ちふさがった。
     だが男は、答えを違えることはない。「どちらでもいい」のだ。
     黎明の巫女、機械の娘、なんだっていい。彼にとってみれば彼女はただの「ヒメ」である。
    「ヒメ、おれのヒメよ。そなたの道行にはおれが常にいることだろう」
    『それならば、』女は少し言葉に詰まりながら、
    『それならばわたくしは、本当に生きていてよかった』
     と告げた。
     ああ、とどちらの声か分からぬため息と共に、男は女の肉体の納められた壁にすがりついた。
    「そなたの全てを掻き抱ける程におれが大きければ、すぐさまそうするのに」
    『では、せめて魂だけでも』
     審神者がそう言うか早いか、白色の部屋が発光する。驚いている間に、三日月は不可思議な空間に立っていた。いや、立っていたというのは不正確だ。何せ、三日月には己の手足も何もかもが認識出来なくなっていたのだから。海中に没した美しいガラス瓶のように、彼は透き通っていた。
    『ようこそ、わたくしの心の中へ』
    「ヒメは……こんなことも出来るのか」
     声はやまびこのように響く。少し胸を張った声音が寄り添う。
    『でしょう?わたくし、こんなことも出来ますのよ』
    「これがそなたの世界か。おれはそなたの一部になったのか?」
    『うーん、厳密には違いますが似たようなものかと』
    「ほう」
     今や三日月には頷く首も組む腕も無かったが、何の問題もなかった。
    『だから、わたくしの気持ちも直接感じていただけるかと』
     ヒメの言葉が終わるや否や、三日月の身体感覚、と言うより精神の感度が変わった感じがした。
    「こ、れは」
     体があれば発汗し、血流量増加を観測していただろう。痺れるような甘い肌感覚が、精神体の姿なのに明確に感じられる。剥き出しの心を撫で回され、蕩けさせられ、逆上せ、恍惚に何度も至る。それは肉体を介さないものの、正しく官能の交歓だった。
    「ヒメ、よ。そなた、おれの知るより情熱的ではないか。知らなかった、ぞ」
     戦場では殆ど息も乱さない三日月が、すっかり興奮してふらふらとした声を発した。
    『あら、わたくしの情熱はこんなものではなくてよ?』
    「怖いおなごだ」
     三日月は顔のないまま、笑った。不敵な、しかし幸せそうな顔をしていたことだろう。
    「だが、それ故に益々愛おしい」
     恋人たちは肉体のない精神世界で何度も「抱き合った」。痺れて我を無くす脳髄も無く、剥き出しの魂を混ぜ合わせるように何度も交歓し、とうとうひとつになってしまったように二人は思えた。
     だが。
    『ああ、そろそろ時間切れですわ』
    「時間切れ?」
    『三日月が肉体に戻る時間ですわ、全く時間が経つのは早いものです』
    「名残惜しいが、仕方がない」
    『ええ』
     先程と同じ転送時の感覚が訪れる。その刹那、三日月は笑みを含んで、
    「また、忍んでゆく」
     と告げた。
     ヒメは何も答えなかったが、溶け合いかけていた魂が離れる瞬間の熱さに彼女の心がまざまざと表されていた。
     三日月が元の肉体に還り、主とともに宴の様子を見に行くと彼らはまだ酩酊を楽しんでいた。フクマルはすっかり眠り込んでいる。
    「明日、仕事にならぬのではないか」
     三日月のボヤキに、主も心配そうなため息をついた。そこへすっかり酔った鶴丸が、三日月の姿を見つけてふらふらと寄ってきた。
    「よお色男!俺たちに隠れてしけこむたぁやるじゃねえか。もう用事はすんだのか?そんなら飲め飲め!!!」
     強引に盃を持たされ酒を注がれ宴の席につかされると、周囲の酔っ払いも楽し気に集まってくる。
    「では、我らが主のために」
     三日月がそう言って杯を呷ると、全員から歓声が上がった。
     後に大侵寇と呼ばれる大戦(おおいくさ)の足音もまだ聞こえぬ頃の出来事である。
     
     ※
     
     ※(政府未提出通信ログ)※
    (主以外閲覧不可)(ロック解除には7000個のパスワード入力が必要となります)
     
    (ノイズ。通信を行う音)
    『あの事件のせいもあって、新しい刀剣男士にどうして白山が怖がられてるのか聞かれちゃったわー』
    『ああ、マシン口調で喋るアレね』
    『貴方のとこも?』
    『オレのとこも聞かれたわ。古株ほどビビるんだよな、アレで』
    『わたくしの所も聞かれたけれど、はぐらかしてしまいましたわ』
    『一応ぼやかして説明はしたけど、確実に切れる案件だしねえ』
    『例の件に関しては悲しむ男士とぶちぎれる男士で別れる件』
    『あたしのとこは江雪さんが爆泣して、土佐組がぶち切れた』
    『え、土佐組ってことは南海先生も?想像できない』
    『うん、南海先生はそいつの肉体を使って新作の機械作ってやるって笑ってた』
    『OHマッドサイエンティスト……』
    『お嬢の所は?』
    『わたくしの所は、青江筆頭に全員が泣いていましたわ。怒っている、のかどうかは分からなかったのですけれど』
    『そういや三日月は?反応どうだった?』
    『うーん、ちょっとまだ分からないですわね。例の件は理解され辛いですし』
    『あ、オレのとこのサーバーの新人がログインしたんだけど、話の流れがわかんないって。データ流していい?』
    『KK』
    『Kですわ』
    『りょっか』
    『通称:機械の審神者は人間様より下なんだよ事件。略して墓穴事件。本丸審神者の運用が普通の審神者より高い成果をあげたことで、よく分からないお偉いさんが訓示のためと本丸審神者を呼び出した。ひとしきり訳の分からないことを言ってマイクオンのまま、本丸審神者は所詮機械と一緒だから我々人間が手綱を取ってコントロールしませんとなあ的なことを演壇の裏で言っていた。そもそも本丸審神者がどういうものかも分かっていなかったらしい。政府の方針(と監視の意味)で白山吉光を近侍にすることが推奨されており、また本丸審神者の方でも相性が良かったため当時全員が白山を近侍にしていた。その物言いに切れた白山たちが、ネットワークをハック、当該お偉いさんの個人情報、というか秘密情報を手に入れ政府の上層部に内部通報&発言への抗議。政府の上層部が謝罪するまで、一歩間違えれば脅迫行為をし続けた。その間、白山は「わたくしは機械と同様ですので」と大昔のロボットイメージの話し方をし続けて、刀剣男士たちを恐怖のどん底に陥れた。はい、概要ここまで』
    『ありがとうございました。失礼します、新人ですよろしくお願いいたします』
    『よろ』
    『よろしくお願いいたします』
    『後輩さんなのね、よろしくー』
    『先輩、なんで白山はロボットの真似をしてそれで刀剣男士が怖がったんですか?自分はあんまりピンと来てなくて』
    『オレも完全に分かっている訳じゃないんだけどな、類推なんだけど』
    『はい』
    『刀剣男士って多分、人間の持ってる逸話から生まれたって自負があるんだよ。だから人に使われたいって無意識で思ってる』
    『わかるわかる感じるわそれ』
    『でもさ、オレたちって正直なところ曖昧なとこあるじゃん。だから殊更に人間扱いしてくれるんだよな』
    『わたくしもそれは感じますわね』
    『だろ?そんでもって白山は、あ、後輩!これオフレコな、通信設定にロックかけてるか?』
    『はい、ログイン前に済ませました』
    『k。白山って人為的に作られた刀剣男士って話があるだろ。というよりあの子は神器をスケールダウンして刀剣男士にしてるから、むしろ神に近いんだよ。付喪神というよりは』
    『あー』
    『白山にとっちゃ主ってものは、人であり己の存在を保定する神みたいなものなんだと思う。それを訳の分からん奴に主は機械!モノ!とか言われてみろ、自分の存在も否定されたと思うだろ』
    『わたくしの所の白山もそれはそれは凄い剣幕でしたわ』
    『「主がヒトでなく機械というなら、わたくしたちも機械と同様なのでそういう言動をします」って一見意味の分からない抗議行動だよな。でも刀剣男士には通じるんだよ』
    『政府に勤めている刀剣男士が最終的にとりなしたらしいけど、こっちも気が気じゃなかったわよ』
    『刀剣たちのトラウマになっているようですわ』
    『まあお陰様で後進の本丸審神者たちも悪い扱い受けなくなったから結果的には感謝かなあ』
    『あら古参しぐさ』
    『古参だもんオレ。お前らだってそうだろうが。人間扱いしてくれるのはありがたいけど、確実に人間より長生きしちゃうオレたちって本当に人間でいいのかなあ』
    『ちょ先輩』
    『あんたがそれ言うなし』
    『近侍が切れ散らかすわよ』
    『人間っていう機構なんじゃないかって思っちゃうけどね。近侍や初期刀泣かせたくないから言わねえけど。お前らくらいにしか言わんわ』
    『わたくしも心臓が変な動きしましたわ、心臓ございませんけど』
    『お嬢の冗談も結構きついんよ。あたしもないけど』
    『ま、とにかく自分とこの刀は大事にしようぜ。自分のためにもな』
    『当然っしょ』
    『本丸審神者同士、こうやって交流していこうぜ。モノになっちまわないためにも』
     
     (ログ終了)
    和紗@冷えピタP Link Message Mute
    Jun 30, 2022 8:28:30 AM

    【みかさに♀︎】黎明の姫君【特殊本丸】

    【みかさに♀︎】黎明の姫君【特殊本丸】
    #みかさに #刀さに #小説 #二次創作
    アン・マキャフリー「歌う船」のオマージュでSF設定みかさに♀︎小説を書きました。「歌う船」面白いですよ!
    表紙はフリー画像使用。

    more...
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    Jun 30, 2022 7:09:42 PM
    「歌う船」の殻人(シェルパーソン)審神者イエーイ!彼らは元ネタでは宇宙航行に適応する為に柱(カラム)の中で何百年も生きる(元ネタ中でも400歳超えの殻人が出てくる)ので、同じく長くを生きる付喪神と長く睦まじく過ごせるんだな~、と嬉しくなりました(*´・ω・`*)ヨカッタ! それにしても精神体での逢瀬とは!その発想はなかったです⋯⋯!最後の方の床に口付ける三日月は美しかろうなぁ⋯⋯(´;ω;`)
    > 駄の人
    Jun 30, 2022 9:13:41 PM
    ご感想ありがとうございます!実在の感想だ!実在の感想は血行不良を治し身体を頑健にする作用がございます…!本当にいい本出会えて、尚且つ二次創作に落とし込めて、楽しかったです。ありがとうございますー!
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