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    環 二章五話「あの女に」六話「よかった」七話「額塚と帷子」八話「お姉さん」九話「艮」十話「怖いなぁ」十一話「KING」
    五話「あの女に」


     高校に通い始め、ワキノブとの二人と知り合って、ちょうど二週間が経過した。
     私は、勉強が難しくて悶えては澁澤に教えて貰い、ワキノブが意外と馬鹿でそのギャップに驚いたりもしている、平凡な日々を過ごしている。

     そんなある日、学食で、ワキノブがサンドウィッチを食べながらこんな言葉を口にした。

    「私ずっと考えてたんですけど、例の、女だとか暴力事件だとか色々あるじゃないですか?」
    「あるな」
     唐揚げを食べながら相槌を打つと、澁澤は、私の隣でラーメンを食べながら数回頷いた。
     言葉を続けるワキノブ。
    「で、女が一体どんな存在で、どれだけ力を持ってるか分からないじゃないですか?だからこそ…事件の事をよく知ってる人間に当たった方がいいんじゃないかな、って…」

     事件の事をよく知る存在…。

    「例えば?私の兄貴とか、ボス候補の奴らか?」
     そう尋ねると、ワキノブは首を横に振り
    「そうじゃなくて…目撃者の事です」
    と言った。
    「目撃者?」
     首を傾げる澁澤。
    「はい、二年か三年の誰か目撃者に話を聞いて、その人を味方に付けた方が、これから先、例の女と対立する事があったとしたら…何かの助けになるんじゃないかなって」

    言い終わると、ワキノブはサンドウィッチを齧り、私達二人を交互に見つめた。
    「……それも、そうだな…」
     ワキノブの言う通り、私達三人では分からない範囲の出来事もあるし、私達以外の視点があった方がここから先助かるかもしれないな。

     同意しようと顔を上げると、澁澤も、私と同じ考えなのかワキノブの方を見ながら何度も頷いた。

    「忍君めちゃくちゃ賢いね、その頭脳を勉強に使えたらいいのに…」
    「ふふ…」
    「し…澁澤さん…沢田さんも笑わないで!」
    「いいじゃん、マジ天才だと思うわ、じゃあそれぞれで話を聞いてくれそうな人探してみる?」
     私がそう言うと、澁澤が声を上げた。
    「三年なら俺に任せて、二年には知り合いがいるからその人に当たってみるよ」
     その言葉を聞き、ワキノブと二人で顔を見合わせる。

    「?どうしたの?」
     不思議そうに首を傾げる澁澤。

    「…澁澤さ、あの…なんで、そんな親切にしてくれんの?」
     思い切って私がそう尋ねると、澁澤は目を真ん丸にした。
    「親切に、って?」
    「だから、知り合ってたった二週間だろ?なんでそんなに私達に協力してくれるんだよ」
     私の言葉に、更に不思議そうな顔をする澁澤。
    「ええ?」

     こいつマジ察し悪いな…と呆れながら、どう言ったらこいつが出来るだけ傷付かないかを考えていると、ワキノブが口を開いた。

    「疑わしいんですよ、あの女の仲間じゃないかって」
    「ワキノブ!」
    「なんで遠慮するんですか」
    「だって…」

     こいつを傷付けたくないからだ、と言おうとした時、澁澤が、謝罪の言葉を口にした。
    「…ごめん、余計なお世話だったね…疑う気持ちも分かるよ」
    「澁澤…ワキノブ謝れ」
    「嫌です」
    「謝らなくていいよ…あのね、俺は…あの女の恐ろしさというか、怖さを、誰よりも知ってるからこそ…君たち二人を放っておけないんだ」
     そう言いながら少し俯く澁澤。
     澁澤は言葉を続ける。

    「…凄いんだよ、人を操る術に長けているとか、嘘をつくのが上手いとかそんな次元じゃない」
    「……」
    「…あの女ができるのは、洗脳だよ」

     洗、脳。
     ざわりと立つ鳥肌。

    「だからと言って、貴方が例の女に洗脳されていないとも限らない」
     ワキノブがそう言い放つと、澁澤は悲しそうに、でもどこか、嬉しそうにこう呟いた。

    「それは100%無いよ、だって…」
    「だって?」
    「俺は、あの女に……」
    「……あの女に?」
    「…」

     澁澤は、何かを言おうとしてやめた。

    「…とりあえず、ご飯食べ終わったら一緒に三年のクラス行こっか!」
    「え、あ……」
    「ついでに楓さんと智明さんにも会いにいこうか、きっと喜ぶよあの二人!」

     と、必死で取り繕う澁澤。
     大急ぎでラーメンを食べ終わり、駆け足で片付けに行く澁澤。
     その後ろ姿を見ながら、ワキノブと二人で話し合う。

    「…走る姿間抜けですね」
    「ガキ大将みたいな走り方」
    「ねぇ、澁澤さん…何を、言おうとしたんですかね」
    「…分からん」
    「…なんか、変な人ですよね」
    「な…」
    「知り合わない方が良かったかも」
    「……かもな」


    六話「よかった」




     華菜ちゃんと忍君の二人に知り合いを紹介する事になった。
     弟と妹ができたみたいで嬉しかったせいか、ついついはしゃいでしまって忍君と華菜ちゃんには迷惑がられてしまったけれど、俺は俺なりに二人に協力しようと思う。
     女の恐ろしさを、女の素顔を知っているからこそ、あの二人を悲しい目に遭わせたくなくて。

     真実を、知って、ほしくて。



     一年生であるあの二人を上学年のクラスに呼ぶわけにはいかないかも、と思った俺は、とりあえず、人当たりが良い友達を紹介することにした。
     三年であり、二年でもある、あの人を。


    「たまきくん、その子が例の女について嗅ぎ回ってる子?こんにちは」
     俺が選んだ人間は、昨年、違うクラスだったにも限らず、ずっと俺と仲良くしてくれた扇廉君だった。
     金髪で、前髪をポンパドールにし、下唇に二つ、右耳と左耳に五つずつピアスを開けていて、ワイシャツのボタンを二つ開け、ズボンを右足だけ膝まで折り、何故か便所サンダルをはいている彼。

    「えぇ……」
     廉君の見た目に少し萎縮している忍君を見て「あ、人選間違えたかも」と思った。
     だけど、華菜ちゃんは一ミリも萎縮する様子を見せず、廉君へドストレートにこう尋ねた。
    「あの事件の目撃者なんですか?」
    「そだよ~」
     認める廉君。

    「マジ……?」
    それを聞いた華菜ちゃんと忍君は顔をぐっと見合わせ、小声で相談してから恐る恐るこう尋ねた。
    「例の女の、関係者ですか?」
    「そだよ~」
     認める廉君。
     また顔を見合わせ小声で相談する華菜ちゃんと忍君。
     廉君は二人の動きが可愛いのか、優しく微笑んでからこう言った。

    「関係者っていうか、関係者の関係者って感じだよ」
    「関係者の関係者?」
    「うん、例の女の、友達の、友達!」
     廉君を見つめる二人。

    「うん、だから、彼が一番事件に詳しいんじゃないかな、と思って紹介したんだよ」
     そう言いながら廉君の背をとんとんと叩くと、廉君は嬉しそうに頷いた。

    「……なんで、詳しいんですか?」
    「ぼく二年生二回目だから」
    「あぁー…」



     授業終わりに俺の弟のような存在である丸岡徹も呼び、学校近くにある静かなカフェへ三人を連れて行った。

    「例の女についてなんで嗅ぎ回ってんすか?」
     華菜ちゃんにストレートにそう尋ねる、黒髪の短髪で第一ボタンのみを開けた徹。
     華菜ちゃんは少し黙ってから、兄の名前を口にした。

    「私の兄貴の智明が、女に利用されてるような気がして」
    「智明…?もしかして、貴方、沢田華菜…?」
     恐る恐るそう尋ねる徹。
     華菜ちゃんは眉間に皺を寄せ、徹に怒鳴った。

    「まだクラス票でのあれ引き摺られてんの!?」
    「……蹴散らした」
    「ワキノブ笑うな!」

     二人を見て微笑む廉君に、沢田という名を繰り返し呟く徹。
     ブラックコーヒーを飲み、おもちゃを取り合う小型犬のように喧嘩している二人を見ていると、しばらく何かを考えていた徹が口を開いた。
     
    「例の女については、知ってます、俺もあいつめちゃくちゃ怖いんで…」
    「やっぱり…?」
    「蹴散らしたさん、あ間違った、沢田さんの言う通り驚異になる人なんですか?」
    「しょーもな」
    「ふふふ…蹴散らしたさんだって…」
    「たまきくんツボ浅いよね」
    「アホ浅い」

     そんな感じで四人で好きに話してから、やっと本題に入ったのは少しだけ日が暮れてからだった。
     最初に口を開いたのは廉君。
    「明日が良い?明後日が良い?二年生の友達の紹介!」
     廉君の言葉を聞き、アイスレモンティーを飲みながら一度唸り、都合の良い日で良いと答える華菜ちゃん。

     それを聞いた徹がこう言う。
    「いつでもいいってのが一番困るんすよね、廉さん」
    「ほんとにね~」
    「なんだそれ…あー、じゃあ今だ今」
    「あー、今はちょっと…」
    「なんだよそれ…明日なら良いか?」
    「りょうかい、明日ね」

     誰とでも公平に話せる華菜ちゃん。
     俺を慕ってくれる徹。
     俺なんかと仲良くしてくれる廉君。
    三人が話しているのをじっと見ている内向型な忍君。

    バランスの良い四人かもな、なんて思いながら、ふと、あの女の顔を思い出す。
    あの女と仲良しな五人を思い出す。

    「廉髪染めてんの?地毛?」
    「染めてる~、今度ピンクにしようかな」
    「へえ、ブリーチ何回した?」
    「3回!大号泣したよ」
    「髪切れそう、私一回ブリーチして茶色入れた」
    「高校デビューだねー」
    「やめろ、改めて言われると恥ずかしいから」
    「ぼくは中学デビュー」
    「クソ不良じゃん」

     いつの間にか敬語が取れている華菜ちゃんと廉君。




     よかった。華菜ちゃんに、友達が出来てよかった。


    七話「額塚と帷子」



     廉の知り合いの二人と会う日。
     澁澤と同じく、上学年のクラスに呼ぶと怖がるんじゃないかと気遣ってくれた優しい廉の言葉通り、授業終わり、広い上に景色が良いのに何故か人気がない中庭に4人で集まった。

    「廉はまだか」
    「前から思ってたんすけど廉さんって時間守れないっすよね」
    「時間にルーズな人嫌いです」
    「お前今日遅刻してたじゃん」
    「それとこれとは別」
    「別じゃないでしょ」
    「別じゃないと思うっすよ」
    「別じゃねえだろ」
    「ボロクソじゃないですか、流石に泣きますよ」

     あの事件の目撃者と会うのか、なんてめちゃくちゃに緊張していた私がバカみたいだ。
     この三人が、特にワキノブが居てくれてよかった、私よりアホだし。なんて考えていると、笑顔の廉が派手な見た目の二人を連れてきた。

    「かなちゃん、こちら、額塚ちゃんと…帷子くんだよ」

     見た目の通り名前もいかつい二人組だった。
     正面から見て右分けの肩までの黒髪で、シャツの下に黒シャツを着た上にレザーのチョーカーをつけている額塚という女。
     銀髪で襟足が長く、前髪は正面から見て左分けで、口と耳のピアスがチェーンで繋がっている、タレ目で、ブレザーの下に黒のパーカーを着ている帷子という男。

    「お二人はバンドマンか何かですか?」
    「もともと音楽やってたよ」
    「息を吐くように嘘つかないで額塚ちゃん、ワキノブ君信じちゃうから」
    「なんで私なんですか…」

     廉はすぐ友達作れてすごいな、てかワキノブ、廉には萎縮してたのにこの二人は怖くないのかよ、なんて事を考えていると、額塚と呼ばれた黒髪の女が私の方を向き、長々と変な事を言い始めた。

    「あ、君確かあれだよね?入学式で茶髪の子居た!高校デビューだ!って話題になった上にクラス票の前で騒ぎ起こしてみんなから「どちゃくそ乱暴な女の子だ」「新入生をはちゃめちゃに蹴散らした女」って呼ばれて話題になってる沢田華菜ちゃん!」
    「え、あ、そ、そうですけど」
    「智明さんは私が一年の時に女絡みの暴力事件起こした!って話題になってたからさ?「うわー兄妹揃って乱暴なのかよ!」「そんな子と私が会うの!?」「会った瞬間殴られたらどうしよ!」なーんて思ってたけど意外と優しそうだし空気読める子で安心したよ!」
    「そ、そうなんですね」
    「そうだよー!私額塚!すくもづかね!「難読漢字じゃん!」「がくづかって呼ぶね」とか言われてちょーっと落ち込みマンなんだけど華菜ちゃんマンは好きに呼んでくれて良いっすからね!あ、廉君の口癖移っちゃったあははは!」
    「あはは…」
    「そういえば智明さんが暴力事件起こしてからしばらく休んで、また来はじめた時あったんだけどさ~帷子君、あ、この銀髪ね?帷子君と一緒に見に行ったんだよね~その時「智明さんって結構イケメンだよね」って二人で話してたんだ!まあ私その時他に好きな人いたからそういう恋愛?みたいな感情にはならなかったんだけど」

     なんというか、す、すごい、圧。
     兄貴モテてると思ったらすぐ振られたし。
    「額塚、華菜ちゃんが引いてるよ?いくら緊張してたからって圧かけて誤魔化そうとしないの」
     そんな額塚を止める帷子と呼ばれた銀髪の男。

    「えーでも緊張してたのは帷子君も同じでしょ?だって会う前ずっと緊張して「どんな子なんだろう」「怖いけど楽しみ」ってしつこいくらいに連呼してたのは誰かな?」
    「それはそうだけど初対面でいつもの言葉数での威圧はダメだと思う、だって考えてもみなよ、初対面の人が突然ずらずら長文で話し始めたらどう思う?怖いでしょ?下学年の子なんだからちゃんと年上として気を遣ってあげなきゃダメだってしつこいくらい言ってるんだからちゃんと背筋伸ばしてしっかりしなきゃいけないでしょ」
    「でも帷子君だってそうやって私を威圧して」
    「うるせえな!!!アホ二人!!!」


     その後、アホ二人の長い話は日暮れまで続き、疲弊した様子のワキノブが小さくこう呟いた。

    「…お二人の話を要約すると、華菜さんは怖くなくて、智明さんはイケメンで…暴力事件の目撃者はみんな気味悪がって話したがらない…と」
    「そうなんだよね、なんか仲良くなってるからみんな」
    「黙っていただけます?」
    「はーい…帷子君…この子可愛い…」
    「もう額塚の対応方法学んじゃったね、花脇君…」

     呑気な額塚に、温厚そうに見えて冷静な帷子…か。
     例の女についての大きな収穫はなかったけど、この二人が味方についてくれたら心強いかもな。
     拳をぐっと固く握りしめ、ワキノブに家族構成や彼女の有無を聞いている二人へ、シンプルに、こう頼んでみることにした。

    「あの、例の女に対抗するために情報を集めてて」
     首を傾げる帷子。
    「例の女?」
    「はい、あの…暴力事件に、なにか、訳ありの女が関わってるんじゃないかって推理して…その女に、対抗する手段を模索してるんです…協力してくれませんか?」

     そう言ってから少し首を傾げてみる。
     すると、額塚と帷子が顔を見合わせてから、一度頷いた。

    「もちろん!」
    「ほ、本当…?」
    「嫌だよ?」
    「怖いもんね」
    「あぁ…」

     やっぱ詳しく分かんない状態で協力しろなんて無理があったな…でも、どうしようか…。
     仲間になってくれたら心強いと思ったのにな…と考えていると、ワキノブが私の顔をちらりと見てから、帰ろうとしている二人を呼び止めた。

    「あの、詳しく話を聞いてから判断してくれませんか・」
     ゆっくり振り返る額塚。
    「私は無理、今日昔からの知り合いに会わなきゃいけないから」
    「あぁ…」
     じゃあなんで今ここに居んだよと言いかけてやめた。
     流石に…
    「じゃあなんで今ここにいるんです?」
    「しのぶくん…」
     驚くレンに、額塚とワキノブを交互に見るてつ。

     ワキノブ…お前…。ワキノブの小さい背中がやけに逞しく見えるな…。

    「廉さんがお二人を呼んだ口実、というか、セリフ?口説き文句…みたいなものは分かりませんけど、少なくとも貴方方を揶揄うためじゃないというのは分かっているでしょうし…」
     首を傾げる額塚。
    「何が言いたいの?」
     大きく息を吐くワキノブ。

    「私達も別に暇というわけじゃない…今日だってお二人と会う予定が無ければテスト勉強が出来ていました」
    「…は?」
    「お二人が遊び半分で私たちに会いに来たのなら帰って知り合いにでも何にでも会えばいい」
    「…」
    「華菜さんのお兄さんが…あんた名前なんだっけ?がくづかでしたっけ?がくづかさんが言うイケメンの兄貴が酷い目に合うかもしれないのを、ただ傍観者として指を咥えて見ていればいい」
    「…」
    「そうなったとして、関係者として話を聞かれる場面がもしあったとしたら、遊び半分で僕たちを弄んだ最低の先輩としてあんたら二人の名前を出してやる」
    「弄んだって…」
    「それもこれも。あんたらが今帰ったらの話です」
    「…」
    「…ねぇ、すくもづかさん」

     長い沈黙。
     二人が小さい声で話し合い、ワキノブの顔を見つめてから、帷子がこう答えた。
    「…分かったよ…最低な先輩にはなりたくないからね」
    「協力できる話なら聞くけど、力になれるかどうかは分かんないからね」

     …わぁ…。
    「ありがとうね、帷子君…額塚さん…」
    「あ、ありがとうございます……ワキノブ…お前…凄いな…」
    「…でしょ?」
    「マジ……お前が居て良かったわ……」
    八話「お姉さん」

    「お兄さんが利用されてるってのはどういう意味なのかな?」
     中庭のベンチに腰掛け、私にそう尋ねてくる額塚。
     どこまで話していいものか、と悩んでいると、澁澤が私の代わりに答え始めた。

    「華菜ちゃんのお兄さんが…二年に上がったタイミングで変な女と絡み始めたんだっけ?」
     一言一句間違えてない…わ、よく覚えてんな…と思いながら、澁澤の言葉にこう付け足した。

    「その女と絡み始めてから兄貴…大怪我して、さ」
     それを聞き、少し身を乗り出すてつ。
    「お兄さん怪我してたんですか…」
    「うん、三月に怪我してた」
    「三月?五月じゃなくて…三月っすか?」
    「そう」

     少しの沈黙。それを破ったのは額塚だった。

    「三月の…怪我人はお兄さんだけなの?」
    「いいや、確か兄貴と幼馴染のウジ虫野郎も怪我してた」

     二度目の沈黙。今度は澁澤が沈黙を破った。
    「松田君も怪我してたのか……」
     不安げに俯く澁澤へこう尋ねる帷子。
    「貴方華菜ちゃんの言うウジ虫野郎と知り合いなんですか?」
     澁澤は顔を上げ、嬉しそうにこう答えた。
    「まあ、すれ違ったらお互いの近況を報告するくらいだよ」
    「そうなんだ…」
    「……」
    「…華菜ちゃん?」

     ウジ虫野郎と仲が良いこいつを、あの女が利用しない理由は何だろうか。
     澁澤があの時…答えるのを躊躇って適当に誤魔化した理由は?
     あの例の女と何かがあった?それとも、何か、女に…変なことをされたとか…?

    「ねえねえ、華菜ちゃん的には、例の女は次に何をしてくると思う?」
     黙り込んでいる私を見かねてか、澁澤がこんな質問をしてきた。

    「……多分だけど、あの女、私が、クラス票で人を蹴散らしたって広めたんだよ」
    「えっ…」
     私の言葉に目を見開いて驚く額塚。

    「まあ、こんなに広まったら今更巻き返せもしないだろうけど」
     私がそう呟くと、ワキノブが私を慰める為かこう言ってくれた。
    「私が証人です、沢田さんは蹴散らしてなかった」
    「ありがとう」
    「暴言は吐いてたけど」
    「それは言わなくていいだろ」
    「いちいち喧嘩してないで早く続き話してくださいよ」

     てつの言う通りだな、こうやって喧嘩してっから前も日暮れまで雑談して
    「一人で考えてないで共有してくださいよこの脳筋」
    「脳筋っつったかお前面貸せ」
    「だから!!!いちいち喧嘩すんなアホ二人!!!」
    「ごめんてつ」


     しばらく悩んでから、私はゆっくりと口を開いた。
     兄貴の暴行事件、関わっている人達、そして、例の女の憶測や黒幕について。私が高校に来た理由や澁澤とワキノブに会ったきっかけ。それら全てを話し終わると、一番に口を開いたのは。

    「お兄さんのために高校選んだの…?」
    なぜか、半泣きの額塚だった。

    「そ、そうだけど…」
    「帷子君…この子めっちゃ良い子だよ……」
    「確かに良い子だけど…まさか、協力するとか、言わないよね?」
    「する……」
    「言った」
    「しまくる……」
    「そこまできたか」

     まさか協力してくれるとは思わなかった。
     私の隣に座っているワキノブと二人で顔を見合わせ「思ったより簡単だった」と話していると、帷子が私の名前を呼び、こう尋ねてきた。

    「華菜ちゃん的には、例の女をどうしたいの?ボコボコにしたい?」
    「えっと……」
     私は、少しだけ悩んでから、こう答えた。
    「ただ話を聞きたいんです、兄貴と仲良しだったらそんな、兄貴が悲しむような、荒い事はしたくないけど…その、なんというか…」
    「必要ならそういう手段を使う可能性もあるってこと?」
     頷く私。帷子は嬉しそうに微笑んでからこう続けた。
    「本当思ってたより良い子だね…信じるよ、君が蹴散らしてないって」
    「またそれか」
    「元々僕は協力するつもりだったよ、額塚は断る気みたいだったけど」
    「過去の話じゃん、今はもう華菜ちゃんに夢中だよ!本当に良い子だね…本当良い子…お兄さん想いだね…」
     何度もそう繰り返しながら、いつの間にか私の隣に座り、私の髪を撫で回す額塚。

    「……どうも…」

     なんだか、少し、照れ臭い。
     私がよく関わる年上は兄貴の友達の男性ばかりだったから、額塚のような年上の女性に可愛がられるのは、少し、むず痒いような、嬉しいような、そんな気分。

     兄貴の事は勿論尊敬しているけど、お姉さんという存在に多少なりとも憧れを持っていた私にとって、額塚という存在は、なんというか、理想的だった。

    「下の名前は、何て言うんですか?」
     額塚へ思い切ってそう尋ねてみると、彼女は嬉しそうに目を見開いてから「なな」と名乗った。
     嬉しそうに微笑む額塚。

     彼女へまた名前について「どんな漢字ですか?」と尋ねると、頷いてから、自分の掌へ人差し指で漢字を書き始めた。
    「菜っ葉の菜に、地名の那須の那……分かる?」
    「分かります、あの難しいやつですよね」
    「そうそう!……華菜ちゃんは?」
    「中華の華に、菜っ葉の菜です」
    「へえ……あ、じゃあ、私達の名前合わせたら華菜那になるね」
    「えぇ……?」

     額塚菜那。頭の中でそう繰り返し、彼女の横顔を見つめてみる。
     すると、彼女の瞳が独特な色だということに気づいた。

    「菜那さん」
    「?なに?」
    「…睫毛、長いですね」
    「わー…ありがとう…華菜ちゃんも綺麗な睫毛だよ」

     何となく、いいかけて、やめた。
    九話「艮」


     菜那さんから「明日私の知り合いを紹介するよ」と言われた。
     私らってなんか、知り合いに会う時毎回「明日会わせるよ~」って引き延ばされがちだよな、なんて思っちゃったけど、ウキウキの菜那さんの手前言えるわけもなく「ありがとうございますー!」と言ってその日は解散し、次の日を迎えた。

    「よく知ってそうな知り合いがいるんだよ!」
     独特な色の目を輝かせる菜那さん。
    私が菜那さんに知り合いの名前を尋ねると、菜那さんはしばらく考えてから澁澤を指差した。

    「え?まさかの澁澤さん…?」
    「違うよワキノブ君!」
    「わ、いつの間に、最悪」

     眉間に皺を寄せるワキノブと、ワキノブが可愛くて仕方ないのか嬉しそうに微笑む菜那さん。
     ワキノブはお姉さんが居るから年上の女の人の扱いが上手くて可愛がられやすいのかな、なんて思っていると、隣にいたレンガおっとりとした口調でこう尋ねた。

    「額塚ちゃんは、その例の知り合いさんがたまきくんと同じ三年生だって言いたいの?」
     認める菜那さん。
    「そだよ~」
    「なんて名前の人?」
    「んーとね、宮部さん!」

     宮部…?澁澤と同じ学年なら兄貴とも一緒だよな…でも聞いたことないぞ…?
    「誰?」
     ワキノブも分かんないなら…ほんとに誰なんだ?
    「誰…?」
    「レン、お前は分かれよ」
    「誰だ…?」
    「てつも分かんねのかよ」
    「宮部さん…可哀想に…俺も分からないけど…」
    「まじかよ、なんか逆に気になって来たぞ…」




    「宮部さん!久しぶりーー!!」
     三年のクラスに着いた途端、髪を後ろに纏めた地味な女子生徒に声をかける菜那さん。
     宮部さんは眉間に皺を寄せ、菜那さんの顔をじっと見つめてからこう言った。
    「え…誰…?」

     おい宮部、お前も分かんねえのかよ。
    「ふふ、かわいそう」
    「おい澁澤、この人の事分かんなかったくせに一人前に笑ってんなよ」
    「…はい」
    「言っておきますけど額塚さんと貴方同類ですから」
    「…はい」
    「私が悪いやつみたいな言い方辞めていただけます~!?」

     私たちみんなの顔を見て困惑している宮部さんに謝罪してから、菜那さんの言う知り合いがどんな人なのかをもう一度尋ねると、菜那さんが突然大声でこんな言葉を口にした。

    「あ!!思い出した!!確か名字めっちゃ変なんだった!!」
    「失礼だよ額塚」
    「すいませ~ん!!変な苗字の人居ませんか~~~!!!???」
    「こら」
     な、何というか…本当…菜那さんと…帷子さんが友達で、良かった…。

     ワキノブと二人で顔を見合わせ、これから先の不安について話し合っていると、菜那さんの目の前に大男が立っていることに気付いた。

    「俺よく苗字独特って言われるけど…」
     平均より高いはずの環でさえも越してる上に…ガタイまで良い、その上茶髪。
    「俺に何か用事…?」
     いかつい見た目に反して言葉尻はとんでもなく優しいな…。

    「なんて苗字ですか?」
     ずっとこの人を見上げていたワキノブが口を開いた。
     聞かれたこの人はズボンのポケットから学生証を取り出し、私達に見せてくれた。

    「…う、うしとら…?きよし?」
    「うん…艮清…」
    「…わ、マジで独特、かっこいい」
    「身長いくつですか…」
    「きよっちゃんって呼んでいい?」
    「確か…190?」
    「でっか…」
    「無視された…華菜ちゃん慰めて」
    「よ、よしよし…?」

     その後、艮さんだけに名乗らせるのはおかしいという話になり、菜那さんから順に自己紹介をしていると、私が名乗った瞬間艮さんが目の色を変えた。

    「沢田って…あの沢田…!?」

     またか、またあの蹴散らした事件を持ってこられるのか、と思った瞬間、艮さんが信じられない言葉を口にした。

    「君智明君の妹さんだよね!俺智明君にマジで憧れててさ…!」

     へぇ。

    「はは…なんか、こんな事言っちゃいけないんだろうけど…何というか、人を見る目ないっすね…」
    「沢田さん」
    「どうしたワキノブ」
    「なんでそんなニヤケてるんです?」
    「なんで?」
    「お兄ちゃん褒められてうれしいの」
    「黙れシスコン」
    「黙れブラコン」


    十話「怖いなぁ」




     昼飯を一緒に食べるチームに、レンとてつ、そして帷子と菜那さんと艮が加わった。
     気を許すのが早すぎるかもしれないけど、少し不用心かもしれないけど、頼れるものには頼って、利用できるものは利用させて貰うのがポリシーの私としては、今の状況はとても好都合だった。

    「ねえねえ、あのさ、もっかいここで起きた出来事整理しない?」

     昼飯を食べていた時、焼きそばを食べていたレンが唐突に口を開いた。
    「女について?」
     私がそう尋ねると、レンは頷いてから焼きそばの横に添えられている紅生姜を口に運んだ。
    「暴力事件を2回起こして、そのうち1回は去年の五月、2回目は今年の三月だったよね」
     レンと同じく、焼きそばを口に運んでいた環が箸を止め、ゆっくりと状況を整理し始める。

    「今年の三月の事件は目撃者0なんすよね?」
     ラーメンを食べている、環の隣に座っているてつがそう言うと、てつの向かいに座っているワキノブが頷いた。
    「昨日姉様に多少の都合をかいつまんで説明してから聞いてみたら「知らない」って言っていました」

     ワキノブ、大好きな姉様に聞いてくれたのか…有り難いな。
     でも。
    「三年の…例の女の知り合いさえも三月の事は分からないのか」
     私がそう言うと、皆がグッと黙り込んでしまった。

     本当…マジで…三月に何があったんだ?
    「……本当…謎だね」
     松田と仲が良さげな澁澤も知らなそうだし、大怪我を追った兄貴には聞くにも聞けないな。
     松田も同様に…というか、あいつは昔から何を考えてるか分からない奴だからあんまり近付きたくないのが本音だ。

    「……」

     本当に、マジで分からないな…。
     例の女はなんで三月にも暴行事件を起こした?というかそもそも起こしたのは本当に例の女なのか?
     例の女が三月の一件に何も関わってなかったとしたら?
     もし関わっていなかったとしたら、五月の一件に濃く絡んでいる筈の女が、どうして三月の一件に関わらなかったんだ?



     皆がグッと黙り込み、さっきまで帷子の偏りまくった女性遍歴で盛り上がっていた暖かな雰囲気が壊れ始めた。

     どう、しようか。

    「帷子君、先月まで付き合ってた女の子の話して」
     一発ギャグでもしようか、いやそれは流石に空気読めないな、なんて考えていると、菜那さんが自分の向かいに座っている帷子にこう声をかけた。
    「え?あー…家で茄子を栽培してた子、名前は観月ちゃん」
     さらっと元彼女の名前を言う帷子に、目を見開いて驚くうどんを食べていた艮。
    「プライバシー…」
     やっぱり見た目からは考えられないくらい…温厚だな、艮は。

    「観月……あー!違うよ!その子だけどその話じゃない!」
     ずっと帷子の方を向き指を折りながら何かを数えている菜那さん。
     帷子は菜那さんをじっと見つめてから頷き、何かに納得しこう言った。

    「何だ?…あー!僕があげたリップを僕の目の前で素揚げにして食ったって話?」
    「えぇ…?さっきのメリーゴーランドの女のよりも癖強いな…」
    「帷子君それ見てなんて言ったんだっけ?観月さんに!」
    「美味しい?ならよかったって」
    「受け入れるなよ…」
    「帷子さんもなかなかに癖強いっすね」
    「類は友を呼ぶ」
    「沢田さんが最近覚えた単語だ」
    「黙れワキノブ」
    「類は友を呼ぶを最近覚えたの?かわいい…賢いね…」

     なんか、ちょっと…空気が解れたな。
     良かった、流石菜那さん。
     菜那さんも結構回りを見れるタイプなんだな、でも基本は猪突猛進タイプだから帷子っていうストッパーがいて良かった。

     みんなが帷子の話に気を取られ、例の女のせいでさっきまで空気が沈んでいたことなんて忘れてしまった時、菜那さんが唐揚げを食べていた箸を置き、私の方へ身体を向け、こう尋ねてきた。

    「華菜ちゃん、華菜ちゃんさ、前、必要な場合は暴力に頼ることもあるかもしれないって言ってたよね?」
     質問の意図が読めず黙ってしまうと、レンや澁澤が私と菜那さんを交互に見つめてから眉間に皺を寄せた。

    「頼ることもあるかもしれないけど…出来る限り、取りたくはないです」
     私がそう答えると、菜那さんは頷いてから
    「必要になるかもしれないんだよ、華菜ちゃんが良いなら」と言った。

    「どういう意味…?誰を…痛い目に遭わせるの?」
     怯えながらそう尋ねる艮に、菜那さんが首を横に振った。

    「フリだよ、フリ!誰も怪我しないし、騒ぎが起こればそれでいいの」
    「何が言いたいんですか…?私あんまり察し良くなくて…はっきり言ってくれませんか?」
    「じゃあはっきり言うよ?去年の五月みたいに、私達も暴行事件、起こしてみない?」
    「は…はい?」




    ──────────




     上納金はここんとこ常にトップ。いつもの…とか、あの集会ん時みたいに言ったって、私が女である以上、私がトップに立つのなんてとんだ夢物語なんだろうな。
     現に、実力があって、利口で、伝説とまで言われた私の母親でもトップにはなれなかった。

     彼女が望んでいたかは別として。

     しばらく悩んでから、淹れたての紅茶を口にした。
    「…おいしいな…流石パラ…」
     もう一口飲み、また、考える。

    「ねぇ、もうすぐまた無意味な集会始まるよ」
     悩む私の肩を叩く幼馴染。

    「サボっていいかな?」
     私がそう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

    「いいじゃん!カラオケ行こうよ」

    「おぉ、カラオケ良いな…」

    「それかカフェ巡りする?駅前のとこアフタヌーンティーあるらしいよ」

    「何それ行きたいサボる」

    「よっしゃ!じゃあ私着替え用意するね!」

     彼女といると、何というか、楽だな。素で居られるというか、何というか。


    ただただ、大好きだな。


    「そういえばさ、あの、例の噂話」

    「うん、広めたのうちやで」

    「誰にチクったの?」

    「明人やで、あいつ今なんかめっちゃモテてるからお願いしてみたら「いいよ~」って」

    「マジで優しいよね…流石私の天使…」

     大きく息を吸い込んだ
     胸に満ちるは酸素、そして期待

     私が今ここで力尽きようが灰になろうが彼女の針路には何の障害もなく
     我々は只その場に居た



    彼女に会いたい



    「澁澤と華菜ちゃんが絡んじゃってることは…的にはそんな大した問題じゃないわけ?」

    「うん、寧ろ狙い通りでありがとうって感じ」

    「うわー怖」

    「怖いやろ~!」

    「ふふ…うん…怖い…」

    「あと…それにうち出来るだけ関わりたく無いねん」

    「なんで?」

    「やってさ?」

    「うん」

    「うち澁澤の事死ぬほど嫌いやし」

    十一話「KING」

     菜那さんの計画はこうだった。
     三年一組、環のクラス前で、艮が通りがかる帷子に話しかける。
     その隣を歩く菜那さん。菜那さんに気付いた艮が帷子に関係性を問う。
     すると帷子は親しい関係であることをアピールし、艮がそれにキレる。
     二人を止める菜那さん、だけどヒートアップして軽く怪我しない程度に殴り合う。
     菜那さんがそれを見て逃げ、それを帷子と艮が追う形で解散…という流れらしい。

     うまく行くかどうかは分からないし、帷子と艮のこれからの学校生活の事を考えると妙に胸騒ぎがしてしまうけど、菜那さんのごり押しと艮の優しさ、帷子の「額塚の夢を叶えてあげたい」という謎のコメントに背を押され、決行することにした。

    菜那さんは「全女性の夢だ」と言ってたけど、恋愛なんてものに興味を抱いたことの無い私としては、流石大人…という……感想しか…出てこなかったな。

    「あれ、君そいつと知り合いなの?」
     お、始まった。
     柱の影に隠れ、ワキノブと二人で演技する三人を監視する。
    演技を学んだ経験があると妙なことを言っていた帷子に、ただただ楽しそうだった菜那さん…そんな二人を見てただただ不安がっていた艮…。

     胸騒ぎがする。
     これが原因で何かダメなことが起こってしまうのかもしれない、と、胸騒ぎが。

    「…不安?」
     そんな時、ワキノブが私の考えている事を察したのか、こんな言葉をかけてくれた。
    「…うん」
     素直にそう答えると、ワキノブは、優しく私の背を撫でてくれた。

    「姉様は、私が不安な時…抱き締めながら背中を撫でてくれた」
    「……そうなんだ」
    「…貴女を抱き締めるような奇っ怪な趣味はないし、抱き締めたくないから抱き締めないけど」
    「一言余計だな」
    「…友達が、不安なら、支えたい」
     ワキノブ…。

    「…巻き込んでごめん」
     そう言いながらワキノブの顔を見ると、ワキノブは困ったように俯いてから、どこか照れ臭そうにこう答えた。
    「友達でしょ、何かあったら二人で逃げましょ」
    「…それもいいな」

     本当に、ワキノブが居て良かった。


    「お前それどういう意味だよ!」
     おぉ、盛り上がってきた…。
    「だから先に俺が言っただろ!その台詞は!」
    「台詞泥棒か?台詞泥棒か?」
    「台詞に所有権はあるか?無いよな?」
    「所有権とかそういう問題か?じゃあ弁護士連れて来いよ」
    「望むところだこの銀頭!」
    「分かった分かった190!」
     …なんか、思ってたんと違うけど、回りに人は集まってるな。

    「お前に菜那の何が分かんだよ!」
     艮がそう言いながら菜那さんの腕を掴むと、少し痛がる素振りを見せる菜那さん。それに帷子が怒って艮を殴るフリをする、という流れだよな…。
    「え、菜那って誰…?」
    「えっ」

     長い沈黙。

    「…」
    「…俺以外に」
    「やめろ、それ以上言ったら違う意味になる」
    「三角関係…」
    「菜那、黙りなさい」
    「だから菜那って誰だよ!俺以外に関心持つな!」
    「だからそれ言ったらなんか意味が変わるんだって!ああもうこうなりゃ自棄だ!」
     変な方向に盛り上がってるし…うわ、艮優しいから殴るに殴れなくて困ってるし帷子も帷子で目ぇ瞑ってるから妙な感じになってる…そのせいでどっかで見たことある顔の奴が二人並んで嬉しそうに目ぇ見開いて見てやがる…。

    「どういう感じ?面白くなってきた?」
     ワキノブと二人で「違う意味で噂になりそうだ」と話し合っていると、澁澤が現れた。
    「教室の中で見てるんじゃなかったのか」とワキノブが尋ねると、澁澤は眉間に皺を寄せ、何故か照れながら
    「こっちの方が良く見えそうだから…」と答えた。
    「よく見たいの?」
     と尋ねると、三人に聞こえるかを気にしてか、少しだけ屈み、私達二人だけに聞こえる声でこう言った。

    「最初は「共感性羞恥」だっけ?に襲われちゃうかなって思ったけど、今思えば俺とあの三人そんな親しくないし大丈夫だった」
    「なんだそれ…」

     なんて話し合っていると、どんどん揉め事が違う意味で大きくなっていった。
     大きくなってしまった。

    「俺と菜那どっちが大事なんだよ!」
    「菜那に決まってんだろ!」
    「やめて!私を取り…合ってるの…?」

     ……。
     なんだあれ。

     ワキノブと、澁澤と、私が柱の影に隠れ、三人の様子を見守る…というか、もうここに座ってポップコーンでも食べながら三人の事見てたいな、なんて思っていると、ふと、環が少し前に言っていた、首謀者候補の名前を思い出した。

     澁澤が、真剣に、どこか、愛おしそうに、憎しみを持って出した名前達を、思い出していく。


    『一人一人言ってみるよ、まずは…花輪楓』

    『うん、それと、佐江拓也』

    『そして、沢田智明』

    『松田龍馬』

    『雅朱里』

    『池崎彩』

    『池崎明人』

    『そして、一番大切な』






    「…佐鳥、晶」


    正ちゃん Link Message Mute
    2023/07/05 19:30:00

    環 二章

    環の二章です
    #オリジナル #創作 #オリキャラ  #環

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